Living Stone with Hail Mary   作:スカイリィ

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06 第Iℓ話 Grace Rocky save stars.

 

 

 衝撃的な情報を受けて、僕は光を聞くことについて詳しく尋ねてみた。

 

 グレースは僕のために時間を割いて丁寧に教えてくれた。科学者だと自己紹介した彼は教え方が上手い。副次的効果として、共通のボキャブラリーに数十単語が追加された。

 

 でも伝え方が上手い反面、グレースは計算能力が高くない。僕らの単位を地球の単位に変換する時はいちいち思考機械の助けを必要としていた。

 

 あまりにまだるっこしいものだから、僕の方で地球の単位と十進法に合わせてエリドの単位を変換して応答することになった。まったく世話が焼けるやつだ。

 

 

 グレースの説明によると、地球の大気はエリドの大気よりずっと希薄で恒星からの光を容易に透過する。海洋でさえ水深100メートルくらいまで光に照らされているそうだ。

 

 そこで暮らす生き物は光を感知する方向へ進化していった。食べるにも逃げるにも光情報は役立つのだ。

 

「ぼくたち地球人はその進化の果てに生まれた。だから高度に発達した光のセンサーを持っている」

 

 そう言ってグレースは自身の「眼」と呼ばれる部分を指差した。「顔」という感覚と神経の集約器官、その正面の左右に1つずつの球体がはまっている。これが「眼」だ。

 

「この眼は地球単位で380ナノメートルから740ナノメートルの波長の電磁波を知覚できる。その情報は僕らの脳に送られる」

「その器官で地球人は文字を読み、思考マシンからの情報を認識している?」

「そういうことだ。耳っていう音のセンサーもあるけど、補助的なもので精度はあまり高くない。地球人は眼に大きく依存している」

 

 グレースは顔の左右両端に付いた、いかにも集音性の高そうな2つの突起を指差した。

 

 これが地球人の聴覚センサー「耳」か。確かにこの2つだけではエリディアンのような聴覚は得られそうにもない。

 

 グレースの説明で僕は深い納得を得ていた。最初の壁を作った時に彼が特定材質の壁へ向かっていったのは、たまたまそれが可視スペクトルの光を透過する配合だったからだ。

 

 これは僕が意図していないことだった。音に対する性質しか考慮しておらず、下手したら全面が不透明な壁だった可能性もある。まったくもって幸運だった。

 

 僕はグレースの視界とやらを意識して振る舞うようにした。僕らの会話は加速した。モノを示す時も示される時も、グレースの眼の位置を考慮すれば情報交換がスムーズに行えた。

 

 それから、どうもグレースは出会った時に僕が向けていた身体の方向を”顔”として認識しているらしかった。脚と脚の間だ。地球人にとって顔を向けるということは意識を向けることを意味する。この部分を指向させてやればグレースは僕が注意を向けていると理解してくれた。

 

 あと彼が渡してくれた金属の円筒はコンベックス(巻尺)と呼ばれる道具だった。中から引き出された鉄のリボンには目盛りが書いてあって、それで長さを測るのだ。目盛りが平坦な印刷だったために僕には判別できなかったが、彼は数字を見せたかったようだ。

 

 壁に貼り付けていた有機物の塊の正体も分かった。音で観察すると意味不明だったけど、あれは視覚で見た僕の船を模したものだったのだ。クオリティは低いが、確かに全体的な形状は似ている。

 

 ……それにしても、光で世界を見るとはどんな感覚なのだろう。思考マシンの方も気になって仕方がない。あとでもっと詳しく聞いてみよう。

 

 

 

 

 

 

 コミュニケーションを続けているとグレースの驚く番がやってきた。エリディアンの聴覚に関しては地球にも似た生物がいたらしくあまり驚かなかった。エコーロケーションと呼ばれているそうだ。

 

 しかし元素Iλℓ番(キセノン)構造材について僕が説明したとたんにグレースは酷く食いついてきた。やはり地球文明にはこの材料が存在していなかったようだ。

 

 通常、元素Iλℓ番こと地球名「キセノン」は何とも反応しない安定した気体だ。エリド文明の化学者達はずっと前にこの元素を複数の分子と化合させて固体化させることに成功した。

 

