春の谷にいた魔族   作:MトK

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春の谷にいた魔族

 森の奥に、春があった。

 

 北側諸国の冬は厳しい。

 

 雪は深く、風は冷たく、木々は枝先まで凍りつく。けれど、その谷だけは違っていた。

 

 柔らかな草が生え、細い水路が流れ、畑には見慣れない野菜が並んでいる。石造りの小さな家の煙突からは、白い煙がまっすぐ空へ伸びていた。

 

 その家で、彼女は鍋をかき混ぜていた。

 

「……違う」

 

 木匙で少しだけ掬い、舌に乗せる。

 

 塩気が強い。

 

 香りも足りない。

 

 何より、記憶の中にある味と違う。

 

「味噌、三百四十二回目。失敗。香りは近い。けど、まだ薄い。旨味が足りない」

 

 彼女はそう呟いて、机の上の記録帳に文字を書き足した。

 

 額から伸びる二本の角が、窓から差し込む光を受けて淡く光っている。赤い瞳は眠たげで、白い指先にはインクの染みがついていた。

 

 人間ではない。

 

 それだけは、目覚めたときからわかっていた。

 

 けれど彼女は、自分を正しく理解していなかった。

 

 前世の記憶があった。

 

 別の世界で、人間として生き、死んだ記憶。

 

 気づけば女の姿になっていて、額には角があり、瞳は赤かった。

 

 そして体の奥には、熱とも圧ともつかない、得体の知れない力が渦巻いていた。

 

 最初は、それが何なのかわからなかった。

 

 ただ、手を伸ばして火がほしいと思えば枯れ枝に火が灯り、水がほしいと思えば地面から清水が湧き、壁がほしいと思えば石が積み上がった。

 

 それは魔法だった。

 

 少なくとも、彼女はそう呼ぶしかなかった。

 

 この世界でそれが「魔力」と呼ばれるものなのだと知るのは、もっと後のことだ。

 

 最初はただ、未知の力だった。

 

 彼女は泣いた。

 

 叫んだ。

 

 水面に映る自分の顔を見て、何度も「これは夢だ」と呟いた。

 

 だが、夢ではなかった。

 

 腹は減る。

 

 寒さも感じる。

 

 眠れば夢を見る。

 

 ひとりでいれば寂しい。

 

 なら、まだ自分は自分なのだと、そう思うことにした。

 

 自分は、角が生えていて、赤い目をしていて、得体の知れない力を持っている。

 

 それ以上のことは、わからなかった。

 

 寿命が長いのかどうかも、最初は知らなかった。

 

 ただ、何年経っても姿が変わらず、何十年経っても老いる気配がなく、何百年が過ぎても体が同じままだったから、ようやく理解した。

 

 自分は、人間とは違う時間を生きる体になってしまったのだと。

 

 名前が必要になったのは、その頃だった。

 

 最初のうち、彼女は自分を名前で呼ばなかった。

 

 前世の名前は覚えていた。

 

 けれど、それをこの姿で口にするのが怖かった。

 

 その名は、人間だった自分のものだった。

 

 男だった自分のものだった。

 

 今の、角があり、赤い目をした女の口で呼んでしまえば、何かが決定的に壊れてしまう気がした。

 

 だから、記録帳にはいつも「私」とだけ書いた。

 

『私は人間だった』

 

『私は今日も失敗した』

 

『私はまだ、人間だったことを覚えている』

 

 それで十分だと思っていた。

 

 だが、何十年も何百年も経つうちに、彼女は気づいた。

 

 このままでは、自分は誰にも呼ばれない存在になる。

 

 誰にも呼ばれない名前は、やがて自分自身からも遠ざかっていく。

 

 前世の名前は、しまっておきたかった。

 

 けれど、新しい名前は必要だった。

 

 記録のためではない。

 

 いつか誰かに会えたとき、差し出せるものがほしかった。

 

 彼女は何日も悩んだ。

 

 長い名前は怖かった。

 

 立派な名前も似合わない。

 

 前世をそのままなぞる名前も、今の自分を否定している気がした。

 

 だから、短くした。

 

 呼びやすく、書きやすく、前世の自分とも、今の怪物じみた姿とも、少しだけ距離のある名。

 

 ノア。

 

 記録帳の新しいページに、彼女は初めてそう書いた。

 

『今日から、私はノアと名乗る』

 

 書いた瞬間、胸が痛んだ。

 

 けれど、少しだけ楽にもなった。

 

 前世の名を捨てたわけではない。

 

 ただ、この世界で迷子にならないための杭を打ったのだ。

 

 それから彼女は、自分をノアと呼ぶようになった。

 

 最初の数十年、ノアは外へ出られなかった。

 

 怖かったからだ。

 

 力の制御があまりに不安定だった。

 

 火がほしいと思えば、枝だけでなく周囲の草まで燃えかけた。

 

 壁がほしいと思えば、石壁が家の中まで突き抜けた。

 

 寒いと思っただけで、谷の一角だけが春になった。

 

 怒れば水路があふれ、泣けば部屋の床が柔らかい泥に変わった。

 

 そんな状態で誰かのいる場所へ行けば、何かを壊すかもしれない。

 

 誰かを傷つけるかもしれない。

 

 それが怖かった。

 

 この世界の言葉も、最初はよくわからなかった。

 

 森の外れに崩れかけた古い石碑があった。そこに刻まれていた文字を拾い、前世の文字と照らし合わせ、何十年もかけて少しずつ読み書きを覚えた。

 

 話し相手はいなかった。

 

 発音が合っているのかもわからない。

 

 ただ、もし誰かに会ったとき、言葉すら通じなければ本当に怪物になってしまう気がして、ノアは毎日、石碑の前で声を出した。

 

「水」

 

「火」

 

「家」

 

「食べ物」

 

「こんにちは」

 

「私の名前は、ノアです」

 

 その一文だけは、何度も練習した。

 

 声に出すたび、少しだけ胸が震えた。

 

 誰かに呼ばれる予定などない。

 

 それでも、もしその日が来たら。

 

 もし、自分が怪物ではなく、ひとつの名前を持つ存在として誰かの前に立てたら。

 

 そのとき、最初に差し出すものが必要だった。

 

 食べ物の問題は、もっと身近だった。

 

 森の木の実を集め、川魚を捕り、前世の記憶を頼りに料理を作る。最初はそれだけだった。

 

 やがて、ノアは自分の力で米に似た穀物や、肉に似た食材を作れるようになった。

 

 正確には、作れるようになってしまった。

 

 この力は、生き物には作用しない。

 

 鳥を生み出すことはできない。

 

 鹿の傷を癒やすこともできない。

 

 魚の命を作ることもできない。

 

 けれど、石や土や水や空気、家、道具、食材、地形、気候には作用した。

 

 石を壁として定義すれば、そこに壁が立つ。

 

 土を畑として整えれば、作物が育つ。

 

 谷の空気を春の環境に変えれば、雪の森の中に花が咲く。

 

 ノアはその魔法を、自分の記録帳にこう書いた。

 

 無生物の性質を書き換える魔法《アイゲンシャフト》。

 

 名前をつけたのは、記録しやすくするためだった。

 

