Living Stone with Hail Mary 作:スカイリィ
回路は完璧に動作しているし、点検のたびにセンサーを恒星系の各天体や他の恒星に向けて動作チェックをした。それでも光センサーの挙動は変わらなかった。
光センサーが示しているのは、とある恒星の明るさが急激に増加しているということだった。
その星は故郷でスターナンバー
恒星が増光するのは時折あることだ。しかしこんな急激な、特定波長の増光なんて天文学
明らかにこの恒星は定まった速度で、特定の波長域でのみ輝きを増している。こんなことが自然に起こるとは思えない。考えられる可能性は
これは宇宙船だ。
宇宙船からの放射光が恒星と重なっている。船の光センサーでは解像度が低くて恒星の放射光と区別ができないのだ。当初から位置がブレていないから、
光センサーと繋がった聴覚ディスプレイに触れてみる。表示されている波長は"星喰い"の規定放射より少し短いが、徐々に長くなって”星喰い”の波長に近づきつつある。
この現象は音の振幅シフトと同じものだろう。この
そう。間違いなく宇宙船だ。知性ある存在が星々を渡るために造った船だ。その事実が僕の身体をぶるりと震わせる。
異星からの、宇宙船。
「そんなことが、ありえるのか」
畏怖と歓喜と恐怖がないまぜになって、しばらく圧倒されてしまった。そんな出来事が僕が生きているうちに起きるというの? マジで?
僕は生物学も天文学も専門ではない。でも宇宙のどこかに僕らと同じくらい知的な生命が確実にいるだろうという知識はあった。”星喰い”の存在によって異星生物の実在はすでに証明されている。
そして知的生命体と出会う確率がとんでもなく低いという知識も僕は持っている。文明が存続しているうちに出会うことすらほぼあり得ない。宇宙はあまりにも広すぎる。
気を落ち着かせて、聴覚ディスプレイで存在感を増しつつある点を指で突っつく。では、その奇跡的な確率を引き寄せたモノは何か?
このエイリアン船は僕の船と同じく”星喰い”を動力にしているのだから、少なくとも”星喰い”の存在は認知しているわけだ。彼らの星系にも”星喰い”がいる。
ということは僕らと同じで、
その可能性は高いと思った。だって恒星間をわざわざ渡ってくるなんて、余程の理由がなければできない大事業だから。それこそ種族存亡の危機とか。
彼らは僕らと同じ理由でやって来たのかもしれない。
そう結論付けた僕の中に、会ってみたい、という思考が湧き上がった。来た理由が同じなら協力できるはず。敵の敵は味方というやつだ。
これはとても愚かな賭けである可能性もあった。些細な行き違いで殺し合いになったら? 至近距離で最大出力のエンジン噴射を向けられたら僕の船はバラバラになってしまう。故郷も滅亡だ。
会ってみるという僕の判別は本当に正しいのだろうか。誰かに相談できたら良いのだけれど今は僕だけだ。
死んでいった仲間達を思い返す。みんなだったらどう考えただろう。
仲間達はみんな優秀で勇敢で、いいやつらだった。あんな苦しみに満ちた死に方をしていい者達ではなかった。
決断力に秀でた船長、繊細に大胆に船を動かした操縦士、たくさんの知識を携えた科学者達、技術を極めたエンジニアの同僚達。みんな故郷を救うためこの任務に志願した。
みんな死んだ。
彼らが居てくれたら僕の判断に賛成してくれただろうか。それとも拒否しただろうか。分からない。
でも、あのエイリアンは僕の故郷を救う知識や技術を持っているかもしれない。協力してくれるかもしれない。
あるいは故郷を救う可能性というのは建前で、孤独から逃れたいというのが僕の本音なのかもしれない。今の僕は正常な判断能力を欠いているのかもしれない。
さんざん迷ったあげく、僕はあの異星種族に会ってみることに決めた。どの道、今の僕はジリ貧だ。エンジニア単独で宇宙を彷徨って何ができるというのだ。
このままでは家族にも会えない。愛する者にも会えない。故郷も滅んでみんな死んでしまう。
どうせなら可能性のある方に賭けるのも悪くない。少なくともここで孤独に死を待つよりはマシだ。
さてどうしたものか、と僕は無重力状態の中で浮かびながら考える。
あの船とコンタクトする。それは良いとして、僕の意思をどうやって伝えるべきだろう。近づいてきてる異星の誰かさんはきっと姿も言葉も文化も違うはずだ。
異星の船同士で通信フォーマットが適合するなんて楽観的すぎる考えはさすがに却下する。
あるいは”星喰い”の波長でコミュニケーションが可能かも。”星喰い”について調べに来たのに”星喰い”の波長を検知できないなんて間抜けは存在しないからだ。
ただ情報量が限定されすぎているのが難点か。
いろいろと考えた末、メッセージをカプセルに詰めて投げるという極めて原始的な方法が最有力候補となった。
うっそだろう。恒星間航行種族同士でボトルメッセージ?
