親の仕事の都合で引っ越した先が、変な因習村だった件~あるいは28日後に因習を殺す僕~   作:赤狼一号

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この作品は「親の仕事の都合で引っ越してきたのが、変な因習村だった件」のリメイク作品です。リメイク前を読んで頂いた方、リメイク後を読んで頂いた方も楽しんで頂けると嬉石です。


第壱話 出会いと後悔

 

 血のように紅い夕暮れが、カーテンの隙間から差し込んでいた。

 カーテンはいつも閉めている。誰かに見られているような気がするから。

 隅に仏壇の置かれた薄暗い部屋。

 そこに広げられたブルーシートに置かれた数々の「道具」。

 

 それらを一つ一つ手にとる。

 

 手に馴染む重さ。

 本来なら、こんなものに慣れているはずがないのに。

 

――きっと、この村には来るべきじゃなかった。

 

 古びた革製の弾差しに散弾銃の実包を一つ、また一つと押し込みながら思う。

 傍らに置かれているのは銃身を切り詰めた銃身が縦に並んだ散弾銃。銃自体は父親の物だ。仕事でほとんど家にいないあの人は、僕がこれをどう扱おうと気にも留めないだろう。

 

 まあそれはある意味で当然と言えばそうなのかもしれ無い。あの人の中で一番重要なのは「銃」よりも「家族」よりも「仕事」なのだろう。

 

 

――きっと、母さんが亡くなるまでは。

 

 仏壇に置かれた額の中で笑う女性が視界に入る。

 

――初めて彼女に会った時、少しだけ母さんを思い出した。

 

『……私たちに関わらないで』

 

 流れるような黒髪に切れ長の瞳、その涼やかな口元から語られた冷徹な言葉。

 

――こっちだって関わる気なんて無かった。

 

 余所者を見る眼。お前は「私達とは違う」といついかなる時も言われてるような気がして、それが嫌でたまらない。

 

 

――ただ「普通」に過ごしたかっただけなのに

 

『といばらくん? で良いのかな。珍しい名前だねえ』

 

 そう言って笑ったあの子は彼女とは対照的で、最初から優しかった。

橙がかった茶色の髪、活動的な印象の明るい女の子。

 

『この村には秘密があるの……』

 

 そして「普通じゃないこの村」を僕に見せた張本人。

 

 

『……紫音を助けたかったの。ごめんね』

 

 そう笑ったあの子の顔。あの子はそうして僕に背を向けた。

「仕方なかった」きっとそう言いたかったのだろう。

そうかもしれない。きっと仕方のない事だったのかもしれない

 

――ふざけんな。

 

何が悪いのか分からない。どうしてこうなってしまったのかも……。

それでも、一つ確かな事がある。このまま終わるのだけは許せない。

 

 中折れさせた散弾銃の薬室に二つの実包滑り込ませる。

 銃身を戻すと、室内の静寂を金属音が一瞬乱した。

 

これは、僕がこの村の因習を殺すまでの物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――二枝処村(にえとこむら)。祭りまあと28日。

 

 

 

 

 

 僕は田舎が嫌いだ。子供の頃から親の仕事の関係で転校ばかりだった。

 

 なんかいま物凄くありがちな事を言っている気がする。でも正直言って、親の都合であちらこちらを転々としていればまともに友達もできないし、なんなら新しい人間関係を築くのも段々と面倒になっていく。

 どうせすぐ疎遠になるのに、そんな思いが先に立つ。

 

 そうすると人との距離が近い田舎の生活はより億劫になるのだ。都会だってなんのかんの人に気を遣わなきゃいけないが、田舎はもっと人間関係が濃密な癖に閉鎖的だ。

 

 関われば関わるほど、面倒なことになる。

 それはもう、嫌というほど知っている。

 

 面倒なんていらない。僕は普通に過ごしたいのだ。

 

――どうせ、最後は離れる。

 

 前だって、そうだった。

 

 

 

 

