渋谷ダンジョン最下層、深奥たる第五十層にて。
俺たち三人は漆黒の甲冑を着込んだ騎士、エクストラクラス:ウォーキングと対峙していた。
「全員のバイタル把握完了――戦闘に支障なし!」
カスミさんの言葉を裏打ちするように、俺の全身をビリビリと微細な電流が抜けていく。
ツボにでも作用しているのか、身体が軽く感じる。
横目に、アリアさんも同じような状態なのが分かった。恐らくカスミさんが支援してくれているのだ。
【それは――剣は――どこだ? どこにいるのだ、どこに……】
先ほどまでは叫びまくっていた騎士だが、今は一転して静かになっていた。
というか明らかに戸惑っている。
やつが注視しているのは、俺の右手でうなりを上げている新武装『ライトフィスト・ストライクノヴァ』だ。
大型のナックル……というか、結果としては殴るのにも使えるパイルバンカーといった具合の武器である。
目の前にあるはずなのに、明らかに別物になっていて、困惑しているのだろう。
どうやら、騎士が探していたのはあの剣だったようだ。断言はできないけど。
「さっき確認したけど、『エッジキャリバー』? にもクリティカル発生判定があった! だから通常のクリティカルに複合する形で、さらにクリティカル倍率を水増しできるようになったよ!」
「アンタしれっととんでもないことしてない!? これ以上こいつをクリティカルジャンキーにするの、お母さんは反対よ!」
「誰が誰のママだよコラ」
機械翼を展開したカスミさんが、俺たちのすぐそばまで来てくれた。
三人そろって、騎士と真っ向から向き合う陣形。
「……で、茶番はここまでにしておいて。カスミ、さっきの
「確約はできないけど、補助にはなると思うよ」
見ればカスミさんの両眼には、幾何学的な文様が浮かび上がっている。
クソッ、あれかっこいいな。俺もやりてー。
「そっか、だったら……あたし、もう考えるのやめるわ。カスミ、アンタに全部ゆだねる。人間二人ぐらい自由に操れるでしょ?」
「当たり前でしょ、だって私……うん、
二人が顔を見合わせて頷き、その身体から戦意を立ち上らせる。
今までも一緒に探索をしてきたが、なんだかここにきて、ついに完全に心を合わせられているように見える。
本当に良かった。
……で、まあ、ナチュラルにハブられたもんで俺は完全に立ち位置を見失っていた。
ここから出ていって、一人でご飯とか食べていればいいのか?
「じゃあハカセくんは……うん。君に指示を出すのはやめるよ」
「えっ本当に帰れって言われてます?」
「違うよ!? 私とあーちゃんでうまくやるから、君は『イケる』と思った瞬間に動いて。多分その方が、全体がまとまると思うんだ」
カスミさんの声色には確信すらにじんでいた。
なるほど――彼女がそう言うのなら、間違いないだろう。
俺たちは眼前の敵を見据えた。
騎士は動かず、待ち構えている。こちらの動きを見て対応する構えだ。
都合がいい。思いっきりぶん殴りにいってやろう。
「あいよ。じゃあ――」
「ええ。ここからは――」
「うん。始めよっか――」
俺たちはそろって一歩踏み出しながら、叫ぶ!
「――ロックンロールの時間だァッ!」
「――アンタの血の華が咲く時間よ!」
「――完璧な答え合わせの時間だよ!」
〇一つも合ってないやん
〇瞬間、心、重ならなくて
〇データキャラがロックンロールとか言うな
〇アリアさんのセリフが物騒過ぎます!