ともかくそれしかマトモな通信手段が無いならやるしかない。まずは僕の身元と、ここに来た理由を相手に伝える。あいさつの基本だ。
今は孤独で絶望的な環境だけれど、異星種族との交流という未知への好奇心が僕の心をほどよく刺激してくれていた。あの船はこの状況を打開する希望だ。イチかバチか、賭けてみようじゃないか。
光の増加率と波長のシフトからして到着はまだ先だ。試行錯誤する時間はたっぷりある。
僕は工房に向かう。
少し興が乗りすぎた。僕の傍には試行錯誤の結晶である
だって異星種族にメッセージを送るとなったら、誰だってワクワクするものだろう? ああでもないこうでもないと推敲を繰り返してしまうものだろう? その結果がこの カプセル
どれも入っているメッセージは基本的に同じ。僕がどこの星系からやってきたか。そして何のためにここへ来たかだ。
どこから来たか。
相手からの返信があった場合に備えて、恒星図には
あの船はほぼ確実に
だから周辺の恒星模型もまとめて構築した。模型を展開すると
そしてこちらの滞在理由。惑星と恒星を繋ぐ”星喰い”の弧を模型にして入れておいた。我ながら良く出来た模型だと思ってる。
内容は概ね同じだが
光センサーからの情報を確認する。軌道計算をしてみると、件の宇宙船は
宇宙船がとても滑らかに減速しているので感心してしまう。僕らは
彼らはあの不可思議な現象も理解して恒星間航行に乗り出してきた種族なのかもしれない。だとすると僕らより進んだ文明のはずだ。
仲間達が死んだ原因も解明してくれたら良いのだが。宇宙由来の病気でパンデミックを起こす心配も無く故郷に帰ることができる。
船の整備点検とカプセルの準備をしているうちにエイリアン船の到着が間近に迫っていた。
出迎える準備をする。予測される宇宙船の停止位置と”星喰い”の弧、その間に僕の船を滑り込ませるのだ。
エイリアン船が”星喰い”について調べに来たのなら、到着して真っ先に取る行動は決まっている。主星から惑星に伸びる”星喰い”の弧を観測することだ。その間に何か異物があれば絶対に気づく。
認知の外からいきなり声をかけて驚かせるようなマネは避けたかった。それでは不審者と同じだ。僕は文明的なエンジニアなのだ。
慎重に場所を選定する。減速中の”星喰い”エンジンからの放射を受けない遠さで、判別できるくらい大きく弧を遮る近さでなくてはならない。
陣取った軌道で観測を続ける。そして計算結果とほぼ同じ時間になって宇宙船の噴射が止まった。予想通り星系を周回する綺麗な円軌道だ。ほとんど微調整もせずピタリと予定軌道へ乗ったことに僕は少し驚いた。あの船の操縦士は良い操船技術を有しているらしい。
軽く柔軟体操をして気持ちを整える。協力か衝突か。これから何が起こるかなんてまるで分からない。誰も経験したことがない、自分の判断だけが頼りとなる状況だ。
待ち受けるのは希望か絶望か。伸るか反るかの大勝負だ。僕はエンジンの出力調整装置に指をかけた。
「さあ、
ゆっくりとエンジンを吹かして近づいていく。