渋谷ダンジョン第四十八層。
ゴールである最下層を目前とした地点で、俺たちはドナ●ドさん……いや、その姿を騙る偽物ピエロ野郎と対峙していた。
〇あってはならない光景過ぎるだろ
〇すみません配信がBANされたりしませんか?
〇モンスターだから……本人じゃないから……
〇本人だったらどうすんだよ
〇本人だったらファンやめてバーキン行くよ
「一応だけどカスミ、『鑑定』してもらえる?」
「うん、もちろんだよ」
すでに向こうの先制攻撃から戦闘は始まっている。
ランランルー攻撃によって俺の眼鏡が砕け散った、油断ならない相手だ。
「『鑑定』――で、できないッ!? 鑑定不可って出てきたよ!?」
「
通常、ダンジョン内で採取された新物質なんかを対象とする専門用語が飛び出してきた。
つまり通常のモンスターではないということだ。戦ってる最中はそれぐらいの認識でいい。
「『鑑定』できなかろうと、出てきたからには倒すだけだ……! 覚悟しろッ!」
叫んで一歩踏み出そうとした瞬間。
ピエロ野郎がニマリと笑い、不可思議なステップを刻み始める。
その直後、ヤツの足元の地面がバキリと砕け――とっさの判断で横に飛びのくと同時、俺が先ほどまでいた場所に、不可視の衝撃波が直撃した。
こ、これは……!
「何!? 今度は何なの? こいつが踊るとロクなこと起きないんだけど!?」
「今のは多分、自然に体が動いちゃったんだと思う……!」
「説明になってないわよ!?」
無秩序に衝撃をバラまくピエロ野郎に対して、俺もアリアさんも回避に徹するしかない。
幸いにも、衝撃波自体は通常の物理法則の範疇に留まっており、俺たちを追尾してきたりはしない。砂塵の動きや、砕かれた地面のヒビから指向性を読み取り、即座に回避していく。
「なんでマスコットキャラクターがこんなに厄介なのよ……!」
「これで済めばいいんだけど……MUGENの派生とかまで反映されてたらめっちゃヤバいかも」
「む、むげん……?」
カスミさんは、なんか一人で勝手に震えてた。
何を懸念しているのかまったく伝わってこない。
〇ダークとか出てきたら本当に死ぬぅ!
〇人類サイドの意識を読み取って出してるんだとしたら、その割にはおとなしいよな
〇確かに
〇パブリックイメージがもっと凶悪なのがおかしいだけだろ
ともかく――実際のところ、不意打ち気味で攻撃されてるので後手に回ってこそいるが、陣形が崩れたりはしていない。
敵の攻撃も苛烈ではあるものの、対処可能だ。
俺とアリアさんはアイコンタクトをかわし、突撃のタイミングを計る。
しかし、その時。
ピエロ野郎は突如ステップを踏むのをやめると、さらに笑みを深めて、指をパチンと鳴らした。
「……っ?」
「気を付けてハカセくん、あーちゃん! 何か来る――待って。この振動、まさか……!?」
地面が揺れる。
ダンジョンそのものが振動している。
それは、ピエロ野郎の向こう側から殺到してくる、無数のモンスターたちによるものだった。
間違いない。
今この瞬間、渋谷ダンジョンにて、
「こいつ、ツブ共を呼び出したかよ……!?」
脳裏に、パレードリーダーという単語がよぎった。
エリートは単純に強い、しかしあくまでそれだけの個体だ。
しかしパレードリーダーは大量のモンスターを率いることで、ダンジョン内に壊滅的な被害をもたらす。
前回戦った『アクマデボサツ』は、ウォーキングに敗れて最下層を追い出されるという例外中の例外だった。
むしろ目の前の光景が、パレードリーダーと対峙する際には自然だ。
「チッ……」
舌打ちをしながら、構えを広く取る。
横のアリアさんもまた、大鎌のブースターに火を入れるのが分かった。
眼前のピエロ野郎にだけ対処すればいいシチュエーションではなくなった。
「大丈夫! 二人はそいつに集中! 他は今すぐ対処する!」
だがしかし、背後からカスミさんの鋭い声。
ちらりと振り向けば、彼女の両手が空中に投影された各種コンソールの上で踊り、背部から伸びた複数本のサブアームが目まぐるしく動いている。
アームたちは物資の中から次々に機械を取り出すと、プラモデルを組み立てるかのように合体させていく。
〇なんすかこれ
〇えちょ見たことない挙動過ぎる
〇新規供給過ぎてカスミン配信のコメ欄が濁流っす
「一回こっきりの
最終的に完成したのは、カスミさんの背後にそびえたつ巨大な砲門だった。
ガチンと金属のかみ合う音が響いた直後、砲身が紫電を散らしてチャージ音を奏でる。
そして、発射。
放たれた砲弾が俺たちやピエロ野郎の頭上を抜けていき、こちらへ殺到するモンスター群めがけて飛翔する。
ビル一棟をぶっ壊したような轟音と共に、砲弾が空中で破砕され、細かな飛翔体に分裂。
道を埋め尽くすほどだったモンスターの大群と正面からぶつかり合い、圧倒的な破壊力と物量で、ツブの軍勢を片っ端から肉片に変えていく。
結果としてダンジョンの揺れは収まった――向かってきていたツブ共が全滅したのだ。
「すっご……」
「普通に大量破壊兵器じゃないですか……」
俺とアリアさんはちょっと引いた。
これダンジョンに持ち込んでいい火器の制限を余裕でぶっちぎってないか?
