「えーただいまを持ちまして阿佐ヶ谷ダンジョンのD級認定を一時凍結、代替的に臨時A級として扱います。ダンジョン内の探索に関しては、以前と異なり条件審査を設けまして……」
阿佐ヶ谷ダンジョン第三層安全地帯。
俺と若葉さんが隅っこで治療を受けている中で、ダンジョンキーパーのお兄さんが集まった探索者たちに拡声器で呼びかけていた。
「なんだか、大事になっちゃった」
隣の若葉さんがぽつりとつぶやく。
揃って毒にボロボロにやられた俺たちは、仮設ベッドの上で点滴を打たれていた。
「ですね。とはいえ、ここからの対処はマニュアル通りに進むでしょう。後はお任せするしかありませんよ」
「……うん、そだね」
ダンジョンはその閉鎖空間としての性質から、毒を散布する敵に対して非常に厳格な対処が求められる。
遭遇した探索者が死んだとして、それを知らずに次の探索者が接敵すると、何もできないまま死に続ける可能性があるからだ。
そのため、俺と若葉さんの報告をもとに、阿佐ヶ谷ダンジョンは一時的に等級が引き上げられることになった。
毒スケルトンがまた出てきたらヤバいよね、という判断だ。
今現在は、呼び出された強豪探索者が、ある程度の層数まで潜って様子を確認しているらしいが……
「ねえハカセくん」
「はい?」
ぼんやりとそんなことを考えていたところ。
隣のベッドから身体を起こした若葉さんが、真剣な表情でこちらを見つめてきた。
「ちょっと変な質問かもしれないんだけど、いい?」
「ええ、もちろん大丈夫ですよ。あ、MBTIなら満点でした」
「話聞いて」
「はい」
威圧され、俺はベッドの上で身を小さくした。
「なんかさ……自分が極端に幸運だな、って思ったことある?」
「記憶喪失のところを拾われて、拾ってくれた人に身分作るの手伝ってもらって、それから配信者事務所に所属までさせてくれたことですかね」
「反応しづらいよぉ……」
俺の回答を聞いて、今度は若葉さんが微妙な表情を浮かべた。
いやでもこれは本当にガチで超ラッキーだったと思ってる。
常識では考えられないほどツイていると言っても過言ではない。
ていうか俺、記憶喪失の状態でダンジョンで発見されてるからね。
意識ない人間がダンジョンで寝てて、モンスターに殺されるより先に探索者に見つけてもらったの、相当な奇跡だよ。
「そうじゃなくって、もっと最近で……すごく低確率を引いたとか、普通なら出くわさない場面に出くわしたとか。とにかく、ここ最近で一番ラッキーだったことは!?」
「ふむ……そういう話でしたら、若葉さんと出会えたこととかですかね」
「は? ……え、あ、ひああっ!?」
突然のことだった。
若葉さんが毛布をガバッと持ち上げ、頭のてっぺんまで覆い隠してしまった。
〇こいつやば
〇カスミンリスナーはどんな気持ちで今の見てるんだよ
〇二窓してるけど向こうはハカセが命の恩人過ぎるから血涙流しつつ自分の爪を剝いで激痛で思考を埋めて耐えてるって
〇何が何を何してるって?
〇何らかの儀式としか思えないだろ
え、返答ミスってるのか……さっきから何が正解なのか分からん……
「……ッ、べ、別にそれは私にとってもそうだし……命救ってもらったし……」
毛布越しにしばらくもごもごなにか喋った後、カスミさんはゆっくりと顔を出した。
かすかに頬が紅潮しているが――これは点滴を受けているからだろう。
現象の過程と原因は、データがあれば容易に導き出せる。
「と、ともかく! そうじゃなくって! クリティカルとかの話だよ!」
「……? 別にデータ的には当然の結果ですが」
首をかしげながら返事すると、カスミさんはなんともいえない表情になった。
腕を組みしばらくウンウンうなった後、言葉を選びながら彼女は口を開く。
「まあ……そうだよ。確かに、ありえないってことはありえない、確率には偏りが生じるからね。でも君の場合は異常だと思うんだ」
〇本当に異常だと思う
〇見てきた中で一番の異常個体
〇特性『オタンコナス』
コメント欄では、俺がナチュラルにエリートモンスター扱いされていた。
いくらなんでもひどすぎる。
「君は多分、低い確率を引き寄せる体質というか……それこそ特性みたいなものを持っているんじゃないかな」
え?
なんか話飛んでない?
