〇水木チヅル ありえないだろ
〇水木チヅル ボクがイギリスで別のウォーキングと戦ってる間に
〇水木チヅル 人類初のウォーキング撃破事例?
〇水木チヅル しかも本体は別にいてまた出てくる?
〇水木チヅル いい加減にしてくれ
俺は
渋谷ダンジョン最下層にてウォーキングを撃退した後、俺たちはゆっくりとしたペースで、地上への道を歩いていた。
今は第十五層まで上がってきており、もうそろそろで帰れるといったところ。
そして同時に、コメント欄に後見人をしてくれている恩人が連投に連投を重ねており、頭を抱えているところである。
「チヅルさんイギリス行ってたんだ……しかもなんかウォーキングと戦ってるし……」
「戦ってる間は頭からすっぽ抜けてたけど、確かに手が空いてたら飛んでくるはずだものね……」
カスミさんとアリアさんは、俺に気の毒そうな視線を向けていた。
まあ誰がどう見ても粘着されてるみたいなものだしな。
普段はまあまあ騒がしいコメント欄も、チヅルさんの連投に完全に制圧されている。
「……全員生き残って帰還する。ダンジョンアタックにおいては、この一点を満たしているだけでも価値があるはずです。僕のデータ上は間違いなくそのはずですよ」
俺は替えの眼鏡をかけ、データキャラとして理路整然と話す。
俺もカスミさんもアリアさんも、生きている。
パレードリーダーを瞬殺できるウォーキング相手なら、生還できただけでも値千金だろう。
〇水木チヅル ま、それはそうだね
〇生き残ってくれて本当に良かったよ
〇SNSの速報ニュースは君たちの名前でいっぱいです
〇地上に上がった瞬間にありえない量のフラッシュが浴びせられると覚悟しておいた方がいい
フラッシュを浴びせられる?
フラッシュグレネードを投げ込まれるってこと?
いかん、二人は俺が守らねば……
「うげー、あたし今メイク落ちかけなんだけど。ちょっと立ち止まってもらってもいい?」
「あ、私さっき手鏡割っちゃったから借りたいかも……」
なんか変なことを言って、女性陣二人はダンジョンの洞窟の端っこにいそいそと走っていった。
何の話?
〇水木チヅル で、こっちのウォーキングは物理干渉を全部すり抜けてきたせいでノーダメで逃げられたんだけど、そっちはどうやって倒したんだい?
〇物理攻撃無効モンスター!?!?!wwwwwww
〇どうやって勝つんだよそれ
〇チヅルさんで打つ手なかったらもう人類に打つ手ないんですけど
〇いやダメ通せてただけにあのパイルバンカーなら……?
〇てかレーザービームって物理判定なんすね
〇水木チヅル あれ加速器を疑似再現してるだけで結局は荷電粒子砲だからね
〇は?
〇杖からビュンビュン飛ばしてましたが
〇ガンダムよりすげえことを生身でしないでください……
首をかしげていると、チヅルさんがすっかりコメント欄になじんでいた。
きっと彼女もウォーキングとの戦闘を終えて疲れ切っており、人恋しいのだろう。
明らかにコミュニケーション能力に難があるだけに、こうして自然体で誰かとの会話を楽しんでくれているのは、非常にいいことだ。
……っと、質問されてるのは俺の方か。
えーと、ウォーキングをどうやって倒したか、ね。
「カスミさんが剣をパイルバンカーに改造してくれて、それで思いっきり殴ったら倒せました」
〇水木チヅル ごめん何も分かんない
〇それはそう
〇俺たちも実はまだ理解できないっす
〇そういやあの剣って勝手に改造してよかったのか?