〇これ
〇あ、もしかしてこれ
〇そうか検査に引っ掛からないようにパーツごとにバラしてたから荷物が多かったのか
〇密輸じゃねーか
「さあハカセくん! そいつを――そいつを、やっつけよう!」
だが。
カスミさんの声を聞いて、自然と意識が切り替わった。
過剰火力を配信中にぶっ放すことの意味を分かっていないわけがない。
つまり彼女は、この探索にそれだけのものを懸けている。
おそらくその理由こそが――眼前にいるピエロ野郎なのだ。
だったら、迷わずブッ倒すのみだ!
「分かってますよカスミさん。俺もこいつは許せない……俺のランランルーの方がッ!! 人を笑顔にできるッ!」
「なんかその言葉で仲間感出されるのは嫌なんだけど!」
〇ランランルーが人を傷つけるためのものじゃないのは事実だけどさあ
〇なんか素直に頷きにくいんだよな
〇大人がランランルーで笑顔になるのって多分ちょっとニチャっとしてるからな
手下のツブ共が全滅し、ピエロ野郎は露骨に狼狽していた。
後ろを何度も振り向いては、顔を引きつらせている。
バカがよそ見してんじゃねえ!
右手の『ライトフィストプラス』の増設装甲を展開。
ガシャンと花開いた構造が赤く発熱する中、同時にブースターを点火。
「タイミング作るわ! 合わせなさい!」
先んじて飛び出したアリアさんが鎌を振るう。
ピエロ野郎は慌てて身をよじってそれを回避。
そのまま後方宙返りをして、アリアさんから逃れる――
――だがその着地先には、地面に足をつけた瞬間には!
もう俺が目の前で拳を振りかぶっている!
『……!?』
「うおらああああああああああああっ!!」
俺の右ストレートと、ピエロ野郎の右ストレートが正面から激突。
だが圧倒的に、絶対的に、支配的に俺の方が強いッ!
なぜなら――テメェのランランルーには、愛がないからだッ!!
踏みしめた大地を爆砕して。
俺は、叫ぶ!!
「ウオオオオオッ!! ラン!! ラン!! ルゥゥゥゥッ!!」
〇結局ランランルーってどういう意味なんだ
〇runrunloo(走れ走れトイレに)
〇絶対違う
〇最悪なんだけど
〇飲食店マスコットだっつってんだろ
狙い過たず――ヤツの右手を弾き飛ばし、そのまま、俺の鉄拳が白塗りの顔面へとめり込んだ。
爆発じみた轟音と共に、クリティカル発生時の閃光音が鳴り響いた。
「月見バーガーを常設してから出直せェェェェェッ!!」
〇じゃあずっと秋じゃねえか え、最高
〇めちゃくちゃ都合のいいセカンドインパクト?