 グレースはこれを「キセノナイト」と命名した。悪くない響きだと思う。僕は気に入った。

 

 このキセノナイトは極めて強靭で高い硬度を持つ。もし地球人の使うケイ酸塩ガラスでここの中間壁を作ろうとしたら、圧力差に耐えるため1メートル以上の厚さが必要だろう。でもキセノナイトなら厚さ1センチメートルもあれば充分だ。

 

 僕たちエリディアンはこのキセノナイトを用いて文明を発展させてきた。用途に応じて金属もセラミックも使うがキセノナイトの汎用性には敵わない。

 

 その最たるものが軌道エレベーターだ。高度1万8000キロメートルのエリド静止軌道、それをさらに越えて伸びる超巨大な尖塔だ。末端が地表に届くほどの長い長い長い静止衛星と言い換えることもできる。

 

 僕はこの建造物を、惑星に見立てた球体から伸びる細い棒で説明してやった。グレースはすぐに理解し、ひっくり返りそうになるほど驚愕した。

 

「軌道エレベーターだ! すごい! 地球では計画段階の建造物だ!」

 

 一方の僕は、キセノナイトを使わず軌道エレベーターを建てようと考えていた地球人に困惑していた。

 

「地球にはキセノナイトが無い。軌道エレベーターをどうやって建てる?」

「炭素の特別な繊維を使うつもりだった。でも繊維を長くする方法がまだ見つからなかった」

「炭素と炭素の結びつき、強い。悪くない選択。でもキセノナイトはもっと強い。もっと簡単に造れる」

「エリドの化学は宇宙一だ」

「同意する」

 

 グレースは肺というガス交換用の臓器から口を経て断続的に気体を出した。これが地球人の笑いらしい。

 

 話の流れからして褒めてくれたようだ。合わせて僕も笑う。故郷の技術が讃えられるのは気分が良かった。

 

 ……それはそうと、地球人は軌道エレベーター無しにどうやってあの宇宙船を建造したんだ?

 

「僕らは軌道エレベーターで船の材料を宇宙まで上げた。地球には軌道エレベーターは無い。どうやって惑星の軌道まで船を上げた?」

 

「ロケットを使った」グレースはポケットに入れていたペンをロケットに見立てて、それを頭上まで高く掲げた。「液体酸素と炭化水素を混ぜて燃焼させるロケットを使ったんだ」

 

 僕は驚きのあまり飛び上がりそうになるのを堪えた。液体の酸素で飛翔するロケットだって? 何だそれは劇物すぎるぞ。もはや武器の類ではないのか?

 

「一度に20トンくらいしか打ち上げられないけど、それを100回以上使って軌道まで材料を上げて組み立てたんだ」

「地球人はすごい。すごいテクノロジーを持っている」

 

 そんな危険なロケットを使いこなすなんて、地球人のエンジニアはものすごい度胸のある連中だ。僕は呆れ半分、畏敬半分の気持ちで彼らを想像した。

 

 それからグレースは掲げたペンをテーブルに戻し、短い脚……もとい「手」で垂直に維持した。

 

「ちなみにそのロケットは、荷物を軌道まで打ち上げたあと自動で戻ってくる」

「自動で戻ってくる」

「垂直に着陸して、また使う」

「また使う」

「すごいだろ」

「訂正、地球人は狂ってる」

「同意する」

 

 また僕らは笑った。

 

 地球人の技術はすごい方向にぶっ飛んでいる。そのペンみたいにロケットが自分で戻ってくるだって? そんなアイデアを思いついて実現した輩はきっと筋金入りの変態に違いない。

 

 こんな会話を繰り返しながら思考マシンにざっとλVℓℓ単語……地球人の十進法だと720単語ほどを詰め込んだ。

 

 この数はあくまで登録しているものだけだ。僕の脳はその倍の単語を理解している。それでもグレースは簡単な会話ならこなせるレベルまで言葉を整合させることができた。

 

 

 

 

 

 

 コミュニケーションを繰り返している中、グレースは自身の船からドロッとした少量の液体を携えてきた。

 

 僕はそれが何なのかすぐに分かった。試験管と呼ばれる容器に入ったそれは通常物質ではありえない重量密度を持っている。大きさに対して酷く振動が少ない。

 

