Living Stone with Hail Mary   作:スカイリィ

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23 第λ∀話 There's a leak.

 

 

 いつまでも呆然としてはいられない。僕はタウメーバの保管容器を確認した。どこかにヒビが入っているのだろうか。それとも製作時のミスで隙間があったのか。

 

 僕の船に搭載されたタウメーバ農場は少し大きい。タウメーバがエサとなるアストロファージを食い尽くすと自動で次のエサが補充される給餌器が入っている。温度変化を利用したもので電源は必要無い。外部からは遮断されている。

 

「いったいどこから?」

 

 どれだけ観察してもこの容器に隙間も穴も見つからなかった。どういうことだ? 漏れたら大変だから念入りに密閉したはずだ。どこからタウメーバが逃げ出したのかが分からない。

 

 それに同じく密閉されている壁の中のアストロファージ防御層まで到達したのも謎だ。アストロファージは96℃に保たれているが、200℃を超える大気の中ではタウメーバは生きられない。これも製造時のミスか?

 

 幸運なことに、防御層は壁や床ごとで独立している。中身が流出した時に1部屋全部ダメになることを防ぐためだ。今のところ汚染は壁1枚と床1枚だけ。

 

 ひとまずは逃げ出したタウメーバをやっつけるのが先決だ。もし推進系統に入り込んだら燃料が全部食い尽くされてしまう。

 

 タウメーバには窒素ガスが効果的だ。グレースが8.25%の窒素耐性を付与したがそれは高高度の薄い大気における8.25%だ。せいぜい1パスカル程度の分圧にすぎない。ここの29気圧下なら0.000034%の窒素濃度を超えれば充分。カスみたいなものだ。

 

「材料ならいくらでもある」

 

 なにしろここの大気はアンモニアだ。窒素と水素の化合物。分解してやればすぐに窒素ガスが得られる。僕は必要な工具と材料をかき集めた。

 

 

 壁の中のタウメーバをポンプで全部吸い出しつつ常温の窒素を充填する。210℃の窒素ガスを壁の中に注ぎ込んでおけば残留タウメーバもほどなく死ぬだろう。

 

 ついでに船内の換気装置に窒素ガスを突っ込んで、船全体を汚染から守る。どこに付着していてもこれで死ぬはずだ。この濃度なら僕に害はないし、タウメーバ農場は追加で2層の分厚いキセノナイト板で覆ったから窒素が入り込む心配は無い。

 

 僕はタンクの中に溜まったタウメーバ達を観察した。壁1枚と床を合わせてせいぜい80リットルほどだが、これ全部がタウメーバだと考えると驚異的だ。こいつらはどこからか入り込んで、壁の中のアストロファージを食べ尽くしたんだろう。

 

「危ないところだった」

 

 遮音性の高い船体構造が仇になって気づくのが遅れた。もし放射線測定器を作っていなかったら船内にタウメーバが蔓延して、エンジンや配管の点検時に燃料を汚染していたかもしれない。そうしたら僕はエリドに帰れないし、エリドも滅んでしまう。

 

 原因を探らねばならない。僕は気合を入れなおす。

 

 

 

 

 

 タウメーバ漏洩発覚から10時間が経過した。ダメだ。原因がさっぱり分からない。僕は床にへたり込んだ。

 

 グレースからの返信カプセルを調べる時に使った真空チャンバー。これにタウメーバ農場の容器を格納して、内部からの気体の流出があるかどうか念入りに調べたのだが……どこも漏れていない。容器は完全に密封されている。

 

 ではタウメーバはどこから漏れたんだ? 何か大きな見落としをしているのかもしれない。

 

 悩む僕は工具を傍らに置いた。苛立ちから少し乱雑に置いたわけだが、その瞬間に違和感を感じた。

 

「なんだ?」

 

 いま僕は何に違和感を感じた? もう一度工具を持ち上げた。地球のレンチに相当する棒状の工具だ。キセノナイト製。工具自体に変化は無い。置いた床にも損傷は無い。そのはずなのに何かがおかしい。

