――夜王の話をしよう。
欲したものは我が子などでない。
己の分身にして
いかなるものにも打ち勝ち、跪かせ、いずれ虚ろなる永遠さえ下す戦神。
「強くなれ。誰よりも、何よりも――このわしよりも」
*
『夜兎の力は壊すために使うんじゃない。大事なものを守るために使うんだ』
そう俺に言い続けた、優しい両親は殺された。
俺と家族が住んでいた家屋は燃やされてもう跡形もない。
なぜ住処を追われ、殺されなければならなかったのか。夜兎だったからだ。
はるか昔の宇宙大戦後にほかの星からの集中砲火を受け、故郷が壊滅した後も、夜兎の悪名は残り続け、各地に散った夜兎に祟りつづけている。
何もしていなくても、居るだけでおそろしい、いつこちらが殺されるかわからないという恐怖にかられ、集団は夜兎を迫害した。
物理的に害することが難しくても、食料を売ったり分けたりしない、必要な医療にかかわらせないなど、要するに村八分のようなことをされた。
それに抵抗し暴れてしまえばやはり夜兎は危険だといわれ、ますます人は遠ざかっていった。
――大事なものなんて、父さん母さんくらいしかなかったよ。
夜兎には珍しいほど荒事とは無縁な両親であったと思う。
むしろ俺が他の種族をケガさせたことで、何度も平謝りをさせてしまった。
――でも、夜兎の力を抑え込んで、周囲になじもうとした結果が、これか。
ぽつぽつと雨が降っている。少年がぼんやりと燃え燻る家屋を見つめているところを、一人の別の少年が肩を叩いた。
少年は齢十ほどだったが、肩を叩いた癖のない白髪をした少年はその半分といっていい――少年か幼児かといった風情だった。
しかしこの小さな少年は、この地域に点在する夜兎の子のガキ大将として扱われていた。
小さな少年は少年と知り合ったころには、すでに身内もなく一人だった。ほかの同様に身内のない少年を集めて、窃盗や強盗で生計を立てていることを知っていた。
彼らからすれば少年は親がいる分恵まれた環境だっただろうが、彼らは不思議と少年を嫌うことなく接してくれた。
でも、もう今は同じだ。
「朽名。衆寡不敵って言葉、知っているか」呆けている少年――朽名の横で、ガキ大将の小さな少年が言った。
朽名は知らないと首を振った。
「少数は大勢に勝てないって意味だって。
「でも、夜兎はもう全然いないよ」
「ただでさえ少ないのに、それがてんでバラバラに暮らして、バラバラに戦ってるからダメなんだ。夜兎も、もっと一つにならなきゃいけない」
朽名は話の筋が読めずに、ガキ大将を見下ろした。
彼の眼は朽名ではなく、どこか遠いところを見ていたが、その口調に迷いはなかった。
「俺は王様になる。たくさんの夜兎を従えて、誰にも何処にも負けない夜兎の王になる」
――それがどのような人生になるのか、この時の彼らはわかっていなかった。
「強くなければ死すべし」を信条とする夜兎たちを糾合してまとめあげ率いる為に、引き換えにしなければならないものを理解していなかった。
「衆という力で奪われたなら、俺たちも力ですべてを取り返し、手に入れる」
珍しく、ガキ大将はちらりと朽名を見上げた。
いつもやると決めたら意見を聞かず断行するタイプの彼にしては珍しいなと思いつつ、朽名は頷いた。
「鳳仙ならきっとできる。鳳仙が王なら、俺はなんだろう。大臣?」
「お前は便所ブラシ」
「生き物ですらない!?」
朽名は肯定した。鳳仙という名の、ちいさなガキ大将の大望と、血みどろの覇道を。
彼は、彼らは、夜兎を守るために――血の雨を降らせ、屍を積み上げ、全てを力で捻じ伏せる修羅の道を選んだのだ。
すべてを力で奪われてしまった少年たちは、力で奪い返す以外の道を知らなかった。
それでいて、その修羅道の果てにいつか、宇宙の日陰者ではなくて――大手を振って太陽の下を歩けることを夢見ていた。
