Living Stone with Hail Mary 作:スカイリィ
キセノナイトのパネルを僕の船から搬入する。中間壁のエアロックを経由して、圧力を整えてから運び込む。結構な手間だ。
僕はボールに入っているのでエアロックからは全部グレースが運んでいる。
『グレース、あと3往復』
「宇宙の果てで荷物運びさせられるとはね。筋トレには良い日だ」
指示をしてくれとは言ってきたものの、荷物が予想より多かったせいかグレースは口から不満を垂れ流しながらパネルを運んでいる。
僕の居住区画を設置する場所は3箇所。寝室と研究室と操縦室だ。グレースを見守る寝室と、工房となる研究室を優先して作る。操縦室は優先ではないけど、グレースの助けになれば嬉しい。
『グレース、違う。そのパネルは逆向き。裏表が逆』
「全部透明に作ってるから眼では判別できないんだよ」
『人間の眼、役に立たない』
寝室に運び込んだ機材で工事を開始する。グレースは不満タラタラの労働者。僕は工事の監督役だ。
ヘイルメアリー号の寝台はエンジン駆動時と遠心時、2つの重力方向に対応できるよう、寝台自体が重力に合わせてスライド回転できる構造だ。それが3つ、今は遠心重力が働いているので横に並んでいる。
僕はその真ん中のベッドを使わせてもらうことにした。グレースが左端と右端のどちらのベッドを使ってもしっかり見守ることができる位置だ。
この寝台を透明なパネルで覆う。キセノナイト用接着剤でガチガチに固めて圧力に耐えられるようにする。そうすれば僕の寝室が出来上がる。
「オーケイ、これで完成だ。素晴らしい出来栄えだな」
『ギリギリの出来。グレース不器用』
「少しは褒めてくれたって良いだろ?」
〈不明な物体が第2寝台を占拠しています。除去を推奨します〉
「ちょっと黙っててくれアルマンド」
寝室にはグレースが”アルマンド”と名付けたロボットアームが稼働していた。これも思考マシンで制御されていて、乗組員の医療を担っているそうだ。
「アルマンド、このパネルには以後触らないように」
〈了解しましたグレース博士〉
グレースに言わせるとそんなに賢くないらしいけど、エリディアンからすると超技術だ。分解してみたいが、僕はぐっと我慢した。
アルマンドに見守られながら僕らは工事の最終段階に入る。
『アンモニアの加圧が完了した。温度も正常。グレース、漏れはある、質問?』
「ぼくの鼻が詰まってなければアンモニアの漏れは無い。異常があれば船の警報が鳴る。見た目の変化は無いし、変な音もしない」
『了解。入る』
キセノナイトボールの一角を居住区画のパネルとピッタリ合わせた。かすかに聞こえるロック解除音を確認。
僕はボールの中から新しい居住区に身体を滑り込ませる。音で調べる限りでは問題無さそうだ。広くて気分がいい。
『快適。ここが僕の新しい寝床』
「おめでとう。それどうやって移ってんの?」
『このボールと居住区画には、僕が出入りするためのハッチが備わっている』
寝台の上からボールと居住区画の結合部を指し示す。
『互いの出入り口が結合した時だけ、ロックが外れて出入りできる。こうすれば僕は僕の大気の中だけ移動できる』
「いやあ、よくできてるなぁ。キミは本当にすごいエンジニアだ」
ちょっと休憩といった感じでグレースが右の寝台に座る。僕らは向かい合う形になった。
「この中、温度はどうやって管理してるんだ?」手を伸ばしてペタペタと居住区画のパネルを触るグレース。「触っても熱くない。すごい断熱性だ。中に熱が籠ったりしないのか?」
『生命維持装置がある。電源はアストロファージ』
「爆発しない?」
『アストロファージに見せる二酸化炭素の光波長はとても弱い。爆発する力はない』
僕は壁側の基部に設置した小さな機械をグレースに見せた。僕の生命維持装置だ。発電機付き。
アストロファージ発電機は僕の船にもヘイルメアリー号にも搭載されている。これはその小型版だ。これだけで50年は電力を維持できる。アストロファージはすごいエネルギー源なのだ。
『発電でヒーターを動かす。温度が上がりすぎたら自動で止まる。アストロファージが熱を奪う。温度を下げる』
「それ単体で暖房と冷房を兼ねているわけね」
『イエス。シンプルが良い。部品が少ないほど壊れにくい』
アストロファージは活性化していなければ周囲の熱を吸収する。究極のヒートシンクだ。僕はなるべく単純な仕組みを好んだ。それこそが故障を防ぐ秘訣だと知っていた。
「最良の部品とは存在しない部品のこと、とはよく言ったものだ。例のロケットを作った社長も──」
『グレース。さっきの話。続きを聞かせて』
僕はグレースの称賛の声を遮って質問した。
ひとまず工事は終わった。聞きたいことがたくさんあった。超高速で飛ぶ水素原子。宇宙線。グレースがあんなに動揺していたのだから、きっと重大なことだ。
「……ああ、分かった。それと後回しにして済まなかった」
少し考えるように黙ってからグレースは話した。
「キミが落ち込んだり、怒ったりするかもしれないと思ってね。最低限、居住区画を1つ作ってから話すつもりだった。落ち着ける場所を用意したかったんだ」
僕がショックを受けるかもしれない内容なのか? 宇宙線というのはそんなに重大な内容なのか?