 そうして僕は溜息を一つ吐くと、古びた校舎の廊下、その窓から見える先を見た。

 四方を囲む山々、鬱蒼とした木々の隙間から見える暗がりが妙に目を惹く。

 そこに何かいるのではないか、そんな事すら思わせる。それが妙に気味悪い。

 

 

 

――山奥にある寒村に伝わる奇妙な因習……なんてミステリー小説でもあるまいし。

 

 そんな事を考えながら、僕は立ち止まった。目の前に見えるのは教室のドア。塗装は所々剥げて、ささくれている。立て付けも良くなさそうだ。

 正直に言えば、このまま回れ右をして帰りたいくらいである。また一つ溜息をつく。

 

――何回繰り返しても慣れない

 

 

 

 意を決して、扉を開けた。

 

 平がっていたのはいつも通りの光景、先ほど漏れ聞こえていた喧騒が嘘のように静まり変えり、皆の視線が一斉にこちらに向く

 

 好奇心、警戒、無関心、哀れみ、唐突に表れた()()に関する反応なんてこんなものだ。

 

 先に教室に入っていた教師が通り一遍の紹介を始める。僕とっては、もはや聞き飽きた話だ。それでも初老の男性教師は極めて事務的に自己紹介を促した。

 

 

 

「刀伊原フツオ(といばらふつお)です。短い間ですがよろしくお願いします」

 

 

 

 緊張はするが、このフレーズを言うのだけは慣れている。

 顔を上げると、一番後ろの席にいる女の子と目が合った。

 

 なぜ、今まで気が付かなかったのか、まるで清水のように清廉な雰囲気の美少女だった。

 

 濡れたような長い黒髪のポニーテール。透き通るように色白な顔は今にも消えてしまいそうなほど果敢ない。対照的に切れ長の瞳に宿る意志の強そうな光がなんとも印象的だった。そんな好みドストライクの女の子が細い顎の先に指をあててこちらを見ている。

 

 だから、その腕と机に挟まれて強烈に存在を主張するバストに目が行ってもそれは不可抗力と言うものだろう。ああ、素晴らしきは豊穣なるかな。

 

――気のせいか、彼女の視線が少し厳しくなった気がする。

 

 彼女は何かを考えるようにこちらを見ていた。と言うよりは、見慣れない生き物を見つけて、それが害のある動物かどうか観察しているような視線。

 

――害のない生き物とは言えません。ごめんなさい。

 

 まさか僕に一目ぼれ!? なんて太平楽な思考が出来れば幸せだったんだろうが、生憎とそこまでオメデタイ人生は送ってきてない。

 と言うか、こちとら名前どおりのさして人に言える取柄もない一般人なのだ。

 

 まあ、大方、こんな田舎に越してくる人間が珍しいか、怪しいのだろう。そういう余所者扱いは慣れている。

 

 声に出したら今すぐ村八分にされそうな、僕は自分の席を探した。

 当然ながら彼女の隣は空いていない。

 

 そうして教室を見渡すと、教室の廊下側に座っている女子と目があった。あ、笑った。溢れ出る陽のオーラが眩しい。

 少しウェーブのかかったオレンジのショートボブ、ぱっちりとした瞳、快活系美少女である。

 

――なんか、この村に来て初めて、フレンドリーな反応にあった気がする。

 

 なんせ、頑張って愛想よく(多分)挨拶しても、無視したり、こちらを訝し気に見てくるだけだ。

 まあ、おっさんよりは可愛い女の子に笑いかけてもらった方が僕も嬉しいし、それは良しとしよう。

 

「先生、私の隣あいてるよ~」

 

 女の子が元気な声で叫ぶ。

 初老の教師はちらりとそちらを見ると、次いで僕の方をみた。

 

「君…あそこの席でいいかい」

「え? あ、はい」

 

 反射的に応えると、初老の教師はやる気なさそうに溜息を吐いた。

 

「じゃあ鶴内さんの隣りへ……」

 

 まさかの展開である。こんな典型的な「転校生の役得」みたいなこと、今までなかった。どこへ行ってもよそ者扱いされたり、ひどいときにはいじめられた事もあった。

 

