チヅルさんはブチギレて先に帰っていった。
本人曰く『便利だと思って組んだのになんだよこのクソ能力! 神に逆らうな!』とのこと。
……明らかに創造主側の不手際だったとしても、やっぱ支配する側はそういうセリフを吐くらしい。
〇なんだったんだあの人
〇最強?
〇そういやチヅルさん帰宅らしいけどlolネキは大丈夫なん?
〇大丈夫なわけないお そろそろ死んでくるお
〇骨は拾ってやるよ
〇普通に自業自得かもしれん
引きこもってダンジョン全然行ってないって時点でまあ特定できるんだよなあ。
まさか俺の配信を見てくれているとは思わなかった。
「……まあ今回は先輩の自業自得で間違いないですね。とはいえ、コメント欄で色々と気を回してくださってありがとうございました」
〇過去形で草
〇こいつもう"悼"んでやがる
〇蘇ったらlolしようず
〇成仏してクレメンス
〇ダリアって天文学的な確率のクリティカル出したりビーム出したり自己蘇生できたりしないといけないんすか?
〇そうだお
〇否定してほしかった
〇肯定すんなバカ
あぁ、結局ダリアの評判が下がっている気がする。
命の恩人が所属している……だけでなく、本当に先輩方にはお世話になっているので、それは避けたいところではある。
……とはいえ言われてる内容は真実なんだけど。
「はぁ~、なんだかんだでおなかいっぱいだぁ~」
町中華屋さんを出た直後に、カスミさんがうんと伸びをする。
この人、ウーロンハイとはいえ結構な量を飲んでいたはずなんだが、顔色全然変わってねえな。
「アンタは絶対に飲み物でいっぱいになっただけよ。あたしより食べてないし」
一番普通に飲み食いしていたのはアリアさんだ。
とはいえ体型に気を遣ってか、脂っこいものは極力避けようとしていた。町中華に呼ぶのがそもそもおかしかったかもしれない。次は別の店にしよう。
……今思えば、二人ともダンジョンには着ていけないような可愛らしい服装なので、大変レアな場面だったな。
いや、レアっていうか、眼福。
チヅルさんはいつもシンプルな服装だし、俺はその、学ランしか持ってないから……私服配信に特別感がないんだよなあ。
「そういえば、そのドッグタグにどんなスキルがあるのか聞いてなかったわね」
「あ、確かにそうですね」
アリアさんの指摘の通りだ。
俺は手の中のドッグタグをじっと見つめた。
ダンジョンで発見された俺が握っていたというのなら、俺の持ち物か、あるいは、俺がその直前まで一緒にいた人の物と考えるのが自然だろう。
いや、片方だけ残ってるのであれば、用途上、シチュエーションは限られる。
二つに分かたれたドッグタグは、それぞれを生者と死者が持つ。
そして俺は、生きている……
〇ドッグタグを持ってた、ってさぁ
〇まあ、そういうことに、なるよなあ
〇遺品
〇まだ可能性の話だけどね
手元にあるドッグタグは一部焼け焦げており、激戦を乗り越えてきたのだということがよく分かる。
残念なことに『HIROSHI KUZYO』という表記以外の文字は、そのせいで焼き潰れているのだが。
思うところはある。
例えば、これの本来の持ち主は、俺に残された微かな記憶の中で、俺に語り掛けてくれていた人たちの誰かなのだろうか、とか。
記憶を失う前の俺にとって、これはどれほど大事なものだったのだろうか、とか。
「……もしかしたら君は、大切な人の名前を受け継いでるのかもね」
「そう、ですね」
先にカスミさんが言及してくれて助かった。
俺が自分で言い出したら、きっともっと暗い空気になっていただろう。
一つ息を吐いて、俺はドッグタグのチェーンをパチッと外して、それから自分の首にかけた。
片方しか残っていない以上、本来の役割は果たせない。
だけど――こうしていればきっと、その本来の役割を果たさなきゃいけない場面が、訪れないような気がした。
「……じゃ、そろそろ配信終わる?」
「だね」
二人はうなずいて、それぞれ自分のカメラに向かって顔を向けて、締めの挨拶を始めた。
となると俺もやるべきか。
「では僕も、本日の打ち上げ配信はここまでにしようと思います」
〇乙
〇乙でした
〇九条乙博士
「次は……ダンジョン配信にはならないと思います。最低でも準備配信が必要なので」
〇まずはゆっくり休んでほしいわ
〇血まみれのお前を見たくなさすぎる
〇ここに無限に同意ボタンを押すゲームがあってぇ
〇スイカが好きならおすすめのゲームがあるんだけど
〇lolやろうず(遺言)
〇チヅルさんが帰宅したっぽいな……
「……それでは、また。データの満ちる日にお会いしましょう」
〇またね
〇次も見に来るぞ!
〇おつ
〇データが満ちる日???
