古い木造長屋の一角に、「からくり堂」と看板を掲げた[[rb:機械 > からくり]]店がある。見た目はガラクタ置きのガレージそのもので、知らない人が見たら粗大ごみ置き場に思われかねない。その軒先で、神食は自身の黒い番傘を開閉していた。
「おお~すごいじゃん。ちゃんと開く」
神食の隣に座り、別の機械をいじっているからくり堂の主、平賀源外は豪快に笑って突っ込む。
「バカ言え、傘が開くのは当たり前だろうが!そこのボタン押してみろ」
「ポチっとな。先から醤油が!これでいつでも醤油で敵を目潰しできる!すげえ!」
壊れていることが発覚した神食の黒い番傘は、数日前に銀時の紹介によりこの平賀源外により修理されていた。
スムーズな開閉、薬莢排出の改善、クリーニング、醤油差し、隙のない仕事ぶりである。神食は礼を言ったが、源外は腕を組んで彼を見上げた。
「問題なく使えるようになったが、俺ァ番傘の専門家じゃねえからなあ。機会作って本職にみてもらったほうがいいぞ……って話聞いてんのかコラァ!」
つい今まで源外の隣にいたはずの神食は煙のように消え、その代わり最新式の花火打ち上げ砲ロボットが勝手に動き出した。多分、中に勝手に乗り込んでいる。コンピューター制御でスターマイン(速射連発花火)にも対応したロボットである。
「アンビュランス三号、星間弾道ビィィィム発射ァァ!!」
「そんなもん出ねーよ!! アッちょっ変なところ押すなァァ!!」
「なんでビームは打てないのに自爆機能はあんの?」
「いざというときの為だ」
「花火打ち上げ機が自爆するいざって何?自分が地上の星になります的な?」
ゲフッと口から煙を吐きつつ、アフロ化した神食は服についた煤を払った。
「そもそも
「持ち込んだけど直してもらった方じゃない奴」
本日からくり堂に来るまでの道中、戦闘用の赤い大傘を差してここまで来たため、なんとなくそれを持ってロボに乗り込んでしまった。デカイデカイといいつつ、ここ数週間こちらを日傘として使っていたら慣れてきた。
「ほぉ、こりゃあ……とんでもない値打ちものだな」
源外はゴーグルを外し、手袋をしたまま神食の大傘を矯めつ眇めつ眺めた。
源外曰く、石突と中棒、骨は
材料だけでも非常に高価で、今回修理した黒い番傘が百本は作れるだろうとの見立てだった。
「へぇ~
「お前中学生か? というか知らなかったのかよ」
地球の漫画で刀に名前つけるのカッコイー!と、それなりに影響されやすい神食はノリノリで名前を付けてしまった。阿伏兎とかは生ぬるい目で見てきた記憶がある。
「これ貰いもんだし。流石夜王リッチだぜ~」
鳳仙は「吉原の倉庫に眠らせていたから使え」的なことを言っていた。入団して新入りはあいさつに来いとかで初の吉原桃源郷来訪時、神食は体調不良で鳳仙の顔にゲロ噴射していた。それで傘のプレゼントなのだから、
イマジナリー夜王「この夜王、現世の快楽は味わいつくしたわ。吐瀉物しかわしの欲望はみたせぬぞ、ガハハ」
というヤバ性癖に目覚めたのかと思ったが、神食は顔面掴まれてぶん投げられたことを思い出し流石に違うかと思いなおした。
そもそも直接会ったのも数えるほど。また鳳仙口利きで振ってくる任務は大体難易度がエグいので、これは夜兎流のかわいがりというやつだろうか。不気味である。だが傘に罪はない。
「あ、そろそろ行くわ。ありがとう」
「おう、銀の字によろしくな」
源外と別れ、神食は黒い番傘をさして、赤い大傘は持って歩く。
久々に二本の傘を装備できるホルダーを使うかな、と思いつつ、コンビニで昼食を買って万事屋に帰った。
*
寺門通のライブに参戦した新八と親衛隊の一行は、打ち上げのためファミレスに席をとり、本日のライブの感想や新曲の出来ばえについて話に華を咲かせていた。お通ちゃんが有名になるのはうれしい反面、古参のファンとしてはさみしい気持ちもある。
