Living Stone with Hail Mary 作:スカイリィ
トンネルを構築したマシンを使ってエイリアン船からトンネルを切り離す。うっかり向こうのエアロックを傷つけるようなマネはしない。
僕は操縦室で船を慎重に動かす。”星喰い”スラスターを噴射してエイリアン船と並行方向に船体を回転させた。
固定していなかった色んなモノが船首と船尾に向かって転がり落ちていくのが聞こえる。まあ大事なモノは固定してあるから平気だ。
エイリアン船の遠心重力機構。あれと同じように僕の船を回転させてトンネル内に擬似重力を作り出す。
居住区画の回転速度はもう分かっている。あれに合わせれば、ぶきっちょエイリアンも快適に移動できるだろう。
問題は相手のエアロックが描く回転半径とトンネルの回転半径を完全に同期させなければならないことだ。
これが不完全だと余計な力がかかってエイリアン船が壊れる危険性があった。でもいまさらトンネルの位置は動かせない。
なので船の重心をズラして調節する。
船内後部に設けられた燃料タンク。その中にある”星喰い”をポンプで別の燃料タンクに移送する。
満腹状態の”星喰い”は信じられないほど高い密度だ。少量の移動でも船の重心は大きく動く。
計算通り、トンネルは想定した回転半径に到達した。
さて、あのエイリアンは僕の意図を理解してくれるだろうか。光センサーで船に注意を向ける。キミの重力で踊ろうじゃないか。
やがてエイリアン船の居住区画が分離し回転を始めた。しかも回転方向をこちらと合わせてくれている。やった! 伝わったんだ。
僕は内心ウキウキしながら回転速度を合わせる。ここが難しいところだ。はやる気持ちを抑えて船のスラスターを操作する。光センサーとレーダーのディスプレイを何度も確認しながら回転を同期させ、燃料の移送で重心を微調整する。
良い感じだ。そのまま、そのまま……よし! 完全に同期した。すかさず再度ドッキングして分離箇所をしっかり接着する。
接続完了。軋み音や変な音は聞こえてこない。我ながら完璧な仕事だった。
エイリアンが出てくる前に急いで隔壁のすぐ向こう側に新たな壁を構築する。作り終わったら古いのは除去だ。ああ忙しい。
どうもエイリアンは特定配合の
そして今度こそ向こう側をエイリアンの大気で加圧する。壁
この空間はキミの大気で満たしてあるよ、ということを伝えるためにメッセージも置いておいた。
準備完了だ。なんとかエイリアンを迎える用意ができた。
ちょうどその頃になって、エイリアン船の中で何やら色んな道具を引っ張り出しているような物音がした。いや、真空じゃなくなったから良く聞こえるようになったのか。彼らの方も準備をしていたらしい。
そしてエアロックを開けて……あっ。跳ね飛ばされた。
外が加圧されてると気づかずエアロック内部を真空にしてしまったんだ。それでハッチを開けて流れ込んできたガスに吹き飛ばされた。
いやいや、外が真空でないことは音で分かるだろう。僕は呆れてしまう。低い気圧だったから良いものの迂闊すぎやしないかあのエイリアンは。
あーあ、向こうの気圧がエアロックの容積分、減ってしまった。足しておこう。
エイリアンはいくつもの道具を担いでトンネルを歩いてくる。工具らしき大きな金属棒、角ばった見慣れぬ機材、船体から伸びるケーブル。記録用機材でも設置するんだろうか。
新しい壁まで辿り着いたエイリアンは周囲に機材を設置した。それから何か喋りながら壁に物体を貼り付けた。なんだあれ。贈り物のつもりかな?
贈り物なら受け取らないと。僕も壁まで出向いてみることにした。遠心重力を確かめながらトコトコと歩く。
壁越しにだいぶ近づいてからエイリアンが僕に注意を向けたのが分かった。異星生物の感覚器官や仕草の意味なんて僕は知らないけど、相手の動きで何となく分かる。
ええ、この距離でやっと僕を認知するのか。さっきのエアロックの件もそうだけど、どうもこのエイリアンの聴覚は僕らより鈍いらしい。身体を回して僕の全身を披露してやる。
「これが僕だ」
エイリアンは呆然としている。たぶんそんな気がする。相手からすれば僕は初の異星知的種族だ。きっと驚きに満ちているに違いない。
近づいてから、エイリアンが壁に貼り付けた贈り物に注意を向ける。大まかに菱形をしている。スカスカで脆そうだ。有機物……食べ物かな?
これは食べ物か? と訊くつもりで僕は口をその有機物に押し付けた。
それが良くなかった。エイリアンは気密服の中から響くほどの音を発して飛び退いた。僕も突然の大音量に驚いて壁から離れる。エイリアンは棒状の金属塊を把持していた。
いけない! アレは確実に警戒行動だ! 捕食を想起させてしまったのかもしれない!
