データを集めて拳で殴るダンジョン配信   作:佐遊樹

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第2話 若葉カスミのお誘い

 エリートワイバーンと遭遇した第四層を立ち去ってしばらく。

 

「とりあえず、この辺まで来れば安全だね」

 

 若葉カスミ――大御所事務所に所属する大先輩配信者の案内で、俺は第三層に上がっていた。

 もともとこの阿佐ヶ谷ダンジョン、第二層までは非探索者でも入れる解放エリアとなっている。

 その一層下なだけあって、事実上の安全地帯とされているのだ。

 

「ダンジョンキーパーさんにも通報しておいたから、大丈夫だと思う。今潜ってる人たちも、連絡受けてるはずだよ」

「何から何まですみません」

 

 俺はぺこりと頭を下げた。

 エリートワイバーンをブチのめした後、俺と若葉さんは探索を切り上げることにした。

 

 探索にイレギュラーはつきものと言うが、今回に限っては話が違う。俺たち以外の人も危険に晒されるかもしれない。

 そこでデバイスを用いてダンジョンキーパー、まあ警察みたいなところに連絡を入れて、自分たちも安全地帯まで引き上げてきたのだ。

 

〇いやーとんでもない新人が入ってきましたね

〇あらゆる意味でとんでもねえよ

〇結局あれどういう理屈だったんだ……

〇気合と大声で確率を補填出来たらパチスロ店は音圧で破裂してるだろうな

 

 阿佐ヶ谷ダンジョンは一時封鎖されており、俺も若葉さんも、周知を兼ねて配信をつけっぱなしにしている。

 まあそろそろネットニュースにもなるだろうけど。

 

 そんなことを考えながら、俺はバックパックを地面に下ろした。

 荷物をたくさん持ってきたの、普通に持ってき損だったわ。

 

「ん? あれって、若葉カスミか?」

「なんでこんなDランクのダンジョンに……」

「おい隣見てみろよ、どんなド素人?」

 

 安全地帯で待機させられている探索者たちが、若葉さんに困惑の、俺に侮蔑の視線を向けてくる。

 まあ俺、眼鏡は破損してるし盾はぶっ壊れてるしで、どう考えても敗走直後だもんな……

 

「気にしないでいいよ。私を助けてくれたの、君だし」

「あ、はい。大丈夫です、気にしてませんから」

 

 若葉さんの眉が八の字になっていた。

 あーだこーだ言われている俺のことが、心配なのだろう。

 

「って……あれ? さっき使ってた、手についてたやつは?」

「普段使いじゃないので、いつもは装備プリセットに入れているんです」

 

 ダンジョン産素材を用いて作られた探索用デバイスは、少量の荷物だけでなく、指定した装備を格納することができる。

 あのプロテクターたちは緊急事態用とかですらなく、ぶっちゃけ記念品として持ち歩いているだけだ。

 まさか初陣で使う羽目になるとは思わなかったが。

 

 ……よく考えたら、データキャラのはずなのに何をしていたんだろう、俺。

 さすがにあっちが素だと思われるのはまずい。

 ここは軌道修正をしておかねば。

 

「あんな情けない姿をお見せしてしまい、恥ずかしい限りです」

 

〇別に『姿は』情けなくなかったけどね

〇情けないのは発言の方な

〇欲しいものリストに算数ドリル入れとけよ

 

 コメ欄からもあり得ない悪口を言われている。

 どういうことだ? 口調こそ荒れてしまったが、発言自体はデータに基づいたものだったはず。

 まずいと思ったのは眼鏡を外してしまったことなんだが。

 

「別に情けなくなかったけど……すごかったし、さっきのクリティカル連打」

「まだまだですよ。八連続で終わってしまったので、物足りないぐらいです」

「コワ……」

 

 若葉さんが俺から一歩距離を引いた。

 なんで?

