Living Stone with Hail Mary 作:スカイリィ
再びエイリアンが戻ってくる音を感じ取ったのでトンネルで待機する。
エアロックから歩いてくるエイリアンは気密服を脱いで布状の服を身に着けていた。身軽そうだし動きも楽に思えた。
それから何か荷物を抱えている。中から取り出したのは……僕が作った”星喰い”の弧の模型だ! それを僕に向けて掲げている。
「そうだ!それが狙いで僕はこの星系に来たんだ! 理解してくれたんだね!」
伝わったことに喜んでいる僕をよそに、エイリアンは荷物の中から何かを取り出した。円筒形の何か。いや円盤状に近い物体だ。エイリアンが片脚で持てる程度には小さい。
エイリアンは物体の端を掴んで帯状の部分を引き出した。離すと帯は物体の中に引き戻された。バネが内蔵されてるのかな?
何か示そうとしているみたいだけど……分からない。たぶん金属で構成されてるようだから僕の環境に入れても大丈夫だろう。隔離壁に設けておいたエアロックを展開する。
エイリアンは引き出しのように出てきたそれがエアロックだとすぐに理解してくれたようで、金属の円盤を中に入れてくれた。
エアロックが密閉されたのを確認する。スイッチを操作するとポンプで内部の空気が向こう側に吸い出されて、真空になってからこちらの大気がゆるやかに注入される。
僕は開いたエアロックから金属円盤を拾い上げた。
エイリアンと同じように帯を引き出してみた。この熱伝導性と音響特性は……
この帯を自分の身体に巻き付けてみた。わあ、今の僕は音をすごく綺麗に反射するオシャレさんだ。これ装飾品かな? エイリアンは何か熱心に話してる。僕が鮮やかに飾られていることを褒めてるのかな?
「いいねこれ。ありがとう!」
なるほど、美しい帯を引き出したり戻したりして遊ぶ玩具なのか。曲げるたびに独特の音も出る。これは面白いぞ。相手への贈り物としても悪くない。センス良いなこのエイリアン。
そうして遊んでいるとエイリアンがまた何か出してくる。また円盤だ。今度は少し大きい。このエイリアンは円盤が好きなのか? のっぺりとしているただの円盤だ。いや、何かの動作機構がある。良く聴くと針状のモノが回転しているみたいだ。うーん?
金属帯を弄くりながら悩んでいると、エイリアンは上脚の指を
「おーい、どこへ行くんだい?」
エイリアンはその大きめな円盤を持って自分の船に戻ってしまった。あれ? 何か粗相をしてしまったんだろうか。でも持ってきた他の荷物は床に置いたままだから戻ってくるとは思う。待ってみよう。
しばらくしてエイリアンはエアロックの向こうから戻ってきた。手には先ほどの大きな円盤。表面の平たいカバーが外されている。
表面にいくつもの記号が張り付けてあって、その上を針が動く。ふむ。これはなんだろう。
針が動く順に上から、12、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、という
先ほどより詳しく観察できるようになって、針が
機械によって常に同じ速度で回転する針。表面にはそれがどれだけ動いたかを示す記号が書かれている。
……つまりこの記号は”どれだけの時間が経過したか”を示している?
「時計か!」
閃いた。これは時計だ!
異なる記号は異なる時間を示している。この記号は
きっとこの細くて長い針が
僕は「理解した」ということを伝えるためにエイリアンに喜びのジェスチャーをした。するとエイリアンも何か動作をした。
指を
僕もマネしてみる。でも下向きになってしまうことがエイリアンには不満らしく訂正しようとしてくる。仕方ない。僕らの関節はキミほど自由度が高くないんだ。
しかし……このエイリアンは僕より音に鈍いのに、どうして僕が判別できなかった文字を識別できていたんだろう。扱う音の波長が違うのか?
まあそれはともかく、彼が自文明の時計を持ってきてくれたのなら僕の方も時計を出さなければ無作法というもの。
僕はエイリアンをマネして指を
エアロックから船内に入り、最も近い場所にあった時計を引っ掴んで戻ってくる。エイリアンは待っててくれた。
持ってきた時計はポータブル用だ。スイッチを押せば自動で展開される。
縦に並んだ
エイリアンはカチリカチリと動く僕らの時計を観察している。自分が持っている円盤型時計と比べて、交互に指差している。時計だ、と理解したようだ。
すごい! 僕とこのエイリアンは全く違う星で全く違う文明を発達させた異星種族なのに、同じ概念を計量する道具を持っている!
仕組みも読み取り方もぜんぜん違うけどそれが良い!
