貞操逆転世界で『くっころの似合う男騎士枠』を狙ってみた。 作:くっ!殺す!!
セフィ・ルティアとアスフィア・クコロセはかつてのパーティメンバーである。
ほんの一時だけではあったが、多くの魔物を共に討伐してきた。二人の名が知られるようになった理由の一端は、間違いなくその頃にある。
だが、セフィは昔気質な女だ……男は女が守るべき、その考えを根強く持っていた。
それ故に、アスフィアが前線でバリバリに大剣を振り回していることについて、いい気分になったことは一度もなかった。
日夜体を鍛え、戦い、鍛錬を怠らない。その姿はまさに騎士と呼ぶに相応しい……セフィの理想とする騎士の姿に、アスフィアはだいぶ近いものがあった。
岩塊のような大剣で魔物を叩き潰すその姿は、どこをどう見ても雄々しく、力強く――正直に言えば、自分よりもよほど騎士らしかった。
だからこそ、その理想図がアスフィアと……男と重なるのが、どうにもいい気分になれなかったのだ。
勿論、それがコンプレックスを拗らせた厄介な嫉妬だとは分かっていた。分かっていて、しかし割り切れなかった。
だが、ともに肩を並べ、ともに戦い、ともに鍛錬する時間が増えるにつれてそのわだかまりも少しずつ薄らいでいき……やがて、別のある事実が浮き彫りになっていく。
「アスフィア!傷が!……」
「へーきだ。回復薬ぶっかければ治る。」
それは彼の異様な回復力……そして、痛みをものともしない精神力だ。
多少の切傷ならば回復薬をかければみるみる内に再生し癒えていく。実際、回復薬の効力は凄まじく、傷口にかけてしばらく安静にしていれば並みの怪我ならば治ることだろう。
だが、それもあくまで応急手当、それだけを頼りにするのは医者なんかじゃないセフィからみても、相当馬鹿な行為だ。
しかし、アスフィアは傷口に回復薬をかければ、そのまままた戦場に出る。
休息も、息を整える時間すら持たずいくら傷を負おうとも、大剣を振り回し続けた。まるで、怪我をしたという事実ごと無視しているかのように。
セフィは困惑した。なぜそこまでして戦うのか。なぜそこまでして、騎士としての名声を上げようとしているのか。
その問いをぶつけると、アスフィアは少し考えてからこう答えた。
「目指してるものがあるからな。」
それは騎士としての頂きか……人間としての極みか。あるいは仇か、力か。いくら考えても答えは出ない。
これがくっころの似合う男騎士になるって言うニュアンスだとセフィが知ったら、きっとえらいことになるだろう……だが、アスフィアは口が裂けてもそんなことは言わないので問題ではない。
その答えを問いただそうと躍起になる内に、セフィはギルド本部に引き抜かれ、ギルド直属の冒険者となった。
必然的にアスフィアとは顔を合わせる機会も、話す時間も減っていった。それでも時折こうして鉢合わせては悪態を吐き合い、気づけば妙に居心地のいい悪友のような関係に落ち着いていった。
そしてそんな関係になったからこそ、分かることがある。
きっとセフィはずっと――アスフィアを心配していたのだ。
男なのに大剣を担ぎ、ひたすら魔物を狩り続ける。そんな彼を。
狩り続けて、狩り続けて、狩り続けて……その姿がとても頼もしく雄々しく、同時にひどく恐ろしく映ったのだろう。
どこかで限界が来るのではないか、と。限界が来た時にこの男は果たして立ち止まれるのか、と。
……一度、そんなアスフィアも瀕死の重傷を負った事がある。あれはまだセフィとアスフィアがパーティを組んでいた頃のことだ。
魔物の名はトロール……ただのトロールではない。ゴブリンやオーガ達に崇められ、彼らによって打ち造られた粗製の鎧を纏う上位種ハイトロールだ。
その力は絶大で、セフィも他の仲間も傷つき、援軍の多くが荼毘に付した。満身創痍の戦場の中で、それでも立ち上がり、抗い、戦い続けたのが……アスフィアだった。
