データを集めて拳で殴るダンジョン配信   作:佐遊樹

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第26話 若葉カスミは天才である

【どこにいるのだ】

 

 眼前に、死が佇んでいた。

 全身が震える。脊髄が警報を鳴らす。

 この場から逃げろと生存本能が全力で叫んでいる。

 

 位階エクストラクラス:ウォーキング。

 アメリカのオクラホマダンジョンを人類踏破不能ダンジョンにしてしまい、人類最高戦力である水木チヅルを相手取りながら無傷で悠々と帰還した異形。

 

「なんで、こいつが、ここに……」

 

 アリアさんの呟きは呆然としたものだった。

 俺もカスミさんも、完全に思考停止している。

 

 先日、こいつとは阿佐ヶ谷ダンジョン最下層で遭遇したばかり。

 あの時は意味不明なワープホールでどこかへ退散していったが――なんで、ここに、いるんだよ!

 

【どこだ――どこにいるのだ】

 

 地面に飛び散った泥は、もう動くことはない。

 パレードリーダー『シャドウテイル』は完全に死んでいた。

 この騎士が、剣を一振りしただけで、完膚なきまでに抹殺してしまったのだ。

 

【どこだ。どこに……そこに、いるのか!】

 

 騎士の赤い眼光が、明確に俺を貫くと同時。

 俺たちは示し合わせたようにその場から飛びのき――直後、空ぶった斬撃が、俺たちがいた場所を吹き飛ばした。

 

「間合いを取って! あーちゃんもハカセくんも、やれるねッ!?」

 

 カスミさんの電流(リクエスト)が身体に走る。

 適切なフォーメーションを組み、騎士を囲み、効率的に戦えという指示だ。

 

 だが俺の直感が告げている。

 確かにカスミさんを指揮官として戦えば、前よりもずっと善戦できるだろう。

 

 ――そこには大きな落とし穴がある。

 

【そこか!】

 

 振るわれる漆黒の大剣を、のけぞるようにして回避。

 前髪がはらりと一房落ちていく。

 

 落とし穴というのは、正面からぶつかった場合、俺とアリアさんの二人がかりでもこいつを抑え込める気がしないという点だ。

 要するに、向こうが強すぎる。この間ぶりに対峙してみて、よく理解できる。格上とか言ってる場合じゃないぐらい強い。

 

 だから――俺が考えてきた秘策を炸裂させるしかねえ。

 真っ向勝負だと埋められない実力差があるってんなら、真っ向勝負をしなきゃいい。

 

「カスミさん! 完全ランダムで、俺とあいつのいる地点を爆破してくれ!」

「え……そういうこと! 分かった!」

 

 騎士の斬撃をかいくぐりながら逆に指示を飛ばすと、カスミさんは瞬時に俺の意図を理解してくれた。

 彼女の機械翼が稼働し、前方への砲撃形態を取る。

 

「アリアさんはいったん待機して、俺がダメそうになったら加勢してくれ!」

「ダメそうって、んなアバウトな……! でも策があるってことよね! 了解したわ!」

 

 騎士の剣と大鎌で打ち合っていたアリアさんが、一つうなずいて距離を取った。

 残されたのは俺と騎士だけ。

 

【どこだ!】

 

 騎士が俺に向かって迫ってくる――刹那、俺たちの足元にカスミさんの砲撃が撃ち込まれ爆発を引き起こした。

 

【ぬっ……!?】

「うおっとぉ!」

 

 俺も向こうも、咄嗟の反応で砲撃を回避。

 回避した先で剣と拳が交錯する。

 

 だが、砲撃は一度で終わりじゃない。

 激しくぶつかり合う俺たちは、絶え間ない砲撃を受け、絶え間なく移動し続けるしかない。

 

【どこだ!】

「俺にも分かんねぇよ!!」

 

 どうだ!

 これなら俺の癖を読むどころじゃない!

 何故なら、俺はもうそれどころじゃないからだ!