〇オイ……なんで……完璧にカスミンの方がデータキャラをやってる……
なんかものすごい勢いで出鼻をくじかれた。
しかし身体は問題なく動いている。
カスミさんの砲撃を合図にして、俺とアリアさんは同時に飛び込んだ。
【それは――それは!! 我らの剣を、なぜ!!】
砲撃を回避し、剣で切り捨て(!?!?!?!)、騎士が叫ぶ。
アリアさんが直撃を期待してないのは分かっていた。
これはあくまで攻撃の隙を作るための見せ球だ。
瞬時に間合いを詰めて、爆炎を散らして俺は騎士の眼前に躍り出る。
『ライトフィスト・ストライクノヴァ』は、すでに振りかぶって打ち込む寸前。
「そのパイルバンカーは、カートリッジを消費して連発できる仕様だよ! 遠慮なくやっちゃって!」
カスミさんの説明を受けて。
俺は右の拳を叩き込むと同時、装甲内部でカチリとトリガーを押し込んだ。
瞬間――
文字通りの爆発音と、クリティカル発生時の閃光音が鳴り響く。
解き放たれた鉄杭が火花を散らして射出され、騎士を防御の構えごと吹き飛ばした。
【ガ、アアアアアッ……!?】
地面をバウンドしながら転がっていく騎士。
甲冑の一部が破砕され、あたりにバラまかれる。
「……!! ハカセ、アンタのその装備、ダメージが通ってるわよ!」
あれほんとだ。
バカげた再生能力は戦いながらどうにか対応していこうと思っていたんだけど、なんかクリアしたっぽい。
〇あれ? 前の暴走状態だと腕消し飛ばしても再生されたよね?
〇条件が変わったとしたら剣からパイルバンカーに変わったぐらいか
〇変わり過ぎだろ
〇対照実験のたの字もねえよ
「だったらァ! ガンガン行くぜェッ!」
ガゴンと音を立てて、『ライトフィスト・ストライクノヴァ』が使い切ったカートリッジを
〇カートリッジ、デッッッカ
〇百科事典ぐらいあるんですけど
〇これで殴られたら普通に死にそう
【どこだ――どこにやったのだ! どこにッ!】
剣を振りかぶる漆黒の騎士。
しかしその予備動作を、音より疾い金髪の死神が刈り取る。
振るわれた大鎌が、騎士の右足を刎ね飛ばす。
当然のようにコンマ数秒での再生。
しかし踏み込みを妨害され、最初の勢いはもうない。
「ハカセ!」
「見えてるぜェッ!!」
正面から、再び右ストレート。
今度こそ正面からの直撃! 閃光音が鳴り響き、騎士がのけぞった。
「今だよハカセくん!」
「ああ、これで決めるッッ!!」
カスミさんの砲撃が炎を噴き上げ、騎士に攻撃も防御もさせない。
最高のタイミング、全力を叩き込んでやる。
なので、カートリッジ
使用済みの鉄塊が次々と地面に落ち、『ライトフィスト・ストライクノヴァ』が紫電を散らす。
「ちょっ、ハカセくん!? 何してるの!?」
「こうすると威力が上がってぇ! 超強いッ!!」
「そんな使い方は仕様にないよ!?」
でも実際に強くなってる。
だからこれでいい!
〇いいのか? これ……
〇説明書を用意してなかったカスミン側にも責任がある
〇こいつが説明書を読むとは思えないんだが
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
雄たけびを上げて、大地を爆砕して踏み込んで。
俺は全力の右ストレートを叩き込み、同時にトリガーを押し込んだ。
撃発した鉄杭が騎士めがけて射出される。
【ヴォ――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!】
しかし騎士は避けも守りもせずに、絶叫を上げ。
真正面から、黒焔を纏った大剣を叩きつけてきた!
激突と同時に、足元の地面が轟音と共に凹み、火花が激しく散る。
鉄杭と大剣が互いを削り合い、噛み殺さんとばかりに猛り、そして拮抗した。
「チィッ……!」
さすがに向こうも勝負どころと踏んだか。
全身全霊で抵抗してくる。
どんだけパワフルなんだ、全然前に進めねえ。
それどころか、逆に俺の方が押し返される……ッ!
「――気張りなさいハカセッ!」
「私たちも、一緒なんだから!」
激突の余波で大気が爆砕し地面がひび割れていく中で。
気づけば俺が突き出すナックルに、アリアさんとカスミさんが手を添えてくれていた。
背中にも手を置かれ、二人が一緒に、前へ前へと力を貸してくれている。
は、はは。
とんでもなく原始的な補助だけど。
でも今は、今だけは、こんなに心強いことはねえな!