思い返せば、ここが彼の原点。
この時から、まだ何者ではないただのガキのころから――この小さな少年は、朽名にとっての『王』だったのだ。
それ故に。
たとえ王の道の後に、誰も続かなくなっても。
王を恐れて、誰もいなくなってしまっても。
王が己の道を振り返って、その空虚さに気づいてしまっても。
叶わぬ夢に、焼きこがされて果てる日が来ようとも――「夜王鳳仙様、激推し!!」
「まずそのふざけた法被とうちわを捨てよ」
「アギャパァァ!!」
豪速で投擲された煙管を顔面ど真ん中に受けて、朽名は畳の上をゴロゴロと滑っていった。
ここは吉原桃源郷。かつては地上に存在した男の楽園吉原は、開国後宇宙海賊春雨・鳳仙の支配下に入りその後、旧幕府造船所、つまりは地下奥深くへと移された。
その吉原の最奥にして最も豪華壮麗な楼閣が、吉原楼主夜王鳳仙の居城であった。当然、鳳仙の主たる居場所はその楼閣の最上階。
常夜の街には絢爛と輝くぼんぼりや灯籠の灯りは、絶やされることなく燃え続ける。明けない夜の絶景が、そこにはあった。
鳳仙が来客との謁見にも使用する百畳の部屋は、今は鳳仙とその右腕たる朽名のみ。
花魁も給仕も皆下がらせている。
叱責に全く懲りることなく、朽名は法被とうちわを手にしたまま、彼の主へと向き直る。
「つい久々の生夜王にテンションがおかしくなってしまいました。さて、本題ですが……殿下が地球に来ております」
「なぜだ。春雨上層部の視察にでもついてきたのか」
「いえ……春雨を、辞めると仰せでした。その後、地球へ」
鳳仙は酒を呷る手を止めた。「いつもの狂言ではないのか」
朽名は力なく首を振る。「今回は本気のご様子で。理由は語ってくださりませんでしたが……」
「春雨から逃げおおせると本気で考えているのか、アレは」
「いえ、殿下は「自分がいなくなったとしても、今の春雨全体の情勢を考慮すると本気で追いかけては来ない」とお思いのご様子でした」
重苦しい沈黙が流れる。鳳仙はもう、今の春雨の権力闘争には興味が無いため、その意見の正誤は判断しきることはできないが、しばし考えたあと頷いた。
第七師団は恐れられている。参謀長の脱退は純粋に第七師団の戦力低下。であれば。
朽名は目元を押さえて「推しがいなくなってしまった」とぶつぶつ呟いて懊悩している。この男は鳳仙に忠実ではあるが、朔月にも忠実だ。朔月が自らの意思で抜けるというならその意思を尊重したいと考える。
また反面、鳳仙の意思を慮り引き留めるべきかとも思っていたのだろう。加えて「推し活」のために自分でも辞めて欲しくないと思っている。
朔月が春雨に入団してからおよそ四年が経過した。入団自体、入団か死かの二択を迫る状況だった割には、第七師団に思いのほか馴染んでいると鳳仙は聞いていた。それでも何か思うところがあるのか。
鳳仙が朔月と直接会ったのは、入団以降だと二回だけだ。彼は朔月の入団とほぼ同時期に団長の座を神威に譲り渡し、吉原に隠居したため会うべき用事もない。その上朔月は吉原にいる間二回ともひどい体調不良に見舞われていたため、以降本人も来訪に前向きでは無かった。
「……夜王、やはり、連れ戻しましょうか」
「ははははは、おまえがそのようなことを言う日が来るとはな。十年前と逆ではないか」
呵々大笑する鳳仙に対し、朽名は至って真面目な顔つきで続けた。
「鳳仙様は高性能
「愚か者、見つけたとしてどうする。あれを力尽くでも引き戻すとしたら、神威が出向くしかあるまい」
朽名は黙った。薄暗い室内に、沈黙が降りる。
四年前に団長職を退いたとはいえ、その影響力は春雨において不朽。
鳳仙が本気で連れ戻すつもりであれば、まだやりようはあるはずだと朽名は考える。
夜王鳳仙と殿下に、普通の親子の情はない。
