データを集めて拳で殴るダンジョン配信   作:佐遊樹

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第3話 六畳一間独身男性のお部屋配信

「この荷造り……僕の計算によれば、進捗は13%といったところですね」

 

〇ウザ

〇全然進んでねえじゃん

〇無能が数字使ってくるの一番むかつく

〇いいから手を動かせカス

 

「ひどすぎません?」

 

 俺は九条博士(くじょうひろし)、今日デビューした新人ダンジョン探索者だ。

 現在は六畳一間の自室から配信中である。

 

 カメラは探索用デバイスを三脚に固定して回しており、背景には私室が映り込んでいる。

 といっても、ベッドとクローゼット、あとはダンジョンに持ち込む装備類しかないのだが。

 

〇キレイな部屋だな

〇キレイっていうか物がないんだよ

〇パソコンすらねぇ……

 

「いやあ、住み始めてそんなに長くないので」

 

 今配信を行っているこの部屋は、『ダリア』の配信者寮だ。

 先輩方はダンジョンに潜ってばっかりで寮にいる時間の方が少ないぐらいだが、一応各部屋にトイレがあり、一階には共用のシャワールームもある。

 ま、先輩方と鉢合わせたりしたら本当にやばいから、俺はもっぱらお小遣い(給料)で近くの銭湯に行っているが。

 

「今日は昼の初配信が想定より早く切り上げざるを得なかったので……明日に行う、若葉さんとのコラボ配信の準備をしながら、雑談できたらと思います」

 

〇質疑応答できるの助かる

〇九条博士って本名?

 

「本名になっていますよ。あ、身分証明書とか見ます? どこやったっけな」

 

〇オイ!!!!出すな!!!!

〇バカボケアホタコ

〇こいつ赤ちゃんなのか?

 

 めっちゃ怒られた。

 あ、えーと……なんかコンプラ研修? だかなんだかで……言われたような……

 

「……コホン。今のは、アナタたちのねっとりてらすーを試したんですよ」

 

〇ネットリテラシーな

〇ダリアの問い合わせフォームどこ?

〇頼むからガチで学びなおしてくれ色々と

〇ネットリテラ『ス』ー、教えてくださいよ

 

 チッ……うるせーな、社会常識は色々と勉強中なんだよ。

 教科書として渡されたラブコメ漫画にはネットリテラシ―なんか出てこなかったし。

 俺が悪いか? まあ、はい、多分俺が悪いですねこれ。

 

「コホン。気を取り直しまして…ほかに質問はありますかね?」

 

〇作業の手も動かしてね

〇阿佐ヶ谷ダンジョンでの一件でそんなに登録者数が増えてないことについて一言

 

 質問というかインタビューみたいなのが飛んできた。

 

〇確かに、もっと同接増えてると思ったんだけどな

〇あれだけのことがあって同接二桁って少なく感じるな

 

「いえ、これぐらいは計算通りですよ。バズって話題になったところで、実際に配信まで来てくれる人の数は限られていますからね」

 

 あとそもそもの問題として、阿佐ヶ谷ダンジョンの一時封鎖は話題になったが、別に俺という存在は話題になっていない。

 若葉カスミがその場に居合わせたことだけが、ちょっとしたニュースになっているぐらいだ。

 

 それに一時封鎖も、夜になると解除されていた。

 ダンジョンキーパーが中層まで探ってみたが、異常はなかったらしい。

 

 ……となると、あのエリートワイバーンだけがおかしな行動を取っていたということになる。

 それはそれで問題があるのだが、理由不明の状態で封鎖を続けるのも意味がないという判断だろう。

 

〇意外と冷めてる感じ?

〇あんまし野心があるタイプには見えないね

 

「もちろん、一時的に増えるだけだとしても、バズは偉いと聞いていますが……まだ僕はそれを積極的に狙いに行けるような立場ではありません。何事も基本から固めていくのが重要です。そう――四則演算のように、ね」

 

〇は?

〇ドヤ顔やめてね

〇審議

〇さすがに死刑か

〇死刑ッスねぇ~

 

「百歩譲っても民事で審議してくれませんか?」

 

 コメント欄に俺の生死が握られてるの、普通に心臓に悪すぎる。

 ともかく、雑談配信ではあるものの、明日の準備も進めなければならない。

 

「で、どれくらいの装備を用意していくかですが。詳しく聞けていないんですよねえ」

 

〇向こうは最低でも6時間超えだからな

〇めっちゃ重装備でも困ることはなさそう

 

「ですよねえ。となると本当にパンパンに詰めていく必要があってぇ……」

 

 帰路で買い込んできた探索用装備をありったけ詰め込むべきか?

 しかしそれやると機動力の低下がシャレにならないんだよなあ。

 と、うんうん悩んでいる時だった。

 

〇身の程を知れ

〇Dランクで苦戦してるのは普通に論外気味

〇まだ早いでしょ

 

 ……なんだか他のとは違う感じのコメントが流れてきた。

 名前も今回初めて見たな。

 

〇あ、こいつら多分昨日の配信見てないな

〇カスミン側から流れてきたんじゃない?