「これが、俺の――いいや違う! 俺たちの全力全開ッ!!」
カスミさんとアリアさんの後押しを受けて、俺はさらに一歩踏み込んだ。
火花を激しく散らしながらも、騎士がその剣ごと、地面をけずりながらじりじりとさがっていく。
「三人の力を合わせて、クリティカルも激アツ状態! つまりこれは、ダメージ倍率五千億%だ!」
「その通り――って、は?」
「そんなわけないわよ!? どういう計算!?」
計算式なんて至極当然にして単純明快だろ。
「俺たちの絆パワーで跳ね上がって、それで五千億だ! 当たり前だろ!?」
「「知らないけど!?」」
二人は同時に絶叫しながらも。
だけど前を見て、ニッと笑った。
「「でも――今だけはそれでいいッ!!」」
〇このパーティー終わりです
〇ついに"染まった"
〇これ本当に五千億%になってるってことかよ
さあ、こいつで決まりだ。
俺たちは心を一つにして。
飛び散る火花越しに、漆黒の騎士をキッとにらみつけて。
「「「クリティカル倍率五千億%ストライクノヴァパァァァァンチッ!!」」」
絶叫と同時に、すべての力をつぎ込んで、パイルバンカーを押し込む。
競り合いは、一瞬で終わった。
降り抜いた拳と鉄杭が、やつの大剣をその半ばでへし折り。
そのまま、騎士の顔面を捉え、確かに打ち抜いた――――!!
◇◇◇
耳鳴りがひどい。
視界がおぼろげで、焦点を絞るのもおぼつかない。
なんとか顔だけ上げて、状況を確認する。
ウォーキングの身体は地面に倒れ伏して、動かなくなっていた。
俺は立ってこそいるが、今にも倒れそうで、ていうかまさに今膝から力が抜けて。
「っと……大丈夫? しばらくはそうしてていいわよ」
ぶっ倒れそうになった俺を受け止めて、アリアさんがゆっくりと肩を貸してくれた。
「……悪い、助かる」
もう限界も限界だ。
帰ったら数日は寝たきりになっちゃいそう。
〇アリアさんタフ過ぎん?
〇なんで人を支える余裕があんだよ
〇この人超高速でずっと前衛やってましたよね? マジで何?
「勝った、ね」
隣に降り立ったカスミさんが、機械翼を
彼女はごしごしと服の袖で鼻血を拭っていた。洗う人のことをまったく考えていない。
「アンタはしっかり自分で立ってなさい」
「えー、ひどいなあ。空いてる肩が一つあるでしょ?」
「両側で支えたら逆にあたしが倒れかけてる人でしょ……」
それは本当にそう。
〇おい!!!!!!
〇なごんでる場合じゃないぞ!!!!
その時、コメント欄が目に入った。
何事かと周囲を見渡せば。
【――――――――あぁ】
騎士が立っていた。
さっきまで倒れていたのに、今は、両足で立っている……!
「うそでしょ……」
「そん、な……」
二人の絶望的な声。
しかし俺は、なぜだか、まるで危機感を抱けなかった。
油断してるとか、脳内物質が切れたとか、そういうのじゃない。
見た瞬間に分かった、分かってしまったのだ。
「あいつは……彼はもう戦おうとしていない、みたいだぜ」
「……彼?」
カスミさんがいぶかしげに問うてくる。
ただ、自分でもびっくりしているんだ。口から勝手にこぼれた単語だったからだ。
【そ、う、か。我は……
騎士が頭部にかぶっているヘルムに、ビシとひびが入った。
細かい破片が、そのあとに、真っ二つに割れたヘルムが、地面に落ちる。
甲冑の下から現れたのは。
白銀色の長い髪と、美麗な顔立ちと、そして呑み込まれそうなほど美しい深紅の瞳を持った男。
それは見知らぬ、見慣れた男の貌だった。
彼は俺をじっと見つめて、数度瞬きをする。
それから自身の身体を見下ろし、納得したように頷いてから。
【■■……やはり発音できんか。まあいい、そこの、制服姿の……女性の方々でなく、お前だ】
〇しゃ、しゃ
〇シャベッタアアアアアアアア!