夜兎の親が子を強く育てようとすることは、愛である。
鳳仙も朽名も、強いことと生きることがイコールである環境で生きてきた。
だが、そうであっても、あれは。
殿下が求められ続けてきたのは、兵器としての性能だけ。
当時、鳳仙は春雨第七師団師団長だった。その立場の男が、子供一人につきっきりになれるはずもない。直接顔を会わせるのは月に一二回。
つまり、殿下を鍛えるのは役目を委任された複数の部下たちになる。朽名もその一人だ。
鳳仙と幼馴染である朽名は良くも悪くも夜王に慣れている。イチイチ恐れていては逆に今まで生きていない。だが普通の夜兎は違う。訓練を任された部下たちは、鳳仙を恐れながら殿下を鍛えた。
殿下ももちろん鳳仙を恐れていた。だがそれ以上に、「鳳仙を恐れる大人の夜兎」に鍛えられる時間が長すぎた。殿下の上達が体よくいけば鳳仙も満足、部下たちも安心する。進捗が悪ければ、鳳仙は不機嫌、よくて叱責、悪ければ部下の首が落ちる。
有形無形の「お前がちゃんとやってくれないとこちらが殺される」圧にさらされ続けて、殿下が思ったことは――
「僕が弱いと迷惑で、僕が強くなればみんなが安心する」。
齢一桁にして、殿下は怖がる夜兎を護り安心させるために戦っていた。そのうえ不幸にも殿下は、幼いころは闘争本能が未覚醒で穏やかだった。
死の手触りさえ身近になるほどの戦いばかりを押し付けられる日々。ゆえに、当時の暮らしは血と涙と苦痛しかなかっただろう。
戦闘教育の指揮統括は夜王鳳仙であっても、実働は別の大人の夜兎がメイン。その夜兎たちも、決して殿下を憎んでいたわけではなかった。むしろ可哀想だとも思っていたかもしれない。
ゆえに構造上、苛烈に過ぎた訓練の恨みは鳳仙一点に集積できず、恨みよりも恐怖の方が強かったろう。
殿下の周りに
鳳仙が徐々に吉原に入り浸るようになり、通常の夜兎一人二人では殿下には物足りなくなってきたこともあり、鳳仙が鍛える場面も増えたが――もっと直接的な憎悪はそれこそ、十年前の事件。
日輪太夫が晴太という赤子を連れて吉原を逃げ出した時、朔月殿下は夜王鳳仙の前に立ちはだかり、あまつさえ殺そうとした。
だが齢十の夜兎が夜王に勝てる道理はない――殿下は殺されかけた。意中の女を奪おうとした息子に放った鳳仙の蹴りは、直撃ならば確実に死んでいたそれ。
朽名の片足は殿下をかばい犠牲になった。むしろ、気功を駆使して片足のみで済んだことが僥倖だった。
――「儂のものを奪おうなど百年早いわ、出来損ないが!」
このままでは殿下の身体も、
そしておそらくこの時の傷が原因で、殿下の記憶は失われた。
その六年後、神食という名をひっさげてあらわれた殿下に対して、鳳仙は何も言わなかった。
言ったところで本人は何も覚えていない。ゆえに、単なる将来有望な若い夜兎と、古き夜王として過ごそうと決めたのだろう。
――
と夜王鳳仙は言った。
朽名にはかなり意外に思ったが、同時に安心もした。
生まれてから十年、春雨に来てから四年。殿下を見てきた朽名にはわかる。年を重ね闘争本能にも目覚め、腕力こそ夜兎の上澄みと呼べるレベルに達していても、心根は変わらない。殿下は過去よりも今と未来を見る。
過去自分がされたことはもうどうしようもないが、日輪が吉原に閉じ込められ続けて、晴太と離れ離れなことは現在進行形。
後者の方が圧倒的に問題だととらえるだろう。
失われた記憶はいまや、希望のないパンドラの箱だ。
開けない限りは平穏に過ごせるだろうが、開けてしまえばすべてが終わる。始まるのは殺し合いだ。
「夜王」
「捨て置け。アレが自ら
鳳仙は杯を飲み干すと、次を所望することは無かった。
これで話は終わり――と思いきや、朽名の法被の内ポケットから、雑音交じりの声が響き渡った。
『話は聞かせてもらったよ、鳳仙の旦那』
