Living Stone with Hail Mary   作:スカイリィ

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11 第I∀話 Welcome to Earth.

 

 

『時間と空間、速度によって変化する。観測者によって変化する。奇妙。美しくない』

 

 僕は機嫌が悪かった。

 

『なのに理論、矛盾が無い。あらゆる計算、正しい。観測データと一致する』

 

 僕はとっても機嫌が悪かった。

 

 

 グレースによる「相対性理論」なる科学の話は、結局まるまる3時間費やされた。新しい語彙も必要になって30単語ほどが思考マシンに登録された。

 

【真空中の光の速さは光源の運動状態によらず常に一定である】

 

 相対性理論、その中でも特殊相対性理論と呼ばれるモノはこの原理を主軸として構築された科学理論だ。光速度不変の原理という。

 

 この光速度不変則、採用すると世界が大変奇妙な姿になる。

 

 宇宙船の移動速度が光速に近づくほど加速しにくくなる。

 光速に近づくほど船内の時間は遅くなる。

 亜光速で移動する船内から外を観測すると空間が進行方向に縮んで見える。

 

 あまりにも異常だ。まともな脳を持っていれば机上の空論と切り捨てるような理論だ。しかし地球人の脳はまともではなかった。

 

 何よりそれは観測事実と符合した。

 

 光速に近づいたことで船は加速しにくくなった。

 光速に近づいたことで船内時間が遅くなり早く着いたように感じた。

 光速に近づいたことでタウセチまでの距離が縮んで見えた。

 

 何も矛盾していない。グレースは相対性理論の方程式も教えてくれた。実際に計算してみると確かに僕の体験とほぼ同じ結果となる。

 

 そして驚くべきことに、タウセチに着くまでの船内時間は3年でも、エリドでは10年経過していることが判明した。

 

 航行速度が光速の90%を超えたあたりから時間の遅れが顕著になるのだ。これはグレースの方も同じで、船内時間3.84年の間に地球では13年が経過しているという。

 

『光だけ特別扱い、気に入らない』

「光が基準なんじゃない。”物質が空間を伝わる速度の上限”で移動できるのが質量ゼロの光だけなんだ」

『同じ、結局同じ。特別扱い』

 

 ぶつくさと僕は言う。説明の最初の方では納得できなかったけど、観測と理論と計算が同じ結論を出しているのなら受け入れるしかない。

 この宇宙は実に奇妙な物理法則を採用している、という形で僕は納得した。

 

『どうして地球人はこの理論に気づいた、質問? どうしてエリディアンはこの理論に到達しなかった、質問?』

 

 また放射線の時のような質問をしてしまう。でも今度は悲壮な気分ではない。純粋な疑問だった。

 

 僕の疑問に「150年くらい昔の話でね」とグレースは説明を始めた。

 

「マイケルソンとモーリーという2人の物理学者が、方角によって光の速度が変わるか調べたんだ。地球は動いてるから、それで変化すると考えた」

『でも変わらなかった。光速度は不変』

「イエス。その結果を受けて、アインシュタインという天才が相対性理論を考えた。ぐうの音も出ないほど完璧に現象を説明してみせた。だから支持された」

 

 ぐう。きっとそのアインシュタインとかいう天才はイカれていたに違いない。何食ってたらそんなこと思いつくんだ。

 

 でもその説明で質問の答えが分かった。

 

『エリディアンは光を聞けない。知覚のために機械が必要。だから理論への到達が遅れた。地球人は光が身近だった。それで光の速度から法則に気づいた』

 

 地球人は眼で光を見れば良い。でもエリディアンは光センサーを通してからでないと光を認識できない。

 しかも眼に比べて光センサーは精度と情報量が大きく下がる。

 

 身近でもなく興味があるわけでもない。実験の手順も面倒くさい。頑張って実験しても得られるものは少ない。

 これでは相対性理論に到達できないのも無理はない。

 

『相対性理論は正しい。認める。発表した者は天才』僕はガックリと身体を低くした。『でも奇妙。美しくない。発表したそいつは狂ってる』

 

「まあアインシュタインも地球人だったからね。そりゃ狂ってるよ」

 

 グレースは肩をすくめて小さく笑った。

 

 

 

 

 

 タウセチeまでの加速を終えるとヘイルメアリー号船内は無重力状態になる。いわゆる慣性航行だ。

 