〇いやパレードリーダーも喋ってませんでした?
〇意思疎通を図ってきてはいなかっただろ!
〇これハカセくんご指名じゃない?
「……何の用だよ」
【
は?
「……何、言ってんだ?」
【俺はお前が戦い続けるのを見たくない。お前はもう十分に頑張った】
まるで何かの枷が外れたかのように、騎士は、甲冑の中にいた男は、矢継ぎ早に言葉を続ける。
「いきなり何なんだよ! 倒したと思ったら倒せてなくて、なのに敵じゃないみたいな……!」
【俺はまだ死んでいない。今の俺は、影法師のようなものだ。また蘇り、あの忌まわしき鎧の姿で、ダンジョン探索者の前に立ちはだかるだろう】
その言葉を聞いて、俺たちはそろって愕然とした。
馬鹿な。これだけの強さがあって影法師――影法師。影法師ってなんだ?
「要するにアンタ、あくまでコピー体ってこと?」
【そうだ】
〇同接エッグ
〇ウォーキングが喋ってればそらそうよ
〇鎧を着こんでると理性蒸発してるみたいな感じか
〇確かに今はどこだどこなのだとか全然言わないもんな
〇……これ鎧も自分の意思で着てるわけじゃないっぽくね?
目の前の男と、先ほどまでの騎士が結びつかない。
【また、俺は現れるだろう。そして次こそ……お前を殺してしまうかもしれない】
あろうことか、心配の声をかけられている。
彼の目に宿った感情、その友情や愛情が本物だと確信できるからこそ、本当に忠告しているのだと嫌でも分かる。
【だからもう、ダンジョンに潜るな。ただ一人の人間として、ダンジョンの外で、幸せに生きてくれないか】
俺を想っての言葉だと。
彼の中にある俺への親愛は本物だと。
そんなことは分かっている。
だけど。
だけど――
「断る。今の俺には頼れる仲間がいる。だから何度やろうと、絶対に負けねえ!」
俺の宣言に対して。
男は数秒黙って、それからふっと表情を緩めた。
【お前は、そういうやつ、だよな】
本当に仕方のないやつだと。
そういわんばかりに彼は微笑んで、手を伸ばそうとする。
一瞬身構えそうになったが、彼の手は肘のあたりまですでに光の粒子に還っていた。
〇今の動作なに
〇攻撃?
〇いや頭なでようとしてた……?
自分の身体を見つめた後、男は首を横に振る。
【分かったよ。お前を止めてもムダだなんて、本当は、分かっていたんだ……】
自分を納得させるような声色だった。
それを聞いて、おずおずとアリアさんが口を開く。
「ねえ、結局、アンタは何者なの?」
【俺は、本来の俺の一部が切り取られているだけだ。だから知識はない、執着だけがある】
執着、それは。
剣に対してなのか、それとも、俺という人間に対してなのか。
【それでも分かる――俺の魂が覚えている。俺の魂の一番深いところに、刻み込まれている】
男はじっと俺を見つめていた。
あまりにもまっすぐで、かえって、こちらが視線をそらしてはいけないと強く思った。
【ダンジョンが発生した最初の時から、俺たちは戦っていたんだ】
呼吸が止まった。
あれほど流れ続けていたコメント欄すら、完全に静止してしまった。
その言葉を聞いて、二人がガバリと俺に振り向いて目を見開く。
だけど驚愕は、多分俺が一番している。
ダンジョンが発生した、最初の時だって?
俺は、記憶を失う前の俺は、そんな時期から戦っていた?
それは――何を相手に戦っていたんだ?
【戦うことを選ぶのなら……俺たちの使命を思い出してくれ。そしてこの星を、人類を救ってくれ】
気づけば彼の全身はもうほとんど光の粒子に還りつつあった。
その最後の瞬間に、彼は俺を見つめながら。
【――お前の選択に後悔がないことを、神などいなくても、祈っている】
こうして。
俺たちの渋谷ダンジョン探索は、そしてウォーキングへのリベンジマッチは、終わりを告げたのだった。
次回で第一部完結です