Living Stone with Hail Mary 作:スカイリィ
「このガラクタは何だ。なんでこんなに多いんだ」
『ガラクタ違う。僕の機材』
「重いよ。もう少し減らしてくれ」
『ノー。これが最低限』
研究室の居住区画も完成したので、今度は僕の荷物を搬入する。キセノナイトの元と、その他の金属やセラミックの原料。それから僕の食料。あと工具と携帯型の光センサー。
船の工房から持ってくるのは僕の仕事だが、中間壁のエアロックからヘイルメアリー号まで持っていくのは相変わらずグレースの仕事だ。
『グレース、身体の表面から水が出てる』
「これは”汗”だ。蒸発して、ぼくの身体を冷却する。身体を動かしたから熱いんだ」
『地球人、冷たい環境にいるのにさらに身体を冷やす。奇妙』
「キミの常温を基準にするなよ」
荷物は運びやすいようキセノナイトでパッケージしてあるけど、終わった頃にはグレースはヘトヘトのベチョベチョになっていた。
キセノナイト居住区画にはハッチ以外にエアロックも付けておいた。ここから荷物を入れる。
これでヨシ。研究室の半分は僕の工房として機能する。寝室との移動はキセノナイトボールだ。
『これで僕の生活基盤が整う。ありがとうグレース』
「どういたしましてロッキー」
くたびれたグレースは研究室の床に座り込んで、力なく応答した。気化熱効果を目的とした水を身体のあちこちから分泌している。
僕は新しい工房の中で作業ポーチを巻いて、愛用の工具をポケットに差し込む。万能エンジニアに変身だ。
エイリアンの船で気密室に閉じ込められているというのに、今の僕は不思議と気分が良かった。新築だから? それとも新しい仲間と過ごせるから?
「……ひと区切り付いたことだし、これからの方針を決めよう」休憩して少し元気になったグレースが言う。「この星系の探査をどこから始めるかだ」
『まずアストロファージのサンプルを取る!』
おー! と脚を1本突き上げる。ワンテンポ遅れてグレースもやる気なさげに拳を上げた。グレース、こういうのは連帯感が大事なんだぞ。
「賛成だ。サンプリングして、太陽系とエリダニのアストロファージがタウセチと同じか確かめるんだ」
グレースが頷く。ここで得られた対応策がエリドと地球でも適応できるかどうかを確認する。もしかしたらタウセチのアストロファージは悪性度が低い亜種なのかもしれない。
『タウセチのアストロファージ、第4惑星に向かっている。惑星を周回してサンプルを取る。効率的』
「その案で行こう。目的地は第4惑星タウセチeだ」
タウセチeという名前で地球人が呼んでいるタウセチ第4惑星。僕らの現在位置からは1億5000万キロメートルも離れている。でもアストロファージを使ったエンジンならあっという間だ。
「ロッキーの船ではサンプルを取らなかったのかい?」
『サンプルを取っても僕には確認できない。僕は科学者ではない。エリディアンの科学者たち、到着前に死んだ』
ふとしたグレースの疑問に少し気後れしつつ答える。グレースより先に居たのに、僕は惑星を観測するくらいしかできていなかった。
『科学者がいない。アストロファージの適切な取り扱い、分からない。船外ロボットアーム、サンプルを判別できない。船外活動、僕にはできない』
「……ごめん、悪いことを訊いてしまった」
『今はアストロファージを”眼”で確認できる科学者がいる』
ビシッと1本の脚をヘトヘトベチョベチョエイリアンに向ける。早く汗とやらを拭け。
『グレースはアストロファージの扱い、理解できる、質問?』
「もちろんだとも。なにしろ僕は地球で初めてアストロファージの性質と繁殖サイクルを解明した科学者だからね」
へえ、グレースはそんな優秀な科学者だったのか。僕は内心で少し驚いた。それはつまりアストロファージ生物学の第一人者ということだ。
でも確かに、宇宙線に関する話し合いの時の洞察力はとても優れているように思えた。伝えてもいないエリドの環境や性質など次々と言い当ててしまった。
