私はとてもじゃないけど、超エリート探索者ってわけじゃない。
装備の開発には自信があったけど、それはあくまでバックアップとしての役割。
自分がガンガン探索する時は、とにかく気合と根性を出して、時間をかけて頑張るぞって感じのタイプだった。
とはいえ、所属している『ミラージュ』はガチガチの探索専門じゃないから、問題はなかった。
私より明らかに弱くても人気の配信者はたくさんいたし、反対に、露出は少なめだけどすごい実績を持ってる人だってたくさんいた。
特に、同期のあーちゃんはデビューした時から期待の新星って言われてた。
持ち前のスピードを生かした戦い方で、私では太刀打ちできないようなエリート相手でも、圧倒的に勝っていた。
世の中にはこんなにすごい人がいるんだと思った。
初めて同期コラボなんかした日には、緊張してほとんど私から話しかけられなかった。
それぐらいあーちゃんは圧倒的な存在感を放っていて、ウチの同期の代は彼女を中心に回っていくんだろうなと感じた。
それは分かっていたけど、いいや、分かっていたつもりだったけど。
ある日を境に――ソロ探索の後、珍しくボロボロで帰ってきた日以来。
彼女は、明確に変わった。
『ダンジョンで誰かが窮地に陥ってる時に、駆け付けられるような――ちょっと恥ずかしいけどさ、ヒーローみたいなやつになれたら、一番いいって思わない?』
あーちゃんは、何かに集中すると、視野がぎゅっと狭く、そして精度が高くなる子だった。
だからそれ以来、もともとすごかったのに、もっともっとすごくなった。
中心にして回るどころじゃなくて、気づいたら到底手の届かない存在になってしまった。
だから。
意味もなく、深い理由なんてないのに、私は当時焦っていた。
もともと追いつけないと思ってた人が、思っていたよりもずっと追いつけなさそうだと分かって、さすがにそれはまずいんじゃないかと思ったわけだ。
そんな私の相談相手は、一緒にデビューした時から気が合って、気づけばずっとつるむようになっていた、親友のレイだった。
彼女は私よりは探索が上手だけど、実力者として名前が挙がるわけではない、そんな立ち位置だった。
むしろ、ゲームとかの長時間配信の方が印象強かったかもしれない。
『じゃあカスミちゃん、一緒に強くなろうよ』
『え?』
『今の私たちは、賑やかし担当っていうか……ガチ勢ではないよねって扱いでしょ。だからもっと頑張って、認めさせようよ!』
レイは、明確に、私よりもずっとポジティブな性格だった。
私が彼女と仲良くなったのは、私視点では、そうして引っ張っていってくれるという面が大きかったかもしれない。
彼女がどう思っていたのかは、分からない。
今となっては、それを知る機会も永遠にない。
私たちは自分を鍛えるためにA級ダンジョンへのアタックを始めた。
ソロは無理だけど、二人がかりならクリアできると事務所の先輩からも太鼓判を押してもらった。
実際に、最初に挑戦したA級ダンジョンはあっさりと踏破できた。
勢いに乗って、私たちは渋谷ダンジョンへと挑んだ。
それが、私とレイが二人で行った最後のダンジョンアタックになった。
『レイッ! レイッ!』
押し寄せるモンスターの軍勢に、必死にバリアを張って耐えながら。
私は引きちぎられたアームを放棄して、自分の手を必死に伸ばした。
届け届いてお願い届かせてと願いながら、親友に手を伸ばした。
必死の形相でレイも手を伸ばした。
そして――指先だけを掠めて。
目の前で、親友はモンスターの濁流の中に呑まれていった。
◇◇◇
渋谷ダンジョン第五十層――すなわち終着点である最下層において。
地面をブチ抜いて落下してきた俺たち三人は、立ち尽くしていた。
目の前にいるのは――かつてこのダンジョンで行方不明になったカスミさんの親友、
「なん、で」
絶句しているカスミさんの隣で、アリアさんがうめき声を漏らした。
そうだ、如月レイはアリアさんの同期でもあったのだ。
ならばこの如月レイは、カスミさんとアリアさんの二人から読み取ったイメージ、と考えるのが自然だろうか。
いや、あるいはやはり、カスミさんを狙っているのか。
「ねぇ、カスミちゃん」
なんにしても。
こういう時には、気をつけるべきことは一つだけだ。
「…………ぁ」
「どうして、あの時、私を――」
「うおおおおおおおおおおッ!! 悪霊退散パアアアアアンチ!!」
話の途中で悪いけど俺からの右ストレートをプレゼントだ!