 谷を春のまま保つ魔法は《フリューリング》。

 

 前世の料理を再現する魔法は《ゲシュマック》。

 

 鞄の内側だけを広げる魔法は《インネンラウム》。

 

 空気を硬い盾にする魔法は《ルフトヴァント》。

 

 どれも、戦うための魔法ではなかった。

 

 少なくとも、ノアはそう思っていた。

 

 三千年ほど、ノアはそうして暮らした。

 

 研究して、失敗して、泣いて、また研究した。

 

 米は最初、白い砂利だった。

 

 醤油は香りだけ近く、味はなかなか追いつかなかった。

 

 パンは一度、触るたびに増えるようになった。しかも、増えたパンにも同じ性質があった。

 

 ある朝、家がパンで埋まった。

 

 ノアは泣きながら食べた。

 

 以来、その失敗作は地下室の奥に封印している。

 

 外へ出なくても暮らせるようになった。

 

 それが、かえって悪かった。

 

 暮らせてしまったのだ。

 

 誰にも会わずに。

 

 誰にも名前を呼ばれずに。

 

 誰にも「おはよう」と言わずに。

 

 森の奥で、ただ生き延びられてしまった。

 

 けれど、三千年は長すぎた。

 

 ある日、ノアは記録帳を読み返していて、手を止めた。

 

『私は人間だった』

 

 何度も書いた言葉。

 

 だが、その下に書こうとした前世の家族の顔が、うまく思い出せなかった。

 

 声も曖昧になっていた。

 

 名前だけは覚えている。

 

 けれど、その名前を呼ぶ声が思い出せない。

 

 ノアはその夜、眠れなかった。

 

 このままでは、自分が人間だったことを、いつかただの文字としてしか覚えていられなくなる。

 

 そう思った。

 

 もう一つ、現実的な理由もあった。

 

 塩が尽きかけていた。

 

 ノアの魔法は、何もないところから無限に物を生む魔法ではない。石や土や水の性質を書き換えることはできる。似た材料から、記憶にある味に近づけることもできる。

 

 だが、完全な無から塩を作ることは難しかった。

 

 谷の奥にあった塩を含む鉱石は、長い年月の研究と料理でほとんど使い切っていた。紙に使う繊維も、薬に使う鉱物も、少しずつ足りなくなっていた。

 

 外へ出るしかない。

 

 そう考えた瞬間、胸の奥が冷たくなった。

 

 人間に会いたい。

 

 だが、怖い。

 

 会えば、自分が何者なのかを突きつけられるかもしれない。

 

 それでも、もう限界だった。

 

 材料が尽きるからではない。

 

 孤独に慣れすぎた自分が、このまま誰にも会わずに平気になってしまうことが、何より怖かった。

 

 ノアは帽子を作った。

 

 角を隠すための、大きめの帽子。

 

 目の色を変える幻影も何度も練習した。

 

 荷物は小さな鞄にまとめた。中には記録帳、薬、少しの保存食、そして交換できるかもしれない小さな細工物を入れた。

 

 人間に会いに行く、というほど勇ましいものではなかった。

 

 必要な材料を探す。

 

 できれば、遠くから人間の暮らしを見る。

 

 話しかけるのは、無理なら諦める。

 

 その程度のつもりだった。

 

 そうしてノアは、初めて森の外へ出た。

 

 最初に見つけたのは、小さな村だった。

 

 煙突から煙が上がっていた。

 

 畑があった。

 

 家畜がいた。

 

 子どもが走っていた。

 

 焼きたてのパンの匂いがした。

 

 ノアは、それだけで足を止めた。

 

 魔法で再現したものではない。

 

 誰かが粉をこね、火を入れ、家族や村人のために作った、本物のパン。

 

 見ているだけのつもりだった。

 

 近づくつもりはなかった。

 

 だが、風に乗って届いた匂いが、あまりにも懐かしかった。

 

 前世のものとは違う。

 

 けれど、誰かが誰かのために食べ物を作る匂いだった。

 

 ノアは、一歩だけ門へ近づいた。

 

 それが間違いだった。

 

 門番が彼女を見た。

 

 帽子の下から、角の先が少しだけ覗いていた。

 

 幻影は、緊張で揺らいでいた。

 

 赤い目が、ほんの一瞬だけ見えた。

 

 門番の顔が青ざめた。

 

「魔族だ!」

 

 ノアは動けなくなった。

 

 鐘が鳴った。

 

 女が子どもを抱えて逃げた。

 

 男たちが槍を構えた。

 

 弓がこちらへ向けられた。

 

 魔族。

 

 その言葉が、自分に向けられたものだと気づくまで、少し時間がかかった。

 

「ち、違……」

 

 違わなかった。

 

 額には角がある。

 

 目は赤い。

 

 体の奥には、人間のものとは思えないほど大きな力が渦巻いている。

 

 人間から見れば、どう見ても魔族だった。

 

 ノアは逃げた。

 

 飛んできた矢を《ルフトヴァント》で逸らし、追ってきた男たちの足元を柔らかい土に変え、森の道を木で塞いだ。

 

 誰も死ななかった。

 

 けれど、門番たちは恐怖していた。

 

 ノアはその顔を忘れられなかった。

 

 家に戻ったノアは、床に座り込んだ。

 

「……私、魔族だったんだ」

 

 声に出すと、ひどく遠い事実のように聞こえた。

 

 それから数日、ノアは外に出られなかった。

 

 自分が何なのかを考え続けた。

 

 魔族。

 

 人間から恐れられる存在。

 

 人間にとっての敵。

 

 だが、自分にはその実感がなかった。

 

 では、自分は何なのか。

 

 人間だった記憶を持つ魔族。

 

 そう言えば簡単だが、そんなものを誰が信じるのか。

 

 やがてノアは、もう一度だけ街道に出た。

 

 今度は人間に近づかなかった。

 

 帽子で角を隠し、幻影で目の色を変え、遠くから旅人たちの話を聞くだけにした。

 

 今の世界を知る必要があった。

 

 自分が何に怯えられているのか、知らなければならなかった。

 

 そこで、彼女は名前を聞いた。

 

 勇者ヒンメル。

 

 僧侶ハイター。

 

 戦士アイゼン。

 

 魔法使いフリーレン。

 

 ノアの呼吸が止まった。

 

 知っている名前だった。

 

 前世で触れた物語の名前。

 

 けれど、すぐに何かをするつもりにはなれなかった。

 

 会いに行こうなどとは思わなかった。

 

 むしろ逆だった。

 

 関わってはいけない。

 

 自分は魔族だ。

 

 フリーレンがいる。

 

 魔族を殺す魔法使いがいる。

 

 それがどれほど危険なことか、前世の記憶がなくても、村で向けられた弓と悲鳴だけで十分わかった。

 

 この世界が、前世で知っていた物語に似ている。

 

 あるいは、そのものなのかもしれない。

 

 だが、それを誰かに言うつもりはなかった。

 

 そもそも、言う相手などいない。

 

 言ったところで意味もない。

 

 未来を知っているつもりで動けば、かえって何かを壊すかもしれない。

 

 だからノアは、何もしないことにした。

 

 森へ帰る。

 