親衛隊の話を楽しく聞いていた新八だが、向かいに座っている、いつもは人一倍熱心な軍曹がどことなく上の空だ。
様子をうかがっていると、なにやらちらちらとスマートフォンを見ているではないか。
心配事でもあるのかと声をかけようとしたとき、軍曹のとなりの隊員がその手を掴んで取り上げた。
「隊長ッ!こいつ女の子とライヌしてます!!」
「何ィ!!軍曹!寺門通親衛隊隊規二十三条を言ってみろォォ!!」
寺門通親衛隊隊規二十三条:隊員はみだりに婦女子と密通することなかれ この禁を犯す者はスパイとみなす。
テーブルを挟んで隊長こと新八に襟ごと持ち上げられた軍曹は、脂汗をかきながら早口で弁解を始める。「きっ、清いお付き合いです隊長!!それにこの子、お通ちゃんも好きで……一緒にライブ映像みたりする立派なお通ちゃんファンなんす!」
「エッマジでか!?どこで知り合ったんだそんないい子と!」
軍曹の隣の隊員が、規則そっちのけで盛り上がる。正直、新八も相手の子がお通ちゃんファンと聞いて動揺せずには居られない。軍曹は、だらしなく顔を緩ませたまま答えた。
「マ、マッチングアプリで……」
そして次の日、新八はこそこそと、銀時と神楽の不在の留守を預かっている時に、居間のソファに座ってマッチングアプリ「あっぷるず」をインストールして四苦八苦していた。昔は出会い系といかがわしいイメージがついていたものの、オンラインでのやりとりも普通になった昨今。軍曹は、恋人探しや友達作りにもカジュアルに使われていると言っていた。
(そ、そうだ!友達を作ろう、恋人とかもいいけど、ちょっと怖いし)
新八はどこにいいわけしているのかも不明なまま、背中を丸くしてスマホの小さい画面でプロフィール?を考えつつせっせと登録していた。しかし、写真で躓く。普段から写真を撮る習慣がないので、自分の写真なんてもってのほかだ。
「え、写真もいるの、そっか」
「そうだな。マッチングアプリで写真は命だ。絶対洗面所で自撮りとかナシ、明るい屋外で誰かに撮ってもらうのがいいぜ」
「へぇ、そうな……え”っ」
ついナチュラルに返事をしてしまいかけたが、新八は途中で固まった。いつの間にかすぐ隣、ソファに腰掛けて、コンビニのデカ盛りキャンペーンのパンをかじっている男――現在万事屋で一番チャラついている赤毛の男が満面の笑みを浮かべていた。
完全に面白いおもちゃを見つけた顔だろコレェェ!!
*
「いいか、マッチングアプリはテキトーな自撮りとてきとーなプロフィールを載せれば女の子を選び放題なウハウハなアプリじゃねえ。内実は修羅界だ。特に男の方がキツい。下手すれば女嫌いになることもある。ナマ言ってんじゃねーぞ坊主!!」
何故か神食は銀時が不在なのをいいことに、居間の社長机にどっかりと脚をのせ腕を組んで座り、謎に新八に檄を飛ばしている。
「いや僕まだ何も言ってませんけど!?」
「だが捨てる神あれば拾う神あり。マッチングアプリの神と呼ばれたいなと思って幾星霜。財布は空で股間は空振り、幾たびの戦場を越えて大惨敗、ただの一度も残金はなく、ただの一度もぱふぱふされない。故にこのマッチングに意味はなく、その出会いは無限の課金でできていた。――俺に任せろ!」
「長ッ!任せられる要素が全くないんですけどォォ!?何かにカモられてるだけじゃねーかァァ」
「で、なんで新八くんは唐突にマチアプなんか始めるの?」
最初からそう聞けよ、と新八は大いに脱力した。もう使おうとしているのを見られていることもあり、新八は諦めていきさつを説明することにした。
神食は相変わらず社長机に座ったまま、ふうんと頷く。
「要するに彼女が欲しいと」
「か、彼女じゃなくても、楽しくしゃべれる女友達が居たらいいなって」
神食が生ぬるい笑みを浮かべてくるので、新八はやりにくくて仕方ない。
