貞操逆転世界で『くっころの似合う男騎士枠』を狙ってみた。 作:くっ!殺す!!
マンティコアとは……所謂獅子のような魔物である。
その顔は何処か人の顔を思わせるが、伸びる牙や鬣が、そして伸びるマズルがあくまで目の前の頭は獣の頭だと理解させてくる。尾は伸びる毒針で、その毒針にさされると30分は持たないとされている。
人間種を好んで食し、餌付いた個体は人里はおろか街一つを蹂躙する魔物である。
冒険者ギルドと呼ばれる、魔物退治や素材収集の専門家達を統括する組織、彼らにより設定された討伐難度は☆7を頂いている。この☆は数が多いほど討伐難度の高い魔物と言う事だ。
この☆7と言う数値は
一度狙った獲物を追い詰め相手の絶望を楽しむように生きたまま捕食する……実に悪趣味な魔物の一匹である。
幸いなのは、他の悪趣味な魔物と違い、マンティコアは基本的に魔素と呼ばれる魔物達にとっての食料の一つとなるエネルギーが濃く存在する深い場所にしか居らず、滅多に人目にかかることはないというのは大きな特徴でもある。
そう、本来は出会おうとしても自分の命を賭けなければ出会えない相手なのだ。
そのマンティコアが今、人里の荷馬車も通る道を普通にかけている。いや、その視線の先にあるのは……人を乗せた荷馬車だ……人里に降りたマンティコア、コレほど恐ろしいものもそうはないだろう。
「はぁ……はぁ……!!」
荒れた道を走る荷馬車で息も絶え絶えになる鎧を纏った女騎士が居た……その顔色は悪く腹からは血が滲んでいる。
回復薬を染み込ませたガーゼを塗り込んで治癒してはいるが、こんなのは傷の縫いたてみたいなものだ。無茶をすればすぐにまた出血するだろう。その出血を抑えるための休息でもあるが……
そんな彼女を不安げに見るのは同じ冒険者仲間である軽装の女冒険者、もう一人はカソックを来た杖を持った聖職者の少年。彼女らは必死に相方に声を上げる。
「大丈夫か!?ジュリ!ジュリ!!」
「今解毒の魔法を掛けました!すぐに良くなりますから!」
「ルナ。リク。でかい声を出すな……平気だ……」
彼女らはもともとこの道を通って別の街へ向かう最中だった。少なくとも、マンティコアを狩れるほどの等級を持った冒険者ではない。
それが途中に人里に降りてしまったマンティコアの襲撃に遭い要の前衛であるジュリという女騎士が重傷を負ってしまった。
あろうことかマンティコアの毒針を受け、すでに意識は遠のき始めている。聖職者の少年リクは勿論解毒の魔法を掛けたが………もはや、彼如きの解毒の神聖魔法では神は応えてくれなかった。
「あぁ…………ねむい………」
「ジュリ!?駄目だ!ジュリ!」
「ジュリさん!!」
「おか……ぁ……さ……」
必死に揺らし起こそうともジュリの瞼はドンドンと落ちていきやがてだらんと力なく腕が落ちていく。生前に死ぬまで握ると語っていた剣は、すでにその手中からこぼれ落ちていた。
だが、悲しみに暮れる暇はない。マンティコアは速度を落とさず今にも迫ってきている。
荷馬車の床板が細かく震え、蹄の音がやかましく鳴り響く中……もう動かない鎧を着込んだ女騎士の亡骸は、すでに重り以外の何にもなくなっていた。その冷たい事実がこころに沈んでいく。
ルナと呼ばれていたシーフの女性は、一瞬だけジュリの亡骸へ視線を落とし……そして即座に切り捨てるように前を向いた。唇を噛み締めて、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「……ジュリの死体を外に放り出すぞ……」
「っ!?何を馬鹿な!?」
その言葉にリクは目を見開き、思わず声を荒げてしまう。
頭では分かっている。冒険者としてリスクを減らすならば、今すぐジュリの亡骸を捨てていくしかない。
そうすれば荷馬車も軽くなり、少しは速くなるだろう。運が良ければジュリの肉に興味を示したマンティコアが足を止め、このまま逃げ切れるかもしれない。
だが、それは聖職者であるリクには到底賛同しがたいものだった。仲間の亡骸を囮に使う。あまりにも人の命を、人の尊厳を軽視したものだからだ。ジュリはついさっきまで生きていた。言葉を交わしていた。
その人間を、事切れた途端に魔物の気を引くための肉塊として捨てていく……それをリクの信仰は、どうしても許さなかった。
もちろん、それが正しい判断なのはリクも分かっている。感情で動ける局面ではない。なのに体が、心が、言うことを聞かない。
「リク! しっかりしろ!今は冒険者として動け!」
「ッ!!……くっ……ぅ……!!」
ルナの鋭い声が耳を打つ。リクは奥歯を噛み締め、震える手を膝の上で握り込んだ。聖職者ではなく、冒険者として。感情ではなく、判断で。でなければここで死ぬだけだ。