コメントの質問に、俺は過負荷のかけすぎでボロボロになった『ライトフィスト』を呼び出して、配信画面に映し出した。
「見ての通り『ライトフィスト』そのものは壊れかけてるんですけど、あの剣とか、剣から分割したパーツとかは無傷だったんですよね。あとカスミさん、元に戻せるように改造してたから、今はもう合体させてないんですよ」
説明の通り、カスミさんは戦闘終了後、あっという間に『ライトフィスト・ストライクノヴァ』を分解してプロテクターと剣にばらしてしまった。
元の姿を取り戻したと同時に、剣――『エッジキャリバー』だったか。あれは光の粒子となって消えていったのだ。
……。
あのウォーキングは、剣を探していたのだろうか。
どちらかといえば、違う気がしている。
彼は甲冑を着ている時と着ていない時とで、物事を認識する能力にあまりにも大きな違いがある。
なんというか、騎士状態の間は、理性なんかない、本能のままに行動してるって感じだ。
それに人間個人を認識できている感じもなかった。
鎧が砕けた後は俺個人を明確に視認していたのに、甲冑の時は――
「あ、そうか……」
彼は剣を探していたんじゃない。
そう考えると、つじつまが合う。
「あーもう暗くて全然うまくいかなかったわ……ん?」
「ハカセくん、難しい顔してどうしたの?」
戻ってきた二人に、先ほどの推論を話す。
聞き終えた後、カスミさんは一つ、深くうなずいた。
「その推論には、私も賛成かも、初出現したオクラホマダンジョンは分からないけど……阿佐ヶ谷と渋谷に現れたのって、明らかに私たちを狙っていたわけだし」
「で、剣を奪おうとしたりはしなかった。なら剣の持ち主を探して、それで――」
アリアさんが言葉を切って、俺を見つめる。
「甲冑を着てる間は、明らかに
「あの甲冑が思考に干渉したり、理性を奪ったりしてる、って考えるのが自然かなあ」
続くカスミさんの説明に、俺も全面同意だ。
あの時、あの男から向けられた親しみとか愛情とか――それらすべてが、間違いなく本物だからだ。
疑う余地はない、なぜなら、俺の魂がそう断言している。彼の言葉を信じられないのならもう何も信じられないぞと告げている。
「だったら……僕の目標は決まりました」
「目標?」
「僕は僕の記憶を探します。でも他にも――彼を、助けたいです」
きっとまた現れると、彼は言っていた。
ならばちょうどいい。何度でも打倒し続け、そしていつか彼の本体とやらを見つけ、悪趣味な鎧をこの手で粉砕するのだ。
使命を思い出せとか言われていたが、まあ、思い出そうとして思い出せるものでもない。
そうして探索を繰り返していけばいつか、俺の過去の手がかりも見つかるだろう。
見つかるといいなあ。いや本当に。
「――だとしたら、世界中のダンジョンを飛び回ることになるかもね」
「ちょうどいいじゃない。目指すならテッペン、当然の話でしょ」
二人はごくごく自然に、俺たちがこれからも探索を続けることを前提として、話していた。
心が通じ合っているようで、思わず頬がほころぶ。
あの時――ウォーキングと対峙して、『エッジキャリバー』を顕現させた時。
俺は二人の言葉を思い出した。
だから、戻ってこれた。
いつかのカスミさんの言葉と同じだ。
俺も、強敵に勝ったりダンジョンを踏破したりするなら……それは二人と一緒がいい。
心の底から、そう思えている。
「聞く意味があるかは分かりませんが……つまり僕は、今後はさらに危険なダンジョンに潜り続けると思います。ついてきてくれますか?」
「もちろん!」
「愚問ね」
カスミさんが笑顔でうなずく。
アリアさんがやれやれと肩をすくめる。
正直に言えば、この三人でパーティーを組んで……というかカスミさんと出会って、あまりにも多くの出来事があった。
嬉しいか嬉しくないかで言えば、まあトータルではプラスかな。
ありえないぐらい死にかけまくったけど、結果としては生き残れているし。
だからきっと。
この三人なら。
「僕たちが力を合わせればどんなダンジョンだって踏破できます――僕のデータが、そう言っています」
そう言って、俺は二人に笑いかけるのだった。
【本当にそうかな?】
予兆は何もなかった。
俺の隣に、いつの間にか、見知らぬ見知った少女がいた。
明るい桃色の髪に、低い背丈。
それとは不釣り合いな、迷彩模様の――これは、軍服なのか?