 谷をさらに隠す。

 

 人間の近くには行かない。

 

 それでいい。

 

 そう決めて、街道から離れようとした。

 

 その直後だった。

 

 街道の向こうから、四人が歩いてきた。

 

 青い髪の勇者。

 

 酒瓶を片手にした僧侶。

 

 斧を背負う小柄な戦士。

 

 白い髪のエルフ。

 

 ノアは、息を止めた。

 

 よりによって。

 

 よりによって今、ここで。

 

 彼女は踵を返そうとした。

 

 静かに、気づかれないように、森へ戻る。

 

 だが、遅かった。

 

 フリーレンの視線がこちらを向いた。

 

「ヒンメル」

 

 眠たげな声。

 

 けれど、どこか冷たい声。

 

「魔族がいる」

 

 ノアは、逃げることも隠れることもできなくなった。

 

 ここで逃げれば、追われる。

 

 戦えば、殺される。

 

 黙っていれば、そのまま討たれる。

 

 足から力が抜けた。

 

 ノアはその場に膝をついた。

 

「ま、待ってください!」

 

 声が震えた。

 

 情けないほど涙が出た。

 

「私は人間を殺してません! 本当に、森でずっと研究してただけなんです!」

 

 フリーレンは杖を向けた。

 

「魔族の言葉を聞く必要はないよ」

 

「はい! そうですよね! 今ならわかります! でも、本当なんです!」

 

「魔族はそう言う」

 

「だから信じなくていいです!」

 

 ノアは叫んだ。

 

 額が地面に近づく。

 

「信じなくていいです。監視してください。拘束してください。私の家を調べてください。近くの村で、私が誰かを殺していないか確かめてください。だから、確認する前に殺さないでください」

 

 フリーレンの杖先は下がらない。

 

「確認する意味がない」

 

「フリーレン」

 

 ヒンメルが一歩前へ出た。

 

「まだ攻撃されていない」

 

「魔族だよ」

 

「わかっている」

 

「その魔力、普通じゃない。七崩賢に近い。いや、性質が違うぶん、もっと厄介かもしれない」

 

 ノアの肩が跳ねた。

 

「……魔力?」

 

 思わず、そんな声が漏れた。

 

 フリーレンは少しだけ目を細める。

 

「知らないの?」

 

「これ、魔力って言うんですか」

 

「君、自分の力の名前も知らずに使っていたの」

 

「森に三千年引きこもっていたので……」

 

 ハイターが目を丸くした。

 

「ずいぶん情けない魔族ですね」

 

「情けなくてすみません……」

 

「謝るのですか」

 

「癖で……」

 

 アイゼンは斧に手をかけたまま言った。

 

「演技かもしれん」

 

「そうだね」

 

 ヒンメルは頷いた。

 

 その声は優しい。

 

 だが、甘くはなかった。

 

「だから確認する」

 

「危険だよ」

 

 フリーレンは言った。

 

「危険なのはわかっている。でも、何も確かめずに斬るには、少し変すぎる」

 

「変?」

 

「泣きながら、自分を信じるなと言う魔族は、僕は初めて見た」

 

 ノアは顔を上げられなかった。

 

 助かったわけではない。

 

 ただ、刃が落ちる前に確認の時間が与えられただけ。

 

 それでも、今すぐ死なずに済んだ。

 

 その事実だけで、涙が止まらなかった。

 

「名前を聞いてもいいかい?」

 

 ヒンメルが尋ねた。

 

 ノアはびくりと肩を震わせた。

 

 名前。

 

 三千年、誰にも差し出すことのなかったもの。

 

 何度も練習した言葉。

 

 けれど、いざ口にしようとすると、喉がひどく乾いた。

 

「……ノア、です」

 

 声は震えていた。

 

「私の名前は、ノアです」

 

 ヒンメルは、その名を一度だけ繰り返した。

 

「ノア」

 

 たったそれだけだった。

 

 それだけで、ノアの胸が詰まった。

 

 三千年、自分でしか呼ばなかった名前が、初めて他人の声で形になった。

 

 フリーレンは杖を下げなかった。

 

 アイゼンも斧から手を離さなかった。

 

 それでも、ヒンメルは名前を呼んだ。

 

 魔族ではなく、ノアと。

 

「ノア。君の家を見せてくれるかい?」

 

「……はい」

 

「逃げないでね」

 

「逃げません。逃げたら殺されるので……」

 

「正直だね」

 

「嘘をつくと、もっと殺されそうなので……」

 

 ハイターが小さく笑った。

 

「やはり、妙な魔族ですね」

 

 ノアは小さく頭を下げた。

 

「妙で、すみません……」

 

 だが、そこで同行が決まったわけではなかった。

 

 ヒンメルたちはまず、ノアの家を調べた。

 

 冬の森の中にある春の谷。

 

 畑。

 

 水路。

 

 石造りの家。

 

 地下室に並んだ魔法式の記録。

 

 フリーレンだけが、わずかに目を輝かせていた。

 

「気温を上げているんじゃない。ここだけ“春の環境”として書き換えてる」

 

「はい。《フリューリング》です」

 

「すごいね」

 

「殺されますか?」

 

「すごいことと危険なことは両立するよ」

 

「はい……」

 

 家の中に殺人の痕跡はなかった。

 

 あったのは生活と研究の痕跡だった。

 

 食材の再現記録。

 

 失敗した魔法具。

 

 薬草の栽培記録。

 

 空間を広げる鞄。

 

 冷気を保つ箱。

 

 封印された、触ると増えるパン。

 

 そして、三千年分の日記。

 

 ヒンメルは日記を読んだ。

 

 ハイターも読んだ。

 

 アイゼンは出口を塞ぐように立ち、ノアを見張っていた。

 

 フリーレンは魔法式を読みながら、ときどき日記へ目を落とした。

 

『私は人間だった。今は魔族だ。どちらも本当なら、私は何なのだろう』

 

『今日、角のある同族らしきものが来た。人間を殺した話をしていた。私は怖かった。同じ言葉を話しているのに、何も通じなかった』

 

『今日から、私はノアと名乗る。いつか誰かに会えたとき、差し出せるものがほしい』

 

『人間に会いたい。でも、怖がらせると思う。私は人間だったのに、人間にとっては怪物なのだろうか』

 

『米に近いものができた。誰かと食べたいと思った。誰もいない』

 

 長い沈黙があった。

 

 フリーレンが言った。

 

「嘘かもしれない」

 

「はい」

 

 ノアは頷いた。

 

「私が言っても、全部そうなります」

 

「でも、三千年分の孤独を偽装するのは面倒だね」

 

「面倒で済ませるんですか……」

 

「魔法式も本物。食料の研究も本物。少なくとも、この家で人間を殺して暮らしていた痕跡は見えない」

 

 それでも、信用はされなかった。

 

 当然だった。

 

 その夜、ノアは家の居間で座らされていた。

 

 フリーレンは真正面で杖を膝に置いている。

 

 アイゼンは扉の前。

 

 ハイターは台所にある薬草や保存食を調べている。

 

 ヒンメルは窓の外を見ていた。

 

 逃げ場はない。

 

 ノアは震えながら、手を膝の上で握っていた。

 