 

【どこだどこだ、どこなのだ!!】

 

 カスミさんには完全ランダムでお願いした。

 彼女なら人間の思考を一切排除した純粋な乱数でやってくれると見込んだのだ。

 

 結果として、俺も騎士もまったく予想できない砲撃の雨に対応しつつの近接戦闘を強いられる。

 足元が爆発して攻撃を中断したり。

 直撃しそうな砲撃を避けて、避けた先から無理な体勢で打ち込んだり。

 

 これやって一番怖いのは狙いがカスミさんに移ってしまうことだが――

 

【そこなのか! そこにいるのか!!】

 

 やはり予想通り、騎士は俺しか見ていない。

 そうだそれでいい、この爆発しまくるダンス場で、俺と一緒にアドリブで踊り続けようぜ!

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 九条博士の狙いが何なのかは、カスミが砲撃を始めた瞬間にアリアも理解していた。

 完全ランダムで戦いの場に砲撃を降らせることで、互いの動きを乱す。

 当然自分も自由に動けないが――自由に動いたところで勝ち目がないのならば、最初から両者に枷をはめてしまえばいいという発想なのだろう。

 

(ハカセらしい、ぶっ飛んだ策ね……! だけどぶっ飛んでんのは、実行に移してるあいつだけじゃない……!)

 

 アリアはごくりと唾をのんで、隣で絶え間なく砲撃を続けているカスミを見た。

 

「それ、本当にランダムでやってるわけ!?」

「内部のソフトウェアに、ハードウェア由来の完全乱数を生成させてそれに従って撃ってる!」

 

 簡潔な説明だったが、それが若葉カスミならではの絶技だということに、アリアは遅れて気づく。

 カスミは九条博士とウォーキングの激突地点を中心とした戦闘エリアを碁盤状に細分化し一つ一つのエリアに数字を配置。生成した乱数に従って、対応する数字のエリアに砲撃を撃ち込んでいるのだ。

 

(……ッ! マニュアル片手に時間かけてやれって言われたらあたしでもできるけど……リアルタイムで乱数生成しつつ即時砲撃、それもハカセの全速力戦闘に適応しつつ……!? どんな曲芸よ!?)

 

 実際問題、カスミの鼻から、つうと血が垂れてきていた。

 脳への過負荷が、身体にエラーを吐かせているのだ。

 

 それだけの代償を支払って神業を続行しながらも。

 若葉カスミは内心で、目の前の光景に戦慄していた。

 

(完全ランダム、なんだけど――それなのに、優勢なのは間違いなくハカセくん!)

 

 カスミは乱数に従って行動している。

 九条博士に利するような行動はかえって敵に読まれる、という読みは適切だ。

 実際に援護として攻撃していれば、ウォーキングはそれを瞬時に読み切って対応し、ここまでの膠着状態を作り出せなかっただろう。

 

 だというのに、目の前の光景は、完全なランダムとはとても言い難い代物だった。

 ウォーキングが踏み込んだ矢先に爆発が起き、体勢が崩される。

 意図のない砲撃が相手では、完璧な回避は難しいのだろう――しかしその一方で。

 

 九条博士は砲撃に怯むことなく踏み込んで攻撃を繰り出す。

 むしろ、足元の爆発を利用して、加速に転じるという芸当までやってのけていた。

 

(完全ランダム砲撃なのに、どちらかに肩入れしたりしてないのに、どうしてこんな一方的なの!? まるで、『運』の方がハカセくんに従ってるような……!)

 

 そこで、はたと気づく。

 これはつまり、まさしく、彼のスキルが発動しているのだと。

 

(そっか! ハカセくん本人は、口ぶりからして運の勝負に持ち込むところまでしか考えていなかったっぽいけど……運の勝負にさえ持ち込めれば、その時点でハカセくんが圧倒的に優位なんだ……!)

 

 低い確率を引き当てるというだけではない。

 この瞬間、間違いなく彼は、自分に都合のいい結果を引き寄せている。

 

(このままいけば――)

【ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!】

 

 その時、ウォーキングが吠えた。

 騎士の甲冑が変質し、硬質化。

 カスミの砲撃を跳ね返して突き進むようになる。

 

「ぐっ……ごめん、あーちゃん!」

「行くわ」

 

 言葉少なに、しかし意思伝達は一瞬。

 超加速したアリアが、『頸椎切り(アサシネーター)』の一閃でウォーキングの剣を弾く。

 

「ハカセ、向こうが砲撃をシカトしてくるようになったわ! これじゃあさっきの策は――ちょっと聞いてんの!?」

 

 顔を覗き込んで、そこでアリアはハッとした。

 

 九条博士の両眼が、いつの間にか()()()()()()()()

 

 至近距離でウォーキングと幾度も交錯する中で。

 九条博士は荒く肩で息をしながらも、アリアの声が届かないほどの集中状態に陥っていたのだ。

 

(これは――これが、カスミが言ってたやつ!? だとしたら……!)