どうしよう。僕は僅かな時間で逡巡する。言葉も文化も違うエイリアンを落ち着かせるには何をしたらいい。相手の立場で考える。敵ではないと認識させ、場を和ませるには?
ふと思いついた。相手の動きをマネするのはどうだろう。
そもそもアレは警戒パターンから派生したエイリアンのあいさつかもしれない。絶叫しながら棒で殴りかかる、なんてあいさつを持つ部族も宇宙のどこかにいるはずだ。宇宙は広いんだ。
少なくとも自分の動きをマネする生物を敵対的であると判断する論理的な解は存在しない。よし、これで行こう。
僕は相手の動きをよく観察する。動きや関節の構造からしてこのエイリアンには前と後ろの区別があるみたいだから、反転した動きをすればマネだと気づきやすいかもしれない。
またエイリアンが短い方の脚を上げながら絶叫した。僕もその動きを模倣する。
そこからエイリアンは脚を上げたり下げたりしながら僕の方を観察しているらしかった。動きも落ち着きつつある。気付いたんだ。僕が敵対的ではないって。
しばらく動きを模倣してやって、ようやくエイリアンは警戒を解いたようだった。途中で調子乗って踊り始めてた気がするけど今は良い。
僕とエイリアンは壁越しに近づいて観察し合っている。
真空でなくなったこと、そしてエイリアンが僕を観察しようと壁にへばりついていることで、意識を集中させれば気密服内にあるエイリアンの身体が良く分かるようになった。
僕の身体は酸化鉱物で構築された体表や
この生き物は、柔らかい。内骨格しか持ってないブヨブヨの身体だ。しかも左右相称で前後の区別がある。
脚の先端にある指はやっぱり
そして上部の丸い器官はデコボコしていくつも穴が空いていた。動作から察するに、この不可思議な湾曲で音を集めるのかな? 情報を集める器官を高い位置に置くのは理に適っている。
この歪な球体器官を気密服から解放すれば僕のことも良く分かるに違いない。
「あのカプセルを開けて」
僕は壁越しに贈り物を指さす。
「ほら、あそこに置いてあるやつだって」
だというのにこのエイリアンは、僕の動きをマネするばかりでカプセルに意識を向けてくれない。お互いに壁を指で叩き合う形だ。
「あれだよ! ほら! 気づけって!」
何やってるんだ。蓋に彼らの船の図を描いて、分かりやすいようトンネルとは別配合の構造材を使ったのに。周囲と音が違うことくらい気づかないのか?
「あの! カプセルに! 気づけ! この! トンマ!」
僕が悪態をつきながら指し示してようやく気付いたようだ。エイリアンは申し訳なさそうな動きでトボトボと歩いていく。
……え、何? これ僕が悪いのか? 単純にこのエイリアンが察しの悪いやつなんじゃないのか?
カプセル内から出てきた数珠をエイリアンが観察している。
元素は宇宙のどこでも同じだ。宇宙船を建造するほどの文明ならば元素の周期的な性質は絶対に把握している。
分子模型だと同じ玉が
「キミの大気だ。気密服を脱いでも大丈夫だ」
しかし僕の自信は実際の異星生物を前にして急速に崩壊しつつある。このエイリアン、かなり鈍いぞ。それとも元素の表し方が違うのか?
ガスの数珠にも僕のジェスチャーにも気づかずエアロックに立ち去ろうとしている。いや、気密服を脱ぐことは分かっている風だけど同意していないみたいだ。
うーむ。これは難題だ。僕が悩んでいると、エイリアンは何か気付いたように大きな音を出した。短い方の脚で数珠を掲げている。
もしかして……気づいたのか?
「そうだ! それは
やがてエイリアンは迷ったような動作のあと、意を決したように気密服の丸い部分を……外した!
やったぜ! なんやかんやあったけど対面コミュニケーションは成功だ! 彼は僕の言うことを信じてくれたんだ! 故郷から遠く離れた場所で、僕はエイリアンと信頼関係を築いたんだ!
トンネル内は生存可能な環境であることを理解したエイリアンは上の脚を振って、そのままエアロックに入ってしまった。でも僕は悲しいとは思わなかった。嬉しいまま跳ね回る。
きっと気密服を脱いで身軽になってくるに違いない。そうすればもっとスムーズにコミュニケーションが取れる。
あのエイリアンが強い好奇心を持っていることを僕は確信していた。
エイリアンが僕を観察する動作には知性を感じた。論理的な説明は用意できないけど、注意を向けるのが分かったように動作からも何となく分かる。あいつは僕を知りたいと思ったんだ。
僕という未知を理解したいのなら絶対に戻ってくるはずだ。それこそが知的生命体というものだ。でなければ恒星間なんて渡ってこれないのだから。