「あの」

 

 ノアが小さく言う。

 

「逃げません」

 

「逃げたら追うよ」

 

 フリーレンが答える。

 

「はい……」

 

「君が人を殺していない証拠はまだない」

 

「はい」

 

「村も確認する」

 

「はい」

 

 翌日、ヒンメルたちはノアを連れて、最初の村へ向かった。

 

 もちろん、角は帽子で隠した。

 

 目の色は幻影で変えた。

 

 しかし、ノアの力の気配は完全には隠せなかった。

 

 門番は、数日前の騒ぎを覚えていた。

 

「魔族が出たんだ。女の姿だった。角があって、赤い目をしていた」

 

 村長はそう言った。

 

 ノアは帽子の下で顔を青くした。

 

「人は?」

 

 ヒンメルが尋ねる。

 

「死者はいない。怪我人は出た。追いかけた若い者が転んで足を捻ったのと、弓を構えた男が、急に生えた木に驚いて腰を抜かした」

 

「襲われた?」

 

「いや。向こうは逃げた。ただ、魔族だ。何を考えていたかわからん」

 

 ノアは何も言えなかった。

 

 それは自分のことだ。

 

 パンを買いたかっただけ。

 

 けれど、彼らからすれば、それで済むはずがない。

 

 魔族が村に近づいた。

 

 それだけで恐怖だ。

 

 村を出た後、ノアは道端で膝をついた。

 

「ごめんなさい」

 

 誰に向けた言葉かわからなかった。

 

 ヒンメルは静かに言った。

 

「少なくとも、死者はいなかった」

 

「はい……」

 

「でも、村の人たちは怖がっていた」

 

「はい」

 

「それも事実だ」

 

「はい」

 

 ヒンメルはノアを見た。

 

「君は、どうしたい?」

 

 ノアはすぐには答えられなかった。

 

 森へ帰りたい。

 

 隠れていたい。

 

 もう人間に会いたくない。

 

 そう思う。

 

 けれど、村の煙突やパンの匂いや、逃げていく子どもの顔を思い出すと、胸が痛んだ。

 

「私は……」

 

 声が震えた。

 

「人間に、怖がられたくなかったです」

 

「うん」

 

「でも、怖がらせました」

 

「そうだね」

 

「だから、どうすればいいのか、わかりません」

 

 ヒンメルは少し考えた。

 

「なら、しばらく僕たちと来るかい?」

 

 ノアは顔を上げた。

 

 フリーレンが横から言う。

 

「私は反対」

 

「だろうね」

 

「危険すぎる。魔力が大きい。魔法も異質。魔族であることも変わらない」

 

「うん」

 

「でも、ヒンメルは連れていくんでしょ」

 

「まだ決めてはいないよ」

 

 ヒンメルはノアを見る。

 

「君が決めることでもある」

 

「私が?」

 

「逃げて森に戻るなら、僕たちは追うことになる。君が危険だからだ。でも、僕たちの監視下にいるなら、君が何をするのか見られる」

 

 それは優しい提案ではなかった。

 

 ほとんど拘束だった。

 

 けれど、ノアにはわかった。

 

 これは、今この場で殺されずに済むための、唯一の道だ。

 

「私が、人を傷つけたら」

 

「僕たちは君を討つ」

 

 ヒンメルははっきり言った。

 

「僕も、フリーレンも、アイゼンも、ハイターも」

 

「はい」

 

「でも、君が人を助けるなら、それも見る」

 

 ノアは息を呑んだ。

 

 信じるとは言われていない。

 

 許すとも言われていない。

 

 それでも、見る、と言われた。

 

「……行きます」

 

 ノアは震える声で言った。

 

「監視でも、拘束でもいいです。森に戻って、またひとりで何百年も何千年もいるのは、もう少し怖いです」

 

 フリーレンは杖を軽く持ち直した。

 

「少しでもおかしなことをしたら殺すよ」

 

「はい」

 

「逃げても殺す」

 

「はい」

 

「泣いても殺すときは殺す」

 

「はい……そこは少し優しくしてほしいです……」

 

「考えておく」

 

「考えるだけですか……」

 

 ハイターが笑った。

 

「本当に妙な魔族ですね」

 

 アイゼンは短く言った。

 

「荷物をまとめろ。出発は早い」

 

 こうして、勇者一行の旅に魔族が加わった。

 

 もちろん、表向きにはいないものとして扱われた。

 

 人里では帽子を深くかぶる。

 

 目の色は幻影で変える。

 

 力の気配は、フリーレンに叩き込まれた方法で必死に抑える。

 

 それでも、魔法に長けた者には違和感を持たれることがあった。

 

 だからノアは、できるだけ影にいた。

 

 最初の数ヶ月、ノアはほとんど役に立たなかった。

 

 魔族が現れると震えた。

 

 戦闘になると足がすくんだ。

 

 フリーレンの魔法が魔族を撃ち抜くたびに、ノアは顔を青くした。

 

 魔族は死ぬと、魔力の粒子になって消えた。

 

 肉も骨も残らない。

 

 墓に入れる体もない。

 

 それを初めて見たとき、ノアは吐いた。

 

 自分もこうなるのだと思った。

 

 同じ存在が、何も残さず消える。

 

 それが恐ろしかった。

 

 けれど、その魔族が襲った村には、怪我人がいた。

 

 燃えかけた家があった。

 

 泣いている子どもがいた。

 

 ノアは震えながら、火の回りを止めるように空気の性質を変えた。

 

 崩れた壁を支えた。

 

 落ちてくる梁を軽い木片に変えた。

 

 傷を治すことはできない。

 

 でも、ハイターが治療しやすいように、清潔な水と布を用意することはできた。

 

 その夜、ヒンメルはノアに言った。

 

「助かったよ」

 

 ノアは固まった。

 

「私が、ですか」

 

「君がいなければ、家がもう一軒燃えていた」

 

「でも、私は魔族で」

 

「それと、今日君が助けたことは別だ」

 

 ノアは何も言えなかった。

 

 その日から、少しずつ変わった。

 

 ノアは前に出ない。

 

 敵を直接殺さない。

 

 けれど、戦場の形を変えた。

 

 敵の足場を泥にする。

 

 味方の道を石畳にする。

 

 矢の軌道に空気の壁を置く。

 

 崩れた橋を一時的に補強する。

 

 魔族の魔法陣が刻まれた床の性質を変えて、陣を歪ませる。

 

 フリーレンはそのたびに目を細めた。

 

「やっぱり厄介だね、君の魔法」

 

「褒めてますか?」

 

「褒めてる」

 

「殺す理由を確認してるように聞こえます」

 

「それもある」

 

「怖い……」

 

 アイゼンは戦場での立ち位置を教えた。

 

「前に出るな」

 

「はい」

 

「下がりすぎるな」

 

「はい」

 

「怖いなら、怖いまま動け」

 

「難しいです」

 

「戦場は優しくない」

 

「はい……」

 

 ハイターはノアの料理を気に入った。

 

「この米に似たもの、酒の後にいいですね」

 

「僧侶なのに、また飲んでる……」

 

「僧侶だからこそ、人生の潤いが必要なのです」

 

