Living Stone with Hail Mary 作:スカイリィ
宴も落ち着いてきた頃、グレースは床に置いていた荷物の中から何かを取り出してきた。平たい板状で、周囲にリボンが巻かれている。
「ぼくからロッキーに贈り物だ」
そう言って差し出されたのは……グレースが
『地球のポータブル思考マシン!』
「ぜひエリドの科学に役立ててくれ。地球の情報も入れられるだけ入れておいた」
すごい! これを持ち帰ったらエリドの科学は飛躍的に進むだろう。工学も生物学も天文学も物理学も一大革命が起きるに違いない。分解してみたい! けど、分解したら情報が取り出せない。悩ましい!
「使い方のマニュアルと、あと電源アダプターも付けておくから半年に1回は充電するように。それともう1つ……」
喜びで跳びはねる僕に、グレースはまた何かを差し出した。これは、僕がメッセージとして送ったカプセルじゃないか? いや、中に何か入ってる。
『それは何、質問?』
「地球だ。ぼくの授業で使っていたお手玉だよ」
カプセルの中から取り出されたのは繊維の塊。光センサーを向けると緑と青と茶色の模様があるのが分かる。デフォルメした地球の模型、あるいは玩具の類だろうか。
授業で使っていたというだけあって表面の繊維が少しほつれている。きっと多くの生徒達がこれに触れ、グレースから多くの科学を受け取ったに違いない。
僕は理解する。これは、グレースと教え子たちの思い出そのものだ。このミッションに持ってくるだけの思い入れがある代物だ。
『それは……グレースにとって大切なもの』
「だからロッキーに受け取ってほしいんだ。宇宙人にあげたって言えば、生徒のみんなも喜ぶよ」
差し出される球体。僕はキセノナイト越しに触れてみた。
キセノナイトボールの一面には特殊な構造材が使われている。蛇腹のように接続された無数のキセノナイト小板が多層構造になっていて、内部からの気圧には動じないが僕の指で押すとゴムのように伸び縮みする優れものだ。
それ越しに球体へ触れる。繊維の中にはたくさんのビーズが入っていて、握ると弾力のある柔らかさがあった。
グレースが教師として過ごした日々がここにある。そして今度は僕と過ごした日々がここにある。
「これに触れて、ぼくを思い出してくれ」
『忘れない。僕はグレースのことをいつも想う』
僕はエリディアンとして生まれたことを嬉しく思った。エリディアンは記憶したものを忘れることはない。僕は死ぬまでグレースのことを覚えていられるのだ。彼と過ごした日々を、その笑顔を、その涙を。
「ぼくも忘れないよ。夜空のエリダヌス座を見るたびに思い出すさ」
『……僕もグレースに何か贈りたい。でも贈るものが無い』
「キミはぼくに何もかもくれた。それで充分だ」
お別れだというのに僕から贈るものが何もない。どうしよう。グレースは充分だと言っているし、その気持ちも理解できる。
でもこんな素晴らしい贈り物をしてくれたグレースにお返しができないなんて、僕の気が収まらない。何か良い贈り物を作れないだろうか。
あれこれ悩んでいると、グレースが人差し指を1本掲げた。
「じゃあ、こういうのはどうかな?」
宴と仕事と睡眠を繰り返した11日間の航海が終わる。でもそれですぐに僕の船と合流できるわけではない。
どのあたりに船があるかは計算で割り出せた。でも惑星の重力の影響やら何やらで軌道はズレる。そのズレは場合によっては数万キロメートルもの誤差になる。
ヘイルメアリー号のレーダーでは半径数千キロメートルくらいの範囲しか探知することができない。これでは見つけることは難しい。
それを見越して、僕は出発する前に船のエンジンを一定時間ごとにほんの少しだけ噴射するよう設定しておいた。わずかな出力だが、ペトロヴァスコープで見ればそれは明るい閃光として観測される。
『あと5分で点滅。ディスプレイを確認する』
「了解」
ヘイルメアリー号の操縦席に座るグレースに合図をしながら、僕はお祝いの時のグレースの言葉を思い返す。今の僕は無重力状態でどこかへ行ってしまわないよう、キセノナイトボールごと操縦室の壁に固定されていた。
彼の提案はとても興味深いものだった。でもそれの実現には大量の透明キセノナイトが必要だ。
今の在庫では心もとない。試作して放置した鎖やら部品やらが船内に残っているけど、この配合では使えないのだ。僕が操縦室でぶっ壊した気密室のパネルはあるけど、これでも足りない。
そんなわけで、僕は僕の船に合流するまで脳内で設計を繰り返すことにした。合わせてタウメーバの生命維持装置についても試行錯誤を繰り返している。
ヘイルメアリー号は地球に帰る。でも万が一に備えて4機の無人機にもタウメーバを搭載することにしたのだ。
地球までは12年ちょっとかかるが、有人船よりずっと早く光速近くまで到達する無人機の中ではわずか1年8ヵ月しか経過しない。その20ヵ月の間、タウメーバ達を飢えさせないようにしなければならない。
タウメーバはエサとなるアストロファージがあればあるだけ増殖して、あっという間に食い尽くしてしまう。そうすると今度は飢えてしまうので、個体数を維持できる程度に少しずつ供給してやる必要があった。
必要に応じてアルミニウムや鋼鉄を融かして試作もしていた。強度は劣るがキセノナイトより融点が低くて扱いやすい。アストロファージの赤外線放射を利用した溶融装置が役に立った。