 

 さっきと同じように床に置いてみる。ゴトリと重厚感のある音が鳴る。やっぱり何かがおかしい。

 

 今度はある程度の高さから落としてみる。違和感が確信に変わった。

 

「落ちるのが遅い?」

 

 離してから床に落着するまでの時間が遅くなっている。ごくわずかな遅延だが、それでも時計を使わなくても分かるほど明瞭だ。

 

 僕は宇宙空間を移動中だが重力を感じている。これは僕の乗る宇宙船が加速し続けているからだ。

 

 重力と加速運動は局所的には同じもの。アインシュタインの一般相対性理論の鍵となる理論だ。これを等価原理と呼ぶ。

 

 つまり僕の感じる重力が弱まっているということは、船の加速が弱まっているということだ。

 

 でも僕は操縦系統をいじっていない。キチンと出力系統をロックした記憶を持っている。変化するとすれば燃料の消費で船体が軽くなり、加速度が上昇する場合だけだ。遅くなることはありえない。

 

 エンジンの故障だろうか? ここにきてまた厄介な。しかし単なるトラブルとするにはタイミングが良すぎる。嫌な予感がする。

 

「落ち着け。僕の専門分野だ」

 

 僕はもともとエンジンを点検保守するために乗船したんだ。工具箱を携えてエンジンルームに向かう。

 

 エンジンに燃料は供給するポンプは正常だった。正常な回転数で正常な量をエンジンへ送っている。エンジンの照射機も異常無し。そうなると異常があるのは燃料の方だ。

 

 僕はパイプの1つから燃料サンプルを取り出した。光センサー越しでは黒く見える。

 

 温度を測ってみたところ悪い予感が的中した。最初サンプルの温度は96℃だったが、わずかに温度が上がっている。少しずつ室温の210℃に近づこうとしている。

 

 アストロファージは96℃以上の熱は吸収してしまう。なのにこのサンプルではそれが成されていない。アストロファージ以外の異物が大量に含まれているということだ。

 

 タンクも配管もキセノナイト製だ。どこかが欠落して混入するなんてことはありえない。そうくると燃料に入り込んだ可能性が高いのはタウメーバだ。

 

 燃料タンク全部がやられたのか? まだ無事なタンクがあるのか? 一瞬のうちに様々な考えが脳内を駆け巡る。

 

 ともかく燃料タンクからエンジンに伸びる配管を閉鎖しなければならない。これ以上、異物が混入した燃料でエンジンを動かしたら物理的に破損する恐れがあった。

 

 操縦室に駆け込んでエンジンを停止する。床に押さえつけていた加速度が無くなり、身体が浮き上がった。分かっていても急な無重力は慣れないものだ。

 

 各所に設けられた取っ手を駆使して船の後部まで急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 結果は最悪だった。全ての燃料タンクが規定の温度から逸脱しようとしている。変化量にバラつきこそあるが無事なタンクは1つも無い。

 

 せめてもの抵抗として僕は大量の窒素ガスをタンクの中に突っ込んで撹拌することにした。これでタウメーバの増殖が抑えられてくれれば良いのだが、はっきり言って望みは薄い。窒素は水に溶けにくいから燃料全体に行き渡るのも難しい。

 

「どうしてだ。どうやって汚染された?」

 

 いったいどこから流出したというのだろう。僕は力なく無重力の中で漂いながら考えた。

 

 もともとタウメーバは惑星エイドリアンの高層大気に住んでいた微生物だ。空気中を漂うことができるのは分かっている。

 

 でも僕の大気は高温すぎてタウメーバは死んでしまう。漏れがあったとしても空気を媒介にして汚染が広がったとは考えにくい。

 

 順序立てて考える。最初にタウメーバの汚染があったのは、タウメーバ農場を保管していた倉庫だ。タウメーバ農場容器を置いていた床と、容器に隣接していた壁1枚がやられた。