〇ブロックしとけ

 

 つまり――新規流入者か。

 これを逃す手はない、はずだ。

 

「こんにちは。新人探索者の九条博士です。今日はチャンネルまで来てくださってありがとうございます」

 

〇声キモ

〇男探索者ってチー牛上がり多すぎだろ

〇ミラージュとコネあるの見え見え

 

「安心してください――デビュー前に声紋分析を行い、僕の地声が一般的に心地よく聞こえるトーンの範疇にあることはデータ的に実証済みですよ」

 

〇ハカセくんアンチコメ拾い上げなくていいから

〇は?俺にとって不快なのは事実だろ

 

「つまり、ですね」

 

 俺は一度言葉を切って。

 威圧的にならないよう笑顔を浮かべて、ゆっくりとカメラに語りかける。

 

「あなたは耳鼻科などを受診して、聴覚の検査を受けたほうがいいです。人と異なる形で音が聞こえてしまうのは、データの観点から見て重大な疾患の兆候かもしれませんよ」

 

〇バカ!!!死ね!!!!ゴミ!!!!殺す!!!!住所晒せ!!!!

〇はい直接的な暴言でBAN

〇ハカセくん煽り上手すぎw最高w

 

 ……?

 今何が起きた?

 

「え、なんで僕、アドバイスしたのに怒られてるんですか?」

 

〇あっ

〇あー……そういう感じ、ですか

〇ハカセくんちょっと受ける研修増やしとこっか

 

 コメント欄が一気に生暖かい感じになった。

 どうなっている。

 なぜ俺が、何かを諭される雰囲気になっている?

 俺が諭していたはずだが?

 

〇ちょ、別の質問行こう

〇はい!探索中って料理するんですか?

〇日またぐ長時間だと野営したりはするよ

〇今回は流石にそこまではいかないんじゃない?

 

「僕が答える前にコメント欄が答えているのですが!」

 

〇こっちの方がいいかもしれんな

〇これハカセくんが失言せずに済むから真剣にアリ

〇ハカセくん!黙って荷造りしよう!

 

 ひ、ひどすぎる。

 なんで俺の配信なのに、俺がのけ者にされているんだ!?

 

「ちょっと皆さん、やめてくださいよ。いいじゃないですか……し、質疑応答なんですよね? 質問、くださいよ……」

 

 すすり泣きながら、明日の荷物をバックパックに詰めていく。

 資源採取やら装備回収用の、折り畳み式座標記録ボックスはいくつ必要だろうか。ダンジョンを引き返す時に回収するボックスなんだが。

 

〇流石にかわいそうになってきたな

〇ちょうどいい感じの質問あるかなあ

〇夕飯は食べた?

〇好きな食べ物は何?

 

「お! ちょうど似たような質問が二つ来ましたね! 答えちゃいますよ!」

 

 俺はウキウキになりながら、ボックスをぽいと投げ捨てた。

 人との会話がしたい! 最高!

 俺、個人勢時代って自覚してたよりずっと人恋しかったのかもしれねぇ……

 

 そんなことを考えながら、夕飯に何を食べたのか思い出す。

 今日は確か――

 

「夕飯は帰宅後にすぐ済ませたのですが、ちょうど好物のささみでしたね」

 

〇……?

〇ささ、み?

 

「はい。ささみをレンチンしたものを食べました。あ、ちゃんと二回に分けて加熱してるので、生ではありませんよ」

 

〇いやそれは別にいいけど

〇ささ、み……?

〇年いくつだっけ

〇ダイエットが必要な体型には見えないけど

 

「僕はデータ上、二十歳ですね。特にダイエットもしていませんよ、まあデータトレーニングはしていますが」

 

〇データ上ってなんやねん

〇データトレーニングis何

〇ガチで何を言っている?

〇牛とか豚とか食わんのか

 

「うーん……その二つよりは、鶏の方が好きですね」

 

〇人の好みを否定する気がないけど、なんかさあ

〇ダイエット中とかでもなく、好みでその食生活なの?

 

「ですね。普通にささみが好きなので」

 

〇ハカセぐらいの年齢ってなんでも焼肉のたれで焼くんじゃないのか

〇……ちなみに、ほかに好きな食べ物は?

 

「ええと、ブロッコリーとか、ゆで卵とか、あとは春雨も美味しいですよねえ」

 

〇なんか……なんかなぁ……

〇もうちょっとガッツリコッテリしたものをさ

 

 コメント欄がだんだん重苦しい感じになってきた。

 あれ? なんだか想定とは違う感じだな。

 

〇レンチンつってるし照り焼きとかでもなさそうなんよな

〇舌が"老いてる"

〇若いんだからガツガツ食べてほしい

 

「おっと、『若いんだからたくさん食べな』……僕のデータからして、それを言ってくるってことは皆さんおじさんですね?」

 

〇は?

〇んだテメェ

〇心配してんのに急に殴ってくんなボケが

〇誰かこいつを法で裁いてくれ

 

 全員が顔を真っ赤にして殴りかかってきた。

 ククク、今まで言いたい放題していた分のお返しだ。

 

「じゃあ次の質問、ありますか」

 

〇こいつ俺ら殴って勝手に次行ってるけど

〇オンライン通り魔配信

〇ダリア勢はいつも通りにダンジョン配信以外しない感じ?