勢いよく踏み込んで、如月レイ(仮称)に拳を叩き込む。
彼女は微笑みを貼り付けたまま、ひらりと腕を振るって、俺のパンチを華麗に受け流した。
〇えぇ……
〇急にデカい声出さないで
〇気合いで除霊するタイプの霊媒師すぎる
こんなダンジョンの最下層で、こんなに綺麗で元気そうな人間が現れるわけねーだろ。
データ上これは99.9%で姿形を真似た偽物だ。
ダンジョンで発見された俺が言うなと思われるかもしれんが、チヅルさんの記憶だと俺はズタボロだったじゃん。明確に話が違う。
「ハカセ!? アンタ一体何を……」
狼狽の声を上げるアリアさん。
俺は背中越しに振り向き、二人に対して叫ぶ。
「こういう敵の言うことは、全部シカトでいいッ!! 俺のデータがそう言ってるッ!!」
〇それは、そう
〇お前の発言の中で過去最高に正しい
人間の外見をコピーしてくる敵はもう存在そのものが精神攻撃なのだ。
だったら『こいつは敵なので倒します』でメンタルを固定して惑わされる余地を潰した方がいいに決まってる。
「このパレードリーダーは、恐らくだが対峙した人間の記憶や意識を読み取りやがる! そこからイメージを引っ張ってきて、外見を真似てやがんだ!」
ちなみに確証はない。
ないが、もうそういうものとして扱って二人に理解させる。
じゃなきゃきっと二人は戦えない。
「つーか、だったらさっきのドナ●ドさんも俺のイメージから引っ張ってきただけの偽物じゃねえかッ! 一瞬だけでも本物に会えて超嬉しいと思った俺の気持ちを返せよッ!!」
〇なんでお前はあのピエロに会いたがってるんだよ
〇ちょいちょい少年になるのやめろ
〇気持ちはわかるけどさ
「うふふ、カスミちゃんってば、乱暴な友達ができたんだね」
俺の猛ラッシュを、如月レイ(仮称)が流麗にすかし、さばき、無効化する。
有効打が入らないからクリティカルも発生しねぇ、やるなこいつ……!
〇如月レイってこんな格闘戦強かったっけ
〇光るものはある、ぐらいだった記憶だけど
攻撃をしてこないなこいつ、と思った瞬間、視界の隅を影がよぎった。
反射的に固めたガードの上から、鉄製の棒がたたきつけられた。
なるほど。伸縮式のロッドを身体の影に隠していたのか。
いかにも人間の戦い方だが、ロッドの素材が違う。
一瞬の接触だったが、ロッドはまるで生きているかのように脈打っていた。こんな装備は人類にはない。
やはりパレードリーダー。
データを集めていき、慎重に吟味し、誤謬を排除していけば、自ずと真実が明らかになる。
この辺がデータキャラの最強たるゆえんと言っていいだろう。
〇パレードリーダーと一対一でも殴り合えるの何回見ても脳バグる
〇普通に人類最高峰なんよ
「確かになかなかやるようだがな、ものまねのクオリティとしちゃ底が見えたなァ!」
俺は一度距離を取り、右拳を前に突き出す形で、突撃の構えを取った。
敵が得物を使うと分かれば、行動パターンを一気に絞り込める。
あのロッドが振るわれるのをいなし、それより内側に踏み込んで拳を叩き込めばゲームセットだ。
「ま、待ってハカセくん!」
今にも飛び出そうとしたその刹那。
最下層の広間の冷たい空気を、カスミさんの叫びがきり裂いた。
「……カスミさん」
「分かってる、分かってるよ、だって私は……私はもうレイが死んでると思って、それでここに来てるんだから……」
俺は振り向くことなく、敵から目を逸らさずに、彼女の言葉の続きを待つ。
「で、も。あーちゃんが言ってるみたいに……ほ、本当に生きてたら。本当に、生きてるんだとしたら」
「カスミちゃんには、私が死人に見えてるの?」
如月レイ(仮称)が悲しそうに眉毛を下げる。
舌打ちが漏れそうになった。テメェは喋んなよ。
「……カスミさん、あいつは……」
「分かってる、分かってるんだ……分かってるから……」
カスミさんは、俯いたまま、静かに声を絞り出す。
「私は……私はこいつを倒さなきゃいけない……じゃないと前に進めない、なのに……」
目の前で、如月レイ(仮称)が微笑んだ。
「カスミちゃんは前になんか進まなくていいよ」
「それは……」
「だって私を置いていったんだから」
それはとても酷薄な笑みだった。
「そんなカスミちゃんが……生きているからっていうだけで、前に進むなんて。そんなのおかしいと思わない?」
ブチ! と自分の頭から変な音が響いたのを聞いた。
俺は衝動のままに一歩踏み込み、叫びを上げようとして。
「それを決めるのはアンタじゃないッッ!!」
真横を超加速したアリアさんにぶち抜かれて、風圧でその場にもんどり打って転がった。
「へぶぬッ」
「あの子の顔を勝手に借りて、あたしの親友にめちゃくちゃなこと言うなァァァァッ!!」
今まで見てきた中での最高速度を更新しながら、彼女は如月レイ(仮称)へと大鎌を振るう。
本当に後で謝ってほしい。地面に頭打って変な声出ちゃったし。
「ハカセ手を貸しなさい!! こいつは、こいつだけはこの場でブッ殺してやるわよ!!」
発言の治安がやばすぎるだろ。
自分より怒り狂ってる人を見て、なんか冷静になってきてしまった。
〇本当に怖い
〇情に厚い人がキレるのが一番怖い
〇それはそれとしてこの間までこの女クールキャラやってたってマジ?