 

 思考は、しかしそこで断ち切られた。

 一度弾かれたウォーキングが再度突撃してきたのだ。

 

【どこだ――どこなのだどこにいるのだ!!】

 

 振るわれた剣。

 あまりのスピードに回避は間に合わない。

 

「させるもんですかッ!!」

 

 横合いからアリアが『頸椎切り(アサシネーター)』を振るい、その斬撃の勢いを殺す。

 だがそれでも完全に止めるには至らなかった。

 

「……ッ!!」

 

 九条博士が斬撃を右腕でガードし――『ライトフィスト』から、盛大な破壊音が鳴り響く。

 

「ハカセくん!?」

「ハカセ!?」

 

 二人の悲鳴が同時に響く。

 しかし、耐えた。

 増設装甲こそ粉砕されたが、『ライトフィスト』本体は無傷。

 

 カウンターの一撃が決まる、と誰もが確信した。

 

 だというのに――九条博士を名乗る男は、拳を構えることなく。

 

 唇が微かに動く。

 いつものバカバカしい叫びも、暑苦しいセリフも、今は紡がれない。

 冷徹に冷静に冷酷に。

 九条博士を名乗る男の本性が露わとなり、敵を無力化するという唯一の目的のために単一の行動を開始する。

 

 それは即ち。

 その右手に、呼び()こすということ。

 

 

 

「――エッジキャリバー」

 

 

 

 瞬間、握られるは漆黒の大剣。

 出現した途端に大気が揺らぎ、その場にいる人間が、首を絞められているかのような息苦しさを覚える。

 

【そうだ! それだ! そこにいるのか! ここに! ここにいるのだな!!】

 

 呼応するようにしてウォーキングが絶叫を上げた。

 相対する九条博士は、冷たい表情と虚ろな瞳のまま微動だにしない。

 

「ちょっと聞いてんのハカセ! ねえってば!」

 

 ゆっくりと、彼は騎士に向かって一歩を踏み出す。

 意図で操られる人形のような、その動きを見て。

 

(これ、は――この状態のハカセくんは、放っておいちゃダメだッ!)

 

 咄嗟に、カスミは力いっぱいに叫んだ。

 

 

 

「ハカセくん! 本当に、本当にそれが君の理想の姿なの!?」

 

 

 

 九条博士の目がぎょろりと動き。

 その視線が、カスミとアリアの両名を確かに捉えた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

『だから、探すなら、一緒に探そうよ』

 

『そうよ。それにどうせ探索者やるなら、てっぺん目指したいでしょ。なら一緒に来なさい』

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ……。

 ……あっこれ俺?

 

 えいや今なんかすごく感覚的に戦ってたんだけど。

 いや違う感覚的に戦ってない!

 身体が勝手に動いてた!

 

 だけど今は体が動く、動くぞ!

 

〇あっえっ戻った!?

〇おい起きろハカセ!

〇戻った戻った!

〇目が赤いままなのはこれ大丈夫なのか

〇だからその剣は何なんだよ

 

 気づけばコメント欄もぶわーっと流れている。

 どうやら数秒どころか、まあまあな秒数、意識が飛んでいた――というか、なんというか、自分で自分を制御できていなかったようだ。

 

 幸いにも、前回と違って消耗はしていない。

 ならば戦えると、剣を握りこんで。

 

 

「ハカセ君、()()()()()!」

「……ッ! 分かった!」

 

 

 即断即決!

 今はカスミさんが司令塔なんだ、指示に従う!