【やほ、久しぶりだね■■……あれれ、これ発音できなくなってるんだ】
時が凍り付く。
俺たち三人もコメント欄も何も反応できない。
誰だ。どこから来た。何者だ。いつから。
困惑を通り超えて半ばパニックになりかけている俺に向かって、少女がゆるりと手をかざす。
えっ何まずい防御間に合わない!?
【あ、身構えなくていーよ。君じゃなくて、君のそれを使いたいだけだし】
俺の身には何も起きなかった。
代わりに、俺が使っている探索用デバイスが、検索ウィンドウを立ち上げていた。
【ちょっと借りるよ。ダンジョンって電波が通じてるのはいいんだけど、端末があるわけじゃないからねー。まあダンジョンの中にネカフェあっても困るだろうけど……あと、通信量無制限プランだよね? じゃなかったらごめん】
ペラペラと喋りながら、少女が指を躍らせる。
俺の端末のウィンドウは瞬きのうちに数十数百を立ち上げては消えていく。
ちょっ入力速っ。ていうかページ読めてんのこれ。
〇え、えっと、誰?
〇水木チヅル ありえない
〇水木チヅル なんで
〇……チヅルさん?
〇チヅルさんどした?
【ふーん、へー……『吹き荒ぶ嵐の計略者』ね。こういう呼び方なんだ】
彼女が開いているウィンドウは、最終的に一つだけが残った。
それは海外のニュースを転載しているサイトだった。
載っているのは荒い画像。
ダンジョンの中に佇む桃色の髪の少女が――そう、今目の前にいる少女と思しき存在が写っていて。
〇水木チヅル そいつボクがさっきまで戦ってたウォーキングなんだよ!!
…………は?
【私はこの『吹き荒ぶ嵐の計略者』ってやつだね。わーかっこいー……これモンスターの名前っていうよりはギャザのカードの名前じゃない? 直訳感が強すぎるんだけど】
俺たち三人はぽかんと口を開けたまま、少女を凝視する。
【で、さっき君らが
少女は口を押さえて笑い始めてから、我慢できないといった様子で、腹を抱えて大笑いする。
彼女の笑い声だけがダンジョンの洞窟に反響している。
俺たちは呼吸すらできない。
【はーっ、はーっ、いやあ笑った笑った……あっそうだ■■。えっと、うん、学ラン眼鏡! 今の君のことは、なんて呼べばいーの?】
ウォーキングに指さされ、俺は武器を取り出すことすらできないまま、一度つばを飲み込んだ。
「……九条、博士」
【は? ――は、はは、あははははははははははははははははっ!!
彼女は先ほどよりも大きな声で笑い始め、最終的にはむせてしまった。
……なんかこれこっちが一方的に緊張してるのバカみたいじゃないか?
人の名前でどんだけ笑ってるんだよ。
【ふーっ……じゃ、九条君。また会おうね】
「え?」
【ここで戦うわけないじゃん。君の顔を見るためだけに、あのバケモノみたいな女から必死に逃げてきたんだよ?】
少女はそう告げて、まるで空気に溶けるようにして薄くなっていく。
そして、人差し指を銃口のようにして、俺を改めて指さした。
【じゃあね、
「なに、を――」
【なぜダンジョンがこの惑星に出現したのか? なぜ人類はダンジョンと共に過ごすことを受け入れているのか? なぜ、なぜ、なぜ――本当の君はこの疑問すべてに答えられるんだからさ】
そう言って、少女はその姿を消した。
最初から何もなかったみたいに、一切の痕跡を残さず消えた。
……。
…………。
残された俺たちは恐る恐る顔を見合わせる。
「――えなんか最後の最後に気持ちよく帰らせてくれないじゃないですか!!」
「――なんで最後の最後に変な爆弾落とされて気持ちよく帰れなくするの!?」
「――今日ばっかりはいい気分で帰りたかったのに最後の最後に何なのよ!?」
やっぱり色々思い出すために、頭にすごい電気とか流してみようかなあ。トホホ。
第一部完!更新ペース多分落ちます
次回は本編ではなく登場人物まとめみたいなのを載せる予定です。