〇おい最後の最後にわけわかんないこと言ってるぞ
〇データ狼男!?!?!?
〇さっさと帰ってこい、ボクをあまり待たせるな
やべなんか最後に呼び出し入ってたな。
配信画面を閉じると、ちょうど二人もこちらに顔を向けるところだった。
チヅルさんのことだ、帰宅してからもたっぷり説教があるんだろう。
あと普通に、今まで入院してたから、早く家で一緒に過ごしたいんだろう。
でも……今日はちょっと、ゆっくり歩いて帰りたい気分だ。
「少し、歩きましょうか」
俺の提案に、カスミさんもアリアさんも、一瞬の迷いもなくうなずいてくれた。
◇◇◇
「ねえ、ダリアって人間やめてる人ばっかりなの?」
「アンタ聞き方ってものがあるでしょ」
駅へと向かう道の途上。
俺たちは河川にかかる橋の上で欄干にもたれかかりぼうっと雑談していた。
「もしかしてダリアの人たちでテニスしたら、能力同士で打ち消し合って普通のテニスになるのかな」
「それ何の話よ?」
「球技の適性がある人は限られる気がしますが……」
あとなんでテニスなんだろう。
……あ、でもこの前先輩たちが麻雀してた時は、互いに相殺し合って普通の麻雀になるみたいなこと話してたな。そういうことなのか?
「どっちかっていうと聞きたいのは、あれはどんな装備を使った攻撃なのかってところよ」
「あ、それは私も気になってたかな」
その質問に、俺は腕を組んでうなる。
「う~ん……チヅルさんのことですよね。詳しく知りませんが、あのビームも爆発も、元をたどれば一つのものらしいです」
「うっそだぁ」
俺だって嘘だと思いたいけどな。
もとは一つの力であるところを、装備とか本人の思考とかで分岐させて組み替えて、ああいう感じで運用してるんだとか。
仮に俺が異世界人だとしても、まず解剖するべきはあっちだと思う。
まあチヅルさんを解剖するってことになったら、俺は世界を敵に回して戦わなくてはならなくなるので勘弁してほしいが。
「それは――装備によらない、特別なスキルってこと?」
「そこまでは聞けていませんが、その可能性は高いですね」
思えば、彼女にそこを聞いても、返事はいつも歯切れの悪いものばかりだった。
『ボクが天才だからだ』だの『選ばれし者が選ばれし者であることに理由はない』だの『ボクは常に進化している。全宇宙の何者もボクの進化にはついて来れない』だの……オイ冷静に思い返すと一つも返答になってねえぞ。
「そっか。もしかしたらなんだけど――」
「?」
「そういうスキルって、私たちが考えるよりもずっと一般的で……表層化していないだけで、みんな持ってるのかもね」
なるほど、ちょっとカスミさんっぽい考え方だ。
人間の脳は大半がまだ使用されていない、なんて話もあるぐらいだしな。
「へぇ、じゃあハカセのもとの世界だとそれが一般化して、後付け用の装備まで開発されてたってこと?」
「ハカセくんが異世界から来てる場合は、多分そうなるね」
そこで言葉を切って。
橋の灯りに照らされながら、カスミさんはふわりとスカートを膨らませて、こちらに身体を向けた。
「だけど――私がずっと見てきた君は、そのドッグタグなしでもすごいスキルを振るっていたよね」
「僕にも、チヅルさんと同じような力がある……と、カスミさんは考えているんですよね」
「うん、そうだよ」
彼女の言葉が正しいとして。
俺は正直、何一つとしてピンと来ていない。
「多分なんですけど……そのスキルっていうか、僕の資質っていうか。あの、スキルって呼ぶの恥ずかしいから資質って呼んでいいですか?」
「うん、君のスキルがどうしたの?」
「……僕の資質ですね」
「スキル」
「資質です」
オイ全然譲ってくれねーなこの人。
「とにかく、これってその、なんか気づいたら持ってた力なわけなんですけど……」
俺の言葉に何かを感じ取ったのか、二人は黙りこくって、続きをじっと待ってくれた。
助かる。まだ全然整理できてないのに、とにかく話し始めようとしてしまった。
「きっと記憶を失う前の僕は、この力が必要だったんじゃないでしょうか」
自分の両手を見る。
カスミさんが言うには、低確率な事象を引き当てる、だったか。
それに加えてあの剣だ。チヅルさんの装備を一瞬で半壊させるなんて、尋常じゃない。
「以前の僕にはきっと、明確な戦う理由があった。そして戦う力もあった。もしかしたら戦う敵すら。だから……探索者っていうよりは、戦士だったんじゃないかな、って思うんです」
記憶の中の俺は、何も語っていなかった。
仲間たちの声は聞こえるけれど、それに返事をしたりはしていなかった。
単純に自分の声だけが欠落しているのか、本当に返事をしていなかったのかは分からない。
だからどんな人なのかは、想像するしかない。