 

 言うや否や、俺は謎の剣をビュンと投擲。

 カスミさんの機械翼からアームが伸びて、それをバシッと掴んだ。

 

「やっぱりそうだ……! これは剣なんかじゃない、結果として剣みたいに使える携行型機械装備なんだ……!」

 

 背後でカスミさんがなんかごちゃごちゃ言いながら、分解を進めていく。

 何を言っているのかよく分からないけど、音からしてあっという間に解析を終えて、バラし始めているのだろう。

 

【それに触れるな!!】

 

 目の前で騎士が絶叫を上げた。

 今までの無秩序な叫びではなく、明確に指向性を持った、怒りの声だった。

 

【それは!!】

 

 拳を振るい、突撃してくる騎士を弾き飛ばす。

 動きがいきなり単調になった――これなら押さえ込める、アリアさんと目配せをして、一気に攻勢に出る。

 

【それは我らの――!!】

 

 大振りの斬撃をかいくぐり、騎士の腹部に拳を叩き込む。

 くの字に折れ曲がったところにアリアさんの追撃。鎌が閃き、やつの左腕を根元から斬り飛ばした。

 

【貴様が! 貴様らが触れていいものではないッ!!】

 

 瞬きをした時には、もう左腕が根元から再生していた。

 相変わらずバカげた再生能力である。

 

「基本機能の抽出完了――現実改変、機能……? 何このオーパーツ、怖ッ……」

 

 だがいくら再生しようとも、足止めには支障なし。

 俺とアリアさんは交互に超高速の連撃を叩き込み、むしろ騎士をじりじりと後退させていく。

 

〇剣をバラしたら中身が機械なことあるんだ

〇柄にコンピュータ内蔵とかなら分かるけど剣身の中がパーツでぎっしりなの異常過ぎる

 

【その剣は! 多大な犠牲のもとに生み出された! 故に触れるな!】

 

 激怒する騎士だが、内部の解析を終えたのなら、カスミさんの作業は後はあっという間だ。

 ロボットアームの稼働音がいくつも響き、そしてカシュンと金属を閉じる音。

 

「ハカセくん一瞬だけ右手フリーにして!」

「あいよぉ!」

 

 左のストレートを打ち込んで騎士を退かせながら、右手をカスミさんの方へと伸ばす。

 瞬間、そちらから飛んできた物体が、俺の右拳に自動で装着された。

 

 機械の稼働音と共に、装甲群が連動してスライドし、前の増設装甲よりもさらに巨大なユニットとして着装完了。

 右の拳を覆い尽くすだけでなく――俺の右腕に拳から肩へと沿う形で、ちょっと細くなった知らない剣が配置される。

 

 間違いない、これはチヅルさんがやってるゲームで見たことがある武器。

 この剣を鉄杭として叩きこむ、超かっこよくて超強いパイルバンカーだ(チヅルさんはオンライン対戦でこれを撃ち込まれてはブチギレていた)!

 

「これは、さっきの剣をバラして、再構築したの!?」

 

 アリアさんの声、驚愕は俺も同じだ。

 大剣を分解してパイルバンカーにするって、普通に考えてありえない。

 

 ただ今回は。

 まあ、天才がやってくれたってワケだな。

 

〇すみません設計図もないのに現物をバラして完璧に把握して組み替えたんですか??

〇もはや別物になってるんだけど

〇マジの天才過ぎる

 

 カスミさん、やっぱすげえよ。

 自分のこと天才じゃないって言ってたけど、アナタが言ってた定義そのままの天才じゃん。

 今は必死過ぎて気づいてないかもしれないけど……戦闘が終わったらたくさん褒めてあげなきゃな。

 

「カスミさん、こいつの名前は?」

「え? えっと――思いついた!」

 

 憤怒の咆哮を上げて怒り狂う騎士の目の前で。

 俺は背中越しに、機械天使からの祝福の言葉を授かる。

 

 

 

「その武器は、君の新しい武器の名前は――『ライトフィスト・ストライクノヴァ』!」

 

 

 

 『ライトフィスト・ストライクノヴァ』。

 いい名前だ。

 カスミさんも俺に負けず劣らず素晴らしいネーミングセンスを持っている。

 

「んじゃ、ケリつけるわよ」

「ああ」

 

 隣に並んだアリアさんが『頸椎切り(アサシネーター)』をくるりと回した。

 俺も『ライトフィスト・ストライクノヴァ』を突き出し、ぐっと拳を握る。

 

 騎士から向けられる視線は、もはや殺意が凝縮され過ぎていて、物理的に突き刺さってきそうだった。

 だけど関係ない。

 

 仲間が作ってくれた武器があって、仲間と共に並んでいて。

 だったら俺が負ける道理はねえ! 一億%の確率で勝つ!

 

 さあ勝負だ!

 この新たな拳でブチ抜いて、二度と俺のストーカーなんてできない体にしてやるよ!

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