貞操逆転世界で『くっころの似合う男騎士枠』を狙ってみた。 作:くっ!殺す!!
ギルドの2階に設置された談話室。普段は冒険者たちが依頼の打ち合わせや休憩に使う場所だが、今この時間は俺とセフィの二人だけが使っている。
テーブルの上には複数の資料と、あの近辺のマンティコアの生息地を示す地図が広げられている。セフィが本部から持ち込んだものだ。分厚い資料の束を見るだけで頭が痛くなりそうだが……まぁ、これも仕事のうちだ。
先のマンティコアの出現。明らかに何かイレギュラーが起こっている……それはセフィから見ても、俺から見ても明らかだった。
「あのマンティコア、やはり近くの魔素の濃い森に住んでいる個体群だった。本来は人里には降りずに山中でほかの魔物を狩って生きている個体……というのが調査部門の見解だ。」
セフィは地図の一点を指で叩きながら淡々と説明する。その所作に迷いはない。さすが本部直属といったところだ。
俺は腕を組みながら地図を眺める。正直なところ、こういった資料の読み解きはセフィも俺も専門ではない。生態調査や魔素の分析となれば、ギルド本部にはもっと適任がいるはずだ。研究畑の連中が顕微鏡を覗くようにデータと向き合えば、より精密な答えが出るだろう。
だが、机の上でデータとにらめっこしているだけでは分からないこともある。俺に任されているのはそういう事だろう。
「要するにこの森に入っての実地調査か?」
「あぁ。頼まれてくれないか?」
大抵の冒険者はそんな背景など気にしない。依頼が出て、報酬があって、それだけで十分だ。だが俺はこれでもギルドに認知された冒険者である。その程度の分別と、事の重さを測る嗅覚はある。
マンティコアが人里に降りた。それだけなら稀な話ではない。だが、本来人里に降りないはずの個体が降りてきたとなれば話は別だ。何かがあの森の中で変わっている。縄張りが荒らされたか、餌となる魔物の数が減ったか……あるいは、もっと別の何かが。
「……ふむ。」
魔素の濃い森というのはそれだけで厄介な場所だ。強力な魔物が多く生息し、地形も複雑で、下手をすれば方向感覚すら狂う。普通の冒険者が気軽に踏み込んでいい場所ではない。
だが、誰かがやらなければならないなら……やるべきだろう。
「分かった。受けよう。」
「助かる。木っ端な冒険者じゃ死ぬのが目に見えているからな。」
不器用な言い方だが、やみくもに冒険者を死なせたくない——それがセフィやギルド本部の考え方だ。
何せ死亡率の高さで言ったら冒険者というのはかなり上位に食い込む職業である。命を金で買うような話ではあるが、それを理解した上でやる者がほとんどだ。
「増援は?俺一人でもいけるが……」
「つけるに決まっているだろう馬鹿者。それにお前の役目は護衛だ。ギルド本部の調査員のな。」
「護衛?」
ギルド本部の調査員、というのは想像がつく。調査員というのは名の通り学者気質が多い。こんな魔素の濃い森にほっぽり出すのは殺人行為も同然だ。
「まだ若いが、確かな知識と腕を持つ期待のルーキーだ。」
「そんなルーキーをこんな重要な調査に行かせていいのか?」
「期待の、を付けただろう。年だけ食った半端なヤツらよりずっと使える。」
年だけ食ったとはひっどい言い草である。年の功ってのは馬鹿にできないんだが……。
冒険者にも居るぞ、薬草刈りなどの素材収集で三十年続けているベテランが。あの人はほんとどこから素材を見つけ出してくれるんだろうか。いつも回復薬でお世話になっております。
「当人は既にこの街の宿に泊まっている。挨拶がてら一緒についてきてくれ。……安心しろ、何もしない。」
「誰も何も言ってねぇよ。」
この貞操逆転世界、女が男に宿に来るように言うというのはだいぶアレな話だ。「何もしないからホテルへ行こう」くらいアレな話だ。
……というかこっちが何も言っていないのに先んじて「何もしない」と言い出すあたりこいつ……いや、止めておこう。ギルド直属冒険者は激務だからな。しょうがないしょうがない。
にしても、俺も随分と高く腕を買われたものだ。これはもう誇り高き男騎士を名乗ってもいいのではなかろうか!?