そもそも種族の存亡がかかったミッションだ。メンバーは惑星中からの選りすぐりに決まっている。不器用なようでも、科学分野では天才なのかもしれない。
『天才科学者、頼りにしてる』
気を良くしたのか「任せてくれ」とグレースは笑顔になった。
「でもその前に……サンプル採取機のマニュアルを探してくるよ」
『サンプル採取のやり方、グレース分からない、質問?』
「船の全部を記憶できてるわけじゃないからね。読めば分かる」
『地球人の脳、役に立たない』
「うるさい」
僕とグレースはタウセチeに向かうための計算をたくさんした。グレースが式を立てて、僕とグレースそれぞれで計算する。
宇宙旅行では正確な加速方向と加速量、それからタイミングがとても重要だ。念入りに計算しなくてはならない。船の思考マシンに全部やらせてもいいけどマシンが間違えてた時、その間違えに気づかなかったら命取りだ。
「タウセチeも公転しているから、それを考慮しなくちゃならない」
『惑星の未来位置、計算する』
「ケプラーの第三法則ってのがあってね。それを使えば求められる」
グレースは必要な計算式を次々と用意してくれる。地球人は宇宙を航海するための軌道力学をとても発展させていた。軌道エレベーターも無いのに、大きな宇宙ステーションまで作ったというから驚きだ。
「ロッキーがくれた観測データのおかげで正確な軌道投入ができそうだ」
ポチポチと小さな思考マシン「電卓」を使って計算しながらグレースが笑顔を浮かべる。僕らの計算結果は正しいようだ。燃料もグレースが言うには星系全体を巡る程度の余裕はあるらしい。
「1.5Gの加速度で3時間エンジンを噴射して、秒速162キロメートルでタウセチeまで向かう」
『そして3時間かけて減速する』
「イエス。とんでもない速度だ。地球から月まで40分で着いちゃうぞ」
『でも11日かかる』
「そう。とんでもない距離だ。太陽から地球までの距離と同じくらいだ」
僕とグレースはすさまじい速度で、途方もない距離を踏破しようとしている。この一連の操船で消費されるアストロファージはたったの130キログラムだ。アストロファージは想像を絶するエネルギーを秘めている。
「星を滅ぼさなければ最高のエネルギー源なのになぁ」
グレースが呟く。それには僕も同意見だった。
念入りな計算を終えたらついに出発だ。一度僕の船に戻って遠心重力を止めなくては。トンネルの空気も抜かなきゃならない。
一連の作業が済んだら、キセノナイトボールに入って無重力の中をグレースに運んでもらいヘイルメアリー号に戻った。トンネル建造マシンに無線で信号を送って、僕の船とヘイルメアリー号の結合を解除する。
僕はヘイルメアリー号のエアロック内から結合が解かれるのをじっと聞いていた。真空の宇宙に隔てられ、船からの音が聞こえなくなる。
メインエンジンを噴射しても問題無い距離までヘイルメアリー号はゆっくりと移動している。かつての仲間たちと共に過ごし、今は彼らの墓標となった船が遠ざかっていく。
「行ってきます」
小さく呟いた。僕は何年も住んでいた船を後にする。でも航海を終えるわけではない。不思議な感覚だ。これから酸素を吸う狂ったエイリアンと一緒に、故郷を救う任務に赴くのだ。
『僕の船のエンジン、一定時間ごとに少しだけ噴射する。帰りはその光で船を見つける』
「ビーコンか。そいつはありがたい。この広い星系で探すのは大変だからね」
無重力状態の中でグレースに運ばれて、僕はヘイルメアリー号の操縦室までやってきた。円筒形の船首にある、これまた円筒形の空間だ。
この操縦室は主構造の下で、直角にクロスする形で付いている。メインの円筒に括り付けられたサブの円筒とでも言うべきか。
円筒の切り口が左右を向いていて、それぞれに丸い窓が嵌められていた。グレース曰く眺めは抜群とのことだ。それ以外の場所はものすごい数のスイッチで埋め尽くされている。
「ぼくらの軌道計算をヘイルメアリー号のメインコンピュータに入力した。あとはスイッチを押せば自動で操船してくれるよ」
『思考マシン、便利』
「でも過信しちゃいけない。ときどき確認しよう」