 

 もしかしたら、今度こそ充実した青春を過ごせるかもしれない。

 僕は柄にもなく、浮ついた気分で彼女の隣の席に座った。

 

 

「といばらくん? て珍しい名前だよねえ」あたしは鶴内ヒビキ、これからよろしくね」

 

 こしょこしょと囁きながら、もう一度笑う。太陽の様に明るい笑み。

 ろくに女っ気のない灰色の青春を過ごしてきた身としては、まぶしすぎて灰になりそうだ。

 

「あ、う、うん。よろしく鶴内さん」

 

 声が上ずりそうになるのを必死でこらえながら、何とか挨拶を返した

 

――何という陽のパワー

 

 まるで僕の灰色がかった人生まで明るくなるような、そんな気さえしてくる。

 

 そんな太平楽な未来を、この時はまだ信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 HRが終わった後はありきたりな授業。そしてあっという間に放課後になった。

 隣に可愛い女の子(それもフレンドリーな)が座っているだけで、こうも時間と言う奴は足早に過ぎ去っていく。

 

 

 と言うか、この隣の陽の者は本当にぐいぐい来る。昼と言えば購買に案内してもらい、一緒に屋上でお昼。ただ女の子と一緒にお昼を食べているだけなのに、この満たされる感じは一体何だろう。

 

 

 これだ。これこそが青春ではないだろうか。僕が憧れていたものはこれなのだ。

 正直、これが都合の良い夢なのではないかとすら思えてくる。なら一生醒めないでくれ。 

 

「……ちょっといいかしら」

 

 涼やかな声が僕の思考を断ち切る。ふと顔を上げれば眼前に広がるのは制服を押し上げる胸。それを隠すように組まれた両腕は透き通るように白い。涼やかな顔立ちに長い黒髪。HRの時に目があった女の子だ。

 

――結構、背が高いんだなあ。

 

 こちらが座っているから、と言うのもあろうのだろうが、スラリと長身に長い手足。まるで女性雑誌の表紙を飾るファッションモデルのように見える。

 

――てか、これアレか!? 僕に話しかけてるのか!?

 

「あ、あうん大丈夫! 問題ない!!」

 

 無茶苦茶、挙動不審になってしまった。そりゃこんな漫画みたいなイベント実際に起こるとは思わない。

 

「私は字久良 紫音(あざくら しおん)。一緒に来て

「はい! 喜んで!!」

 

 咄嗟に大きな声が出てしまった。いや、え、これはマジで? マジで青春始まっちゃったの!? 

 

 

 

 

 そこから十数分の後、僕は見知らぬ校舎の廊下を歩いていた。

 

「――こっちが図書室だから」

 

 

 

 うん、まあ分かってた。僕はいま絶賛校内観光ツアーの真っ最中だ。……極めて事務的に。

 彼女、字久良さんはクラスの委員長で、こうして僕に校内を案内してくれているのはその職責ゆえ、と言う訳である。

 綺麗な女の子と一緒に歩ける嬉しさはあるけど、ぶっちゃけ物凄く気まずい。

 丁度一回りをして、校舎の裏に来たところで彼女は足を止めた。

 

 

 

「――ヒビキは誰にでも優しい子だから」

「うん。……うん?」

 

 背中越しで投げつけられた唐突な言葉に、僕は困惑した。

 彼女が振り返った彼女の顔はひどく冷たく見えた。

 

 

 

「勘違いしないで、て言ってるの。そう言うの迷惑だから」

 

――「普通」の女子っぽい反応で大変結構

 

 まあこれが「普通」の反応だ。どこの馬の骨とも分からん余所者が勘違いしないようにとの「善意の忠告」と言うわけだ。

 こぼれ出た溜息を聞かれたのか、目の前の少女が僅かに顔をしかめた。

 

「どうせすぐにここから居なくなるんでしょ?」 

 

 続く言葉も「普通」。良くある奴だ。この手の事を言われるのは初めてじゃない。至極「普通」の事だ。

 こちらとしても面倒事はごめんだ。

 

