データを集めて拳で殴るダンジョン配信   作:佐遊樹

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第12話 なにしてんだオマエ

 阿佐ヶ谷ダンジョン第四十九層。

 パレードリーダーをなんとか打倒した後、俺たちはさらなる強敵との戦いに突入していた。

 

【どこだ! どこにいるのだ!】

 

 支離滅裂な叫びをあげながら、異形の黒い騎士が大剣を振るう。

 それを必死に避け、いなし、防ぎ。

 隙とも呼べない一瞬を狙って反撃を放つ、が。

 

「クソ、が……っ!」

 

 ことごとく、一切合切が通らない。

 俺が必死に防御して、なんとかカウンターを狙うも余裕でいなされている一方、相手は思うがままに剣を振るっている。

 

〇なんかハカセが近接戦闘でこんなに押されてるの初めて見るんだけど

〇攻撃のターンが回ってこなすぎる

〇この感じのウォーキングがパワーとかスピードとかじゃなくてテクニックで圧倒的なことある??

 

 確かに、純粋に技量のレベルが違うのは、肌で感じ取れる。

 だけどそれだけじゃない。

 

 こいつ――俺の行動の癖を完全に把握していやがる!

 先読みとかじゃなくて本当に分かってるんだ!

 じゃないと説明がつかないぐらいすべてに対応されてる!

 

「ふざっけんなよ……!」

 

 どういう理屈だよ、ここで初遭遇だろうが!

 一瞬で相手の癖だの隙だの完璧に把握できるやつなんかいてたまるか!

 

【ヴゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオッ!!】

 

 あと雄たけびを上げて襲い掛かってきた割には、全ての動きが繊細過ぎる。

 近接戦闘において最も重要な彼我の立ち位置(ポジショニング)で、さっきから一秒たりとも有利な角度を取らせてもらえない。

 常に俺の攻撃が削がれるよう、常に向こうの攻撃が通りやすいよう、半歩未満のステップや微かな体の傾ぎだけで空間を支配されているのだ。

 

【いるのか、いるんだろう!】

「目の前にいるっつーの!」

 

 極めつけに超うるせえ。

 発言が支離滅裂すぎる。

 

 完全に俺をロックオンしてるはずなのに、ずっと何かを探し続けている。

 俺を狙ってきたんじゃなかったのかよ。

 

【忘れるな、忘れるな!】

「何をだよ! 記憶喪失に向かって!」

【どこなのだ! どこにいるのだ、ここはどこなのだ!】

「阿佐ヶ谷って言ってぇ、休日に快速が止まってくれねぇ悲しい場所だよッ!!」

 

 順当に続けると間違いなく削り殺される。

 ならばどこかで、一撃ですべてをひっくり返すしかない。

 

「ハカセくん、援護は!?」

「やめとけ! 狙われる!」

 

 カスミさんの打診を、一蹴するしかない。

 こんなやつにカスミさんとアリアさんを狙わせるわけにはいかない!

 

「うおらァッ!」

 

 拳を地面に叩きつけて粉塵を巻き起こす。

 一瞬でも視界を奪いさえすれば、俺の行動の先読みは封じられるはず。

 

 ここからが勝負だ!

 

「砕けろォォォォォッ!」

 

 全身全霊を込めて、左ストレートを打ち込む。

 やつがどこにいるのかなんて関係ない。

 

 異常個体やパレードリーダーと比べても明らかに体格は小さいんだ。

 目算、クリティカルが四発出れば倒せるはず!

 

【――邪魔立てするのか】

 

 俺のパンチが粉塵を吹き飛ばした直後。

 完璧に待ち構えていた騎士の剣が、あまりにも流麗な、見惚れるほど綺麗な剣筋を描き、俺の左ストレートを真下からカチ上げて。

 

 

 バギッ、と。

 低く重い音を響かせて、『レフトナックル』が俺の左手の骨ごと砕け散った。

 

 

「――っ!! まだだっ!!」

 

 ダメだ戦闘中に心が折れるのが一番ダメだ!