さらにパワーを伝導して、思いっきり拳を振り抜く。
バゴン!! という派手な音と共に、ピエロ野郎の身体が吹き飛び、そのままダンジョンの地面をゴロゴロと転がっていった。
プシューッ、と『ライトフィストプラス』が蒸気を上げて排熱し、それから展開されていた装甲を、音を立てて格納する。
我ながらほれぼれするほどの完璧な一撃だった。
しかしまだ一発目だから、大したクリダメ倍率にはなっていない。
恐らく、倒しきれてはいないだろう。
「ハカセ」
「ああ、分かってるぜ」
警戒を促すアリアさんの声に、残心の体勢を解いてうなずく。
ピエロ野郎は倒れ伏したまま動かない。
「こいつってやっぱり」
「俺もそう思う――恐らくパレードリーダー『シャドウテイル』だ」
外見が変幻自在という情報からして、ピエロの姿はかりそめのものだろう。
なんでこの姿を選んだのかは、それは、本当に知らん。
異常個体エリートですら、多数の軍勢を従えることはできない。
いやパレードリーダーが本当に指揮をしているのかどうかは、まだ解明されていないが――
「だったら、こいつを倒すのが私たちの目的だね」
後ろに下がっていたカスミさんが、俺たちのすぐそばにまで近づいてきて言った。
うなずき、さらなる攻撃を加えようとした時。
――倒れ伏したピエロ野郎が、ぐにゅりと音を立てて液状化した。
「は……?」
赤白のボーダーも目に痛いほどの黄色も瞬時に消えて、それは真っ黒な泥に変わった。
うごめき、伸縮し、まるで手を伸ばしもがくかのように、泥が跳ねまわる。
「これが『シャドウテイル』の本当の姿ってこと……?」
「だとしたら――また変化が来るかも!」
カスミさんの言葉を聞き、俺は先んじて叩き潰そうと距離を詰めようとした。
だが間に合わない。
視線の先で泥が自ら弾け飛び――炎と光をまぜこぜにした大爆発を起こした。
〇自爆!?
〇違う、表層だけを爆発させてる!
〇リアクティブアーマーじゃん!?
衝撃で地面にヒビが入り――それがとどまることなく、ビキバキと俺たちの足元にまで走って来る。
そして、爆音。
地面が崩れ、俺たちは宙に投げ出された。
「うおおおおおおっ!?」
「きゃあああああっ!?」
「カスミ、あたしにつかまって! ハカセは耐えなさい!」
視界の隅で、スカートを押さえるカスミさんを、空中でアリアさんが抱きかかえるのが見えた。
耐えなさいってなんだよ。耐えますけども。
◇◇◇
崩落からしばらくの浮遊を終えて、俺たちは巨大な岩盤の破片たちと共に、地面に着地した。
「ま、まだ降ってくるよ!」
「ウオラァッ!」
カスミさんが上を見上げると同時、俺は『ライトフィストプラス』を突き上げた。
放たれた衝撃と高熱が、頭上から降り注ぐ岩やらなにやらを消し飛ばす。
「……アンタ今しれっと新技使ってなかった?」
「いや、なんつーか、できるかなと思ってやったらできたな……」
どういう原理で何が起きたのかさっぱり分からん。
でもまあ、全員無事なので、ヨシ!
「で、ここはどこ? まさか最下層?」
「体感で二層分は落ちてきたから、その可能性は高いね」
周囲に物音はない。動く影もない。
ただ、ぽっかりと広い広間があって、その中心に俺たちが落ちてきているだけだ。
〇このスペースは確かに最下層にあるやつっぽいな
〇だとしたら何? 向こうの家まで招待してくれたってこと?
〇随分と気に入られてるみたいだな
その時だった。
広間の、暗闇の方から。
じゃりじゃりと、砂の上を歩く音が聞こえた。
明らかに人間だ。
構えを取る俺たちに対して、その人影がゆっくりと近づいてくる。
「別の姿に切り替えたってことかよ! 次はどんなだ!」
「まずい! 四章の眠らせてくる人とかを出されたら配信できないよ!!」
「何をどう怖がってるのかさっぱり分からないんだけど……」
〇人権侵害コンテンツはNG
〇今すぐその全身ネットミーム女を叩き出せ
さっきの戦闘からして、直接殴り合う分には勝算が十分ある相手だ。
今度こそ仕留める。
そう覚悟を決めて、対峙、して――――
姿を現したのは。
緑色のセミロングヘアに、探索用の動きやすい、なおかつ可愛らしい服を着た少女で。
点と点がつながる。
パレードリーダーは姿を変える。
そういう特性なのだろう。
ダンジョンは人の意識を読み取るという説がある。
多分、ダンジョンそのものもそうだけど、今回は違うのだろう。
さっきは俺が動画で見たことのあるマスコットキャラの姿で現れている。
あれが人類全般ではなく、俺個人の記憶を読み取ったのだとしたら。
今こいつは、ここにいる誰かの記憶から、何かの姿を引っ張り出してきている。
少女はほにゃと笑って手を振った。
俺でもアリアさんでもなく。
明確に一人に向かって、はかなく笑いかけていた。
「久しぶりだね、カスミちゃん」
「……レイ?」
その震える返事に、俺は目を見開くことしかできなかった。