グレースの実験と観察によって、タウメーバは何も食べないと1週間で飢え死にすることが分かっていた。僕は地球のペット用給餌器やら点滴を参考にして何か作れないか考えている。もう少しで満足のいくものが出来上がりそうだった。
「ロッキーと僕は、どうしてこんなに似ているんだろう」
ペトロヴァスコープを覗きながら、ふと呟かれたグレースの言葉に僕は思考を中断する。おかしなことを言う。
『エリディアンと地球人、全然似ていない。僕は硬い。キミは柔らかい』
「ああ、見た目はそりゃ違うさ」手を振って否定するグレース。「精神性とでも言うのかな。それが似ていると思ったんだ。僕らは姿かたちも吸う空気も違う。でも友達になれた」
ふむ。グレースは待つことに飽きて雑談をしたいのだろうが、言いたいことは何となく分かる気がした。
エリディアンと地球人は16光年も離れた惑星で全く別々に進化して社会を築いた。なのに、今はこうして友好関係を築けている。これはとても不思議なことだ。
少し考えてみる。これは直感だが、僕らが友達になれたのは偶然というより何かしらの必然性があってのことだろう。
『あと4分』
いくつか考えが浮かんできた。グレースの雑談に付き合うのも悪くないだろう。僕は指を1本掲げて言ってみる。
『僕らは初めて出会った時、お互いに”出会った”と思考した。その時点で一定の相似がある。コミュニケーションの可能性がある』
「ははあ。もっと異質な存在だったら、そもそも生命体とすら認識できないってことか」
あまりにも異質な知性体同士であった場合、お互いを観察するという行動すら発生しないだろう。そうなったらコミュニケーションは成り立たない。
下手したら船の思考マシンの方を主体、グレースを船のサブシステムとして認識する可能性すらある。宇宙は広いのでそういう知性存在もどこかにいるだろう。
『あと3分』
僕は2本目の指を立てた。考えられる可能性はまだある。
『知的生命が宇宙へ進出するには社会性が必要。相手を思いやる心が必要』
「宇宙に出てくる時点で、ある程度の社会性は保証されていると考えるのが自然、ってことね」
『軌道エレベーターもロケットも、1人で作ることは絶対にできない。大きな社会が必要』
宇宙に出る知的生命体は、社会を構築できる程度には相手を思いやる心を持っているのだろう。
思いやりとはすなわち愛だ。愛すら知らない知性体が生きられるほど宇宙は甘くない。
「良い考えだ。筋道も通っている」
ペトロヴァスコープから少しだけ顔を離して、うんうんとグレースが頷いた。生徒にもこんな感じで接していたのだろうか。
彼もまた人差し指を1本立てる。
「そうだな……他にも技術的に近かったというのはありそうだね」
『あと2分。エリドと地球の技術は近い水準。肯定する。それが何か関係する、質問?』
「前に言ってただろう? 恒星間航行するより、金星を覆い隠したり大気を改変したりすればいいって」
ああ、グレースが片道の旅だと打ち明けた時の話か。僕は思い返す。もうだいぶ過去のことのように思える。
「ぼくらより進んだ文明はそれを実行できる。だから星系外に出る必要が無い。一方でぼくらより遅れた文明は宇宙船すら作れない」
自力でアストロファージを殲滅できないけど、宇宙船は建造できる。地球とエリドの文明はこの狭い範囲にある。地球の科学はエリドより優れているけど、僕でも説明されれば充分に理解できる程度だ。同水準と言って良い。
『アストロファージを倒す目的でタウセチまで来る文明の条件。宇宙に出られるだけの社会性がある。一定の科学レベルに限られる』
「だから互いを助け合えるちょうど良い感じの文明同士が出会った。ぼくとロッキーだ」
確かに。片方が圧倒的に進歩していたら助け合うなんてことは発生しないだろう。
『点滅まで1分。それから最後に1つ』僕は3本目の指を立てる。『このミッションは危険。生命は危険を避ける。進化は死を嫌う。でも僕らは立ち向かった』
「自己犠牲は集団の生存確率を上げることがあるからね。全ての地球人が他の人のために死を選ぶわけではないけど」
『エリディアンも同じ』
「つまり……ぼくらが勇敢で良いやつってこと?」
『イエス。キミと僕、良い人。だから友達になる。簡単な理屈』
グレースが笑う。僕も笑う。本当はもっといろんな要素が絡み合って友達になったのだろうけど、今はそれでいいと思った。
そうだ。良いやつと良いやつが出会って友達になった。僕らはそれだけの話なんだ。
『点滅まで10秒。雑談終わり』
「了解。カウント頼む」
『5、4、3、2、1、いま』
グレースが画面を注視する。僕の光センサーでは解像度が低くて宇宙の暗闇と見分けられないから彼の両眼が頼りだ。
その眼が見開かれる。どうやら見つけたらしい。
「見つけた!」
『良い。距離はどのくらい、質問?』
ペトロヴァスコープから望遠鏡に切り替える。思い切り拡大する。僕らはタウセチを背にしているから、船は恒星光を反射して輝いているはずだ。
「かろうじて見えるな。レーダーの範囲外で、点灯のタイミングにほとんどラグが無い。……だいたい1万キロメートルってところかな」
『秒速3000メートルで接近。提案。1時間弱で到達する』
「賛成。取り舵4.5度。下げ舵20.9度。1.0Gで300秒の推進を開始」
ヘイルメアリー号がゆっくりと加速していく。
僕らの旅が終わろうとしている。