 まだ武器は残ってる勝ち筋も残ってる!

 即座に腰をひねり、最大限の威力を載せて、今度は右の拳を叩きこむ!

 

【そこか】

 

 返す刀一閃。

 寸前で引っ込めようとしたが、遅かった。

 巨大な剣身からは想像もつかない、絶望的な神速の切り返しが、俺の右手に直撃。

 

 

 『ライトフィスト』が無残に破壊され、残骸が、地面に落ちる。

 右手そのものは無事だが、俺はすべての武装を喪失した。

 

 

「――――――」

【どこに、いるのだ】

 

 打つ手がなくなった。

 徒手空拳で食らいついてもいいが、それだと勝ち筋がない。

 

 カスミさんとアリアさんはまだそこにいる。

 全員殺される。

 

【どこに、いるのだ】

 

 …………ダメだ、それだけはダメだ。

 なんとかしろなんとかしろなんとかしろ。

 

 なんでもいい――本当になんでもいい!

 

 こいつを、こいつを、倒す方法を――――

 

 

 

 

 ――――思い出せ(思いつけ)ッ!!

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

【ヴ――ヴォオオオオオオオオオオッ!!】

 

 ウォーキングが雄たけびを上げて、その大剣を高々と掲げた。

 両手の武装を破壊された九条博士は、騎士の眼前で、俯いて微動だにしない。

 

「あ――」

 

 隣のアリアが、最後の力を振り絞って、最高速度で彼のもとに駆け付けようとするのが分かった。

 でも間に合うかどうかは五分五分、むしろ分の悪い賭けだろう。

 なにせ庇えたとしても自身は即死。そしてその後、ウォーキングは残った二人を殺す。

 

 では自分には何ができるのか。

 それは、何もできないとしか、結論が出なかった。

 

(あんなに助けてもらったのに)

 

 現状への怒りと自分への失望がまぜこぜになって、カスミの脳を汚濁となって埋め尽くす。

 腹の底が焼けるように熱い。死にたくないのに、何もできることがない。

 

(ハカセくん、なんとかして、君だけでも――)

 

 そんな手立てはないのに。

 カスミは何かをするため――否。

 

 無自覚のうちに、彼ならばまだ何かと、縋るようにまなざしを向けて。

 

 

(……ぇ)

 

 

 その時、若葉カスミは見た。

 顔を上げた九条博士の瞳がスッと細められ――

 

 

 

 瞳の色が、真っ赤に塗り替えられるのを。

 

 

 

 

 

「…………『エッジキャリバー』」

 

 

 

 

 

 刹那。

 

 九条博士を名乗る男が、その右手に()()()()()()()

 

 

【ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!】

 

 

 途端、目の前の騎士が今までで一番の絶叫を上げる。

 

()()は! そこにいるのか! ならば!! 死ね!!】

 

 今までで最大最悪の殺気。

 振るわれたウォーキングの大剣、今までと違い、黒い炎が塗りこめられている。

 間違いなく一撃必殺の攻撃。

 

 直後。

 

 

 

「干渉演算完了」

 

 

 

 九条博士の剣が閃き、空間を断つ。

 比喩ではない。

 彼の斬撃に沿って空間が引き裂かれ、それがウォーキングの大剣と片腕を巻き込み――消失した。

 

【ヴッ……ヴォォオオオオオオッ!!】

 

 絶叫を上げて騎士が後退する。

 腕は根元から消し飛び、かけらも残っていない。

 

「え、は、な、なに……!? 今の何!? どういう現象!?」

「何よ、あいつ何を、何をしたのよッ!?」

 

 若葉カスミの明晰な頭脳は、眼前で起きた現象に対して完全に処理落ちを起こした。

 単なる斬撃でなかったのは明白。

 むしろ、切り裂くというよりは、何もかもを削り取ってしまったかのようだった。

 