覚悟を決める。もはや一刻の猶予もない…………早くジュリを投げ出さねば。
いや。
もうその必要はない。
次の瞬間、凄まじい破砕音とともに馬車の壁が内側へとひしゃげた。マンティコアの尾が伸びた―――――鋭く、速く、一直線に。その先端に生えた毒針が薄い木板を紙のように貫き……その奥に身を縮めていたリクの胴体を、深々と穿つ。
「がはぁっ!?」
声にならぬ声とともに血が噴き出す。毒針はリクの体を串刺しにしたまま、マンティコアが首を振るのに合わせて荒々しく振り回した。
狭い荷車の中でリクの体が壁に叩きつけられ、積み荷が弾け飛ぶ。荷馬車そのものがぐらりと大きく傾いぎ、そのまま山道へと横倒しに崩れ落ちた。
「なぁぁぁっ!?」
ルナの体が宙を舞う。何かに弾き飛ばされたのだと理解するより先に、背中から地面へと叩きつけられた。肺の空気が一気に絞り出され、息ができない。
視界がぐるりと回転する中、転がりながら必死に受け身を取り、どうにか止まる。遅れて馬車の瓦礫が降り注いできた。板切れや荷物が頭上から叩きつけられ、ルナは腕で頭を庇いながら身を縮める……瓦礫はルナの体を押し潰してその動きを留めてしまった。
だが幸い、吹き飛ばされたおかげでマンティコアからは距離が取れた。しかし――――
「いやぁぁぁぁ!! やめて、やめてぇぇぇぇ!!!」
「た………すけ……」
声がする。近くに居てしまった、二つの声が。
ルナは顔を上げる。見るべきではないと分かっていながら、目が離せなかった。
馬車の手綱を握っていた女性が、マンティコアの顎の中にいた。頭から順繰りに人間の体が、あの大きな口に収まっていく。悲鳴は短く途切れた。咀嚼される音だけが、妙に静かな山道に響き嗚咽となる。
もう一つの声はリクのものだった。
尾の毒針に貫かれたまま宙ぶらりんになったリクは、マンティコアが目の前の獲物に食らいつく動きに合わせて、ぐわんぐわんと無造作に揺さぶられていた。
時折、振れ幅が大きくなって地面に叩きつけられる。その度に鈍い音がして、リクの口から声とも言えない何かが漏れた。
助けに行けない。行けるはずがない。ルナは瓦礫に押しつぶされたまま、指一本動かせないまま、ただそれを見ていた。
やがてブチッと嫌な音がした。湿った重い音だったが……それは、出刃包丁で厚手の肉を切るのとよく似た音だった。
次の瞬間、断末魔もなしにリクの身体がマンティコアの尾から裂けて、雑木林の暗がりへと転がり落ちていく。木々の間に消えたその先を、ルナはしばらく目で追ってしまっていた。
「あ、あぁ……」
声が出た。自分のものだとは思えなかった。
喉の奥が灼けるように痛い。胃の中身が逆流しそうになるのを、奥歯を噛み締めてどうにか抑え込む。
人が食い殺される様を前にして平然としていられる人間などどこにいようか。ルナとて同じだ。足が震えている。指先が冷たい。
だが頭の冷静な部分が、頭の片隅で静かに告げていた。
マンティコアはまだそこにいる。食事を終えれば、次に新鮮な肉を求めて顔を上げるだろう。そしてこの山道に残った生き物は、今や自分一人だ。
逃げなければならない。
分かっている。分かっているのに、体がまだ動かなかった。次の瞬間……マンティコアの鋭い目がルナを見つめる。そして恐怖を煽るようにゆっくりと、ゆっくりと彼女へと迫った。
「い、やぁ……」
ルナはこの世界の女とは思えないほど女々しく情けない声を出す……死の恐怖とは貞操逆転しようとも変わらないのだ。だんだんと距離が縮まり、マンティコアの牙が向けられそうになる次の瞬間
大剣の一撃が、天から降ってきた。
「おぉっらよっ!!!!」
叩きつけられた刃にマンティコアは顔面と左目をえぐられる。マンティコアは激しい咆哮を上げてのたうり回りそっと距離をとってくる。そしてすぐさまもう片方の目を開き、自身の片目をつぶした相手を見据えた。
その眼に映るは全身に黒紫色の鎧をまとった大剣を担いだ騎士……立ち振舞いはまるで獣のようだが、そっとルナをかばうように断つ姿には人間味を感じさせた。
何よりも目を引くのはその騎士の持つ大剣だ……ありきたりな表現だが、それは大剣と言うにはあまりにも大雑把すぎた。両刃では無く片刃で、刃の部分以外には鉛のように鈍い光が反射していた。そう、まるで重りのように。
刃と柄以外はほぼ重りで構成されているようなその大剣……だが、その大剣の輝きが、今のルナには畏怖であり同時に希望が見えたような気がした。すると、その騎士は少し低めの声でマンティコアへと煽る。
「よぉ、猫ッころ。猫鍋にしに来たぜ。」
目の前の騎士の名は……アスフィア・クコロセ。
狂戦士、バーサーカーと呼ばれる……冒険者ギルドが認定した人外級の戦闘力を持つ