「説得力があるようでないです」

 

 ヒンメルは、ノアを普通に呼んだ。

 

「ノア、そこの布を取ってくれるかい」

 

「はい」

 

「ノア、今日は町に入る。怖いなら僕の後ろに」

 

「はい……」

 

「ノア、このパンは君にも買ってきた」

 

「……私に?」

 

「食べたかっただろう?」

 

 ノアはそのたびに、少しずつ泣いた。

 

 三千年、誰にも名前を呼ばれなかった。

 

 誰にも食事を分けてもらわなかった。

 

 誰にも「君にも」と言われなかった。

 

 だから、旅は怖くて、苦しくて、それでも森での三千年よりずっと眩しかった。

 

 やがて、一行は魔王城へ至った。

 

 そこまでの旅路で、ノアは多くの魔族を見た。

 

 人間の声を真似る魔族。

 

 命乞いの言葉だけを道具のように使う魔族。

 

 人間を殺した話を、何でもないことのように語る魔族。

 

 そして、ノアを見るたびに、必ず言った。

 

「なぜ人間の側にいる」

 

「お前は魔族だろう」

 

 ノアはそのたびに、震えながら答えた。

 

「私は、あなたたちみたいになりたくない」

 

「意味がわからない」

 

「私も、あなたたちがわかりません」

 

 魔王城の最奥。

 

 魔王のために整えられた戦場は、ただ広いだけの部屋ではなかった。

 

 床には魔法陣が刻まれ、柱は魔力の流れを整え、壁そのものが結界の一部になっていた。空気は重く、足元には見えない圧がかかり、魔法を放てばわずかに軌道を逸らされる。

 

 フリーレンが眉を動かした。

 

「ここ、戦いやすいように作られてる。私たちじゃなくて、魔王にとってね」

 

 ノアにもわかった。

 

 魔王という存在は、ただ強いだけではなかった。

 

 戦場そのものが、魔王の味方をしている。

 

 ヒンメルが剣を構える。

 

 アイゼンが前に立つ。

 

 ハイターが祈りを紡ぐ。

 

 フリーレンが杖を上げる。

 

 ノアは震えていた。

 

 逃げたい。

 

 今すぐ逃げたい。

 

 だが、逃げなかった。

 

 魔王がノアを見た。

 

「魔族か」

 

 その声は、静かだった。

 

 責めるでもなく、嘲るでもなく、ただ事実を確かめるようだった。

 

「なぜ人間の側に立つ」

 

 ノアは泣いていた。

 

 でも、ヒンメルの隣に立った。

 

「人間だったから、ではありません」

 

 声が震える。

 

「人間に戻りたいからでもありません」

 

 ノアは杖を持たない。

 

 ただ、両手を床に向けた。

 

 魔王城の床に、白い線が走る。

 

 この旅の中で、ノアが一度も使わなかった魔法だった。

 

 何度も考え、何度も式を組み、森の谷で小さな範囲だけ試したことはある。

 

 けれど、戦場で使ったことはなかった。

 

 範囲が広すぎる。

 

 対象が複雑すぎる。

 

 敵の結界だけでなく、味方の足場や防御、フリーレンの魔法の流れまで巻き込むかもしれない。

 

 だから、普段の戦いでは使えなかった。

 

 使うなら、戦場そのものが敵のために作られていて、なおかつ一瞬だけすべてを白紙に戻す価値がある場面。

 

 そんな都合のいい状況など、普通はない。

 

 だが、ここは魔王城だった。

 

 床も、柱も、壁も、空気も、魔力の流れも。

 

 すべてが魔王のために整えられている。

 

 ならば、白紙に戻す価値がある。

 

 戦場の条件を何もない状態に戻す魔法《ヌルフェルト》。

 

 魔王そのものには効かない。

 

 生き物には作用しない。

 

 だが、魔王のために整えられた床、柱、壁、空気、魔力の流れ、結界の支点には作用する。

 

 それらを一瞬だけ、意味のないものへ戻す。

 

 戦場を、白紙にする。

 

 ノアの角にひびが入った。

 

 赤い瞳から涙が落ちる。

 

 体の奥の力が、根こそぎ持っていかれる。

 

「私は、あの人たちの隣で生きたいと思った」

 

 魔王城が軋んだ。

 

 魔法陣の光が乱れる。

 

 柱を流れていた魔力が途切れる。

 

 結界の圧が一瞬だけ消える。

 

 魔王の魔法が歪んだ。

 

「だから、こちら側に立ちます」

 

 その一瞬を、勇者は逃さなかった。

 

 アイゼンが道を開いた。

 

 ハイターが全員を支えた。

 

 フリーレンが魔王の防御を穿った。

 

 そしてヒンメルの剣が、魔王へ届いた。

 

 魔王は倒れた。

 

 死体は残らなかった。

 

 膨大な魔力だけが、ほどけるように空へ散っていった。

 

 ノアは膝をついた。

 

「……勝ちました?」

 

 ヒンメルが駆け寄る。

 

「勝った」

 

「よかった……」

 

 ノアは笑って、そのまま倒れた。

 

 人類は勝利した。

 

 勇者ヒンメル。

 

 僧侶ハイター。

 

 戦士アイゼン。

 

 魔法使いフリーレン。

 

 四人の英雄の名は、世界に刻まれた。

 

 ノアの名は、残らなかった。

 

 王都では祝宴が続いた。

 

 鐘が鳴り、民衆が広場を埋め、吟遊詩人が勇者一行の功績を歌った。

 

 ノアは、式典には出なかった。

 

 出られなかった。

 

 王都の片隅に借りた部屋の窓辺から、遠くの歓声を聞いていた。

 

 魔族の英雄など、人間の歴史には書けない。

 

 ノア自身も、それを望まなかった。

 

 それでも、少しだけ胸は痛んだ。

 

 自分もそこにいた。

 

 怖くて、泣いて、吐いて、それでも逃げずに戦った。

 

 だが、名前はない。

 

 それでいいと思った。

 

 思おうとした。

 

 その夜、王都の空に流星が降った。

 

 半世紀に一度のエーラ流星。

 

 祝勝の熱がまだ冷めない王都で、人々は空を見上げた。

 

 ヒンメル、ハイター、アイゼン、フリーレンは、王城の高い場所からその光を見ていた。

 

 ノアは少し離れた影に立っていた。

 

 表に立つことはできない。

 

 けれど、ヒンメルが呼んだ。

 

「ノアもおいで」

 

 ノアは首を振った。

 

「私は、ここで」

 

「同じ空だよ」

 

 ヒンメルはそう言った。

 

 同じ空。

 

 その言葉に、ノアは胸が詰まった。

 

 流星がいくつも落ちる。

 

 前世で見た流星とは違う。

 

 この世界の空だ。

 

 この世界の光だ。

 

 ノアはそれを、初めて誰かと見ていた。

 

 フリーレンが空を見上げたまま、淡々と言った。

 

「もっと綺麗に見える場所を知ってる」

 

 ハイターが笑った。

 

「今でも十分綺麗ですがね」

 

「次はそこに行こう」

 

 ノアは、思わずフリーレンを見た。

 

 次。

 

 半世紀に一度の流星。

 