 それだと僕がキセノナイトボールで移動できないので遠心重力モードで1Gを作り出す。

 到着までの11日間はほぼやることが無い。フリーの時間だ。

 

 相対性理論の理解に疲れた僕に、グレースは「気晴らしにちょうど良いものがある」と言って船内のとある場所に案内した。

 僕が何もないと思っていた球体型の空間だ。

 

「カメラは持った?」

『イエス。ポータブルのもの、持ってる。グレースが見ているもの僕も聞く』

 

 グレースは僕の光センサーを「カメラ」と呼称した。光の像を機械で捉えるものの総称だそうだ。地球だとこれに記録機能が付いている。

 

 先端のプリズムで得た光をディスプレイの凹凸として表現するのだ。これで僕の反響定位でも光を捉えることができる。

 

 光の波長によって凹凸の粗さも変わる。長い波長は粗く、短い波長はきめ細かい。

 

 あまりに波長が長かったり短かったりすると先端のプリズムで上手く捉えられないけど、グレースの可視スペクトルを観測するくらいは問題無い。

 今は上限と下限を地球人の可視光に合わせている。

 

「この空間はね、全面がディスプレイになっているんだ」

『全部が画面。何を映す、質問?』

「データ保管庫には地球のいろんな情報が収められている。それを映せるんだ」

 

 腰に手を当てて自慢気に話すグレース。

 

「何が解決の手がかりになるか分からないから。入手可能な地球中のあらゆる論文や映像や音が保管庫にはあるんだ」

 

 あの保管庫には地球中のあらゆる映像データが入っている? それってとんでもない情報量なんじゃないか?

 

 僕が少し呆然としていると、グレースが思考マシンを操作する。

 

「そのデータをここに映すと……」

 

 途端に周囲から奇妙な音が聞こえ始めた。

 

 広い空間を駆け抜ける弱い風の音。ゆるやかな波が打ちつけるような水の音。それらが周囲から聞こえてくる。

 

 よく集中してみると、周囲を取り巻く球形の画面の裏側に電磁石のようなものがある。これが動いて画面そのものをスピーカーにしているのだ。

 

 そして光センサーに意識を向けると、ディスプレイが新しいものを表示していた。

 センサーを上に向けると短い波長の光。下に向けると弱い波長の光。真ん中あたりに向けるとその境目がぐるりと僕を取り囲んでいる。

 

 僕の左側には、行ったり来たりを繰り返す液体のようなものが動いている。波の音はこれと連動している。

 

 僕はエリドで似たものを知っていた。

 

『これは、海、質問?』

 

 僕の質問にグレースは何かを披露するように、両腕を上げて答えた。

 

「地球へようこそ」

 

 

 

 

 

〈ここは映像ルームです。現在は搭乗員のストレス緩和を目的とするメンタルケアモードとなっています。見たい映像を選択してください〉

 

 ヘイルメアリー号の思考マシンが響く。ここは映像の部屋だという。

 

「狭い空間で長期間の生活をすると気が滅入る。こうやって好きな光景を全面に映して、地球にいるような気分にさせるんだ」

 

 グレースが説明を引き継いでくれた。球形のディスプレイを作って中に映像を流す。眼をメインの感覚器官としている種族だからこその設備だ、と僕は思った。

 

 船の軽量化には余念がないのにこんな設備をわざわざ用意したということは、地球人にとってそれだけ閉鎖空間でのストレスは重大なモノなのだろう。よくできている。

 

 光センサーを上に向ける。短い波長の光ばかりだ。その中にひときわ強く光る丸い物体がある。あれが太陽(Sol)だ。恒星光が地表まで届くというのは本当だったんだ。

 

『地球の空、短い波長の光で満ちている』

「この波長は”青”って呼んでる。とても良く晴れた日は空一面が青くなる。大気で太陽光が散乱されて青く見えるんだ」

 

 地球人は可視スペクトルをさらに細かく分けて、波長が長い方から赤・橙・黄・緑・青・紫と呼んでいるとグレースは教えてくれた。

 

 なるほど、赤外線は(Red)(Infra)だから赤外線(Infrared)なんて名前なのか、と僕は1人納得していた。

 

「こっちに見えるのが海。地球は表面の71%が海洋で覆われている」グレースは球形画面の下を指差す。「ここは海岸。波で毎日少しずつ変化する。ぼくは海岸を歩くのが好きなんだ」

 

 これが地球。エリドから16光年も離れた惑星。異星種族”地球人”が暮らす異星の表面。

 