「それに比べると、今の僕は……すごくあやふやな、他の人を納得させることのできない理由で、ダンジョンに潜って、戦っています」
チヅルさんにギリギリの妥協をしてもらうまでに、本当は痛感していた。
俺の行動は、多分だけど、客観的に見れば危ういものなのだ。
だけど。
「それでも、多分僕は……戦い続けると思います」
先ほどの映像を見て分かった。
多分だけど俺は――本当は、あんまりゆっくりしてちゃダメなんだ。
何かの使命がある。それは分かっている。
何かの使命感が胸をずっと焦がしている。それは承知している。
だからこそあの頃は、自分の生死などお構いなしにダンジョンアタックを繰り返していた。
でなきゃ、生きていても意味がないとさえ思っていたからだ。
それを踏まえたからこそ。
それを改めて思い出せたからこそ。
俺は、またダンジョンへと行かなくてはならない。
「……いいね。気分一新ってこと?」
「そうなりますかね」
なんとなく気恥ずかしくて、頬をかく。配信してなくてよかった。
ああいや、本当に言わなくちゃいけないのは、この次だ。
「で、なんですけど」
咳払いをしてから、俺はカスミさんとアリアさん、ここ最近ずっとお世話になった恩人の二人に向き直った。
「僕は、異世界だか並行世界だかの出身かもしれないわけじゃないですか」
「そういうことになってるね」
「そうね」
二人は、だからなんだ? といった顔をしている。
「そんな不確定な変数、身近に置いておくのは、お二人にとってリスキーかなと」
「ハ?」
いの一番に反応したのはアリアさんだった。
俺が言いたいことを察知したのか、まなじりを釣り上げて、見るからに機嫌が悪くなっていく。
「アンタまさか、パーティーを解散したいってこと?」
「追放系ってこと!? 私とあーちゃんを追放するんだね!?」
「……アンタはなんでそんないつも通りなのよ」
初動でカスミさんがありえないリアクションをしたため、俺もアリアさんもそろってずっこけそうになった。
この人アニメ見るのやめた方がいいと思うよ。
「え、だって……そんなこと言われてもな~って感じだし」
「そんなこと、ですか?」
俺は結構まじめに喋ったつもりだったんですけど。
ちょっとショックを受けていると、カスミさんが一歩、こちらに近づいて来た。
こちらの顔を覗き込みながら。
彼女は優しく、柔らかに微笑んで。
「大体、変数って言われても……私たち人間って、みんな変数みたいなものでしょ?」
「――――」
カスミさんの言葉には。
俺にとっては、頭を殴り付けられるような衝撃があった。
「だから私は、ハカセくんがどんな人でも、どこから来たとしても関係ないと思う」
「それ、は……」
「それに変数って言うけどさ。
隣の少女の腕をぐっと引き寄せて、ね~? とカスミさんは笑った。
「……フフッ、こればっかりはカスミの言う通りよ」
どうやら俺が言い返せないのを見て、勝利を確信しているらしい。
アリアさんはとてもイイ笑顔だった。
「だから、探すなら、一緒に探そうよ」
「そうよ。それにどうせ探索者やるなら、てっぺん目指したいでしょ。なら一緒に来なさい」
……。
…………本当に、かなわないな。
カスミさんに完全にデータキャラっぽい語彙を使われて負けたのだけはありえないぐらい本当に死ぬほど癪なのだが、しかし、言い返す余地がないのは確かだ。
「なら……これから先も、一緒に潜らせてもらって、いいですか」
「もちろんだよ!」
「当然よ。あたしのデータもそう言ってるわ」
「あ、それ私も言いたい! 私のデータ上も、まったくの無問題ですだよ!」
二人はそろってエアメガネクイクイを始めた。
ぶん殴って川に突き落としていいか?
いいや落ち着け、クールになれ。
データキャラは暴力に訴えたりしない。
ならばここは、データキャラとしての質で勝負するべきだ。
「フッ……違いますよ。こうするんです」
俺も二人に負けじと、眼鏡をクイクイッと上げた。
三人そろって(しかもうち二人はエアで)眼鏡をクイクイすること十秒ほど。
沈黙が訪れた。
「……あたしたち何してんの?」
「わかんない」
「アナタたちが始めたんですよ!?」
なんだったんだ今の時間。
「ま、それじゃあ私たちは、まだまだパーティーってことだね!」
カスミさんのまとめに、俺とアリアさんは同時にうなずく。
「次こそは何事もなく、ダンジョンを完全攻略しようねっ」
「もちろんです。僕たちがダンジョンを踏破する成功率は、98%といったところですね」
「それフラグっぽいからやめれる?」
そんなことを話しながら、俺たちは自然と駅への道を歩き始めていた。
今日はさようならでも、また会えるということが分かったから。
三人並んで歩く街並みは、前よりも少しだけ輝いて見えた。