「いうなれば、スキルってやつだね」
「ス、スキル……ですか」
〇カスミンが変なこと言い始めたぞ……
〇いやでも、本当にそれぐらいありえないことが起きまくってはいるんだよな
〇とはいえスキル、スキルかあ……
若葉さんの言葉は、なんというか、こう。
「言いたくないんですけど……漫画とかアニメとかの影響を受けすぎじゃないですか?」
「どぅひぇっ!?」
ありえない声が響いた。
周囲の人々も、誰が上げたのかとびっくりしてキョロキョロしている。
「な、ななな何を……! まるで私を深夜アニメオタクみたいに言って!」
「そこまでは言っていませんでしたが……」
嘆息して、俺は眼鏡(予備として持ってきていたもの)をクイッと押し上げた。
「スキルだの、異常だの……僕の戦闘に関する計算に狂いはありません。そのようなオカルトじみた話、データ的にありえませんね」
「………………」
若葉さんは何か、ものすごく何かを言いたげな表情で、唇をぐっと噛んでいた。
「……まあハカセくんの場合、逆にこっちのほうがいいかもしれないね……」
〇ワイトもそう思います
〇ハカセくんの好きにやらせようず
〇なんかコメント欄にずっと口調が古臭いlol星人がいるんだよな、年齢が透けるぞ
〇お前を殺す
〇lolやってるヒイロ・ユイ嫌すぎるんだが
「冷静かつ理論的に戦うのが僕ですから。今後もコラボする機会があれば、そこを踏まえたうえでよろしくお願いしたいですね」
「……あ、そっか。とりあえずのコラボ、って話だったっけ」
カスミさんは目を伏せ、指と指を突き合わせ始めた。
何なんだ? さっきからやたらと口ごもるなこの人。毒がまだ抜けていないのか?
「……今後もよろしくする、から。だから、若葉さん呼びやめてよ。下の名前でいいから」
「え、僕炎上しません?」
「若葉呼びしてるの本当に君ぐらいだよ」
〇結構みんなカスミン呼びだよな
〇カスミンとか、敬称付けてもカスミン先輩とか
「では、カスミンさんですか」
「なんか必須アミノ酸みたいだからやめてそれ。カスミさんでいいから」
〇カスミン酸1000mg配合!
〇頑張ってる配信者を応援したい!カミスタンD!
〇草
〇それ絶対長時間ぶっ続け配信用にありえない量のカフェイン入ってるだろ
〇"Dの意志"
「では、カスミさん。今日は本当にありがとうございました」
「……感謝するのは、こっちだよ。二回も助けてもらっちゃった」
カスミさんは腕を伸ばして、俺の頭に手を乗せた。
「ありがとね、ハカセくん。私の命の恩人さん」
「…………」
――俺がデータを重んじる冷徹な性格でなければ。
100%で『この人、俺のこと好きなのか?』と勘違いしていた。
それぐらいやばかった。
「こ、これぐらいお安い御用ですよ」
「ふふ、そっか。それで、なんだけど。もしよかったら単発のコラボだけじゃなくって。これから正式に、私とパーティーを……」
カスミさんが何やら言っていたその時のことだった。
「アリアさんお疲れ様です!」
ワッと、安全地帯が騒がしくなった。
どうやら、阿佐ヶ谷ダンジョンに潜っていた強豪探索者が帰って来たらしい。
「あ……」
カスミさんの言葉が途中で途切れる。彼女は人ごみの方を見ていた。
つられて視線を向けた先には――なびく流麗な金色の髪があった。
人ごみの中心にいるのは、腰ほどまである長い金髪の女性。
彼女は白を基調とした、威厳がありながらも動きやすさを確保している衣装を着ている。
〇うお、アリアさんが来てたのか
〇太ももが眩しすぎる
〇アリアさんが来るって本当に深刻なんだな…
シンプルに超美人だった。ヨーロッパ系の人だろうか?
あと、目を引くのは美貌だけでなく、背負っている大鎌もだ。見るからに強そう。
カスミさんが取っつきやすく、男側が勝手に勘違いしてしまいそうな美人に分類されるとしたら。
この女性は一分の隙もなく、男側が勘違いのしようもない高嶺の花といったところか。
「二十層までは安全を確保したわ。異常個体のエリートが二体もいたわ……どちらも撃破したからデータを共有するけど、あたしクラス未満の探索者はもう潜らせない方がいいわよ」
彼女は近づいてきたダンジョンキーパーの人たちに、クールな声で淡々と報告していた。
潜って状態を確認してくれていたようだ。しかし、ソロだったのか?
〇どなたです?
〇『ミラージュ』武闘派三銃士の一人、アリア・A・アミエルさんだよ
〇多分この人はダリア上位層と比べても遜色ないんだよな
〇実際超すごいんだは
〇あとカスミンとは同期で仲良し
「
〇パレード?