 人間にとって、五十年は長い。

 

 ノアにとっても、もうその重さはわかるようになっていた。

 

 五十年経っても、自分はきっと変わらない。

 

 だが、ヒンメルたちは違う。

 

 ヒンメルは笑っていた。

 

「それなら、五十年後だね」

 

 その言い方が、あまりにも軽かった。

 

 明日の約束をするような声だった。

 

 ノアは怖くなった。

 

 五十年後。

 

 ヒンメルはどうなっているのだろう。

 

 ハイターは。

 

 アイゼンは。

 

 自分だけが変わらずに、この空をまた見るのだろうか。

 

 流星が落ちるたびに、ノアの胸の奥で、何かが削れていく気がした。

 

 そのとき、ヒンメルが横に来た。

 

「泣いてるのかい?」

 

「泣いてません」

 

「泣いてるよ」

 

「流星が、目に入っただけです」

 

「それは痛そうだ」

 

 ヒンメルは笑った。

 

 ノアはそれ以上、何も言えなかった。

 

 その日の夜、ノアは記録帳に書いた。

 

『エーラ流星を見た。

五十年後、もっと綺麗に見える場所に行くらしい。

ヒンメルさんは笑っていた。

私は怖かった。

五十年後も、私はたぶん変わらない。

でも、ヒンメルさんたちは変わる。

それが怖い。

けれど、また一緒に見たいと思ってしまった。』

 

 王都を発つ前、ヒンメルは言った。

 

「君の名前も残すべきだ」

 

 ノアは帽子を深くかぶり、首を振った。

 

「だめです」

 

「君がいなければ勝てなかった」

 

「それでも、だめです」

 

「どうして」

 

「私は魔族です」

 

 ノアは静かに言った。

 

「私の名前が残れば、助けられた人まで怖がらせます。ヒンメルさんたちの勝利に、余計な影を落とします」

 

「ノア」

 

「私は影でいいです」

 

 ノアは少しだけ笑った。

 

「ヒンメルさんが覚えていてくれるなら、それでいいです」

 

 ヒンメルは長く黙っていた。

 

 それから、ぽつりと言った。

 

「なら、僕の街に来るかい」

 

 ノアは固まった。

 

「……はい?」

 

「僕は故郷に戻る。魔王を倒したからね」

 

「それは、そうでしょうけど」

 

「君も来ればいい」

 

「無理です」

 

 ノアは即答した。

 

「私は魔族です。ヒンメルさんのそばにいたら、迷惑になります。英雄の家に魔族がいるなんて知られたら」

 

「知られないようにすればいい」

 

「そういう問題では」

 

「君は、普通に暮らしてみたいと言っていただろう」

 

 ノアは言葉を失った。

 

 旅の途中、確かに言ったことがある。

 

 普通に朝起きて、誰かとご飯を食べて、夕方に誰かが帰ってきて、おかえりなさいと言う生活をしてみたいと。

 

 だが、それは夢のような話だった。

 

 魔族の自分には、許されないと思っていた。

 

「僕の街なら、僕が守れる」

 

「ヒンメルさんは、もう世界を救ったんです。これ以上、私なんかを」

 

「ノア」

 

 ヒンメルは穏やかに言った。

 

「世界を救ったから、目の前の一人を見捨てていいわけじゃない」

 

 ノアは泣いた。

 

 それから、ヒンメルの街で暮らすことになった。

 

 表向きは、遠方から来た魔法研究者。

 

 ヒンメルの古い知り合い。

 

 帽子を脱がない、少し変わった女。

 

 それだけだった。

 

 最初は、人前に出られなかった。

 

 家の奥で震え、物音がするたびに肩を跳ねさせた。

 

 街の人が訪ねてくると、台所の裏に隠れた。

 

 ヒンメルは無理に引きずり出さなかった。

 

 ただ、毎日帰ってきた。

 

「ただいま」

 

 最初にその言葉を聞いたとき、ノアは鍋を落とした。

 

「……ただいま?」

 

「うん。ただいま」

 

「私に、ですか」

 

「この家にいるのは君だろう?」

 

 ノアは泣いた。

 

 三千年、誰も帰ってこなかった家。

 

 そこに、誰かが帰ってくる。

 

「……おかえりなさい」

 

 その一言を言うだけで、声が震えた。

 

 それから何十年も、ノアはその言葉を言い続けた。

 

 朝、ノアは食事を作る。

 

 ヒンメルは街の困りごとを助けに行く。

 

 壊れた橋。

 

 詰まった井戸。

 

 子どもの剣の稽古。

 

 老人の荷物運び。

 

 魔王を倒しても、ヒンメルは変わらなかった。

 

 街の人々は、ノアを不思議な魔法使いとして少しずつ受け入れた。

 

 帽子を脱がない。

 

 人付き合いが下手。

 

 料理が妙にうまい。

 

 薬の腕がいい。

 

 子どもに礼を言われると泣く。

 

 ある日、転んだ子どもの傷に薬を塗った。

 

 母親が何度も頭を下げた。

 

「ありがとう、魔法使いさん」

 

 ノアはその場で固まった。

 

 人間に感謝された。

 

 魔族の自分が。

 

 家に帰ったあと、ノアは椅子に座ったまま動けなかった。

 

 ヒンメルが帰ってくる。

 

「ただいま。どうしたんだい」

 

「ありがとうって、言われました」

 

「よかったじゃないか」

 

「正体を知らないからです」

 

「それでも、君がしたことは変わらない」

 

 ノアは泣いた。

 

 ヒンメルは時々、彼女を「影の英雄」と呼んだ。

 

「やめてください」

 

 ノアはそのたびに顔を赤くした。

 

「私は表に出られません」

 

「だから影なんだ」

 

「そういう問題ではありません」

 

「でも、君は英雄だよ」

 

「ずるいです」

 

「何が?」

 

「そう言われると、反論できなくなるところです」

 

 ヒンメルは笑った。

 

 ノアは、その笑顔を見るのが好きだった。

 

 けれど、ヒンメルは年を取った。

 

 ノアは変わらなかった。

 

 髪に白いものが混じる。

 

 歩く速度が遅くなる。

 

 咳が増える。

 

 椅子から立ち上がるとき、少し時間がかかる。

 

 ノアはそれを日記に書いた。

 

『ヒンメルさんが今日もただいまと言った』

 

『甘いパンを三つ買ってきてくれた』

 

『白髪が増えた』

 

『咳をした。怖かった』

 

『老けないでくださいと言ったら、無茶を言うねと笑われた』

 

 五十年後。

 

 フリーレンが街に来た。

 

 約束の半世紀に一度のエーラ流星を見るためだった。

 

 ヒンメルは老人になっていた。

 

 ハイターも、アイゼンも、歳を重ねていた。

 

 フリーレンだけが、ほとんど変わらない。

 

 ノアもまた、変わらない。

 

 ノアはヒンメルの家の扉の陰から、フリーレンを見た。

 

「久しぶり」

 

 フリーレンはそう言った。

 

「お久しぶりです」

 

 ノアは頭を下げた。

 

「変わらないね」

 

「フリーレンさんも」

 

「うん」

 