俺はガバっと起き上がって、それから、後ろのカスミさんへ顔を向けた。
「カスミさん。本当にあいつの言うことが正しいと思うか?」
「……分かんない、分かんないよ。だってレイは死んじゃったんだ。何が正しいのか、決めていいのは、レイだけだったのに」
なるほど。
俺やアリアさんは気づけてなくて、パレードリーダーだけは、直接読み取ったおかげで把握できていたのだろう。
カスミさんにとって如月レイの一件が、ここまで深刻なトラウマになっているということに。
だったら俺たちのやるべきことは一つだろう。
幸いにも如月レイ(仮称)は、マジギレしたアリアさんが足止めしてくれている。いやこれ放置してたらそのまま倒しちゃいそうだ。
それだと多分、意味がない。俺たちの大切な仲間が、前に踏み出せないままで終わってしまう。
だから――
「カスミさんがダンジョンに潜る理由はなんだ?」
「え?」
「少し前に、俺に言ってくれただろ。みんなダンジョンに何かを探しに来てるって。じゃあ、カスミさんが探してるものはなんだ?」
砂を払いながら、ゆっくりと立ち上がる。
アリアさんのスピードが本当に俺なんかお構いなしだったせいで、通られた側の耳がキンキンしてる。これ鼓膜破れてないか。心配になってきたんだけど。
「カスミさんが探していたのは復讐の相手だったのか? もしくは、生きてるかもしれない如月レイか? 違うよな」
「…………」
「俺が聞いてた感じだけどさ、カスミさんは自分の中の感情にケリをつけるためのきっかけを探してたんだよ」
復讐に熱心になれるほど残酷じゃない。
大切な人の生存を信じられるほどお花畑じゃない。
だけどすべてを忘れたり、割り切ったりすることもできない。
それがきっと、若葉カスミという人間なんだろう。
「だったら、いいやだからこそ、カスミさんがあいつを倒さなきゃダメだ。アレはかつての親友じゃない、カスミさんが過去に置いてきた後悔そのものだ」
俺には、そういう執着の相手がいない。過去がないからだ。
過去がなくて、未来なんか思い描けなくて、ひたすら現在にしがみつくしかない、虫みたいな存在が俺だ。
でもカスミさんは違う。絶対に違う。
彼女は過去を忘れずに未来を見つめられる人だ。
「だから戦えよ。立ち上がって、敵と対峙して、戦えッ! 如月レイが死んだのなら、生き残った自分の価値は自分で勝ち取るしかないんだよッ!!」
俺の言葉に、カスミさんは一瞬だけ目を見開いた。
それから、彼女はぐっと拳を握って。
「そう、だね。そうだよね……私は……レイに、いなくなってしまった彼女に、花束を手向けたい」
それができないのなら。
まだ、喪失の瞬間の中から身動きが取れないのなら。
「あの日から前に進むために。胸を張って、レイにいろんなことを報告するために」
カチャリ、と金属音。
ロックを解除された無数のサブアームが蠢動し、カスミさんの背後で稼働を開始する。
「だから――私が、そいつに勝つよッ!!」
宣言と同時。
サブアーム群が高速で動き出し、背負っていた物資類から各種パーツを掴み上げ、組み立てていく。
先程の巨大な砲台と同様、いいやあれよりも精密に、緻密に、機械仕掛けの翼を形作っていく。
「……! カスミ、戦えるのね!?」
「うん! もう大丈夫、迷いはない!」
アリアさんはフッと笑うと、譲るようにして如月レイ(仮称)から距離を取った。
その刹那、全シークエンスが完了。
「カスミちゃん、それは……」
「これは私の! 私がレイの仇を討つために組んで、そして今、仇討ちじゃなくて、私自身のために使う、現時点での最高傑作ッ!!」
余剰エネルギーが無秩序な落雷として放出され、ダンジョンの地面をえぐる。
ふわりと浮かび上がりながら、若葉カスミがその名を叫ぶ。
「――『
宣言と同時。
カスミさんの背部で、機械仕掛けの翼が三対六枚の形で花開く。
各部パーツが噛み合い、紫電を散らして稼働を開始した。
な、なんか名前カッコよくてズルくないか……!?
「アンタ今『名前がかっこよくてずるい』って思ってるでしょ。別にずるくないわよ」
「…………」
「『ライトフィスト』『レフトナックル』なんてつけてる自分のネーミングセンスを恨みなさい。よく考えたらこの二つの名前、右と左しか言ってないじゃない」
「……………………」
〇追撃エグいて
〇マウントポジションから好き放題殴られてますよ
〇顔パンパンやん
「さあ、レイ……いいや『シャドウテイル』! あの日のリベンジを果たさせてもらうよ!」
機械仕掛けの翼を広げて叫ぶカスミさんと、それを見て微笑む如月レイ(仮称)。
腕を組んで冷たい視線を向けてくるアリアさんとその視線に膝から崩れ落ちて泣き出す俺。
決戦の舞台は整い、そして幕が切って落とされた!