貞操逆転世界で『くっころの似合う男騎士枠』を狙ってみた。   作:くっ!殺す!!

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筋力バケモノと戦闘する時は気を付けよう。

「ワイバーン!?」

「なるほど、こいつが外から来たからマンティコアやハイガーゴイルが追い出されちまったのか……無理もねぇ。龍の近縁種だからな。」

 

 ワイバーン――圧倒的力を持つと言われる竜に連なる、上位の魔物。

 

 強靭な翼で空を自在に駆け、その爪と牙は並みの鎧など紙のように引き裂く。単独討伐実績を持つ冒険者は両手で数えられるほどもいない、という話です。

 

 そんな魔物が目の前にいるのだと自覚した瞬間、頭の中がすうっと冷えていくような感覚がしました。恐怖というより、現実が追いついてこない感覚に近いのでしょうか?

 

 ワイバーンがじっとこちらを睨んでいます。値踏みするように――いや、実はもう値踏みは済んでいて、ただ動くタイミングを測っているだけなのかもしれない。

 その目に、迷いがない。ただの獲物として、私たちを見ている目です。

 

 そんな状況にも関わらず私は(ハイガーゴイルを追い出したのはこいつだったのか――)と、頭の片隅でそんなことを考えていました。考え続けていないと、足がすくんで崩れ落ちてしまいそうだったから。

 

 対してアスフィアさんは、動きませんでした。

 

 大剣を構えたまま、ただワイバーンを正面から見据えています。怯んでいない。驚いてもいない。あの静けさのまま、まるで当然のようにそこに立っていました。

 

 次の瞬間、動いたのはワイバーンの方でした。

 巨大な翼が一度だけ大きくはためき——地面を蹴る音もなく、その巨体が宙を舞い上がる。

 

 上昇した勢いをそのまま落下に変えて、鍛え上げられた強靭な脚が上空からアスフィアさんへと叩きつけられます。竜の体重を乗せた、全力の踏み潰し。

 

「ッ!!」

 

 アスフィアさんが大剣を盾のように横に構えて、その一撃を真正面から受け止めました。

 

 轟音が森に響き渡ります。衝撃で地面が抉れ、土煙が上がる。私は思わず腕で顔を庇いながらも、目を逸らすことができませんでした。

 

 土煙が晴れた先に居たアスフィアさんは、まだ立っていました。流石に手足がしびれたのか少し震えながらも、すぐに切り返してはじき飛ばします。

 

 ワイバーンは振り回されたその鉄塊のような大剣を持ち前の身軽さで避けると再び空中でホバリングして木のうえに立ち上がります。ですが、切り上げた切っ先はその鱗の一部をはいでいきました。

 

「……速えな。」

 

 アスフィアさんがぽつり感想を口にします。たしかに、あの巨体にしては動きはかなりすばしっこく、鉄塊のような大剣を当てるは厳しそうに感じます。

 

 ワイバーンが翼をはためかせて距離を取ります。先ほどまでの値踏みするような目つきが、わずかに変わっていました。警戒心が混じっている。あの一撃が通じなかったことへの、本能的な困惑のようなものが。

 

 私は魔素計を確認します。数値は74度。指が震えてうまく読めない。でも、記録しなければ。このワイバーンがどのような個体であるかも含めて……私がメモ書きを取ろうとすると、アスフィアさんが声を荒げます。

 

「レミ!」

「は、はいっ!」

「木の陰に隠れろ。動くなよ!」

 

 振り返らずに、それだけ言いました。視線はワイバーンから一切外れません。

 

 私は言われた通りに近くの太い木の幹に背中をつけました。木の陰から覗くと、アスフィアさんとワイバーンが互いに次の動きを測るように向き合っているのが見えます。

 怖い。怖いけれど……その戦いからは目が離せませんでした。

 

「……ッ!!」

 

 次も畳み掛けるように動いたのはワイバーンでした。

 

 今度は正面から――口腔の奥が光ったと思った次の瞬間、圧縮された息吹が一直線に放たれます。竜の吐息、ブレスとも呼ばれる触れたものを薙ぎ払う衝撃波。

 

「ッと!!」

 

 アスフィアさんが横に跳んで回避します。吐息が地面を抉り、土と岩が弾け飛ぶ。直撃していたらと思うと、木の陰から見ている私の足が震えます。

 

 ですがアスフィアさんはその跳んだ勢いをそのまま前への踏み込みに変えて、一気にワイバーンとの距離を詰めます。遠距離を保ちたいワイバーンに対して、真逆の選択。懐に潜り込んでしまえばブレスも使いづらいく、その細長い身体では間合いに入り込んだ相手に攻撃は当てられない……そういう判断なのでしょう。

 

 ワイバーンが首を振るいます。巨大な頭部そのものを武器にした横薙ぎの一撃。それをアスフィアさんは身を低くして潜り抜けると、すれ違いざまに大剣をワイバーンの首元へと叩きつけました。

 

 鈍い衝撃音が響きます。刃ではなく峰での一撃……それでもワイバーンの巨体が横に大きくぶれました。鱗に守られた首に、それでも確かなダメージが通り、またその鱗をはじきます。

 

 ワイバーンが怒りの咆哮を上げます。

 

 その声が森中に反響して、私は思わず耳を塞ぎたくなりました。木の葉がざわめき、遠くで何かが逃げ去る音がします。この森の生き物すべてが、今この場所から距離を取ろうとしている。

 

 ワイバーンが再び翼をはためかせて跳躍し、上空へと逃げるように距離を取りました。先ほどよりも高く木々の間を超えて、開けた空へと舞い上がります。

 

 まずい、と思いました。

 

 上空に逃げられたら、アスフィアさんの大剣は届かない。向こうは一方的に吐息を叩き込める。地の利が完全にワイバーンに移る――――

 