が、神食本人はどこ吹く風だ。早速写真を撮ろうと、新八に居間の窓際に立ってと言う。
「あれ、外の方がいいんじゃないんですか?」
「普通はな。新八くんは室内でも行けると思う」
もしかして少し褒められているのかな、と新八が少し気恥ずかしさを感じた時、神食は手を新八にのばしてから、彼はスマホで写真を撮り始めた。
カシャ、カシャ、カシャカシャカシャと連射。
「う~んいいね、もう少し光が当たるといい、フレームの反射がイカしてるね!」
「って何撮ってんだァァ!!」
神食はテーブルの上に眼鏡を置き、あらゆる角度から写真を撮っていた。
新八は落ちていたスリッパで勢いよく神食の頭を叩くと、彼は何がおかしいといわんばかりに首を傾げた。
「何って
「眼鏡と書いて新八と読むなァァ!!」
「仕方ないな、そんなに言うなら眼鏡置きも一緒に撮るか。いいねもらえなさそう~」
「シンプルに失礼だなアンタ!!」
すったもんだして新八のピン写真を撮りおわった後、神食はマッチングアプリでは友人との楽しげな写真も入れるといい話を思い出した。
「友達との写真とかある?楽しそうな奴」
とはいえ、友達写真については神食も困った記憶がある。他人と交流があることを見せる方がいいとの話だが、いかんせん友達なるものはいない。
仕方がないので神威を「俺と仲良し写真を撮れェェェ!!」と追いかけ回していた。事情を知らぬ団員からは、女に飢えすぎてついに男に目覚めたかと哀れみの目を向けられた。阿伏兎は事情を知っても哀れみの目を向けてきて、「食堂で一緒に飯食ってるところでいいんじゃねえか」と言われた。解せぬ。
しかし新八はあまり困ることなく、これかなと一枚の画像を見せた。
「親衛隊のみんなとライブ後に撮ったのとかどうですか?」
「おっ、むさ苦しいけど楽しそうじゃん。女の子のアイドル推しはあんまりウケがよくねーけど、アイドルとの握手会写真でもねえし、いいか」
さて、お次はプロフィール作成である。新八が書いた文章を眺めて神食は唸る。
「ん~もうちょっと、こう……」
*
『被検体No.K-1010、戦闘訓練、終了』
「ハァ、ハァ……ッ」
僕は無機質で、機械がむき出しになった灰色の部屋で膝をついた。目の前には、襲い掛かってきた機械仕掛けの人形が転がっていた。危なかった。もう少しで心臓を狙い打たれるところだった。
震える体を叱咤し、なんとか立ち上がると自動扉から廊下に出た。
傘を杖替わりにして、廊下を歩く。
あと一時間は体を休められるはず、僕は出来損ないだから頑張らないと……。
僕が暮らしているここは、夜兎増殖計画実験施設。夜兎は宇宙で絶滅寸前だが、高い戦闘能力を持つ。夜兎を通常の生殖に頼らず増殖させて軍事訓練を施し、必要とする惑星に兵士として高値で売りつける、裏社会の施設だ。生殖に頼らず増やすというのは、要するにクローン夜兎を大量に作る試みだ。
そう、僕には父も母もいない。ただ
ただ兵器として生まれた命。
その時、ちょうど隣の訓練室から、K-1009が顔を出した。
「おう、K-1010、ボロボロだな」
「大丈夫!」
K-1009は番号が示す通り、僕の一つ前に作られたクローン夜兎だ。原型は違うが、隣番号だと二人組訓練でよく組にされる。
年齢は同じはずだけど、兄がいたらこんな感じかと思う。僕と同い年だけど、訓練成績がよくて頼りになる。
だがその時、前方から研究員の日光さんと月光ちゃんが険しい顔でこちらに向かってきた。
「1010、1009!こんなところに!早く来るんじゃ!」
「えっ!?」
月光ちゃんは有無を言わさず僕の手を取ると、日光さんの後に従って踵を返した。
1009も驚いて一緒についてくる。僕はわけがわからない、どうしたのと尋ねた。
「今、上層部が出払っている!ここから逃げる絶好の機会だよ、二人とも」