 

「いやその辺の指示受けてないんですよね。普通に別ゲーやってみたい気持ちはあるんですが、どうなんでしょう」

 

〇!?

〇ついにダリア勢のゲーム配信が!?

〇歴史が、動く

〇ここに同意ボタンをひたすら押すゲームがあってぇ

〇lolやろうず

〇昇竜コマンドって分かる?

 

 うわっ、急にありえない量のコメントがどばっと流れてきた。

 本当に二桁人数しかいないのか?

 もう濁流みたいになってんだけど。

 

「あ、あのー、その辺はまあ、事務所の人と相談したりして決めますので」

 

〇まあそれはそう

〇気に入るゲームを見つけてくれ

〇lolやろうず

〇なんか今日出会ったばっかりなのに親心が芽生えつつあってヤバイ

 

「で、ではそろそろ荷造りを本格的に進めていきましょうか。ええと、食糧は念のために、多めに入れておきたいところですね」

 

〇相手が配信妖怪だしなあ

〇あるにこしたことはない

〇lolやろうず

 

「あの一人だけありえない量の同じコメントを連打してくる人いて怖いんですけど!!」

 

〇そういや眼鏡もう直ったの?

 

「あっ、いえいえ直ったわけじゃないですよ。これ、あらかじめ予備をたくさん渡されているんです。さすがダリアですよね」

 

〇いやそれ……

〇お前が壊す前提で……

〇やっぱり赤ちゃんなんじゃ……

〇lolやろうず

 

「だから怖いですって!!」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 そうして準備を終えた翌日。

 阿佐ヶ谷ダンジョンの入り口にて。

 

「若葉さーん、お待たせしましたー」

 

 スマホを何やらいじっている若葉さんを遠目に見つけて、俺はドタドタと駆けだした。

 人々が慌てて俺に道を開けてくれる中、彼女も声が届いたらしく、パッと笑顔になりこちらを見て――

 

「なにその荷物の量!? デススト!?」

 

 目を見開いて叫んだ。

 今の俺はバックパックの上に、追加で様々な物資を積み上げて特殊なワイヤーで縛った状態だ。

 

「長時間耐久配信になると思ったので……」

「単発コラボ配信でそんな長いことやるわけないでしょ!?」

「あっ」

 

 若葉さんの言葉は、言われてみれば、もう本当に何から何までおっしゃる通りだった。

 俺はぺこりと頭を下げる。

 

「はい、すみません、僕が計算ミスをしていました」

「計算ミスとかじゃないと思うけど……」

 

〇すまんこれは俺たちも悪い

〇冷静に考えてそりゃそうです

 

 心なしかコメント欄も消沈気味だ。

 まあ結局、夜更けまでウキウキで必要になる荷物を話し合ってしまったもんな。

 今思えば完全に深夜テンションだった。

 

 しょんぼりしている俺に対して、若葉さんは腕を組んで嘆息する。

 よく見ると、彼女が背負っているバックパックも、この間に比べるとはるかに膨れ上がっている。

 あれ? どういうこと?

 

「まったくもう……想定は大体二泊ぐらいだよ、何言ってるの?」

「助けてください!!」

 

〇ま、ずい

〇男女ペアで初コラボで二泊、ありえない話

〇なのに色気を全然感じないのは何?

〇ダンジョンでえっちなこととかしてる暇ないから、かなあ

〇"配信妖怪"

〇相対的に常識人に見えてたけど全然違ったわ

 

「さあ行くよハカセくん! 目指すは第十五層!」

「え、え!? そんな深く潜るの想定してませんでしたよ!?」

 

 悲鳴を上げる俺に対して。

 若葉さんはこちらの腕をむんずとつかみ、キラキラした目で見上げてくる。

 

「何言ってんの! 二泊なんだからそれぐらい行くでしょ! 大丈夫! 私寝ながら歩いて、敵来たら起きるの得意だから!」

「それはもう人間じゃねーよ!! 違った、人間じゃありませんよ!」

「ハカセくんも、あのエリートワイバーンがどこから来たのか――なんであんな上層まで来たのか、気になるでしょ!?」

 

 ダメだ全然話が通じねえ。

 まさかこの人、好奇心のためならなんでも犠牲にできるタイプか?

 

「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ。僕にだって心の準備が」

「準備!? はいできた! レッツゴー!」

「できてないですうううう」

 

 彼女は俺の腕をつかみ、ズザザザザザと派手な砂煙を上げて引きずっていく。

 砂煙で何も見えないし地面の削れる音で耳も割れそう。

 

 

 だからずんずん進んで行く若葉さんの最後のつぶやきは、俺には聞こえなかった。

 

 

 

 

 

「……それに、ハカセくんのアレをもう一度見れたら、いろいろな仮説に確信を持てるしね」

 

 

 










・若葉カスミ
ゴリゴリ本名。
寝てていい音と起きなければいけない音を睡眠中に判別できる。

・九条博士
本名じゃない。
寝るとあんまり起きない。
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