グレースはヘイルメアリー号のコクピットに僕を座らせてくれた。2つ横に並んだ座席の右側。シートベルトでキセノナイトボールごと括り付けられる。
「それとこれを」
『これは何、質問?』
グレースは布でできた半球状の物体をキセノナイトボールにかぶせてきた。中は空洞。僕のボールを覆うものとしては小さすぎる。グレースはそれをペタペタとテープで固定した。
「これは帽子っていう服の一種。頭にかぶる。頭を暑さや寒さから守ったり、オシャレにも使う」
グレースも同じモノを自身の頭に装着した。前側にひさしのような構造が付いている。
「これはヘイルメアリー計画の関係者のためにデザインされた特別な帽子なんだ」
『僕も関係者。少し前から』
「その通りだ。キミを搭乗者名簿に登録したから、その記念にあげるよ」
〈ヘイルメアリー号へようこそ、ロッキー技師〉
船の思考マシンはもう僕を異物と認識していない。今日からこの船のエンジニアは僕だ。僕が責任者なんだ。そう思うと無性に嬉しくなった。
〈離脱マニューバ完了。本加速に移行できます〉
『全速前進だ。目標、タウセチe!』
「一応ぼくが船長なんだけどなぁ」
ぼやきながらグレースがスイッチを押すと、船体後方のエンジンが動き始める。
今ごろ後方に向かって膨大な量の光が放たれているのだろう。地球人にも見えない赤外線という光だ。僕らはその反動で飛ぶ。
船が加速を始める。僕とグレースは座席に押し付けられる。エンジンからの振動が心地よい。
〈タウセチe到着まで11日と3時間14分です〉
僕らは旅立つ。さあ、新しい航海の始まりだ。
『グレース。聞きたいことがある』
「なんだい?」
僕の言葉に、船の加速をチェックしていたグレースが振り返る。船が動き出して訊きたかったことを想起したのだ。
『僕がタウセチに来るまでの期間、僕の船に奇妙なことが起きた。グレースなら知ってる可能性。教えてほしい』
「オーケイ。どうせ加速が終わるまで3時間ずっとこのままだ。いくらでも訊いてくれ。どんなことが起きたんだい?」
グレースは座席をクルリと回転させて僕に向き直る。こういう態度のグレースはこちらの話を良く聞いてくれると僕は知っていた。
『僕の船は6.64年でタウセチに着くはずだった。でも3年で到着してしまった』
「計算を間違えたのかい?」
『賢いエリディアンの科学者、大勢で計算した。なのに間違えた。奇妙』
故郷ではエリドの科学者たちが総出になって必要な計算をした。エリディアンの計算能力は地球人よりずっと高い。それなのに間違えた。これがずっと気になっていたのだ。
その他にも変なことがたくさんあった、と僕は続けた。
『旅を始める。乗組員が体調を崩す。死ぬ』
「……宇宙放射線のせいだね」
『イエス。宇宙線は謎でない。他にもっと奇妙なことが起きる』
ちょっと気まずくなった雰囲気を振り払うように僕は続けて言う。
『途中から船の速度も上がらなくなった。燃料の投入量を増やしても加速、少しだけ』
「エンジンの不調か?」
『何度も点検した。不調は無かった。エンジンは正常。でも加速しなかった。奇妙』
ふむ、とグレースは口に手を当てて考え始める。
『加速は不調。なのに予定よりずっと早く中間地点に到着した。減速した。でもそうするとタウセチは遠ざかった。まだタウセチに向かって動いているはず』
そこまで話すとグレースの眼が大きく開かれた。驚いたり、良く見ようと集中している時の表情だ。宇宙線について気づいた時と似ている。グレースは何か気づいたのかもしれない。
『とても不思議な現象。グレース、何か分かる、質問?』
「……オーケイ、ロッキー」指を1本立ててグレースが言う。「これからたくさん科学の話をすることになる。楽にしてくれ」
『イエス。たくさん科学の話、聞く』
すごい、この謎の現象群をグレースは解明できるのだ。地球の科学者というのはみんなグレースのように優秀なのかな? 僕はキセノナイトボールの中で座って、彼の話に集中することにした。
グレースは少し迷ってから説明を始めた。
「相対性理論というものがあってね……」