 

「あっ、そうだ。そういえばまだ自己紹介もできてなかったかも」

「ですね。改めまして、ダリア所属の九条博士(くじょうひろし)です。京都の九条に、漢字のハカセで九条博士になります」

「あははははっ、じゃあハカセくんだね」

 

 俺の自己紹介に軽く笑った後。

 ゆっくりと、静かに、若葉さんの表情は真顔になっていった。

 

「え゛……あ、あの『ダリア』所属なの?」

「はい、あの『ダリア』所属ですよ」

 

 ニコニコ笑顔を浮かべながら肯定すると、若葉さんの目が左右に泳ぎ始めた。

 うーん、先輩方から一応言われていたのだが、本当にあまり名乗らない方がよかったらしい。

 

 配信者事務所『ダリア』。

 事務所名の由来は『Dungeon Live Athletes』――その頭文字を取って『ダリア』、らしい。

 由来から分かる通り、配信者は配信者でも、ダンジョン探索配信にジャンルを絞って活動している事務所だ。

 

 一度事務所名で検索してみたのだが、ネット上では寝食よりも探索を優先する狂人の集まりとか言われていた。

 本当に失礼だと思う。

 寝食より優先することがあったって問題ないだろうに。

 

 ……まあ入所前の非公開適性検査で、一人でダンジョン中層探索させられた時は、この事務所本当に大丈夫かって不安になったけど。

 

「ごめんなさい、知らなくて……」

「今日デビューの新人ですからね、知らなくて当然ですよ」

 

 申し訳なさそうにする若葉さんに対して、俺は笑って返す。

 逆に知られていた方が怖いぐらいだ。

 

「あ、じゃあ私か。私は若葉カスミ。『ミラージュ』所属だよ」

「もちろん存じ上げていますよ」

 

 彼女、若葉カスミは大人気配信者だ。

 特に長時間にわたる配信が得意で、耐久企画とかでもないのに、平気で8時間とか9時間とかぶっ通しで配信しまくっているのが特徴である。

 

 そのせいで彼女は『配信妖怪』『ねないこ狩り狩り』『Devil May Sleep(悪魔もさすがに寝る)』といった異名を誇っている。

 配信チャンネルのアイコンは、元からフチが赤くデザインされていたのではないかともっぱらの噂だ。

 

 今回は探索用に動きやすそうな服装だが、普段はもっと……えっと……ふわっと……かわいい服をしていたはず。

 ともかく、普通に美少女って感じだ。話してみると思ってたよりずっととっつきやすいし。

 

「え、そーなんだ! なんか照れるなぁ」

「探索配信を始めるにあたって、いろいろと参考にさせていただきましたし」

「参考にした結果がアレなの?」

 

 若葉さんの目が、信じられないものをみるそれになった。

 

「ま、まあフォーマットとかそういうのかな、うん」

「先輩たちはあまり参考にならないので……」

「ああ、確かにそれなら私が参考になるねえ」

 

 先輩たち、普通はやってはいけない全力疾走とかを駆使したRTA配信やら、あえてエリートと接敵するルートばっかり選ぶ自主的なボスラッシュ配信やら、ありえないことばっかりやってるからな。

 その点、若葉さんは戦闘少なめなのだが、大勢に楽しんでもらえる探索配信をキッチリやっている。

 

「……それでなんだけど、ハカセくん」

「はい?」

 

 ハカセくん?

 まさか俺のことか?

 

「今後の配信なんだけど……補佐とか、必要じゃないかなって」

「補佐、ですか」

「ちょうど君の目の前の美少女が、ここ最近はソロばっかりだったから、誰かと組んで潜るの久々にやりたいな~って思ってるんですケド」

「若葉さんでも相手が見つからないことがあるんですね」

 

 俺の記憶が確かなら、ダンジョン探索はそんなに深く潜らないのなら、ソロでやる人が多い。

 探索そのものに複数の目的があるからだ。

 

〇単純な素材採集とか、雑談しつつチル探索とかなら補佐なんていらないけど

〇戦闘メインなら複数人はいてほしさがある

 

 コメントにある通りだ。

 俺は戦闘しつつ深く潜っていくのを目的としているので、補佐というか、人手は欲しい。

 つまり――俺も若葉さんも相手探し中ってことだ。見つかるといいなあ。

 

〇つまり、そういうことか!?

〇ええ、そういうことよ!

 

 何が?

 

「下世話に聞こえるかもしれないけど、私にもメリットがあるんだよ。だって君、これから跳ねそうだし」

「はねる? 僕は車じゃないですよ」

「人が人を撥ねそうとか思うわけないでしょ!?」

 

 若葉さんは頭を振って、深呼吸を始めた。

 小声で『なんなのこの人……』『本当にありえない』とか言ってるのが聞こえる。

 

「ええと、跳ねるというのは、あれですかね。登録者数が増えるみたいなあれですか?」

「っ! そ、そう! そういうあれだよ!」

 

 やっと話が通じた! と言わんばかりに若葉さんが目を輝かせる。

 それならそうと言ってくれよ。専門用語、あんま分かんねえよ。

 ダリアでの新人研修なんてダンジョン知識ばっかりだったし。

 