「……!」
僕と1009は息をのんだ。僕たちはただの兵器。家族もなく、待つ人もない。
ただ、そんな僕にも優しくしてくれた人がいた。それが1009を除けば、研究員の日光さんと月光ちゃんだ。二人も深い事情があってこんなところにきてしまったらしく、いつか逃げ出すチャンスがあるからそれを待とう、と話していた。
その逃げ出すチャンスが、今。宇宙船格納庫へ向かい、用意されていた小型宇宙船へと乗り込む。
僕と1009が先に乗り込み、二人に手を伸ばしたが、その手は捕まれなかった。
「日光さん!月光ちゃん!早く!」
だけど二人は首を振った。「わっちらは行けない。お前たちだけでも逃げるんだ」
「そんな!一緒に行こうよ!」
「……実は人質をとられていてね。その子をおいていけないんだ。……時間がない!早く!」
「1010、ヤバイ!」
格納庫の外が騒がしくなってきた。日光さんは外から宇宙船のハッチを締める。急ぎな!という日光さんの切羽詰まった声。
1009は躊躇いながら、それでも宇宙船の発進ボタンに手をかけた。
爆発音、喧噪を置き去りにして、宇宙船は闇へと大きく羽ばたいた。
僕は操縦桿を握りながら泣いていた。大事な人たちを置き去りにしてしまった。
「1009、いつか必ず施設に戻って、彼女たちを自由にする」
「もちろんだ」
1009と見つめ合い、頷く。もっと強くなって、日光さんと月光さんだけじゃなくて、ほかのクローン夜兎たちも救い出す。
だけど、組織は反逆者を許さない。組織は僕たちを諦めていない――。
*
「だから
いきなりシリアス調で語られた話に、新八はどう反応すればいいか困った。何の脈絡もないが、神食の重めの過去の話をされているのかとも思った。
「……あの、突然何の話ですか?」
「え?マッチングアプリプロフィール用0~10歳までの盛り盛り俺の過去」
ぬけぬけと真顔で言われて、新八は盛大にその場に転がった。
「中学生じゃねーかァァ!!アンタ今の話丸丸マチアプに書いてんの!?」
「身寄りなし、記憶なしの気楽な野良夜兎じゃ話盛り上がんねーじゃん。ちゃんと探し人の太陽の概念ママ要素と月の女の子要素も盛り込んでリアリティをあげてみました」
「何もリアリティ上がってねェェ!!っていうかアンタここんとこ遊び過ぎでその探し人設定読者もみんな忘れてるからな!!」
「新八くんも生き別れの兄とか最終兵器エクスカリバーとかない?盛っていこうぜ」
「あるかァア!!っていうかもはやマチアプ紹介文じゃなくて中二小説だろーがァァ!!話される方も反応に困るわ!」
兄みたいな人はいたが、エクスカリバーはもう何の漫画だよと新八は肩で息をしつつつっこんだ。
神食は不満気にダメかぁとつぶやくと、再度新八のアプリプロフィール文を見直した。
「これがダメだということはわかるけどどう言えばいいのかわかんね」
「自称マチアプの神諦めるの早ッ!」
しかしここで諦めてはマッチングアプリの神の名が廃る。
しばらく悩んで、神食はとある案を思いついた。
「マッチングアプリの自己紹介文ですか?」
「そ!この
神食と新八は万事屋一階のすなっくお登勢にいた。居間は真っ昼間で準備中なのだが――店を掃除している家政婦ロボットさん、たまを捕まえて面倒なことを言っていた。
しかしたまは嫌な顔ひとつせず、まじまじと受け取ったスマホで作成された写真と文を見ていた。
「こちら、写真も一緒に加工できますが」
「まじ?じゃあそれもお願い」
「ちょっとちょっと!あんまりかっこよくしすぎるのも」
写真に深い興味のない新八も、最近のアプリの加工のすごさはテレビなどでうかがい知っている。目がものすごく大きかったり、顔にぷちぷちがついていたり、肌が白すぎてひかっていたりなどなど。
「承知しました。新八様の原型と良さを残す加工にとどめます」
