データを集めて拳で殴るダンジョン配信   作:佐遊樹

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第18話 コーヒー・ブレイク

 渋谷ダンジョンの入り口は、あろうことか市街地のど真ん中にある。

 というのも、他のダンジョン同様に突然日本に現れたのだが――本当に市街地のど真ん中に、ドドーンと生えてきたのだ。

 

 そのせいで、制度が整備されていなかった当初は、市民が勝手に入り込んで悲惨な事件が起きまくっていたらしい。

 肝試しスポットじゃねーんだよとは後世の人間だから言えることだろうか。

 

「ねぇあれって……」

「例のデータニキか……?」

 

 待ち合わせ場所に指定されたのは、そのダンジョン入り口からは少し離れた、ハチ公前というところだった。

 どんな場所なんだろうと思って、早めに来てみたが。

 

 なんかでっかい犬の銅像があるんだけど!?

 こんなの俺のデータにないぞ!?

 

「データニキ、ずっとハチ公と見つめ合ってるな……」

「何考えてるんだろうね……」

 

 確かに愛嬌のある犬だ。可愛いと思う。

 しかし、そんな簡単に受け入れていいのだろうか。

 俺はデータキャラだ。データキャラは、既存の常識だって疑ってかからねばならない。

 

 そして、何よりも。

 俺はチヅルさんの犬だ。

 同じ犬として負けるわけにはいかないのだ。

 

「いやこれ、見つめ合ってるっていうか……メンチを切り合ってないか?」

「私にもそう見える……」

「なんていうか、修羅の顔になってる」

「心なしかハチ公側もちょっと対応して殺気立ってる気がしてきた」

 

 どうしたハチ公。かかってこいよ。

 ブルってんのか? 気持ちは分かるぜ。俺もチヅルさんの犬としては相当なもんだからな。

 

 だが、可愛い小型犬みたいにプルプル震えてるだけじゃ、お前に明日は来ない。

 どんなに苦しくても、どんなに痛くても、前に進むって意志だけが人間を人間たらしめるんだ。

 

 ……でもこいつ犬だから別にいいのか?

 むしろプルプル震えるのが本職の方なんじゃないか?

 あれ? 俺の負けか?

 

 俺が自分の論の崩壊に愕然としていたその瞬間。

 スパァンといい音を立てて、俺の後頭部がはたかれた。

 

「何してんのよアンタ」

 

 ダンジョン探索用に重装備を抱えたアリアさんだ。

 久々に探索用の服装を見た気がするな。いつ見てもスカートが短い。

 

「おはようございます、アリアさん」

「ねえ、アンタがハチ公と喧嘩始めるかもってSNSでプチバズしてたんだけど。何考えてそんな見つめ合ってたの?」

「どっちが強いんだろうって気になってしまって」

「本当に喧嘩を始めるところだったの……!?」

 

 信じられないものを見る目でアリアさんがこちらを見てくる。

 

「と、とにかくここから離れなさい。このままだと、アンタが銅像にタイマンを挑む異常者になっちゃうわよ」

「ちょっと待ってくださいよ。僕が挑むんじゃありません、向こうが挑戦者(チャレンジャー)です」

「うっさいわよ! ハチ公さんに対して失礼でしょ!」

 

 彼女にズルズルと引きずられ――なんかその間、パシャパシャと写真を撮られる音もしたが――俺たちはハチ公前を離れて、少し歩いた先の喫茶店に入った。

 注文したコーヒーを受け取り、席に座る。

 ……ん? 集合場所から離れてよかったのか?

