「あれま、もう終わっちゃったんだ」
バカでかい荷物を背負って歩いてきたカスミさんは、よっこらせとカバンの一つを地面に下ろした。
「ここに来る途中で、必要になると思って救急物資をより分けておいたよ。使うよね?」
「助かるわ」
俺とアリアさんである程度の応急処置をしたが、やはり圧倒的に物資が足りなかった。
なんならいち早く駆け付けるために、俺もアリアさんも荷物の大半をカスミさんに任せてたぐらいだしな。
〇おお……荷物運び用のアームがこんなにたくさん……
〇これちょっとした基地ぐらい作れるだろ
カスミさんはただ荷物を背負っているわけではなく、背部のユニットから伸びたロボットアームで各種装備を運搬していた。
気合と根性で荷物を縦積みしていただけの俺とは違うのだ。
「す、すみません……こんな形でまたお会いするなんて……」
意識を取り戻した探索者グループのリーダーが、痛みに顔をしかめながらアリアさんに謝罪している。
彼女はフンと鼻を鳴らして、腕を組んだ。
「アンタたち、A級は初めて?」
「い、いえ……渋谷は初めてですけど、一回、他のA級を踏破しています……」
「だとしたら、その時は運がよかったのね。この程度のエリートに勝てないなら、もうしばらくはB級ダンジョンに潜りなさい」
その言葉に、探索者グループの皆さんが肩を落とす。
「さ、とっとと治療するわよ。カスミはいいとして、ハカセ。アンタって応急処置できる?」
「関節を外してはめるとかなら」
「そ。じゃあ……ソシャゲでもやってなさい」
〇戦力外通告
〇それ応急処置に入るのか?
〇痛みを与える行為と治療を混同してるのありえないだろ
カスミさんたちは物資の中から麻酔や包帯を取り出すと、テキパキと処置を始めた。
ダンジョンにおいて、負傷者と遭遇した場合は相互扶助の理念に基づいた治療並びに安全圏までの輸送が推奨されている。義務ではない。
「あの、この後はどうしたら……」
唯一最初から最後まで意識を保っていた俺のファンの子が、おずおずと声を上げた。
大の男複数名の輸送を彼に任せるのは、確かに酷だろう。
「そこは大丈夫。こんなこともあろうかと、ってね!」
カスミさんが指をパチンと鳴らすと、彼女が持ち込んでいた物資のいくつかがひとりでに動き出した。
直方体状に格納されていた状態から、にょきにょきと四つ足が生え、背中に人を二人は載せられるスペースが生じる。
「自動輸送用の自律歩行ロボだよ。上層範囲内なら、君が護衛しつつ安全に移動できるじゃないかな」
〇便利過ぎる
〇カスミンが天才発明家なのたまに忘れそうになるな
〇敵もある程度ハカセたちが減らしてるしこれで大丈夫か
「あ、ありがとうございます……!」
ぺこぺこと頭を下げるファンの子。
……低姿勢だしグループ内でも別に目立ってない感じだったけど、この子、エリート二体相手に粘ってたし地味に強いんだよな。
見たところ深い傷を負っているわけでもないし。
「アナタ、強いんですね」
「え? い、いえ、ハカセさんに比べたらまだまだですよ……」
将来有望な探索者がいるのはいいことだ。
人類がダンジョンに勝利するためには、それが大事だって、そう――そう、聞いた、聞いた? 誰から?
「……っ」
突発的な頭痛に、顔をしかめる。
頼むから思い出すにしても、思い出すぞって身構えてる時にしてくれねえかなあ。
「あっそうだ、ハカセくん、私が通ってきたルートを共有しておくから、その子に教えてあげて」
「……分かりました」
カスミさんから送られてきたデータを、ファンの子に接触回線で共有する。
データから察するに、この状況を見越したうえで、経路上に自律兵器もある程度ばらまいて来てるな。
恐らく輸送ロボットに回収してもらう予定なのだろう。この人どこまで未来が見えてるんだ?
「……ていうかハカセくん、眼鏡外さずに勝ったの? すごいじゃん!」
「いえ壊れました。今かけてるのは予備その1です」
「予備を複数持ち込んであるあたり学習能力はあるんだね……」
〇目標最下層だよな? まだ上層だよ?