〇エリートの出現周期が重なって、大量のエリートが同時に発生し、それに呼応してツブも爆発的に出現する現象のことだよ
〇途中まではエリート同士で殺し合ってるんだけど、最後に残ったエリートは、パレードリーダーっていう一つ上の位階になる
〇名前の通り、大量のモンスターを率いて暴れまわる最悪の現象だ
研修で言われたのは、『兆候レベルであっても何か察知したらすぐに探索を切り上げて離脱しろ』ということだった。
ダンジョン狂いの先輩たちですら、四人以上のフルメンバーでない限りは、即時撤退を選び続けているらしい。
それぐらい、この
対抗するためには人間側も物量をきちんと用意する必要がある。個人配信者時代に、それは嫌というほど痛感した。
……あと、報告を聞いて、もう一つ気になる点がある。
もしもこの阿佐ヶ谷ダンジョンで、
「報告にあった、例の……スケルトンアビス。あいつはエリート同士の争いに敗れて、上層まで逃げてきた可能性があるわ」
その言葉に、場が痛いほどの静寂に包まれた。
つまり――下層には、あの毒スケルトンを圧倒するような存在が居座っているかもしれない、ということだからだ。
……このアリアという女性の説明は、恐らくだが意図的に、この空間にいる人間全員に聞こえるようになっていた。
ダンジョンキーパーだけではなく、集まっている探索者みんなにも知っておいてほしいのだろう。しっかりした人だな。
「ハカセくんハカセくん」
感心していると、カスミさんが俺の腕を引いた。
「どうしました?」
「あの子がこっち来たら、私はいないってことにして」
「え、絶対無理なのですが」
俺の返事など聞かず、カスミさんは仮設ベッドの上で、全身を毛布の中にしまい込んだ。
確かにそうしたら誰が寝てるのかは分かんないけどさあ……でも毛布芋虫になっちゃってるから、余計目立つんだよなあ……
まあこっちに来なければいいだろ、と思っていると。
報告を終えたらしきアリアさんが、まっすぐに、早足でこっちにやって来た。
全然ダメじゃねーか。
「カスミ」
「うっ」
真の名前を看破された毛布妖怪が、びくっと震える。
これ、俺はもう黙ってるだけでいいよな?
「スケルトンアビスと遭遇・これを撃破した探索者二名、その片方がアンタなのは知ってるわよ」
「…………」
「阿佐ヶ谷ダンジョンに異変が発生しているのを知ったうえで、この男と二人で潜り、その真相を探ろうとした……この認識で合ってるかしら?」
「…………」
ゆっくり、恐る恐るといった様子で、カスミさんが毛布の隙間から顔を出す。
「う、うん」
「……ハァ」
「あ、あーちゃん、怒ってる?」
「ええ、怒ってるわ。アンタの好奇心と不幸体質がかみ合った場合の、最悪の事態を予想できなかった自分自身にね」
深く嘆息してから、アリアさんはカスミさんの頬に両手を添える。
「でも、ホントに無事でよかったわ。心配したんだから……」
「ご、ごめんね、あーちゃん」
アリアさんの表情には、一切の揺らぎがない。
先ほどまでの事務報告をしていた時と同じで、冷たい無表情だ。
でもその瞳には、確かにカスミさんへの親愛の光がある。
どうやら、意外にもアリアさんは情が深いタイプの人間のようだ。
まったく……データキャラとしたことが。
第一印象ですべてを決めつけてはいけないなんて、データ的には当然の話だ。
修行が足りないな。
「……で、なんだけど」
アリアさんはカスミさんの顔から手を離すと、こちらを見た。
視線が重なる。なんというか、初対面にしてはぶしつけなぐらいにガン見されてる。
「……すーっ……はーっ……」
挙句の果てにはなんか深呼吸し始めた。
さすがの俺も、頭の上にハテナを浮かべてしまう。
おっといかんいかん、データキャラにあるまじき失態だ。常に冷静に、なんでも知ってますよという顔をしなければ。
「アリア・A・アミエルさんですね。カスミさんにはお世話になっています。僕は九条……」
「――ようやく見つけたわよ、九条博士」
……?
え、今のは俺への発言?
ようやくって、何?
混乱するこちらなどお構いなしに、アリアさんはさらに言葉を続ける。
「そして……久しぶりね、九条博士」
『えっ?』
それを聞いて、俺とカスミさんは同時にぽかんとしてしまった。
久しぶり? 何が!?
〇ちょどういうこと
〇知り合いなの!?
「ま、アンタが覚えてるとは思ってないわよ。でも……こっちはアンタのことをよく覚えてるわ」
「ハカセくん!? どういうこと!」
「いやいやいや分かんないです」
カスミさんが俺とアリアさんを交互に見やる。
こんな派手で目立つ人、一目見たら忘れないと思うんだが……
「別に思い出してもらわなくても結構よ。むしろ、忘れてる方が好都合まであるわ」
もう無茶苦茶なこと言ってますやん。
……いや本当に、この立派な女戦士は見たことがないのだ。
でも。
似たような人なら、一度だけ見たことがある。
しかし。
それは、まったく目の前の女傑と結びつかないんだ。
「……コホン、えーと、ですね」
俺は一つ咳ばらいをしてから。
目を吊り上げてこちらを見ているアリアさんに向かって、恐る恐る口を開いた。
「……もしかして
「なんッッッで今全部言うのよォッッ!!!!!」