貞操逆転世界で『くっころの似合う男騎士枠』を狙ってみた。 作:くっ!殺す!!
足場の悪い山道を走らせる馬車の中に居る俺、アスフィアとギルドの研究者レミ。いやぁ気まずい!友達の友達と二人きりにされた時くらい気まずい!
今俺たちが向かっているのは噂のマンティコアの生息する『浸魔の森』……この近辺で一番魔素の濃い森だ。
そもそも魔素とは何か……前にも軽く触れたが、目には見えない空気中に漂う魔力、それが魔素だ。湿度みたいなものと思ってもらえばいい。魔物と動物の差は、この魔素を体内に取り込んでエネルギー源としているかどうかでも変わってくる。
そんなところに目の前のこの少女を連れて行くべきなのかは、正直少し小首を傾げたくなるが……優秀らしいし、俺が守るから問題はないだろう。多分!!多分な!!
「あ……あのっ!」
「ん?どうした?」
「……あっいや……その……」
するとレミがそっと話しかけてくるがまた口ごもる。
……これはあれだな。向こうも沈黙が気まずい感じだな、多分。ど、どうすればいい……俺も会話というのが大概得意じゃない。大剣は振り回せるのに口が上手く回らないというのは我ながら問題だとは思っているのだが。
しかしこのまま黙って揺られ続けるのも居心地が悪すぎる。俺は少し考えて、口を開いた。
「……お前さん、調査員なんだってな。研究者でもあるのか?」
「は、はい!? ま、まぁ……駆け出しですけれども……」
「今回のマンティコアの件、どう考える?」
我ながら唐突だったかもしれない。だが、どうせ話すなら仕事の話が一番話しやすいだろうという判断だ――俺も、多分レミも。
思った以上に真面目な質問が飛んできたことに一瞬面食らった様子のレミだったが、やがて小さく息を継いで答える。
「おそらくは……生態系のズレが原因かと思います。どこか別の森から来た魔物に追い出された、と考えるのが自然じゃないかと。」
「追い出された、か。」
「はい。マンティコアは縄張り意識の強い魔物です。本来なら自分から住処を捨てることはまずない……それでも降りてきたということは、留まれないほどの『何か』があったんだと思います。」
レミは膝の上の手帳に目を落としながら、しかし口はよどみなく動いている。さっきまでの縮こまった様子が薄れて、声に芯が出てきた。どうやら自分の専門の話になると別人になるタイプらしい。
「その『何か』を調べに行くわけだな。」
「……はい。怖いですけど。」
最後の一言は小さかった。手帳から目を上げないまま、ぽつりと正直に言った。
俺は少し間を置いてから、短く答える。
「まぁ、俺が居るし何とかなるだろ。」
慰めでも励ましでもない。最悪俺を盾にして逃げればいいという気遣いとジョークも含めた言葉として言ったつもりだったのだが――レミはそこで初めて顔を上げて、俺をじっと見た。それからふわりと笑った。
「……はい。よろしくお願いします。」
気まずさが、だいぶ薄れた気がした。馬車は揺れながら、森へ向かって進み続け……やがて止まり、御者がつぶやく。
「アタシが連れてこれるのはここまでだ。あとは歩きな。」
「あぁ……いくぞ。」
「はっ、はい!」
俺とレミは馬車を降りると肌でピリピリと感じられるほどの魔素の濃い森へと足を踏み入れるのだった。いやぁ……すっげぇ怖い!!
――――――――――――――
私、レミ・ユーゼルがアスフィアさんとしばらく行動を共にして思ったのは——この人が、結構いい人だということです。
侵魔の森に入ってから、前を歩くアスフィアさんは数歩ごとにこちらを振り返って確認してくれています。歩幅も私に合わせてくれているのか、普通に私が歩いていても置いていかれる感覚がありません。
無口ではあるけれど、気遣いが所作の端々に滲んでいて……鎧だらけの見た目で、狂戦士と呼ばれている姿からは、少し想像しにくい人だと思いました。
一応、魔物よけの鈴も持ってきてはいます。でも今こうして歩いていても、魔物の気配はするのに、好んで駆け寄ってくる様子がありません。
きっと——アスフィアさんが居るからでしょう。
……とはいえ、ここは侵魔の森です。油断はできません。
私は手帳を開きながら、周囲の木々を観察します。葉の色が濃い。地面に積もった落ち葉も、どこか普通の森のものとは質感が違う。魔素を吸い続けた植物は、少しずつ変質していくのです。
「アスフィアさん。」
「ん。」
「……この辺り、魔素の濃度がだいぶ上がってきてます。魔素計はお持ちですか?」
アスフィアさんは立ち止まり、そっと懐から懐中時計のようなアイテムを取り出す。あれが魔素の深度を測る魔素計。湿度計や温度計のようなものです。
「……64度だ。」
「よかった、こちらも同じ値です。私たちには魔素は見えませんが、この魔素計がその指標です。60を超えると魔物が活性化しやすい状態になってきているので、少し注意してください。」
「分かった。」
短い返事。でも、ちゃんと聞いてくれている。私の話をきちんと聞いてくれる人というのは、意外と少ないのです――特に、私が年下だと分かると。
アスフィアさんは再び歩き始めながら、ふと呟きました。
「マンティコアの生息域はどのくらいだ?」