 

 タウメーバ農場自体はタウメーバの生きられる温度だ。そして床と壁の中もアストロファージと同じ温度になっている。

 

 キセノナイトは断熱性が高いが絶対に熱を通さないわけではない。アストロファージに挟まれ続けたことで18日間の間に容器と壁の温度がタウメーバ生存領域まで下がった可能性はある。ここであればタウメーバは生存できるわけだ。

 

 でも、アストロファージによる防御層へ到達して汚染するためにはキセノナイトの壁を突破する必要がある。あの容器に漏洩する隙間は無かった。

 

 もしかして、タウメーバにはキセノナイトを透過する能力があるのではないか?

 

 突拍子もない思いつきではあったが、その可能性は高かった。燃料タンクの配置を考えてみると、倉庫に近いタンクから順に温度変化が大きかった。空気や僕自身を媒介としているとは考えにくい状況だ。

 

 グレースがタウメーバを品種改良した時、タウメーバ達は致死的な窒素ガスから生き延びようとあらゆる遺伝的変異を繰り返したに違いない。

 

 そのうちの1つは窒素ガスに真正面から立ち向かう窒素耐性だった。では他に変異するとしたらどのような形質を獲得するだろうか?

 

 生物が危機に直面した時の反応は戦うか逃げるかだ。窒素に立ち向かう形質があるなら窒素から逃げる形質もあってしかるべきだ。どこへ逃げる?

 

 キセノナイトの中へだ。

 

 水槽を構成するキセノナイトの中へ潜り込むことができれば窒素から逃げることができる。グレースは気づかないうちに脱走能力をタウメーバに付与してしまったのだ。

 

 どうやってあんな硬い固体の中へ潜り込むのかは分からない。あるいはタウメーバはアストロファージの細胞膜を突き刺して破壊するために身体を針のように細くできる性質を有していたのかもしれない。それの応用でごくわずかな隙間に身体をねじ込んでいけるようになったのかも。

 

 恐らくタウメーバによるキセノナイトへの浸透はかなりゆっくりしたものだろう。でなければヘイルメアリー号で培養していた段階でグレースが気づいていたはずだ。

 

 グレースが悪いというわけではない。品種改良したのはグレースだが水槽を設計したのは僕だ。これは僕たち2人の責任だ。

 

 もしこの仮定が正しかったら最悪だ。この船はほとんどキセノナイトで構成されている。タウメーバは船体フレームを通じて自由に移動できるということになる。燃料タンク含めて汚染されない場所が無い。

 

 おまけに僕が防御層として大量のアストロファージを壁の中に仕込んでしまった。タウメーバは安全な温度に保たれたエサの中を食い進むだろう。

 

「グレース……!」

 

 そして何より、ヘイルメアリー号も同じ危機に晒されているということになる。タウメーバ給餌器は鉄合金だが、それを納めた容器はキセノナイト製だ。タウメーバは透過して船内を汚染する。

 

 ヘイルメアリー号はアルミニウム製だ。しかし船内の大気は純酸素。窒素ガスは省かれている。気温もタウメーバ生存領域。逃げ出したタウメーバは空気に乗って拡散することができる。もし燃料系統に小さなヒビでもあって、そこから燃料タンクまで汚染されたら……。

 

 あまりにも悲観的な予想を振り払う。

 

 グレースは賢い。船内には高度な科学機器も満載だ。船の思考マシンの手助けもある。きっと自力で解決策を見つけ出すに違いない。今は自分の方を解決することに専念しなくては。

 

 汚染されたタンクにできるだけの対策はした。あとは生き残ることを考えよう。

 

 ヘリオポーズ到達まで残り1日ちょっと。それまでに放射線対策を考えて実施しなくてはならない。

 

 窒素ガスと燃料とタウメーバが撹拌されているタンクを後にして、僕は自身の工房に走った。

 

 

 

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