Living Stone with Hail Mary 作:スカイリィ
「キミは模型作るの下手くそだなぁ」
「模型作りがこの任務に必要か?」
「まさか」
グレースは僕のからかいを受けて肩を竦めた。もう僕らはちょっとした嫌味すら言い合う仲になっている。つまりそこそこの仲良しだ。お互いに孤独であることが後押しになったのだと思う。
今は
地球言語では「タウセチ」あるいは「くじら座タウ星」と呼ばれるこの星系。ここに惑星があること自体は地球人も知っていたけど、あまりにも遠すぎてその正確な軌道や大きさまでは知らなかった。
仲間が死んでグレースが到着するまでの間、僕はただ船体を修理したり点検したりしていたわけではない。タウセチ星系の全惑星を観測し、大きさと質量、そして公転軌道を綿密に調べ上げていた。
……頼りの科学者達が不在ではそれしかできなかったとも言えるけど。
もちろんアストロファージの弧がどの惑星に伸びているのかも観測済みだ。この情報はグレースが到着時点で真っ先に調べたかったことだ。だから弧の手前にいた僕の船に気づけた。
「アストロファージは恒星から第4惑星に向かっている」
「第4惑星には豊富な二酸化炭素があるんだろうな。その放射スペクトルを見てアストロファージは突進している。でもタウセチは弱っていない」
「アストロファージの繁殖を邪魔する要素。惑星にある可能性」
「もしくはタウセチのアストロファージは悪性度の低い変種なのかも」
考えられる可能性は無数にあった。グレースは腕を組んで考え込んでいる。僕もマネして脚で腕組みをする。うーむ。
ペトロヴァラインと呼ばれるその弧はタウセチとその第4惑星を結んでいた。なのにタウセチの光量は弱まっていない。これが最大の謎だ。
恒星に感染したアストロファージは近くにある惑星の二酸化炭素を糧に、地球時間30年をかけて加速度的に増殖。10%ほど恒星の光量を落としてそこで止まる。
止まる理由は不明。ただ特定の生息地で生き物が無限密度まで増殖しないのは自然なことだ。寿命か、あるいは何かしらの生理学的ストッパーがあるのかもしれない。タウセチもそのストッパーが働いているのか?
しかしながらエリドと地球で行われた長年の観測によると、”そもそもタウセチが暗くなった形跡が無い”。感染していることが明らかな恒星が近くに2つもあるのに。
ここがアストロファージの原産地で個体密度が飽和しているとか? 断定はできない。限界密度まで増殖したにしてはペトロヴァラインもそこまで濃くなってはいない。
それに観測できていないだけで、もっともっと遠くからアストロファージが飛んできている可能性だってあるのだから。
では、いったいなぜタウセチは無事なのか?
「おっとっと」また壁の向こう側に吊り下げた模型が崩れ落ちる。慌てて組み直すグレース。「うーむ、キセノナイトは扱いが難しい。ぼくの教室の模型を持ってこれたらなぁ」
教室だって? 僕はアストロファージ関連の思考を止めてグレースに意識を向けた。教室というのは教育機関の一部のことだ。彼は科学者と教師を兼任していたのか?
「学校の先生がどうして宇宙に?」
僕の発言にグレースは思考マシンの前に戻る。画面を見て「良い質問だ」と返した。
「でもその質問へ答える前に、まずキミの声を決めようか。今のままでは不便すぎる」
「僕の声?」
「ああ、機械で並べた文章を自動で読み上げるよう設定できるんだ。声の種類もたくさんある」
確かに、僕が喋るたびにグレースが画面を見なければならないのは非効率だ。声にしてしまえば画面に囚われることなく意思の疎通ができる。つくづく思考マシンというのは便利だ。
「じゃあ順に再生するから好きなの選んで」
ポチっとグレースが思考マシンのボタンを押すと、さっき言った僕の台詞が地球言語に翻訳されて再生された。
『どうして学校の先生が宇宙に、質問?』
『なんで学校の先生が宇宙におんねん、なんでや?』
『なんで学校の先生が宇宙にいるんすかねぇ、気になりますよ』
『どうして学校の先生が宇宙におられますの、質問?』
次々と音声が流れる。すごい。機械だからかちょっとぎこちないけど、しっかりした声として聞こえている。地球人の声にはたくさんの種類があるんだ。
『なんで学校の先生が宇宙におんねん、でら不思議やなあ?』
『ガッコんセンセが宇宙におるちゅうこつはどげんしたと、 しつもん?』
『なんでぇ、学校のしんしーが宇宙ん中におるさー、とぅい?』
『どうして学校の先生が宇宙にいるのかしらぁ、しつもーん?』
いちいち再生音声の末尾に「質問?」と付くのがヘンテコだが仕方ない。
地球人の使う”英語”という言語は、語順を入れ替えたり文の最初に特定の単語を入れることで疑問文を構築する。一方エリディアンの言語は末尾に疑問文であることを表すフレーズがある。
英語の語順に喋り方を合わせても僕はついつい疑問文のフレーズを入れてしまう。そして思考マシンはそれを忠実に翻訳する。
これはもう染み付いた習慣だ。それにグレースが理解できるのだから些細な問題だろう。
『なぜ学校の先生が宇宙にいる、質問?』
僕は次々と流れてくる音声を吟味した。そして声の一つにピンと来た。爽やかな感じがする声だ。イカした僕にピッタリ。
『これがいい』
「よっしゃ。登録するぞ」
『いい声。気に入った!』