「頼むぞ、狂戦士。」
駄目だわ。狂戦士呼びのままだわ、バリバリバーサーカー扱いだわ。もっとこう……格式があって、権威があって、静かに尊敬されるような形で呼ばれてぇなぁっ!?
――――――――――――――――
とある宿の一室。積まれた本のページをめくりながら、『ある人』が来るのを待つ一人の少女がいた。
銀髪にゆるいウェーブのかかった髪。幼さの残る顔立ち。名は『レミ・ユーゼル』。
弱冠十一歳にしてギルド直属の調査員の名を手にし、期待のルーキーともてはやされている少女だ。
一方で『女らしくない奴』として同期から白い目で見られていたりもする。男らしさ女らしさで人個人を縛るのはどうかと思うが……それがこの世界の空気というものだ。
どう不満を言っても、レミは周囲の目からすれば変わり者のか弱い少女に映る。
臆病風に吹かれやすいのも、自覚していた。
そんな自分を分かっているから、今回の魔素の濃い森への調査も、当人は決して乗り気ではなかった。
できることなら断りたかった、というのが本音だ。だが、ギルド本部からの指名とあれば仕方があるまい。実績を積むなら今が好機だとも分かっている。分かっていても、気が進まないのは別の話だった。
せめてもの救いは、優秀な護衛をつけると言われたことだ。それも噂の
彼が護衛につくというのであれば、命の心配はそこまでしなくていいだろう。
……たぶん。
レミは本のページをめくりながら、宿の扉をちらりと一瞥した。まだ来ない。少しだけ息を吐く。
「はぁ……男の騎士、かあ。」
男の騎士というのは話には聞いたことがあるが、実際に見たことはない。どんな人物なのだろうと、少しだけ想像してみる。
騎士、という言葉から真っ先に浮かぶのは鍛え上げられた女性の姿だ。この世界においてはそれが当たり前だから。
だから男の騎士と言われても、なんとなく小柄で、ショートソードを持って小器用に立ち回るような、そんなイメージしか湧いてこなかった。
狂戦士、という二つ名だけが、その想像と妙にちぐはぐで噛み合わない……そんな事を考えている内に、コンコン、と扉がノックされた。
「ど、どうぞ!」
思わず背筋が伸びる。扉が開いて、二人の人物が室内へと入ってきた。
一人は見知った顔、同じ本部所属の女騎士、セフィ・ルティアだ。金髪に大柄な体躯、まとった鎧も相まって部屋の空気が少し変わるような存在感がある。
そしてもう一人……そちらは、存在感を通り越して、もはや異質ですらあった。
全身を鎧に纏った大柄な人物、その威圧感は、扉をくぐった瞬間から既に部屋に満ちていた。噂に聞く背に担いだ大剣は手にしていなかったが、男とは思えない。セフィと並ぶだけの巨体でインパクトにはお釣りが来る。
鎧の一枚一枚が使い込まれた重厚さを纏っている。顔は兜に隠れて見えない。
……小柄でショートソードを持った小器用イメージは、見事に粉砕された。もはやある程度の想像はついたが、レミはそっとセフィに問いかける。
「あの……そちらの方は?」
「貴様の護衛だ。――狂戦士、アスフィア・クコロセ。」
「狂戦士呼びは止せって……」
大柄な鎧の人物——アスフィアが、力なく肩をすぼめた。その仕草が妙に人間らしくて、レミは少しだけ緊張が解けるのを感じた。
アスフィアはゆっくりとレミへと近づき、静かに片膝をついた。鎧の重さを感じさせない、落ち着いた所作だった。そのまま手を差し伸べて、握手を求める。
「宜しく頼む。」
低く、しかし穏やかな声だった。レミは一瞬だけ躊躇って、それからその手をそっと握り返した。鎧越しでも分かる、途方もない大きさの手だった。
「……レミ・ユーゼルです。よろしくお願いします、アスフィアさん。」
兜の奥から、微かに息をつくような音がした。怖い人ではないのかもしれない……と、レミはそっと思った。狂戦士という二つ名からは到底想像のつかない話だったが。