「でも、それって分かるものなんですか?」

「まあ……確かにそうだよね。配信者が跳ねるかどうかって、理論があるようでなかなか分からない。正直、君は跳ねそうってだけで、確実に伸びるって断言はできないよ」

「あ、はい」

 

 なんか『君は絶対に伸びる!』とか言われてるのかと思ったら、違うらしい。

 ちょっとだけガッカリした。

 しかし、若葉さんの言葉は続く。

 

「でもね、そのうえで言わせて。ハカセくん、私の感性は本物だよ」

「感性……? 随分とあいまいな言葉を使いますね」

「ふふ、よく言われる。でも本当なんだ――私が『売れる』と思った子はみんな売れてる」

 

〇売れっ子筆頭が言うとなんか説得力あるな

〇言われてみるとカスミンがよく絡むメンツって登録者数とか最上位層多いもんな

 

 へぇ~、そうなんだ。

 プレイヤー側なのかと思っていたけど、マネージャー気質だったりするのか?

 

「あと、君には個人的な興味もあるしね」

「個人的な興味……ですか?」

「うん。ただそっちの理由はちょっとまだ、検証できてないっていうか。まだデータが足りてないっていうか」

 

〇おいデータキャラのセリフ盗られてないか

 

「……ッ!? 若葉さん、それは僕に対する営業妨害ですか?」

「ちゃんとしたキャラ営業をしてから言ってほしいかな……」

 

 は? ありえない正論が飛んできた。

 反論できず押し黙る俺に対して、若葉さんが苦笑しながらびしっと指を突き付けてくる。

 

「まあとにかく、君は無限に撮れ高を生み出せそうってことだよ!」

「無限というのは、データ的にはあまり好ましくない表現なのですが」

「何言ってるの? 無限母集団とかで出てくるでしょ」

「…………」

 

〇カスミン!こいつ多分エセデータキャラなんだ!やめてあげて!

〇どっちかっていうとカスミンが数学ガチ勢なの知らなかったわ

〇確率計算の話してる時とか、顔がこえーんだよ

〇でもハカセが悪いんじゃないか?

〇九条"数弱"博士

 

 もう言われたい放題である。

 これが現代インターネットの闇、叩ける奴はとにかく叩いておけという悪しき風習か。

 許せねえ……許せねえよ。

 

「そういう、撮れ高を重視するスタイルは諦めた……はずだったんだけどねー。でも、君と組んだら面白いんじゃないかなって」

 

 こちらの顔を覗き込んで、若葉さんはそう言った。

 ん? 今なんて言った?

 

「……はい? 僕と組む?」

「えっ? その話をしてたじゃん」

「えっ?」

「えっ?」

 

 数秒の沈黙があった。

 騒がしい安全地帯の中でも、俺と若葉さんの周囲だけ時が止まったのかと思うほどの静かな時間だった。

 

「……はあああああ!? これ私が何言ってるかずっと伝わってなかった感じなの!?」

「え? 僕の配信スタイルについてアドバイスをくださっているんじゃないですか?」

「違うよ!? バカじゃないの!?」

 

〇多分そうすね

〇まずい、こいつ想像よりクソボケか?

〇お前もうデータキャラやめろ

〇こいつがエビデンス出してきても全然信頼できない

 

 どうやら俺は根本的な勘違いをしていたらしい。

 互いの状況確認をしているのかと思ったら、まさか超大先輩からのお誘いとは。

 

「ああもう――私と一緒に、明日コラボ配信しませんかってことだよ!」

 

 その大声は安全地帯に響き渡った。

 周囲がザワめく。先ほどまでこっちを見ていた探索者たちは、みんな信じられないといった顔だ。 

 

〇受けない理由ある?

〇こーれ超リスクマッチです

〇明日なの草

〇全身が配信でできているのか?

 

 若葉さんが俺を誘ってくれている理由は、正直分からない。

 本人もデータが足りないとか言ってるし。

 

 だが、今言えることは一つだけだ。

 俺は半壊している眼鏡を指でクイッと押し上げる。

 

「僕のデータによれば……コラボには、互いの事務所の許可が必要です」

「データ関係ある?」

 

〇データは魔法の言葉じゃねえぞ

〇こいつをデータキャラで行かせようとしてるダリア、もしかしてヤバいのか?

〇めっちゃヤバい

 

 数秒後にマネージャーから『いいから受けなさい!!!!!!』とメッセージが届いて、そういうことになった。

 

 

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