「明日のダンジョン探索に向けた荷造り……進捗は19%といったところですね」
〇だから手を動かせカス
〇お前からマシな進捗聞いたことねえんだよ
〇lolやろうず
〇今からlolは悪魔の誘い過ぎるだろ
俺は
現在は六畳一間の自室から配信中である。
前にも説明した通り、ここは『ダリア』の配信者寮だ。
ダンジョンに潜ってばかりの先輩方と鉢合わせることは少なく、基本的に一人で過ごす場所なのだが……
「えーそして、今回はゲストの方がいます」
「こんにちは! 『ミラージュ』所属の若葉カスミですっ!」
俺の隣で元気に挨拶をする美少女。
そう、お部屋配信だというのに、なんかカスミさんが来てしまっていた。
今は三脚のカメラの前に、二人で床に座り込んでいる格好だ。
彼女は阿佐ヶ谷ダンジョンから一度家に帰った。
だが俺が配信すると聞き、彼女は可愛らしい私服姿に着替えてから来てくれたのだ。
……いやこれ本当に大丈夫なのか?
お部屋配信に人呼ぶなんて全然聞いたことないし、百歩譲っても同性相手じゃないとだめじゃないか?
〇普通にありえないだろ
〇これで炎上したとしても本当に文句言えないから
〇寮の規則的に女連れ込むのって大丈夫なのか
〇ダリアの規則的には大丈夫だけど先輩方が気を悪くしてることは覚えておこうず
オイ! めっちゃ真っ当な怒られが発生しているんだが。
「……や、やっぱこれ、まずかったかなあ?」
「僕が燃える分にはいいんですが、データ上、こういったケースはカスミさんの方にもあらぬ風評被害を招きかねないかと……」
「うーん……でも、ハカセくんのこと、もっと知りたいなと思ったから」
こちらを見て、にっこりと微笑むカスミさん。
どうやら居座る気らしい。
短い付き合いだが、こうなった彼女が意見を変えることがなさそうというのはよく分かる。
なら仕方ないか。
どうにかしなきゃいけない時用に洗脳ビーム銃とか作っておいた方がいいかもしれないけど。
「まずは……ちょあっ!」
「うお」
その時、カスミさんが珍妙な声と共に、俺の顔に手を伸ばしてきた。
咄嗟の反応で、のけぞるようにして回避する。
え? ビンタされそうになった?
いや違う、これは俺の眼鏡を奪い取ろうとしたのか。
「むー、避けないでよ」
「眼鏡盗ろうとしないでください」
〇いきなりイチャイチャすんのやめろ
〇この配信心臓に悪すぎます!
〇こんなに距離感近いカスミン見たことねえよ
〇(ユニコーンの角が折れる音)
「ここで外しても、あの熱血モードになるのかなって気になったから。でもダンジョンの中だけだったりするのかな」
「あの、何言ってるんですか?」
「ハカセくんの熱血モード突入条件を絞ろうと思ってさ」
〇えぇ……?
〇人の性格チェンジで対照実験をやろうとしてるのか?
「要するに君の色んな事を知って、余白を塗りつぶしていけば……私が知りたいことの輪郭が浮かび上がって来るんじゃないかなって思うの」
カスミさんがずいと顔を寄せてきた。
ち、近い近い。この部屋狭いけど、それにしても近い。
〇アリア・A・アミエル【ミラージュ所属】 いいから早く準備しなさいよ
〇お、アリアさんだ
〇アリアさんちわっす
〇いつもお疲れ様です
「あっ、アリアさん来てますよ」
「ほんと? あーちゃんやっほ~」
〇アリア・A・アミエル【ミラージュ所属】 準備配信って言ってるのに準備してないじゃない
〇はい……
〇この度は俺たちのハカセが本当にすみません……
コメント欄が勝手にアリアさんに謝り始めた。
なんでだよ。
……そういえば、あれを見せておくか。
「すみません、アリアさんで思い出したんですけど……」
俺は立ち上がり、棚の奥をガサゴソと漁る。
多分この辺だったと思うんだけど……お、あったあった。
「こちらが例のブツとなっております」
「その言い方やめれる?」
俺が引っ張り出してきたのは、かつて遭遇した際にアリアさんから押し付けられた直筆サインだ。
その時持っていた手帳の1ページ目にデカデカと書かれている。
「一応ですけど、本物のサインかどうかって分かります?」
「うん、これは間違いなくあーちゃんのサインだよ」
〇これが噂の……
〇冷静に考えるとサイン押し付けてるの普通にアリアさんの行動も変じゃないか?
〇アリア・A・アミエル【ミラージュ所属】 フーン、意外と綺麗に保存してるじゃない
「あと、下半分が赤くなってるのは何?」
カスミさんの指摘通り、サインのあるページの下半分は真っ赤に染まっており、凝固して固い感触になっていた。
「これは僕の血ですね。死にかけてたんで」
「じゃあ多分値段なんかつかないよ」
「時価ってことですか?」
「自分の血痕に対してポジティブ過ぎない?」
〇そもそも死にかけの人相手にサインしてるのやばくないか?
〇これ見て綺麗に保存してるつってるのもやばい
〇アリアさん嘘ですよね?