 アリア・A・アミエルの方が、実のところ感覚的に今の光景を理解できていた。

 今のが単なる斬撃に見えるはずもない。

 あれは、剣に沿って生まれた暗闇に、何もかもが吸い込まれてしまったのだ。

 

【こ、ここに……ここに、いるのだな】

 

 しかしウォーキングの片腕が、根元から音もなく生えて復活する。

 挙句の果てには、消え去ったはずの大剣までも、その手に握られていた。

 

【顔を、顔を見せろ。姿を現せ。ここにいるのならば。この世界に、いるのならば!】

 

 支離滅裂だった叫びが、対象に照準を合わせて、徐々に秩序を獲得する。

 そんな絶叫する騎士を前にして、九条博士は――

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 数秒意識が飛んでた。

 眼前で『闇夜狩りの騎士』が変なことを叫んでいる。

 ……いやずっと変なこと叫んでるだけか。

 

「ハカセくん!? そ、その剣は――!?」

 

 背後からカスミさんの悲鳴。

 どうやら意識が飛んでる間に殺されて天国に来ているわけじゃないらしい。

 ていうか剣って何。

 

「…………ん?」

 

 なんか右手が重い。

 視線をそらさぬようにしつつ、視界の片隅に注意を向ける。

 

 俺の右手は、なんか真っ黒なデカい剣を握っていた。

 

「は……?」

 

 俺なんで剣なんか持ってんだ!?

 こんな剣、俺の装備にないぞ!?

 

【ヴォオオオオオッッ! ヴ、ヴゥゥゥォオオオオオオオオオオッ!!】

 

 困惑している俺などお構いなしに、騎士が今日一番の盛り上がりを見せる。

 まずい! なんとかしないと――え世界が逆に見える。

 

「え、ぁ……」

 

 俺の手の中で、剣が光の粒子となってほどけていった。

 そこでやっと、自分が地面にぶっ倒れていることに気づいた。

 

「ハカセくん!」

 

 もう我慢できなかったのだろう、カスミさんが俺の前に飛び出し、騎士から俺をかばう。

 彼女の隣には、幾分か回復したアリアさんも来ていた。

 

「……目標は、救助部隊の到着まではなんとか粘るってところかしら」

「うん、そうだね。数分ぐらいかな」

「数分って、もう永遠よそれ」

 

 立ち上がろうとしても、もう指一本動かせない。

 連戦の中でダメージを負ったというのもあるが、異様に消耗しているのを自覚した。

 

「で、アンタの考えだと、これって勝ち目はあるのかしら」

「ないよ。でも唯一いいことがあるとしたら、あーちゃんと一緒に死ねるってところかな」

「フン……それだけは本当にそうね」

 

〇ま、ずい

〇ダンジョンって、こんなに残酷なんですか

〇そうだよ

〇頼むから何か奇跡起きてくれ神様でも天使でも悪魔でもいいから助けに来てくれ頼む

〇カスミンとアリアさん、完全に死ぬ気じゃん……

〇ハカセお前まだデビューしたばっかりだろ死ぬな!

 

「く、そ……っ」

 

 まるで、さっきの剣に体力とか気合とかを吸い尽くされたようだ。

 まずい、なんでこうなったんだ!?

 

【どこだ……どこにいるのだ……ここは……ここはどこなのだ……】

 

 なんとかしろなんとかしろ。

 立ち上がれ。

 嫌だ、もう嫌なんだ。何も失いたくないんだ。

 何も持ってなかった人間から、手に入れたものを奪わないでくれ。

 

 俺はまだ、まだ何も―――― 

 

 

 

〇あ、助かったかもしれないお

 

 

 

 え? マジ?

 

〇ここから入れる保険があるんですか!?

〇保険……うーん……これ、保険の逆だお……

〇どゆこと?