 その短いやりとりの横で、ヒンメルが笑っていた。

 

 その顔には皺があった。

 

 声も、昔より少し柔らかくなっていた。

 

 五十年。

 

 王都で流星を見た夜、ノアが怖がった時間が、現実になって目の前に立っていた。

 

 一行は、フリーレンが知っているという場所へ向かった。

 

 ヒンメルは若い頃のようには歩けなかった。

 

 アイゼンは変わらず無口だったが、歩幅はヒンメルに合わせていた。

 

 ハイターは相変わらず軽口を叩いた。

 

 フリーレンは淡々としていた。

 

 ノアは後ろを歩いた。

 

 半歩だけ、離れて。

 

 同じ旅の仲間だったはずなのに、今の自分はどこに立てばいいのかわからなかった。

 

 流星を見る場所は、王都よりずっと静かだった。

 

 空が広い。

 

 山の稜線が低く見える。

 

 夜が深まると、空いっぱいに星が浮かんだ。

 

 そして、エーラ流星が降り始めた。

 

 五十年前より、ずっと綺麗だった。

 

 フリーレンの言葉は本当だった。

 

 空の端から端へ、光が流れていく。

 

 いくつも。

 

 いくつも。

 

 ノアは息をするのも忘れた。

 

 隣で、ヒンメルが空を見上げていた。

 

 老人になった横顔。

 

 それでも、ノアには旅の頃のヒンメルと重なって見えた。

 

「綺麗だね」

 

 ヒンメルが言った。

 

「……はい」

 

 ノアは答えた。

 

 声が震えた。

 

「五十年前より、綺麗です」

 

「フリーレンの言う通りだったね」

 

「はい」

 

「来てよかった」

 

 ノアは泣きそうになった。

 

 来てよかった。

 

 その言葉が、あまりにも穏やかで、あまりにも終わりに近い響きを持っていた。

 

「ヒンメルさん」

 

「何かな」

 

「次も、ありますか」

 

 言ってから、ノアは自分の残酷さに気づいた。

 

 半世紀後。

 

 次のエーラ流星。

 

 ヒンメルには、きっとない。

 

 それでも、聞かずにはいられなかった。

 

 ヒンメルは少しだけ笑った。

 

「僕には難しいかな」

 

 ノアは唇を噛んだ。

 

「そんなふうに、言わないでください」

 

「ごめん」

 

「謝らないでください。もっと嫌になります」

 

 ヒンメルは困ったように笑った。

 

 その横で、フリーレンがぽつりと言った。

 

「でも、事実だよ」

 

 空気が少し止まった。

 

 ハイターが眉を下げる。

 

「フリーレン。それは、今言うには少し冷たすぎますよ」

 

「そうかな」

 

「そうですよ」

 

 アイゼンは空を見上げたまま言った。

 

「避けても、変わらん話だ」

 

 短い言葉だった。

 

 だが、重かった。

 

 ノアは三人を見た。

 

 フリーレンは変わらない顔で流星を見上げている。

 

 ハイターは笑っているが、その目元には深い皺がある。

 

 アイゼンは無口なまま、ヒンメルの隣に立っている。

 

 誰も、この話から逃げられないのだ。

 

 自分だけが怖いのではない。

 

 ヒンメルだけが死に向かっているのでもない。

 

 ここにいる全員が、それぞれの形で別れを見ている。

 

 ノアは震える手を握った。

 

「私は、ヒンメルさんがいない世界にも、残るんですね」

 

 小さな声だった。

 

 責める言葉ではなかった。

 

 ただ、口からこぼれた事実だった。

 

 フリーレンが、ほんの少しだけノアを見る。

 

「私もだよ」

 

 ノアは息を呑んだ。

 

 フリーレンはすぐに空へ視線を戻した。

 

「残る側は、慣れるしかない」

 

「……慣れたんですか」

 

「慣れてないと思う」

 

 その答えは、意外だった。

 

 ノアはフリーレンの横顔を見る。

 

 五十年前とほとんど変わらない顔。

 

 魔族を殺す魔法使い。

 

 自分を監視し、何度も殺すと言ったエルフ。

 

 けれど今、その声は少しだけ遠かった。

 

 ハイターが静かに笑った。

 

「残されるのは、誰にとっても上手くなれないものですよ。私のような徳の高い僧侶でさえね」

 

「最後の一言で台無しです」

 

 ノアが震える声で言うと、ハイターは満足げに頷いた。

 

「泣きそうな子には、少しくらい台無しな言葉が必要なのです」

 

 アイゼンが言った。

 

「残った者には、やることが残る」

 

 ノアはアイゼンを見る。

 

「やること……」

 

「覚えていることだ」

 

 その言葉に、ノアの胸が痛んだ。

 

 ヒンメルはゆっくりとノアを見た。

 

「ノア」

 

「はい」

 

「僕が死んだら、フリーレンと行くといい」

 

 ノアは首を振った。

 

「嫌です」

 

「フリーレンが?」

 

「違います。ヒンメルさんが死んだ後の話をされるのが嫌です」

 

「うん」

 

 ヒンメルは頷いた。

 

「でも、僕が言わないと、君はきっと聞かない」

 

 ノアは何も言えなかった。

 

 図星だった。

 

 誰かに言われなければ、未来の話など見ないふりをしたかった。

 

 ヒンメルがいなくなった後の世界など、想像したくなかった。

 

 フリーレンが横から言った。

 

「勝手に決めないでよ」

 

 ヒンメルが笑う。

 

「嫌だったかい?」

 

「別に。ノアが閉じこもるなら、迎えには行く」

 

 ノアは目を見開いた。

 

「迎えに、来るんですか」

 

「うん。ヒンメルに頼まれたら面倒だけど、放っておくほうがもっと面倒そうだから」

 

「理由がひどいです……」

 

「それに、ノアの魔法は面白い」

 

「それもひどいです……」

 

 ハイターが笑った。

 

「よかったではありませんか。フリーレンが迎えに来ると言っているのです。かなり珍しいことですよ」

 

 アイゼンも短く言った。

 

「行けるなら、行け」

 

 ノアは視線を落とした。

 

「でも、私は魔族です」

 

「うん」

 

 ヒンメルは頷いた。

 

「受け入れられません」

 

「そういう場所も多いだろうね」

 

「怖がらせます」

 

「それでも、君は助けるだろう?」

 

 ノアは泣いた。

 

「ヒンメルさんは、私より私を信じるからずるいです」

 

「そうかな」

 

「そうです」

 

 フリーレンが小さく言った。

 

「ヒンメルはだいたいそうだよ」

 

 ハイターが頷く。

 

「まったくです。人の良さで厄介ごとを増やす天才ですね」

 

 アイゼンも言った。

 

「だが、それで助かった者も多い」

 

 ヒンメルは少し照れたように笑った。

 

「そこまで言われると、少し恥ずかしいな」

 

 ノアは涙を拭った。

 

 この場にいる全員が、ヒンメルを知っている。

 

 この優しさも。

 

 厄介さも。

 

 諦めの悪さも。

 

 だからこそ、誰も簡単に否定しない。

 

 ヒンメルは静かに言った。

 

「僕を忘れないで」

 