『宇宙空間には高速で動く水素原子がある、質問?』
「うん。恒星が爆発する時に亜光速まで加速されたやつだ。ほとんどは水素の原子核だけど、ヘリウムや電子もある。宇宙のあらゆる方向からたくさん飛んでくる」
グレースは自身に向けていろんな方向からモノが飛んでくるジェスチャーをした。おかげで何となくのイメージはできた。
「これを銀河宇宙線という。恒星の表面から吹き出ているものもあって、そっちは恒星風と呼ばれている。基本は同じ水素だ。こいつらは金属のパネルくらいなら簡単にすり抜けてくる」
宇宙線というのはこういった高エネルギーの粒子や高エネルギーな光の波長の総称だ、とグレースは付け加えた。
『その水素はアストロファージと何の関係がある、質問?』
「……宇宙空間を高速で飛んでくる水素は、細胞のDNAを破壊する」グレースはいつになく低い声色で答えた。「キミの仲間はそれをたくさん浴びた。だから死んでしまった」
話の展開について行けず、僕はしばらく立ち尽くした。
細胞とDNAは分かる。すでに単語は教えてもらった。エリド生物と地球生物はDNAを持っている。細胞で命を維持している。それが多く失われれば命が無いことも分かる。
でもそれが仲間たちが死んだ原因だって?
「キミたちエリディアンは宇宙線の知識を持っていない。つまりあの船にもその対策が無いということだ。それで死んだ」
『どうしてエリディアンはその知識を持ってない、質問? なぜ地球人はその知識を持っている、質問?』
つい連続で問いただしてしまう。そのくらい僕は動揺していた。声も震えている。
知らないモノには対策できない。単純明快な論理だ。そうグレースは言っている。それは分かる。
でもなぜエリドの文明はその知識に到達できなかったのか。それが分からない。
エリドは化学分野に関して地球より進んでいる。なのになぜ、たかが”水素”に気づけなかった?