 僕は感動していた。光センサー越しでないとその映像を観察できないけど、この映像は間違いなく異星の景色なんだ。しかも前後上下左右の全面にそれが映されている。なんてすごい。 

 

「映像はたくさんある。他の場所も見られるよ」

『地球の景色、他も映して』

 

 お安い御用だ、とグレースは思考マシンを操作する。全周スクリーンの表示が変わった。今度は地球人が緑と呼ぶ光に満ちている。

 

 暗い地面から上に枝分かれしながら伸びる円筒型の構造体。枝分かれした先には平たい楕円の、緑の膜がたくさん付いている。

 

「これは”森”。生えているのは”木”。地面に低く生えているのは”草”だ。どちらも”植物”という分類に属する生命体だ」

『この動かない柱、生物、質問?』

「ああ。植物は太陽光と二酸化炭素と水を使って糖を作る。それで身体を構成するんだ。光合成という」

 

 むむむ。その特徴に僕は身体を揺らした。恒星光と二酸化炭素と水素を使う生物。心当たりがあるぞ。

 

『この生き物、アストロファージと似ている』

「ああ。もし植物が宇宙まで飛べたらアストロファージと同じ生態になるだろうね」

 

 アストロファージは光と二酸化炭素と水素で繁殖する。植物は光と二酸化炭素と水でエネルギーと身体を作る。意外なところに似た生物がいるものだ。

 

『アストロファージは悪い。でもこの生き物、無害』

「そうだね。それに植物は地球に酸素をもたらしてくれた」

 

 前言撤回! 酸素を吐き出すなんてとんでもない生き物だ!

 

 

 若干引いている僕をよそに、グレースがまた表示を変えた。今度は空が青くて、下に草が生えている。木は少ない。

 

「これは”サバンナ”。すこし乾燥している。あそこに見えているのは”ライオン”という動物だ。群れで狩りをする」

 

 グレースの指差す先にセンサーを向ける。そこには複数の生き物が草の隙間に身を隠していた。地球人が四肢の全てを地面に付けたような身体構造だ。

 

『狩りの対象は何、質問?』

「さっきの草や木を食べる生物群を”草食動物”と言ってね。それを狩る」

 

 エリドの地表で暮らす生き物はエリディアン含めて基本的に肉食だ。植物のように恒星光でエネルギーを作る生き物は大気の上層部にいる。

 

 でも地球は光が地表まで届くから植物も地表で生きてるし、それを食べる生き物も地表にいる、というわけだ。

 

 そう考えていると映像のライオンが何か別の生き物に飛びかかった。口でがっちり捕捉し、放さない。

 

『なにか捕らえた』

「ガゼルだ。可哀想だが、あれでは逃げられない」

 

 映像の中ではライオンの群れによってガゼルという生き物がバラバラの肉塊になっていく様が映っていた。へえ、生き物の肉ってのは地球でもあまり変わらないんだな。

 

「植物を食べる草食動物は、ああやって肉食動物に食われる。これを食物連鎖という」

『それが自然の摂理。エリドも同じ。命は巡る。それで世界は回る』

「イエス。動物が死ぬと微生物に分解され二酸化炭素になり植物に吸収される。この一連のサイクルが地球の生態系の基本だ」

 

 植物が太陽光を受けてエネルギーを作る。

 それを草食動物がちゃっかりいただく。

 その草食動物から肉食動物がいただく。

 そして死んだら植物がいただく。

 

 なるほど、これが地球の生態系か。僕は感心した。グレースは教職というだけあって異星種族の僕にも分かりやすい説明を心がけている。

 

『地球、興味深い。もっと知りたい』

「よっしゃ。それじゃあ地球人の社会でも見てみようか」

 

 地球人の社会? グレースみたいなのがいっぱいいるのかな?

 ワクワクしながら待っていると、表示がガラリと変わった。

 

 そこら中を無数の地球人が歩いている。服装はバラバラ。ものすごい数だ。ここはどこかの集落なのか?

 

 そして大地から壁が立っている。いや壁ではない。たくさんの直方体の建造物だ。それが空を狭めてしまうくらいの高さで屹立しているのだ。

 

 別の方向にセンサーを向ければ、黄色に該当する色合いの物体が動いている。それもたくさん。車輪が付いてる。乗り物だろうか。

 

『ここはどこ、質問?』

「ニューヨーク。地球で一番の大都市だ」

 

 

 

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