「忘れるわけありません」

 

「長い時間は、いろんなものを薄くする」

 

「日記を書きます」

 

「うん」

 

「全部書きます。声も、顔も、ただいまも、甘いパンが好きだったことも、格好つけるところも、白髪が増えたことも」

 

「最後のは少し恥ずかしいな」

 

「書きます」

 

 ハイターが笑った。

 

「私のことも書いておいてください。偉大な僧侶として」

 

「酒癖も書きます」

 

「そこは削りましょう」

 

「削りません」

 

 アイゼンが言った。

 

「事実は残せ」

 

「アイゼンまで」

 

 フリーレンは少し考えてから言った。

 

「私のことも書くなら、魔法の収集について多めにして」

 

「そこなんですね……」

 

 ノアは泣きながら笑った。

 

 流星がまた一つ落ちる。

 

 五十年前の自分を思い出す。

 

 あの夜も、怖かった。

 

 五十年後、自分だけが変わらずにいることが怖かった。

 

 そして今、その恐怖は現実になっていた。

 

 だが、同時に思った。

 

 五十年前、あの約束がなければ、この夜はなかった。

 

 怖くても、来てよかった。

 

 ヒンメルと、もう一度この空を見られてよかった。

 

 フリーレンと、ハイターと、アイゼンと、同じ空の下にいられてよかった。

 

 それだけは、確かだった。

 

 ヒンメルは空を見上げたまま言った。

 

「なら、安心だ」

 

 その少し後、ヒンメルは死んだ。

 

 葬儀の日。

 

 ノアは人々の輪の外にいた。

 

 黒い外套をまとい、帽子を深くかぶり、顔を隠していた。

 

 ヒンメルの家で何十年も暮らした。

 

 彼の「ただいま」を聞いた。

 

 「おかえりなさい」を返した。

 

 彼の老いを見届けた。

 

 それでも、表に立つことはできなかった。

 

 ノアは魔族だった。

 

 人々は勇者の死を悼んだ。

 

 フリーレンは泣いた。

 

 その姿を見て、ノアは初めて思った。

 

 フリーレンも、残されたのだ。

 

 自分と同じように。

 

 違う形で。

 

 違う時間の中で。

 

 葬儀が終わったあと、フリーレンが来た。

 

「ノア」

 

「はい」

 

「行くよ」

 

「……どこへ」

 

「旅」

 

「今ですか」

 

「うん」

 

「ヒンメルさんが、死んだばかりです」

 

「うん」

 

「私は、まだ」

 

 言葉が出なかった。

 

 まだ家にいたい。

 

 まだ彼の椅子を片づけたくない。

 

 まだ、「ただいま」が返ってこないことを認めたくない。

 

 フリーレンは静かに言った。

 

「このままだと、君はまた閉じこもる」

 

 ノアは何も言えなかった。

 

 図星だった。

 

 ヒンメルの家に閉じこもり、日記を読み返し、思い出だけを抱えて、何十年も何百年も動けなくなる。

 

 きっと、そうなる。

 

「一日だけ、待ってください」

 

「いいよ」

 

「明日、出ます」

 

「うん」

 

 その夜、ノアは日記を書いた。

 

『ヒンメルさんが死んだ。

エーラ流星を見たばかりなのに。

五十年前、次の流星が怖かった。

今は、その次が怖い。

でも、ヒンメルさんは旅に出ろと言った。

フリーレンさんも迎えに来ると言った。

ハイターさんは台無しな冗談を言った。

アイゼンさんは、残った者にはやることがあると言った。

私は残った。

明日、フリーレンさんと旅に出る。

ヒンメルさんを忘れないために。

ヒンメルさんが見た世界を、私も見るために。』

 

 それから、年月が流れた。

 

 フリーレンは一人で旅をしていたが、やがてハイターのもとを訪れた。

 

 ノアもまた、フリーレンと離れたり合流したりしながら、世界を少しずつ見ていた。

 

 人に近づけば怖がられる。

 

 魔族だと知られれば、逃げられる。

 

 それでも、助けられる場面はあった。

 

 崩れた橋を直す。

 

 雪に閉ざされた道を開く。

 

 水の濁った井戸を澄ませる。

 

 名前を告げず、顔を隠し、礼を言われる前に去る。

 

 それでも、ノアは少しずつ歩けるようになっていた。

 

 ハイターのもとにいた少女、フェルンと出会ったのは、その後だった。

 

 黒髪の少女。

 

 無表情に見えて、よく見ると警戒心が強い。

 

 ハイターに育てられ、フリーレンから魔法を学んだ少女。

 

 ハイターが亡くなった後、フリーレンはフェルンを連れて旅立つことになった。

 

 その朝、ノアもそこにいた。

 

 帽子を深くかぶり、鞄を一つ持っている。

 

 中には日記、薬、調理道具、そしてヒンメルが使っていた古いカップ。

 

 フェルンはノアを見た。

 

「フリーレン様」

 

「なに」

 

「この方は?」

 

「ノア」

 

 フリーレンは言った。

 

「昔の仲間」

 

 ノアは息を呑んだ。

 

 昔の仲間。

 

 監視対象でも、魔族でもなく。

 

 そう呼ばれた。

 

 フェルンはまだノアを見ている。

 

「魔力が変です」

 

「うん」

 

「何者ですか」

 

 フリーレンは少し考えた。

 

「泣き虫で、料理が変で、魔法が変で、人を助ける魔族」

 

 空気が止まった。

 

 フェルンの手が杖へ伸びる。

 

 ノアは両手を上げた。

 

「待ってください! 私は人を殺しません! もし殺しそうになったらフリーレンさんが殺します! そういう約束です!」

 

「……自分で言うのですか」

 

「はい。大事なので」

 

 フェルンはフリーレンを見た。

 

「フリーレン様」

 

「大丈夫。私が見てる」

 

「そういう問題でしょうか」

 

「そういう問題」

 

 ノアは震えながら頭を下げた。

 

「迷惑をかけます。怖がらせます。たぶん泣きます。でも、ヒンメルさんに言われたので、旅に出ます」

 

「ヒンメル様に?」

 

「はい」

 

 ノアは胸に手を当てた。

 

「ヒンメルさんを忘れないために。ヒンメルさんが助けようとしたものを、私も見に行くために」

 

 フェルンは、まだ警戒していた。

 

 それでいい、とノアは思った。

 

 自分は魔族なのだから。

 

 警戒されるのが正しい。

 

 それでも、フリーレンは歩き出した。

 

「行くよ」

 

 フェルンが続く。

 

 ノアは一度だけ、遠い空を見た。

 

 あの夜のエーラ流星は、もうない。

 

 ヒンメルの声も、もう聞こえない。

 

 「ただいま」は、もう返ってこない。

 

 それでも、日記がある。

 

 カップがある。

 

 記憶がある。

 

 そして、道がある。

 

 ノアは深く息を吸った。

 

「……行ってきます」

 

 誰に向けたのか、自分でもわからなかった。

 

 けれど、そう言って歩き出した。

 

 魔族として。

 

 影の英雄として。

 

 勇者の死を抱えて。

 

 フリーレンとフェルンの旅に、ノアは加わった。

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