 

「アンタどうせ通知見てないでしょ」

 

 スマホを取り出し、三人が入っているサーバーのチャットを確認する。

 そこには三十分ほど前にカスミさんからの連絡が入っていた。

 

『ごめんなさい、色々と持って行きたい新装備とか、用意したものとかを積んでたら時間間に合わなくなっちゃいそうで……! どこかで待っててくれると助かります!』

 

 ゴメンネ~と謝る、可愛らしいタヌキのスタンプ付きだった。

 さすがは『うっかりタヌキ』といったところか。

 

「ったく、しょうがないやつよね」

 

 カフェオレをズズと啜りながらアリアさんがスマホをポチポチ弄る。

 明らかに俺よりも入力スピードが速い。本当に同じ人類なのか?

 

 ちなみに俺たちは喫茶店のテラス席に座っているので、通行人たちからめちゃくちゃ見られまくっていた。

 こんな目立つ場所にいて、いいのだろうか。アリアさんって有名人のはずだし。

 男女二人でいるところを見られるのは気まずいのでは?

 

「……なんか心配してる時の顔ね。どうしたの?」

「え、そんな顔に出てましたか?」

「いっつも超出てるわよ。え? 自覚ないの?」

 

 データキャラは考えが顔に出たりはしない。

 すさまじいポーカーフェイスの持ち主でなければならないのだ。

 

「どうせこんな目立つ場所でいいのか、ってカンジ? 普段ならまだしも、今のあたしたちって見るからにダンジョン潜る前でしょ? だから大丈夫よ」

 

 言われてみれば、俺もアリアさんも席のそばに各種装備を置かせてもらっている。

 デートって感じではない。

 

「ならいいんですが」

「それよりも、渋谷ダンジョンの情報はちゃんと頭に入れてきたんでしょうね」

 

 むっ、それはデータキャラたる俺をナメ過ぎではないだろうか。

 情報――それ即ちデータである。ダンジョンに関するデータを入れていないわけがないだろう。

 俺は眼鏡をキラリと光らせて口を開く。

 

「渋谷ダンジョンは日本政府からA級と認定された高難度ダンジョンです。今までに数度パレードリーダーが出現しており、下層の活動は活発だと予想されますね。また先日のマップ更新によって、既存の最短経路(パスルート)が否定されたのも特筆すべきポイントです」

「おぉ……なんかデータキャラみたい……」

 

 みたいじゃなくてデータキャラなんだよボケが。

 それに、渋谷ダンジョンのデータはこれで終わりじゃない。

 

「また最後に出現したパレードリーダーは、まだ討伐が確認されていません。沈静化こそされましたが、過発生(パレード)の再発可能性が非常に高いといえますね」

 

 フッ、どうだこの完璧なデータキャラっぷりは。

 はねっかえりの強いアリアさんとはいえど、これはさすがに俺のことを見直すしかないだろう。

 

 ……と思っていたのだが。

 俺が付け加えた情報を聞いて、アリアさんはすっと冷たい表情になった。

 

「……そうね。位階パレードリーダー、個体識別名称『シャドウテイル』は未討伐個体よ」

「え、えぇ。それがどうしたんです?」

 

 言葉を切って、彼女は少し息を吐いた。

 

「そいつが出現した日が――カスミと親友が渋谷ダンジョンに潜っていて、そしてカスミしか帰ってこれなかった日よ」

 

 その言葉に、俺は目を見開いた。

 つまりカスミさんからすれば、親友の仇ということになるのではないか。

 と、考えた瞬間のことだった。

 

「あ、あの!」

 

 俺とアリアさんは、はっと顔を横に向けた。

 テラス席に座る俺たちに、何人かの探索者グループが声をかけてきていたのだ。

 

 探索者だと思ったのは、彼らがダンジョンに潜る用の装備を持っていたからだ。

 見たところ結構練度は高そうだ。

 

「アリア・A・アミエルさんですよね……! 俺たちファンです!」

「いつも見てます! 応援してます!」

「メモ帳ですみません、あの、サインとかってお願いできますか」

 

 あー、なるほど、そりゃ目立ってたらこういう感じになるよね。

 

「ああ、そういう……いいわよ」

 

 アリアさんは一つ頷いて、ペンとメモ帳を受け取った。

 それから実に手慣れた様子で自分のサインを書いていく。

 

 しかしなんというか。

 サインをねだる男性たちは、そろって俺のことなど目に入っていないかのようだった。

 アリアさんしか目に入っていないのか、軽い会釈すらなかったんだけど。

 もしかして俺の存在に気づいていないのか?