〇アリア・A・アミエル【ミラージュ所属】 ごめん細かく覚えてなくて、てっきりそういう模様なのかと思ったわ
〇模様だとしたらどんな猟奇的文具メーカーが作ったんだよ
「そもそも、あーちゃんと会ったのっていつなの?」
「まだ『ダリア』に所属する前の、個人でダンジョン探索配信をしていたころです」
記憶喪失で発見された後、戸籍を取得したはいいものの、収入がなかった。
そこでダンジョンに潜って素材を採って売りつつ、配信も始めていたのだ。
結果として配信者としては大して伸びなかったものの……紆余曲折あり、ダリア所属としてデビューすることができた。
〇その当時の動画って見れたりしないの?
「ダリアでデビューするにあたって、当時の動画は全部非公開にしてます」
〇泣きアリアさんが見れたりはしないか
〇アリア・A・アミエル【ミラージュ所属】 アーカイブ残ってたらアンタを殺してあたしも死ぬわ
〇なんでだよ
〇アリアさんが死ぬ必要なさすぎる
それだと俺だけ死んでないか?
「ふーん……あーちゃんと出会ったころ、昔のハカセくんってどんな感じだったのかな」
「どうなんでしょう。今と変わらず、強くてクールな男だったと思いますが」
「正気?」
カスミさんのこちらを見る目が、信じられないものを見る目になった。
「なんですか? データを自在に操り、冷徹な計算をもとに、ダンジョンの攻略を宣告する……強くてクールな男すぎますよね?」
「それ絶対公式HPの説明文をそのまま引っ張って来てるじゃん。データを自在に操りっていうか恣意的にデータを読み替えてるだけだよ、君」
〇はい……
〇はい……
〇おっしゃる通りです……
〇強くはあるんじゃない? クールではないけど
「いやめっちゃクールですよ? アリアさん、個人時代の僕って、強くてクールな男でしたよね?」
〇アリア・A・アミエル【ミラージュ所属】 超バカだったわよ
〇解散
〇当たり前すぎる
〇クールな男は「めっちゃ」とか言わねえ
キレそう。
俺はバカとかではないんだが?
バカだったら、回避率95%に命中率5%とか出せないだろ。
〇アリアさん的には今のデータキャラハカセはどうなん?
〇確かに前は違ったわけだもんな
〇アリア・A・アミエル【ミラージュ所属】 普通にめちゃくちゃ解釈違いよ
〇あ、はい
〇すみません変なこと聞いて
〇アリア・A・アミエル【ミラージュ所属】 何?
〇なんでもないです
〇怖……
まずい、アリアさんにコメント欄が制圧されつつある。
馬鹿だのなんだのネガキャンした上にチャンネルを乗っ取るなんて、許せねえ。
俺が完全にあったまっている横で、カスミさんがふっと微笑んだ。
「……そっか。ありがと教えてくれて」
「いえ、大したデータではなかったと思いますが」
「そんなことないよ。一つ一つ知っていきたいから、君のこと」
嬉しいんだけどなんか観察対象として扱われてる感じもあって怖いんだよ。
「じゃあ、荷造りを始めよっか。下層まで行くみたいだし……武器も複数あるといいかも?」
「用意するべきなのは長期戦用の装備ですね。今から作れるとなると、ハリセンなどですか」
「それ私と君はシバかれちゃう側じゃない?」
「言われてみると……ていうかアリアさんにハリセンが似合いすぎているだけのような……」
〇アリア・A・アミエル【ミラージュ所属】 アンタたち真面目にやれないワケ?
〇アリアさんもマジギレしていらっしゃる
〇ハリセンでシバかれるパレードリーダー、超見てえけどな
流石にハリセンは冗談だ。
……冗談、だよな?
「でも記憶をなくした後も、色々やってたんだね。偉いなあ」
「ただひたすらにダンジョン潜ってただけですよ。特に大きな出来事もありませんでした」
〇アリアさんと知り合っておいて大きな出来事もありませんでした??
〇アリア・A・アミエル【ミラージュ所属】 ……ま、アンタならそう言うわよね、ったく
大体、記憶が戻ればと思ってダンジョンアタックし続けてるだけだし。
本質的には前向きではなく、後ろ向きな行為なんじゃないだろうか。
――なんとなくだけど、記憶を失う前の俺って、どんな性格だったんだろうと思って。
一瞬だけ、頭がひどく痛んだ。
ザザと視界にノイズが走る。
大剣。
薄暗いダンジョンの中。
『――大丈夫だ■■。俺たちは負けない。人類はダンジョンに負けたりしない。そのために、俺たちはここにいるんだ』
「……っ」
「ハカセくん? どうしたの?」
〇どしたー?
〇なんか体調悪そう?
〇明日ダンジョンなのに大丈夫か
心配そうにこちらを覗き込んでくるカスミさん。
俺はゆっくりと頭を振った。
「大丈夫、です。むしろ調子がいいぐらいですよ」
「ほ、本当……?」
「はい。データ上――明日のダンジョン攻略が上手くいく確率は50%です」
「え? な、なんか低くない?」
〇アリア・A・アミエル【ミラージュ所属】 不確定要素が多すぎるから、そんなもんでしょ。でもアンタがそこまで冷静なのは意外ね
おっと、俺のデータ計算はまだ終わっていない。
「真の計算はここからですよ。僕とカスミさん、そしてアリアさんが揃えば――成功率は1億%です!」
「うん、やっぱもうデータキャラやめよっか」
〇アリア・A・アミエル【ミラージュ所属】 こいつに算数ドリルをやらせなさい
〇ほしいものリストに入れてくれないんですよ
〇もう明日持って行ってあげてほしい
俺は小学生じゃねーよ。