〇眼鏡何個壊す気だよ
なるべく壊したくはないんだけどなあ。
とはいえ、今回は長期戦になりそうなので予備も複数持ってきている。
「手伝えることはありますか?」
「ないよ~」
「ないわよ」
いよいよ手持ち無沙汰になってしまったので、俺は治療を行う二人に近づいた。
すると、地面に横たわって治療を受けていた、グループのリーダー君と目が合う。
「……悪かった、です」
「え、何がですか?」
「今朝の、態度」
あぁ、なるほどね。
「別に気にしないでください。ダンジョンの中では、いがみ合う理由なんてありませんよ」
「……っす」
これでオッケー。
むしろ俺が怒らせてしまったのがチャラになっててラッキーなぐらいだ。
それはそれとして手伝いを拒否されたの普通にショックなんだけど。
いくらなんでも即答はひどくないか?
〇もうソシャゲしておこうぜ、長乳がたくさんあるぞ
〇lolやろうず
〇ダンジョン内lolはいくらなんでも終わってるだろ
本当の本当に暇になってしまった。
まいったな……
「あの、ちょっといいですか」
その時、ファンの子が小さな声で俺に話しかけてきた。
「どうしました?」
「ちょっと向こうに」
促され、俺はカスミさんたちから距離を取る。
「三人で渋谷ダンジョンに来たわけじゃないですか。しかも配信見てたんですけど、カスミさんの発案で」
「ええ、そうですが」
ファンの子は言葉を切って、逡巡するように、視線を左右に泳がせる。
「えと、ハカセさんは知らないと思うんですけど……カスミさんと同期だった、
如月レイ。
聞いたことのない名前だった。
〇ついにその名前が出てしまったか
〇まあ避けては通れないよなあ
〇ミラージュ側全員気まずいだろ
コメント欄も微妙な雰囲気になっている。
あーこれ、俺がアリアさんから話聞いたのって配信外だったから、みんな俺が何も知らないと思ってるんだ。
別に詳しく知ってるわけではないけどもね。
「……お話自体は、先日聞きましたね」
「え、あ、そうなんですか!?」
「あくまで、軽くかいつまんでの話です」
〇そうなの!?
〇配信外でってこと?
〇カスミンが話した……ワケがないよなあ
〇ならアリアさんか
〇この話するってアリアさん本当にハカセくんのこと信頼してんね
連携訓練の帰りに、カスミさんの親友が渋谷ダンジョンで行方不明になったことを聞いた。
そう伝えると、ファンの男の子は納得した様子でうなずく。
「なるほど……でも多分……アリアさんだからこそ、詳細まではまだ話していなさそうですね」
俺たちはそろって、ちらりと他のみんなを見た。
カスミさんとアリアさんは治療に専念してるし、治療を受けてる側もデレデレしている(麻酔が効いて脳がおかしくなってるんだろう)。
「如月レイさんは、今のところは、『ミラージュ』で唯一のダンジョン内
そこで言葉を切って、彼はぐっと声を落とした。
「苛烈というのはつまり、当時……カスミさんは一人で帰ってきたせいで、親友を見捨てたんじゃないかって言われて、大炎上したんですよ」
◇◇◇
今でもたまに夢に見る。
こちらを嘲笑うパレードリーダーと、つないだはずなのに離れていく手。
あの日からずっと私はダンジョンにいる。
親友を奪った場所に、自分から潜っている。
あの日生き残ったのが、なんで私だったんだろうって。
本当に生きて帰るべきだったのは、あの子だったんじゃないかって。
それが知りたかった。
その理由を探してダンジョンに潜っていた。
だけど、どんなに長くダンジョンに潜っても、私の強さじゃ最下層までは行けなかった。
いつの間にか、彼女の夢を見るのも、たまにの頻度になってしまっていた。
だけど今は――今の私ならきっと、また向き合える。
彼女を奪った存在と、対峙できる。
だから私は、パレードリーダーを殺す。
そうしなきゃ、あの子に顔向けできない。
まだ私はレイのお墓に、一度だって行けていないんだ。