 

「あの……」

 

 すると、声をかけてきたグループのうち一人だけが、おずおずと俺に話しかけてくる。

 

「どうしました?」

九条博士(くじょうひろし)さんですよね。その、俺も同じような格闘装備使ってるんで……参考にしてるんです。頑張ってください」

「……あ、ありがとうございます」

 

 え、普通に照れちゃう。

 まいったな、俺にもファンがついちゃったよ。

 

 何故かお互いにテレテレしながら、話しかけてくれた人と交互に頭を下げ合う。

 ま、まずいな。俺サインとかないんだけど。今この瞬間にでっちあげるべきか?

 

 そうこうしていると、サインをもらい終えた男性陣がこちらに顔を向ける。

 彼らの眉間にはシワが寄っていた。

 

「は? お前そいつのファンなん?」

「最近、アリアさんに引っ付いてる人だろ」

 

 あっこれなんか言い方に敵意があるな。

 目に入っていないっていうか意図的に無視してただけっぽい。

 

「……なんか言いたいことがあるのならハッキリ言えば?」

「いえ、別に」

 

 やっかみを受ける立場なのは分かっていたが、毎回俺が気を抜いてるタイミングで来るのやめてほしい。

 ちゃんと身構えてる時に来てくれよ。

 

「気にしないでください、アリアさん。アナタと一緒に探索するというのは、ファンの方々からすれば、気に入らないのは当然ですよ。彼らの怒りはもっともです」

 

 眼鏡を光らせながら、俺は探索者たちを見渡す。

 

「見たところ、今日は同じように渋谷ダンジョンに潜るのでしょう……互いに謝って、そして探索に幸運を祈り、終わりにしようじゃないですか」

「……あ、アンタがまっとうなこと言ってると鳥肌が立つわ」

 

 すごく失礼なことを言われている気がしたが、無視。

 俺は席から立ち上がると、グループのリーダーと思しき男性と見つめ合う。

 

 とりあえず俺は、向こうが怒っているであろう、アリアさんとパーティーを組んでいることを謝る必要があるな。

 よし、データキャラとして完璧に言葉を選んでやろうじゃないか。

 

 

「アナタの大好きなアリアさんと一緒にダンジョン探索をしていてすみません。そちらも探索頑張ってください」

 

 

 ……。

 …………。

 

 なんか、沈黙が訪れた。

 リーダー君の顔が、首からだんだんと赤く染まっていく。

 

「あ、あ、アンタってどうしてそう言葉選びがカスなワケ……!?」

「そんなバカな! 僕のデータ謝罪に狂いはないはずですよ!」

「謝罪ってのはまず心意気を伝えないといけないのよ! アンタ、そこが壊滅してるんだけど!」

 

 そんな変なこと言ったか?

 

「……死ねカス」

 

 見るからに、もう場所が場所でアリアさんさえいなければ飛び掛かってましたよっていう様子で、リーダー君は踵を返して立ち去っていく。一団もそれに続いていった。

 俺に話しかけてくれた男の子だけは、一度振り返り、手を合わせ申し訳なさそうに頭を下げてくれたが――

 

「いったい何が起きたんでしょう」

「アンタが全部引き起こしたのよ」

 

 その時、ぽこんとチャットの通知音が鳴った。

 カスミさんの『いま渋谷着いたよー!』というメッセージだった。

 

「では、行きますか――おっと。ここの会計は僕が持ちますよ」

「は? ここ前払いだし、アンタってお金なさそうだから、あたしがまとめて支払ったわよ?」

「…………すみませんでした」

「その申し訳なさそうな態度をさっきも見せなさいよ……」

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