そう言うと、たまはスマホをひとくちで丸呑みにした。口の中でバキボキゴリグシャア!と明らかな破壊音が響き、新八は一気に不安になった。たまがちょっとアレな方法で出力してくるのはよくあることではあるのだが。
しばらくの間を置いて、オイルでべとべとになったスマホがにゅるんと吐き出される。
床に落ちる前にキャッチした神食は、「美人の口から出て来たべとべとの物体って背徳的」と気持ちの悪いことを言っていた。
「どうぞ。試しに投稿してみました」
「エッ!?投稿しちゃったんですか、見せてください!」
新八は神食からスマホを奪い取ると、ぬるぬるの画面を見る。そこには。
黄金のフレームにピカピカに磨き上げられたレンズ、ファッションショーのように計算され尽くした光が、荘厳な陰影を眼鏡に与えている。
『はじめまして。日常で出会いがないので、マッチングアプリを始めました。
近眼レンズでブルーライトカットです。最近はクロスサーフェス設計の眼鏡を目指しています。一緒に高め合える眼鏡希望です。まずはお話ししましょう』
「眼鏡にもどってんじゃねーかァァ!!眼鏡と眼鏡でマッチしてどうすんだよォォ!!」
たまはいつもと変わらぬ真面目な顔つきで答えた。「マッチングアプリも多種多様です。ネット接続し新八様に最適なアプリを検索した結果、眼鏡同士のアプリが最適でした」
「眼鏡同士のアプリって何!?」
「あ、新八くんいいね着てる」
「えっ!?」
眼鏡でマッチングしてもうれしくない、というか画像の黄金のフレームの眼鏡自体加工の産物である。それでも神食にせっつかれ、誰が(何が)いいねをしているのか気になり、新八はおそるおそるいいねの詳細を確認する。
『サングラスさん がいいねしました』
『老眼鏡さん がいいねしました』
何故か訳知り顔に、神食は困った風に頷く。「あ~サングラスさんは年上のイケイケのお姉さんだな。老眼鏡さんはまあ老眼鏡だからなあ、あんまり新八くんのタイプじゃなさそう」
「申し訳ありません、度数があってなかったようです」
「何もうまくねーんだよォォ!!」
新八がツッコミ疲れを起こしている脇で、たまが片手を出した。
彼女はロボだが、妙にまじめな声音で言った。「さらに改良したいので、新八様、予備の眼鏡を貸していただけますか?源外様の力も借りてやるだけやってみます」
「えっヤダ、たまさんの何かに火をつけちゃった?」
*
居間でソファに隣り合ってすわり、ぼそぼそ話し合っている神食と新八。それを見つつ、神楽は小声で銀時に尋ねていた。
「銀ちゃん銀ちゃん、最近神食と新八がなんかコソコソやってるネ。あれ何ヨ」
「あ~?男にはいろいろあんだよ、ほっといてやれ。あと冷蔵庫の奥の白飯、結構長く保存したまんまだから食っていいぞ」
「マジでか。キャッホオオオ!!」
台所に急ぐ神楽を見送る。銀時も近頃の彼らが何かやっていることは察していたが、なんやかんや楽しそうなので放置していた。
どうでもいいが、神食は割とパーソナルスペースが狭い方なのか、今も新八二人して額突き合わせてスマホを指さして話している。
彼とキャバクラに付き合う銀時から見れば、むしろ不快感や威圧感を与えないように気をつかっているのか、対女性の方が間隔が広いまである。
「どどどどどどうしましょうコレ、お茶いいですよって!!」
「落ち着け新八くん、お茶だお茶」
「でもこんなにかわいい子がそんなまさか」
「え?行かないの?じゃあ俺が志村新八って名乗って行こうかな~?」
「あ”あ”あ”あ”いいわけないだろォォ!!」
「よしよしその意気だぜ。まあ俺からアドバイスするなら、ホテル行こうって言ってんじゃないぜ。まずは目を勃起させるな、余裕が大事だ、be coolだ」
「何やってんだこの歩く異性不純交遊野郎」
「イデッ!!」