 故郷のエリドを危機に追いやった元凶にしてこの船の動力源。希望と絶望を同時に運んできた完全エネルギー媒体のごとき微生物。

 

「それは”星喰い”だ」

「地球人はこれをアストロファージと呼んでいる。”星を食べる”という意味だ」

 

 グレースが僕側の呼称を思考マシンに登録する。僕と彼にとってこれは最重要の単語だ。

 

「僕の故郷のアストロファージ、悪い。すごく悪い。悪い」

「同じだ。太陽にアストロファージが感染し続ければ、地球人はみんな死ぬ」

 

 思考マシンに登録された語彙が限られているので翻訳しやすいようカタコト気味にならざるをえないが、僕の意図は正確に伝わったようだ。任務の都合上、翻訳できるのは科学関連の単語に偏ってしまう。

 

 僕は自分の声に怒りが混ざっていることに気づいた。”星喰い”ことアストロファージさえ現れなければ故郷は危機に瀕することもなく、仲間も死なずに済んだ。

 

「僕らの目的は同じだ」

「ああ、アストロファージの倒し方を見つけるんだ」

 

 これでようやく本題に入ることができた。エリドも地球も滅亡しようとしている。

 

 アストロファージは星々に感染を拡げ、片端から星を暗くしていく。特に恒星の温度ではなく光量を下げるのが問題だ。惑星の気温は主星の光量に大きく依存する。

 

 それが短期間でI+分のIも暗くなる。地球単位だと1割。惑星に住む生命のほとんどはそんな大変動に耐えられない。これは宇宙規模の大災害なのだ。

 

 立ち向かうモノの大きさに圧倒されそうになる。でも希望はある。

 

「もう僕だけではない。嬉しい」

 

「キミだけ?」グレースは身を乗り出して画面に意識を向けている。「あの大きな船にか。他の乗組員は?」

 

 僕は言い淀む。つい感情的になって余計というか、ズレた話題を出してしまった。でもこれはグレースも知らねばならないことだ。

 

「……元は23人いた。今は僕だけ。他の22人は死んだ」

「いったい何があった?」

「分からない。みんな体調がおかしくなって死んでいった。僕は助けられなかった」

 

 改めて言うのはつらかった。グレースは少しだけ黙ってから続けた。

 

「ぼくの方も同じだ。航行中の事故で2人死んで、今はぼく1人だけ」

「僕らだけか」

「そうだ」

 

 地球人の感情表現を全て把握できたわけではないが、グレースは少し申し訳なさそうな態度をしている。死がデリケートな話題であることは異星でも変わらないようだ。

 

 地球の船、ヘイルメアリー号とドッキングしてから何となく気づいていた。あの船から聞こえる生き物の音はグレースだけだと。

 

 他にも思考マシンを搭載しているから3人だけで任務を遂行できると考えたのかもしれない。だからあんなに船が小さいのだ。

 それだけ高度な技術力を持っていても、2人の死は避けられなかった。宇宙はなんて残酷なんだろう。

 

 エリドと地球はアストロファージ災害から抜け出すために影響を受けていない星系へ船を送り込んだ。それがここV∀(17)番星系だ。僕の仲間とグレースの仲間はアストロファージを倒す手がかりを見つけるため、はるばるここまでやってきた。

 

 それなのにみんな死んでしまった。勇敢で優秀な22人と2人は志半ばで倒れ、僕とグレースだけが残された。その事実が僕に重くのしかかる。

 

 謎は大きく、宇宙は過酷だ。

 

 でも今ここに新たな仲間が現れた。僕は宣言する。

 

「僕たち2人で星を救う。1人では無理でも、僕たちの技術と知識を合わせれば上手くいく」

「いいね。良い考えだ」

 

 グレースは思考マシンを置いた台から歩いてきて、隔離壁に拳を当てた。僕も脚を当ててマネをしてみる。コチン、と壁越しに拳が突き合わされた。

 

「これはフィストバンプ(グータッチ)だ。信頼とか友情とか、連帯を示す地球人のあいさつだ」

「良い。キミと僕で故郷を救う。これは連帯だ」

 

 グレースの口の端が上に歪んだ。彼は喜んでいるのだと僕には分かった。

 

 よろしく。僕の23人目の仲間、エイリアン・グレース。

 

 

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