〇でっけぇ事故にでっけぇ事故をぶつけて相殺しようず、みたいな

〇相殺って言わねーだろそれ

 

 

 コメント欄の文字列に、思考が停止する。

 

 直後。

 

 世界が爆砕した。

 

 

「うおおおおおおおおっ!?」

「きゃあああああああっ!?」

「何よ! 次から次へと何なの!?」

 

 爆音と破壊音と崩落音が重なりながらとどろき、広間に無数の岩盤が砂煙を上げて降り注ぐ。

 カスミさんとアリアさんは、とっさの反応で俺に覆いかぶさってくれた。

 

 ダンジョン攻略においては、最もあってはならない即撤退事項(レッドアラート)――天井部の大崩落。

 しかも落下してくる岩石や砂塵の量からして、明らかに複数層にわたって丸ごとブチ抜かれている。

 

〇これ思ってたより断然オコだお まずいお 本当にまずいお

〇何が!?どういう!?

〇どれくらいまずいんだ

〇意思を持った核爆弾が怒り狂いながら落ちてきたお

 

 やがて崩落の波がやんだ後。

 静けさを取り戻した広間の中心で。

 

 ウォーキングが静かに、天を見上げた。

 それはまるで、騎士が神託を受けるような光景だった。

 

 

 

 

 

「なにしてんだオマエ。それはボクのだ、殺すぞ」

 

 

 

 

 

 こんな神託あるわけねーだろ。

 

 大崩落の向こう側から、落下ではなく、ゆっくりと浮遊して降りてきた人影。

 それは一人の少女だった。

 

【……別の、眩い、光】

「へぇ、ウォーキングって喋るんだな」

 

 舞い降りてきた少女の声には、絶対零度の怒りがあった。

 彼女は巨大な杖をくるりと回転させて、ぴたりと騎士に突きつける。

 

【どこに、いった。どこだ。光よ、おまえは、わかるか。そこに、いるのか】

「名乗れってか? ボクは水木(みずき)チヅル。『ダリア』所属探索者で――そこのバカの保護者だ」

 

 動きやすさを重視して短く切られた紺色の髪。

 それでも前髪だけは邪魔なのか、ヘアピンで強引に留められていた。

 

 平時は愛くるしいはずのその顔は、今は不機嫌そうに歪みきっている。

 あ、やべ……俺ですら一度しか見たことがないマジギレ顔だ……

 

「こちとら頭の血管全部なくなりそうなんだよ。辞世の句だけは聞いてやる、詠め」

【どこだ。どこにいるのだ】

「オマエの辞世の句、字足らずすぎない?」

 

〇どこなのだ どこにいるのだ どこなのだ

〇才能ナシ

〇うわ……え……待って……

〇これチヅルさん?? 本物??

〇え待ってハカセくん君がお世話になってるのって水木チヅルだったの!?!?!?

〇ガチの世界最強クラス来ちゃった

 

 戦の王、またはダンジョンを闊歩する者に対して、彼女はそれが当然とばかりに上から見下ろしている。

 当然だろう。彼女はこの世界における、人類の最高到達点と呼ばれる存在なのだから。

 

〇待て、まさかその、監禁を検討してたヤバ女って

〇こいつだお 人間関係の経験値がなさすぎて性愛と親愛と疑似家族愛と情愛と性欲と執着心が全部一つに合体してありえない暴走をしているお

〇こわ

〇じゃあトータルでは愛の戦士なんじゃない?

〇ありえない

〇お前マジで何言ってる?

〇常識では考えられない要約

 

 呆然としている俺たちを一瞥した後、彼女は敵に向き直った。

 全身から立ち上る殺気が収束し、物理的な圧すら伴って、騎士へと突き刺さる。

 それを受け、『闇夜狩りの騎士』もまた、剣をゆっくりと構えた。

 

 

【……邪魔立てするのなら、死ね!】

「もうブチ殺していいな? 死ね」

 

 

 直後。

 人智を超えた激突が、余波だけでダンジョンを激震させた。

 

 

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