「もう少し先……魔素計が70度前後の区域に生息していることが多いです。ただ今回は生態系のズレがある可能性があるので、いつもより手前に出てきている個体もいるかもしれません。」
「ならそろそろか。……奥から魔物の気配がする。」
アスフィアさんの声のトーンが、わずかに変わりました。先ほどまでと同じ静かな声なのに、どこか空気が張り詰めた感じがする。私は思わず周囲を見渡しました。
……何も見えません。でもきっと、この人には分かるのでしょう。長年の勘……というべきもので。
「どのくらいですか?」
「とんでもなく多いな。まだ遠いけど……。」
とんでもなく多い。その言葉が胸の奥にずしりと落ちてきます。マンティコアが複数……生態系のズレがあるとすれば、縄張りが重なっている可能性もある。
通常ありえない密度で存在している可能性も——いや、そもそも本当にマンティコアなのでしょうか。
気配の種類まではさすがに私には分からなくて、でもアスフィアさんの様子を見る限り、何かが確実に近づいているのは間違いなくて――――
「っ!伏せろ!!」
「うぇっ!?」
思考にふけっていた次の瞬間、アスフィアさんの腕が私の体を引き寄せ、そのまま地面へと押しつけるように体勢を低くさせました。反応する間もありませんでした。土の匂いが鼻をついて、頭上を何かが通り過ぎていく風圧が髪を乱してくる……
顔を上げると――森の奥から、甲高い鳴き声とともに大きな翼を持った影が複数、木々の合間を縫って飛び立っていきました。暗い翼が空を切る音が、遠ざかりながら森に反響していく……あれは……!!
「ハイガーゴイル!?」
「久々に見たな……」
アスフィアさんが静かに呟きます。私は地面に手をついたまま、遠ざかっていく影を目で追いました。
ハイガーゴイルもまた、マンティコアと同じく魔素の濃い森にしか生息しない魔物です。強靭な翼と岩のような外皮を持ち、縄張り意識も強い……そんな生き物が、あんなふうに逃げるように飛び立っていった。
あの気配は、ハイガーゴイルだったのでしょうか。だとすれば、奴らを追い立てた何かがこの森の奥に、まだいるということになります。
私は魔素計を確認してみると、その数値が大きく上がっていました。
「……72度。」
声が、少し震えていました。アスフィアさんはゆっくりと立ち上がり、ハイガーゴイルが消えていった方向とは逆——森の奥を、静かに見据えています。
「アスフィアさん。まだ気配がしますか?」
「……あぁ。」
一言だけ。でもその一言の重さで、十分でした。
私は手帳を握り締めます。ハイガーゴイルを追い出すほどの何かが、この森の中にいる。きっとそれこそが、今回の生態系のズレの、根っこにあるものなのでしょう。
気づけば私は、アスフィアさんの背中の陰に隠れるように体を寄せていました。怖くてたまらなくて、足が勝手にそうしていたのです。
……情けない。分かっています。私だって女です、それなのにこんな場面で男性の後ろに隠れるなんて――――しかも相手は護衛とはいえ、男のアスフィアさんで。思わず、口から言葉が零れていました。
「す、すいません……私、女なのに……男のアスフィアさんに助けられちゃって……」
言ってから、余計なことを言ったと思いました。こんな場面で気にすることでもないのに。アスフィアさんはきっと呆れるだろうと、そう思って顔を上げると――
アスフィアさんは軽く肩をすぼめて、鎧をつけた指先で私の額をこつんと小突いてきました。硬い。普通に硬い。でも、痛くはありませんでした。
「俺を甘く見るな。男だ女だ関係あるか——お互いにやれることをやればいいんだよ。お前は記録と調査を続けろ。俺は逆に、それができねぇからな。」
からりと言い切って、アスフィアさんは背に担いでいた大剣をゆっくりと構えました。重いはずのそれが、この人の手の中では自然な動きで収まっている。
やれることをやればいい。
……そうか、と思いました。私は今何もできないと思い込んでる、何もできないようにしている………でもそれは違うんです。私には私にしかできないことがある。
私は手帳を開き直して、ペンを握り締めました。震えが、少しだけ収まった気がします。
「……分かりました。記録、続けます。」
「よし。」
それだけ言って、アスフィアさんは前を向きました。大剣の切っ先が、森の奥——気配のする方へと静かに向けられています。
しん、と森が静まり返っていました。風もない。虫の声もない。さっきまで遠くから聞こえていた鳥の声すら、いつの間にか消えていた。
この森が、息を潜めている。
私は手帳を持ったまま、ただアスフィアさんの背中を見ていました。動けませんでした。動いてはいけない気がしました。
次の瞬間、木々の合間に何かが動きました。
巨大な影が、ゆっくりとまるで自分が何者であるかを分からせるようにその姿を現してきます。
トカゲのような輪郭、岩を思わせる鱗、そして左右に広がる大きな翼。地面を踏みしめるたびに、足元が微かに震える。
それはまさしく――――――
「ワイバーン!?」
「ッ!!」
ワイバーン、危険度ランク☆8の指定危険モンスター……ワイバーンが、私たちの目の前でギロリとその目を光らせてくるのでした。