試しに喋ってみると僕の本来の声から少しだけ遅れる感じで機械音声が流れる。エリディアンの言語は地球言語より情報密度が大きい。工夫次第でほぼリアルタイムに話せるだろう。
「いい声だ。ぼくもその声は好きだ」手を叩いて話題を戻すグレース。「さて、さっきの質問の答えだが……覚えていない、だ」
『覚えていない。なぜ、質問?』
「なぜ宇宙にいるのかは理解できる。地球を救うためだ。でも、なぜぼくが乗ることになったのか。それが分からない」
『忘れたのは何かの病気が原因、質問?』
「ここに来るまでの間、4年近く寝ていたんだ」グレースは捕捉する。「ああ、寝るってのは意識を失って脳と身体を休める行為だ。地球人は1日の特定の時間帯で約2万9000秒間寝て、また活動する」
『その行為はエリディアンも行う。理解できる』
「そいつは興味深い。で、記憶が無いのはそれのせいだと思う。食料の消費や乗員のストレスを軽減するため、人工的に深い深い睡眠状態になっていたんだ」
僕は人間の睡眠について詳しく知らないけど、グレースの体験したそれが身体に負担をかけるのではという想像はできた。
強引に長期間の意識不明状態を作り出したことで脳がダメージを受けたのかもしれない。そうグレースは言っている。
地球人は酷い無茶をする。でも資源の消費を抑えるのが重要だということも理解できる。軽量化したロケットは軽量化した分の何十倍もの燃料を節約できるのだから。
地球の大気は78%が窒素ガス、21%が酸素ガスで構成されているという。しかしヘイルメアリー号内の大気はほとんど酸素ガスだ。地球人の代謝に必要無い窒素を抜けば、気圧が下がって必要となる船体の強度が減る。船が軽くなる。地球人はそれだけ船を軽量化したかったのだ。
しかし……記憶が失われるほどの睡眠とは。全てを完璧に記憶できるエリディアンからすると想像も難しい。もしかしてグレース側の乗員はそれで回復不能な身体の損傷を受けたのかもしれない。
『他の2人が死んだのはその眠りによるものか、質問?』
「たぶん。もしくは機械的なトラブルかもしれない。2人が死んだ時もぼくは眠っていた」
グレースは静かに顔を下へ向けた。呟くような声で彼は言う。
「酷い話だよな。起きた時、ぼくは自分が誰なのかも、遺体2人が誰なのかすらも分からなかったんだから」
僕はグレースが体験した状況の恐ろしさに身体を縮こめていた。
目覚めたグレースは自分が誰で、どうして宇宙船に乗っているのかも分からない状態で身元不明の遺体と相対したというのか。何もない宇宙に、たった1人で。
「……いやな話をしてしまったね。ぼくはそろそろ寝る時間だ。また明日」
『僕、グレースが寝るのを見守る』
自分の船に戻ろうとするグレースに対して、僕はほとんど思考せずに発言していた。
「ぼくが寝るのを?」
『エリディアンは互いの眠りを見守る。寝ている時は何もできない。起きている者が外敵から仲間を守る。そういう習慣がある』
「なるほど。でも地球人は通常の睡眠中なら、大きな物音がすれば起きることが可能だ。見守りは必要ない」
これには少し興味を引かれた。エリディアンと地球人は睡眠のプロセスが大きく違うのだろう。
『グレースを安心させたい』それでも僕は粘った。『寝ている時に起きるトラブルは、音がしないかもしれない。危険があったら僕が起こす。こんなふうに』
ガンガンガン、とキセノナイトの壁を工具で叩く。大きな音にグレースは耳をふさいだ。
「確かにこれだけ大きな音なら寝ていても起きるだろうな。そいつはありがたいが……」
『仲間は誰も起きなかった』
それを聞いてグレースが静かになる。僕は構わず続ける。
『22人の眠りを僕は見守った。誰も起きなかった』
これはグレースに安眠を与えたいという優しさを建前にしているだけだ。
実際は新たな仲間が起きるのを確認したいという個人的な欲求でしかない。それを僕は自覚している。きっとグレースも分かっている。
そんな僕のワガママに対し、グレースは少し考えてから頭を縦に振った。肯定のジェスチャーだ。
「……分かった。眠るための道具を持ってくるよ」
『良い。僕がグレースを見守る。僕はエンジニアだ。機械なら僕が全部直す』
グレースが寝具を取りにエアロックの向こうへ歩いていく。僕も今のうちに点検予定の部品やら必要な工具やらを取りに行く。
工房は船尾側にある。船が大きい分、かかる遠心力も強くなる。
無重力に慣れてしまった脚に力を込めながら僕は思う。虚空に浮かぶ船の中で、1人ぼっちで眠るグレースのことを考えると居ても立ってもいられなかった。彼にとっては大したことではなくても、僕にとってはそうではない。
せめて、彼が故郷への帰途に付くまでの間だけでも孤独と恐怖を和らげてやりたい。僕はそう思った。
それに僕はエンジニアだ。あの船に機械的なトラブルが起きても何とかできる。対処できなきゃエンジニアの名折れというやつだ。
あと地球人の技術を知りたい。これは完全に欲望だ。高い技術力を理解したいと思うのはエンジニアの
「でも壁越しにできることなんて限られてるよなぁ」
歩きながら呟く。あのキセノナイト越しにできることなんて、それこそ彼を起こすことくらいだ。ロボットアームを増設するにしたって届く範囲には限度がある。
やはりあの船の中に自分で活動できる領域が欲しい。そうでなければグレースを守れない。知識も得られない。僕は思案する。
あの酸素と低圧と低温の大気で僕が生きられる方法、何かないだろうか。