いきなり背後からげんこつで殴られて、神食は頭を抱えた。新八はスマホの出来事に気を取られすぎていて、自分の音量と銀時の存在をさっぱり失念していた。いきなり首を突っ込んできた銀時に目を白黒、顔を青くしたり白くしたりしている。
神食自身の異性不純交友はまだいいとして、銀時は新八にあんまりアレな性癖を教えるのはどうかと首を突っ込んだ。
「で、オメー等何やってんの?」
*
たまの眼鏡まみれマッチングアプリの後、神食と新八は元々のノーマルなマッチングアプリに戻り、二人でプロフィール文を考えたり写真を撮り直したりして挑戦を続けていた。いいね同士になっても話が続かなかったりフェードアウトされたりで涙を呑んだが、そのうち一人の女の子とやりとりが続いていた。
なんと彼女も寺門通のファンで、CDも全部所持していて行ける範囲であるがライブにも通っており、なにかと話が盛り上がっていた。だがマッチングアプリでダラダラと話し続けるのは逆に会いにくくなるフラグ。神食は昼間に茶をしたいと言えとせっつき、なんと相手からもOKをもらったのである。
すでに日時と集合場所とカフェまで決めて準備万端である――。
当日はあいにくの曇り空だったが、夜兎の神食としてはむしろ助かる。黒い傘を持っていくものの差さずに、集合場所の公園、初代将軍の銅像前近くの茂みに銀時とともに潜んで様子をうかがう。
もちろん、新八はついてこられることを嫌がるのを見越して内密の尾行である。
「で、なんで銀さんも来るの?」
「お前だけだと新八が道を踏み外すかもしれねーだろ。そうするとお妙がうるせーからな」
「俺の信用度のなさ。泣いていい?」
「てか相手はどんな奴なんだよ」
「これ、清楚系かわいいちゃん。名前は
神食は自分のスマホで画像を表示させて銀時に渡した。その画面には、黒髪ぱっつんを肩の下まで伸ばした和装で色白の、新八と同じくらいの歳の少女が映っていた。垂れ目気味の二重で黒目がち、幼めの少女である。
銀時は息を吐いてやれやれと頭を掻いた。
「女ってのは恐ろしいもんで清楚つっても、逆にド級の清楚系だと中身はアレだったりするぞお前」
「俺はどっちでもOKです。逆にそれエロくない?」
しょうもない話に華を咲かせつつ、ガッチガチに緊張している新八を見守る。しかし約束の時間は五分過ぎている。五分程度ならまああるか、と言う遅刻だろうが恐ろしきはマッチングアプリの待ち合わせ。
恐怖のドタキャン発生率がべらぼうに高いのである。
「ドタキャンされるともう手の打ちようないからな~……ん?」
写真の美少女は全く現れないが、先ほどから新八のことを彼の背後からチラチラと見ている中年のおじさんがいる。スーツを着て黒い鞄を提げている、髪を七三分けにした普通のおっさんだ。
そのおっさんは何か意を決したと思うと、鞄から光るもの――刃物を取り出した。
刹那、神食が足下に落ちていた石を拾うと、銀時の静止も間に合わず目にもとまらぬ早さで投擲して――見事おっさんの腕に当たった。
からん、と刃物が落ちて痛みに苦しむおっさん。「えっ!?だ、大丈夫ですか?」
何が起こったのかわからない新八は、突如手を押さえたおっさんに振り返った。
地面に落ちている刃物、柄の部分がピンク色で何か文字が印刷されている包丁をみてぎょっとする。
「こ、これは……!」
それと同時に、茂みから走り出してきた神食が現れた。「新八くん!」
「神食さん!?って銀さんも!?なななんでここに?」
「おいおっさん、大丈夫か?」
「い、一体何が……」
おっさんは手を押さえつつそれでも立ち上がると、心配そうに見てくる新八に向かって、しばらくためらった後に尋ねた。
「……ぱっつあんさんですか?」
「えっ??」
「私、咲山瑠璃子です」
そう答えたかと思うと、おっさんはスムーズな挙動で再度地面に沈み――綺麗な土下座をした。