異なる恒星系で育った文明が”時間”という抽象的な概念に対して、それぞれ異なる工学、異なる材質、異なる数学、異なる文字体系の時計を作り、今こうして宇宙の果てでそれが並べられている。
そして僕とエイリアンはそれを互いに理解した。こんなに面白いことがあるだろうか。
「僕は故郷では東の方の出身でね、代々続くエンジニアの家系なんだ。だからキミ達の時計にすごく興味あるんだ。あとでそれ分解してみても良い?」
気づくと僕はテンションを高止まりさせた状態でエイリアンに話しかけていた。
「あ、この脚に彫ってあるのがうちの家紋。それから、こっちの脚にあるのがミッションの彫り込み。”星喰い”問題に対処するためのチームに志願して恒星間航行船に乗ったんだ」
キミの方はどうなの? と訊いたところで我に返った。
いけね、まだ言葉が通じないんだった。
エイリアンがまたエアロックに行って戻ってきた。今度は蝶番で繋がった板のようなものを携えている。それがまた別の板と接続されていた。
それらには同じ面にたくさんのボタンが付いている。でもそれと連動した動作機構があるようには思えない。
内部で判別できるのは小さなスピーカーと、独立して高速回転している羽根車、あとは細かな配線だけだ。
これは全く機能の想像ができない物体だった。だからエイリアンが板から伸びたコードの先をこちらに向けた時、思わずビクッとしてしまった。
オマケにその先っちょは音を吸収するような材質だ。余計に何なのか分からない。
良く観察するとケーブルの内部は電気信号を送るような構造になっている。……マイクのようなものかな?
そのマイクらしきモノを向けたまま、エイリアンが指を
今の声がエイリアンの「
エイリアンが板を操作すると、先ほど僕が言った「
なるほど僕の言葉を記録する気なのか。コミュニケーションのステップとしては悪くない。
でも、音くらい自前の脳で全部記憶しておけるものじゃないのか? 僕はそうしてるし。あれだけの宇宙船を造れる種族なのに、記憶能力は低いのか?
若干の不安を感じながらエイリアンの録音に付き合う。数字、身体の部位、道具の名前、動詞、長さや重さの単位、色んな言葉を教え合う。抽象的な概念の時は僕が模型を作って説明してやった。
僕の名前も教えることができた。
固有名詞は難しい。発声器官の構造がまるで違うから同じ音を使うことはできない。ただ、エイリアン側が「ロッキー」という音で僕を認識していることは理解できた。
僕らの故郷の星系はエイリアン側からは「エリダニ40」と呼ばれていることも教えてもらった。そして僕らの惑星を「エリド」と命名し、種族を「エリディアン」と呼称することに決めたらしい。
エイリアンの個体名も分かった。向こうの言葉では「グレース」という音だそうだ。
やっとお互いに自己紹介ができた。よろしく、エイリアン・グレース。
それから
そうやって言葉のすり合わせを重ねていくと不思議なことが起き始めた。
グレースが僕の言うことを少しずつ理解し始めたのだ。でも僕の言葉を記憶しているわけじゃない。
僕が喋るたびに携えている板状の機械へ意識を向けて、それから応答するということを繰り返している。そして分からない単語が出てくるとまた機械を操作して録音する。
これは記憶を手助けする機械なんだろうか。しかし画面と思われる部位には何の凹凸も現れない。どうやって情報を読み取っているんだ。
かすかに電磁雑音が聞こえるから電気で動いていることは確かだ。さっぱり分からない。
僕の方もエイリアンの文法が分かってきたので、翻訳しやすいよう文法構造を合わせてやった。
中には質問文のようにエイリアンの文法に組み込めないものもあった。苦肉の策として彼は文末に「質問」という単語を置くことで代替した。
そしてある程度の語彙と文法が揃ってきたあたりで、機械について本人に尋ねてみた。すると驚くべき答えが返ってきた。
「これは思考するマシンだ。ぼくは
思考マシンだって!? 僕は飛び上がった。故郷の学者達がその可能性について議論していた概念上の機械じゃないか! これがその実物だというのか!
グレースは続けた。
「これでキミの出す音を解析して、その音に対応した単語や文章を自動で並べている」
僕はその説明を聞いて、それだけの情報処理に必要な機構を想像した。エリドの部品で構築しようとするなら……どう考えても僕の船にさえ収まらないサイズとなってしまう。
あの小さな板の中には僕の想像を絶するほど小さな部品群がひしめいているのか? だとしたら地球文明は相当に高度な技術レベルに到達していることになる。
……いや、それよりも訊かねばならない重要なことがあった。
「どうやってその機械から情報を読み取っている?」
あの思考機械は何の情報出力もしていない。聞こえてくるのはボタンを押す音と電気のノイズ音くらいだ。どれだけ注意を向けてもそこに情報は乗せられていなかった。
僕の問いにグレースは自身の顔の奇妙な窪みを指差した。そこには左右それぞれ小さな球体が収まっている。
「この2つの球体は眼という器官だ。眼は光を受けてぼくの脳にそれを伝える」
光を受け取る? 僕は訝しんだ。確かに光を受け取って反応する生き物は多い。エリドの大気上層には光をエネルギー源にする生き物がわんさか居た。
何なら”星喰い”だって
「ぼくは画面からこの眼で情報を受け取る」
なんだって? 僕の中で情報の欠片がピタリとハマった気がした。僕らの音と同じように、光を受け取るだけじゃなくて光で観察するとしたら? 僕は震える声で尋ねた。
「キミは、光を”聞いている”のか?」
「イエス」
「キミは光で周囲の空間を把握しているのか?」
「同じくイエス」
僕は通路に