「アスフィアさん、上に逃げられたら!」

「分かってる!」

 

 遮るように短く返しながら、アスフィアさんは大剣を肩に担ぎ直しました。

 上空のワイバーンを見上げながら、微動だにしません。

 

 相手の出方をうかがうように……すると、またワイバーンの喉奥から輝くものが一種瞬き、ブレスが下方に放たれます。

 私は巨木を盾にしてなんとか凌ごうとして……咄嗟にアスフィアさんのほうに意識が向きませんでした。

 

「……!!……アスフィアさん!!」

 

 土煙の中大剣を大盾代わりに構えて、それでもまだ立っているアスフィアさんの姿がありました。

 鎧の胸甲に大きな焦げ跡が走り、肩の装甲が一部砕けて素肌が覗いています。いくつかの箇所から血が滲んでいました。

 

「ちっ……結構食らっちまったな。」

 

 悔しそうに、しかし焦った様子もなくそう呟くと、アスフィアさんは懐から回復薬を取り出して自身の傷口にかけました。

 

 じゅわりと泡立って、傷が塞がっていく。でもあれは応急手当用の小瓶です。深手を完治させられるものじゃない。

 

 このまま戦闘を続けるのは――しかし、私から見てもアスフィアさんは傷を負っているようには見えないほど元気旺盛でした。しかし、長く戦えるとも思えません。

 

 私は唇を噛み締めました。

 

 何かできることはないか。私には剣も腕力もない。でも……頭はある、知識はある、手帳の中には、今日ここに来るまでに調べてきた資料がある。

 

 私は震える手で手帳をめくりました。ワイバーンの生態。ワイバーンの習性。魔素の濃い森に生息する個体の特性―――

 そこで、一つの文献に目が止まりました。

 

「アスフィアさん!」

「今は忙しい!!」

「聞いてください、一瞬だけ!」

 

 アスフィアさんがちらりとこちらを見ました。私は手帳を握り締めて続けます。

 

「ワイバーンのブレスは、魔素を体内で圧縮して放出する仕組みです。つまり放出した直後とブレスを溜めている最中は、体内の魔素が一時的に枯渇する!その間は、ブレスを撃てない!」

「……どのくらいだ。」

「個体差はありますが、文献では15秒から20秒ほど。魔素濃度が高い森なら周囲からの補充も早いですが……それでも、隙は必ず生まれます。」

 

 アスフィアさんは一瞬だけ黙って、上空のワイバーンを見上げました。

 

「ブレスを撃った直前と直後、か。」

「はい。そこが唯一、確実に動けない瞬間です。」

 

 沈黙が一秒。

 

「……なるほどな。なら——()だ!!」

 

 言い切ると同時に、アスフィアさんは大剣を両手で握り直しました。さっきまでとは構えが違う。低く、前傾に、何かを投げ放つ前の形に……

 

「よくやった、調査員!!」

「っ……は、はい!」

 

 次の瞬間、アスフィアさんは大剣を思いきり振り回します……まるで遠心力をかけるように、そのまま天上のワイバーンに向けて、投げ放ちました。

 

「はぁっ!?」

 

 思わず声が出ました。大剣を投げちゃった。

 あの、人の背丈ほどもある岩塊のような大剣を、上空に向けて。

 

 大剣は空中を回転しながら一直線に飛んでいきます。ブレスを撃ち終えたばかりのワイバーンは魔素が枯渇して翼もうまく動かせなかったのが、それともこの一手に度肝を抜かれたのか回避が遅れます。

 

 鈍い衝撃音が、上空に響きました。

 大剣がワイバーンの翼の付け根に直撃して、そのまま弾き飛ばされた大剣が地面に突き刺さります。

 

 ワイバーンが苦悶の咆哮を上げながら、高度を落としていきました。翼を痛めたのでしょう、飛行が乱れて墜落している……ワイバーンよりも重量のある彼の大剣は既に地面に落っこちてきましたがアスフィアさんはそれに合わせるようにもう走っていました。

 

 大剣を失ったまま、全力で。

 

「え、ちょっ!?」

 

 ワイバーンが地面に降りるより先に、アスフィアさんが地面に突き刺さった大剣を引き抜きながらすれ違いざまに駆け抜けます。一瞬の動作で回収して、そのまま勢いを殺さずにワイバーンへと肉薄する。

 

 ワイバーンが着地した瞬間、アスフィアさんの大剣が、その首元へと叩き込まれました。

 

 今度は峰ではなく、刃で。

 森が揺れるような衝撃音が響いて——ワイバーンの巨体が、どうと地面に崩れ落ちました。木々が軋み、地面が揺れ、積もった落ち葉が舞い上がります。

 

 やがて森が静まり返りました。

 ワイバーンはねじれるように吹き飛ばされて地面に叩き落ちると、もう動きませんでした。

 

 アスフィアさんはゆっくりと大剣を下ろして、肩で息をしながらこちらを振り返りました。鎧はあちこちが傷つき、亀裂の入った胸甲から細く血が伝っています。それでも、立っていました。

 

「……終わったぞ。」

 

 私は木の陰から恐る恐る出てきました。手帳を胸に抱えたまま、崩れ落ちたワイバーンと、その傍らに立つアスフィアさんを交互に見て……思わず出たのはこのひと言です。

 

「……大剣、投げますか、普通。」

 

 思わずそう言っていました。

 

「普通は投げないな。」

 

 アスフィアさんはあっさりとそう答えて、鎧についた土を払いました。悪びれた様子が一切ない。

 

 私は何とも言えない気持ちで息を吐きました。怖かった。心臓が今もうるさい。足がまだ震えている。なのに……少しだけ、笑いたくなっていました。

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