「分厚い大気は宇宙線を遮断する」淀み無くグレースは答えた。「エコーロケーションを使う生き物は暗い場所で暮らすことが多い。エリドの地表はほとんど真っ暗なんじゃないか? それだと宇宙線も届かない」
『エリドの地表は暗い。肯定する』
確かに惑星エリドの大気は地球より遥かに濃厚だ。地表で光センサーを使ってもほとんど反応が無いくらい、常に暗い。
それで宇宙線が遮断されたとグレースは言っている。でも矛盾がある。
『軌道エレベーターは大気圏の外だ。どうして宇宙線は届かない、質問?』
軌道エレベーターの静止軌道ステーションでも、外側末端の高軌道ステーションでも働いている同胞達がたくさんいた。大気が宇宙線を防ぐのなら彼らも犠牲になっていたはずだ。
「もしかしてなんだけど、エリドの磁場はすごく強いんじゃないか?」
僕の指摘にもグレースは動じなかった。もうそんなことは考えついていたとでもいうふうに。
「強い磁場も宇宙線を遮断する」
僕とグレースは惑星の磁場について話し合った。
ドロドロに融けた鉄の核を持つ惑星が、高速で自転していて、なおかつ恒星の磁場の中を移動している。
そうすると惑星の核に電流が流れて磁場が生まれる。発電機と同じだ。これはエリドも地球も変わらない。
しかし互いの惑星におけるその条件は大きく違っていた。
地球の直径はエリドの約半分。でも自転はエリドよりずっと遅く24時間もかかる。エリドは5.1時間だ。そして地球は寒いだけあってエリドよりも主星から離れた場所を公転している。
地球はエリドより直径が小さいから惑星内部は少し冷えている。そして自転速度はずっと遅い。主星からも遠いので恒星の磁場の影響は少ない。内部で発生する電流も弱い。
結果として地球はエリドの4%という弱い磁場しか持てなかった。
「地球は磁場が弱くて大気も希薄だった。大気圏外ほどじゃないけど地表まで宇宙線が降ってくる。それで地球人は宇宙線に気づいた」
『でも、エリドは逆だった』
「そうだ。エリドの磁場は地球の25倍。この強力で巨大な磁気圏が軌道エレベーターさえも覆っていたんだ」
だから大気圏の外にいても死んでいなかったし、宇宙線という存在に気づけなかった。そうグレースは言っている。
『……なぜ僕だけ助かった、質問?』
グレースの説明を受けておおよその納得はできた。
僕らはエリドという安全なシェルターの中にいたのに、外を飛び交う危険について何も知らないまま旅立ってしまったのだ。
23人の乗組員から22人もの死者が出た理由は理解できた。
ではなぜ残る1人は生き残ったのか。最後の疑問だ。
グレースはまた少し考えて口を開いた。
「あの船のアストロファージはどこに積んである?」
『エンジンの近く。船尾側に燃料のタンクがある』
唐突な話題の変更にも思えたが僕は素直に答える。
「ロッキーは普段、船のどの辺にいる?」
『工房。船の後方。エンジンの近く』
「メカニックの常駐場所としては合理的か。他の仲間は船の前側にいた?」
『肯定する。操縦室や航法室、研究室にいた』
グレースは大きく息を吐いた。心を落ち着かせたりする時の動作だと僕は知っていた。
「アストロファージは宇宙線を完全に遮断する」とても言いにくそうにグレースは言った。「だからこの船にはアストロファージの薄い層がある。キミはアストロファージに囲まれていたから、宇宙線をあまり受けずに済んだ」
『僕はアストロファージに守られていた、質問?』
「肯定する」
アストロファージは水素の爆撃を受け続ける場所、恒星の表面で生きている。同じ水素である宇宙線だってなんてことはない。考えてみれば簡単な理屈だ。
『助ける方法、僕の隣にあった』
その簡単な理屈が僕の心に突き刺さった。声が震える。静かな後悔と悲しみが湧き上がってくる。
苦しんで苦しんで、眠るように死んでいった22人。その仲間を助ける方法を僕は持っていた。僕のすぐ近くにそれはあったんだ。
ヘイルメアリー号のように居住空間をアストロファージで薄く覆えば良かったんだ。そんなシンプルな方法すら僕は思い浮かばなかった。
「ロッキーのせいじゃない。誰も知らなかったんだ」
僕の悲しみと後悔を感じ取ったのかグレースがキセノナイトパネルに手を添えた。
「船に戻ったら、アストロファージで居住区を覆うんだ。水でもいい。液体の水は分厚ければ宇宙線を防いでくれる」
『……了解した』グレースの助言を僕は記憶に刻む。落ち込んでばかりもいられない。『僕は生き残らなければならない』
そうだ。僕は最後の生き残りだ。生きて帰って星を救って、この情報をエリドに届けなければならない。これから先、宇宙線による犠牲者が出ないように。
『次は研究室に居住区画を作る』
僕は脚を伸ばして身体を高く持ち上げる。
気をしっかり持つんだ僕。やるべきことをやる。ただそれだけのことじゃないか。
「いいとも。でも工事で疲れたから少し休んでからにしようか」
『休んでから良い仕事をする。グレースにしては良い判断』
「最後の言葉は余計だ」
僕らは静かに笑った。
グレースの気遣いを感じ取った僕はキセノナイト越しに彼と拳を合わせた。