「それは、まあ……そう、だけど……」

「なら、私たちに関わらないで」

 

 とはいえ、何も感じなくないわけじゃない。 

 

 見たところ生真面目な性格なのだろう。と言うかそりゃ初対面からデレデレして人の胸を見るような男を警戒するのもわかる。「普通」に考えたら当たり前のことだ。ましてや半年もせずにそこからいなくなることが決まってるなら尚更である。

 手軽に遊んで、そのままオサラバ、そんな懸念を抱くのも当たり前だろう。

 

――だからって初対面の相手に面と向かて言うのは「普通じゃない」

 

 大体にして、初対面の人間の何を分かっていると言うのだ。

 ムカムカと反感が胸の中で渦を巻く。「随分、親切な対応だけどこれがこの村の『普通』なのかな? 田舎の『普通』にはうとくて」なんて声に出して言えれば、少しは気も晴れるのだろうが、当然そんな度胸はない。

 先ほどまであった僅かな浮つきすらもなくなって、今はもう胃の腑が重い。

 

「じゃあ、私まだ仕事があるから……」

「……案内してくれてありがとう」

 

 喉元までせりあがってきた苦いものをこらえながら、何とかそれだけ返す。

 

「貴方だって来たくて来たわけじゃないんだろうけど……」

 

 そこまで言うと、彼女は途中で言葉を切って踵を返した。

 

 

「……それでもここから出られるんだから」

 

 最後の言葉は良く聞こえなかったが、歩き去る後ろ姿は何故だか妙に寂しげに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ」

 

 校舎裏で一人、思わず知らずため息が出る。何というか「天国から地獄」とはこう言うことを言うのではないだろうか。

 

「あれ? こんなところにいたんだ!?」

 

 唐突に、真後ろから明るい声が飛んできた。

 

「鶴内さん……?」

「もう、探したんだからね。? 一緒に帰ろうと思って……」

 

 振り返ると、茜色の髪をした女の子が立っていた。

 

――え、いま「イッショニカエロウ」て言った?

 

 聞き間違えではないだろうか。

 

「えと一緒に帰る、て僕と?」

「そうだよ。おうちの方向一緒じゃん」

 

――なんで、当たり前のように家の場所を知ってるの!? などとは問うまい。

 

 「どこに誰が越してきた」なんて話は「3日後には村の全員が知っている」なんてことはド田舎あるあるなのだ。

 おそらく、クラスの連中どころか全校生徒が僕の家を知っているのではないだろうか 

 

「あの、鶴内さんはそれでいいの?」 

 

 さきほど、字久良紫音に言われた事が頭をよぎる。親切心や義務感だけの関係なら、無い方がまだマシだ。

 

「ん? 嫌なら誘わないよ?」

 

 響がキョトンとした顔で首を傾げる。

 

「あ、それとあたしの事はヒビキでいいから」

 

 そう言って太陽の様に笑った。

 

――あ、もう義務感でもなんでもいいです。

 

 彼女は割とマジで天使なのではないだろうか。いやはや地獄から天国へとはこのことである。

 

 

 

 

 山の影に落ちかけた夕日が舗装の疎らな道路を照らしていた。

 

 時折、すれ違う大人たちが、軽く会釈をしてくる。

 

 けれど、誰も立ち止まって話しかけてはこない。

 余所者へのどこか線を引かれているような距離。 

 

「――それでね。あっちの山の方に神社があって、そこで毎年お祭りやるんだよね」

 

 にこにこと笑いながら、隣で楽しそうに村のことを話してくれる女の子の姿を見て、僕は心が洗われるような思いだった。

 

――これだよ、これ!! 可愛い女の子と一緒に帰る放課後!!