彼は何度ハイトロールに叩き潰されても立ち上がり、その大剣を撃ち込み続けた。何度も、何度も、何度も……殴られては殴り返し、叩き潰されては起き上がり、また大剣を振るう。
ハイトロールの膂力は凄まじく、アスフィアの鎧はすでに原形を留めていなかった。兜は歪み、胸甲は陥没し、所々から血が滲んでいる。それでも彼は大剣を手放さなかった。
手放す、という発想が、そもそも頭の中に存在していないかのように。セフィには分からなかった。なぜそこまでできるのか。なぜ、折れないのか。
普通の人間ならば、とうに心が折れている。体が悲鳴を上げている。何処かに逃げ隠れしても、誰も責めやしない、実際にそうする奴もいるだろう。
本能が逃げろと叫んでいる。なのにアスフィアは——ただ黙って、立ち上がり続けた。声一つ上げず、弱音一つ吐かず、ただそれだけをひたすらに繰り返した。
やがてアスフィアの大剣がハイトロールの首元に深々と食い込んだ。致命の一撃だった。
断末魔の咆哮とともにハイトロールの巨体が崩れ落ちる。轟音が響いて、土煙が舞い上がった。その下敷きになったアスフィアが引きずり出された時には、もう動かなかった。
「アスフィア……!!」
セフィが駆け寄る。鎧の隙間から覗く肌には無数の裂傷と打撲痕。骨が何本折れているかも分からない。持ってきた回復薬を総動員して傷口に叩き込みながら、セフィは初めて気がついた。
手が震えていた。自分の手が。
あれほどの修羅場をくぐり抜けてきたセフィが、手を震わせていた。傷を負ったからではない。痛みからでもない。
ただ――目の前の男が死ぬかもしれないと、そう思ったからだ。
アスフィアが薄く目を開いたのは、それからしばらくしてからだ。かすれた声で、彼は言った。
「勝ったか?」
「っ……あぁ……勝ったとも……!!」
そう言うと、アスフィアは安心したようにまた目を閉じた……セフィは諦めずに回復薬をアスフィアに使用し続ける。
あまりに連続的な使用な薬物中毒を引き起こしかねないが、この怪我は多少無茶してでも回復薬で応急処置をしなければ死にかねない。
だが、結局回復薬を使い果たしてもなお塞がりきらない傷がある。
アスフィアの異常な治癒能力をもってしても、完治するまでに何日かかるか分からない。なのにこの男は、勝ったかどうかだけを確認して、それで満足して目を閉じた。
セフィはしばらくの間、何も言えなかった。怒る気力も、呆れる余裕も、うまく表に出てこなかった。
ただアスフィアの歪んだ兜をそっと外して、その顔を見た。目を閉じたまま、穏やかな顔をしていた。戦い続けた男の顔とは思えないほど、静かな顔をしていた。
こうして見ると、本当にただの男だと実感させられる。少し力強い顔つきで筋肉があるが、ただの男の子だと。
そして――こんな男が、あんな無茶をしてきたのだと思うと、胸の奥が痛くなる。
セフィは回復薬の空き瓶を握り締めたまま、しばらくその顔を見ていた。何かを言おうとして、言葉が出なかった。
結局、何も言わなかった。言えなかった。
ただ、震えの収まらない手で、アスフィアの鎧についた泥をゆっくりと拭い続けた。その時の感覚は今でも腕にのこっている。
そんな自分を変えるためにセフィはまた鍛錬を続け………ギルド本部に所属するほどの冒険者となったのだ。
今思えば、セフィがアスフィアに狂戦士なんて名前をつけたのは、この日からなのかも知れない……それほどまでに戦いの最中のアスフィアは、雄々しく、荒々しく、強かで、強烈だった。
その戦いは、後にセフィの戦い方に大なり小なり影響を残し、鎧の装甲を当てに敵陣に突っ込み斬り伏せる駆ける鋼鉄の字の戦い方……それは、元をただせば、アスフィアから生まれたものだったのかも知れない。