「……すんまっせェェェん!!女に化けてマチアプやっててすんませェェェン!!」
「え”え”え”え”え”え”え”」
*
「今年1月のライブは良かったですよ。セトリもよく練られていて、会場の一体感もすごかったです」
「それは是非行きたかった、どうしても仕事の予定がつかず痛恨の極みです。去年十二月の仙台での巡業はMCが面白くて、お通ちゃんの新しい趣味の話なんかが……」
「えっ!?是非生で行った人の感想を聞きたい!」
ファミレスのボックス席で熱いお通ちゃんトークを交わす新八と咲山瑠璃子なるおっさん。
何?これ?な状態だが、話を聞くと、このおっさんは女に化けて、要するにネカマとしてマッチングアプリをやっていたというのだ。
何でそんなことを、と問いただすと、アプリ婚活がうまくいかずお遊びで女で登録してみたところ、男でやるより比較にならないほどいいねがもらえ面白くなってしまい、会うまで行かない段階でアプリで遊んでいたというのだ。
迷惑な話であるが、そんなことをしているうちに新八ことぱっつあんのプロフィールと写真を見て、興味を持ってしまったという。
なにせおっさん自体も濃いめの寺門通オタク、親衛隊の写真でお通ちゃんファンと見抜いた彼は親近感を持ってしまい、普通にファン同士として交流を暖めたくなってしまったのだ。
だがスタートがネカマ、流石に騙して居て申し訳ないとの気持ちから、お通ちゃんがスキャンダルで干され迷走していた時期の謎地方刀匠コラボで、お通ちゃんコラボ包丁をお詫びの品に持ってきたのが事の顛末である。
完全にどっちらけ状態の神食と銀時ではあったが、新八は新八で大興奮。コラボ包丁は地方限定の品らしく、存在は知っていたが手に入れられなかったらしく大喜びであった。
かくして、寺門通の濃ゆいファンの二人はファミレスになだれ込みかれこれ二時間は熱いトークを繰り広げているのだった。
その隣のボックス席をとった銀時と神食は、パフェや食事を食べきってもう帰るか。の空気感である。
「まあデートっちゃデートか……」
「おっさんだけどデート……だぜ?まあ新八くんが楽しそうで何より……あれ?終わり?」
まだまだ熱いトークが続きそうだと思っていたが、おっさんの方が急いだ様子で、新八に深々と礼をすると足早に立ち去った。
まだ隣席でグダグダしていた銀時と神食を見て驚く。
「あれ?まだいたんですか」
「こっちも帰ろうかと思ってたんだよ。つかもういいのかよ」
「咲山さん、仕事抜けて来てたみたいなので……にしてももったいないものをもらっちゃったなあ」
そう言う新八の手にはピンク色の布ケースにくるまれた包丁があった。先ほどは布ケースの留め具が取れた状態でカバンに入っており、そのまま柄を持って出したため抜き身になってしまったらしい。
夕暮れのかぶき町を万事屋に、銀時、神食、新八が連れ立って歩く。新八は楽しかったようだが、当初の目的からすれば空振りもいいところである。
新八はアプリを見てため息をつく。「やっぱ向いてないですよ。僕はお通ちゃんがいればいいです」
「マッチングアプリの神大惨敗」
「アンタまだそれ言ってんですか」
「おいあれ」
銀時が指さした先を、思わず二人も見る。「あれ、お前の予備眼鏡じゃね?」
「ええ!?」
服屋の前を、足が生えた新八の予備眼鏡が、メガネマッチングアプリでマッチした老眼鏡と連れだって歩いている。新八と神食には、たまがまだ改良してチャレンジしたいと言っていたから予備メガネを渡した記憶がある。こうきたか~と神食は脳天気に呟く。
「たまちゃん、源外のじーちゃんにでも頼んで
「よくわかんねーけどよかったじゃねーか新八」
「何もよくねェェ!!メガネの方に春が来た!!
夕暮れに新八のツッコミ絶叫が響き渡る。マッチングアプリは手強い、甘く見るとメガネのほうがモテるようで。