 

 これこそ「充実した青春」のあるべき姿ではないだろうか。

 

 道の脇では、何人かの大人が竹を組んでいた。

 提灯でも吊るすのだろうか。

 

 まだ途中なのに、どこか浮ついた空気がある。

 誰もが、それに気を取られているように見えた。

 

 

「今年は何年かに一度の本祭だから、刀伊原君はついてるね!」

 

 田舎にありがち、と言ってしまえばされまでだが、どうもこのあたりのお祭りはかなり盛大にやるらしい。

 毎年のお祭りとは別に数年に一度の「本祭」があり、その年は特に様々な催しがあるのだと言う。

 

 

「お祭りまではここにいるんでしょ」

「そうだね。多分そういう事になると思う」

 

 毎回そうだが、何のかんのと手がかかる仕事のようで半年から1年程度はかかる。とはいえ、そのスパンであちらこちら連れまわされる身としてはたまったものじゃない。

 

「よかったー。縁日とか一緒に回れるといいね」

 

 そう言って笑ってから、ほんの一瞬だけ、言葉が途切れた。

 

 

「それにしても5日間て結構長いね」

 

――浴衣とか着るんだろうか!?

 

 俄然期待してしまう。

 

 

「あ、やっぱりそんなにやるお祭りってあんまりないの?」

「うーん、まあ、やるところはやるかも……」

 

 そう言いかけて、僕は足を止めた。

 鶴内ヒビキさんが足を止めて子供の方を見ていたからだ。

 風に乗って子供の舌足らずな歌声が聞こえてくる。

 

一(ひと)つ 日暮れて お山が伸びる♪

二(ふた)つ 震えて 二つの貢(みつ)♪

嫁(よめ)は抱かれて 腹を貸し♪

召(め)しは裂かれて 山に嫁(か)す♪

 

 なんだか妙に気味の悪い内容。

 正直言って、今物凄く因習村的な体験をしているのではないだろうか。聞こえてくる音が、まとわりつくように耳に入ってくる。

 

三(みっつ) 見よ見よ 腕(かい)がくる

右が縮めば 左が伸びる

逃げど、叫べど、甲斐(かい)はなし

四(よっつ) 白羽(しろばね)、山が射る

山(やま)に参(まい)れと 風(かぜ)に鳴(な)る

お山(やま)参(まい)りの 籠(かご)かきて

 

入(い)ればかえさ――「やめて!!」

 

 悲鳴のような大声がわらべ歌をかき消した。

 

「ヒビキ……さん?」

 

 眼を伏せたヒビキが、増えながら自身の肩を掴んでいた。

 

「あ、ごめんね。その、私この歌苦手でさ」

 

 取り繕うような笑みを子供たちに向ける。歌を歌っていた子供たちは、お互いを見合うと、小さな声で「ゴメンさない」

 と頭を下げる。

 

「あ、いや、ごめんね。こっちも大きな声出して……こわかった、よね」

 そう言って彼女が眼を伏せる。その瞬間に、子供たちは気まずそうに僕たちの横をすり抜けていった。

 

「あーあ、やっちゃった」

 

 気まずそうに鶴内ヒビキが頬をかく。だがそれ以上に、彼女が先ほど見せた剣幕が気にかかる

 

「びっくりしたよね」

 

 僕の顔色を見取ったのか、彼女が決まりの悪そうに言う。

 

「うん、まあそうだけど。」

 

「嫌いなの」

「へ?」

「嫌いなのよ。あの歌……」

 

 ひどく冷たい声音が彼女から帰ってきた。

 

「……行こう」

 

 ふと彼女の方を見れば、先ほどとは別人のように剣呑な表情をしている

 

「あ、あの、鶴内さん?」

 

 まるで聞こえていないかのように、彼女は黙って歩き出した 

 

「……」 

 

 先ほどから一言も喋らないヒビキ。その背中を黙って追いかける。なんだかひどく気まずい。

 

「……ごめんね」

 

 しばらく歩いていると、彼女がぽつりとつぶやいた。

 

「え? あ、うん」

「嫌いなんだよね。気味悪くてさ」

 

 そう言って彼女が唐突に振り返った。

 夕日を背にしているせいなのか、顔に影がさしている。

 

「……あんなものなくなればいいのに」

 

 

 顔は笑っているはずなのに、その目は一切笑っていないように見えた。

 

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