「……神威」
これまでの会話はすべて神威、近くにいるであろう阿伏兎にまで筒抜けになっている。朽名は第七師団戦艦の会議後に、より正確に神食/朔月の居場所を突き止めるために単身吉原に来た。
朽名自身も、己の去就に迷っているが――神食/朔月の真意を知りたかった。だから、無礼を承知で――夜王に殺される可能性も込みでここに来た。
『アンタは神食に用がなくても、俺はあるんだ。居場所がわかるなら話は早い。でも旦那、一団員の傘に高価なGPS仕込むなんてホントキモいですね』
神威に今、この吉原の空気が氷点下にまで下がったことは伝わるだろうか。
『嫌ですか? また自分の手の届かないところに行かれるのは』
「団長殿!この爺、自分の無礼ではなくて団長殿の煽りで殺されそうなのでその辺で止めていただければァァ!鳳仙様、爺やの手ごと通信機が壊れますぞ!」
鳳仙は朽名の手ごと通信機を握りしめ、今にもへし折らんとしている。朽名は努力して通信機は守ろうとしているが、彼の手はオシャカになりかねない。
並の夜兎なら卒倒しかねない殺気をまき散らしながら、鳳仙は低い声で唸る。
「いいだろう。朔月の場所は教えてやる。だが決してこの吉原に近づくな」
『そんなに言わなくても行きませんよ。でももし俺が神食を殺しちゃっても、それはアイツが弱いのが悪いんですよ』
ブツリ、と一方的に通話は終わった。朽名の左手はとうに折れており、鳳仙が手を放すと同時に通信機は畳の上に落ちた。
そのまま、朽名は恭しく首を垂れる。まるで、介錯を待つ罪人のように。だが、朽名に衝撃は落ちてこなかった。
「……鳳仙様?」
顔を上げた朽名が見たものは、まったく呆れたように見下ろしてくる鳳仙の姿だった。
「そなたは昔から全く変わらん。わしの右腕であることに違いはないが、これほど脳の言うことを聞かない右腕などあるものかよ」
すでに怒りは冷めたのか、鳳仙の視線は窓の外にあった。
鳳仙も、朽名も人生の終わりの方が近い身だ。
来し方を思う。
身の内から出でた
*
入団後すぐに肺を負傷した飛耀は戦線に戻ることが出来ず、体を治しがてら番傘の修理の補助を行っていた。
これが案外面白く職人の杜晩についていろいろと教えてもらい、そこからより使いやすい番傘とはどんなものかを考えるようになり、実現するためには夜兎の体を知らなければと思い至り、傘のみならずあらゆる装備や新規アイテムの開発に勤しむようになったのが現在までの経緯である。
最初は空いた時間と余ったガラクタで改造を楽しんでいただけだったが、ほぼ同期の気安さか、神食は試作品を戦場に持っていった。
正直彼の役に立っているかは怪しかったので、なんでそんなに興味を持っているのか聞いたことがある。
「ホントは夜兎、もっといろいろ持ってたと思うんだよな。大量に飯がいるから圧縮して長持ちする保存食の作り方とか、日差しを遮ってもっと涼しい服とか。全部宇宙大戦後の集中砲火でオジャンになったみたいだけど」
夜兎の故郷が壊滅したことでなくなったものは、同族の数だけではない。
かつての夜兎が持っていた文化・文明・歴史も吹き飛んだ。今の夜兎は、大昔の夜兎より自分たちの事を知らないのだ。
「ワタシは、自分の事を知りたくてやってるのカモ。たとえ、大昔の夜兎の後追いでしかなくても」
夜兎だから戦わないといけない、夜兎だから強くないといけない、なぜ?
だったらなぜ、自分はこんなに夜兎として戦いに弱いのか。
個人差と言われればそれまでの話だが、それでも、飛耀は知れるのであれば知りたかった。
――夜兎とは何か、己とは何か。
「敵を知り己を知れば百戦危うからず」
「参謀長、何ですかソレ」
「どっかで聞いた標語? 意味はまんま。敵を知り己を知れば、いかなる戦にも負けはないってコト――宇宙の脳筋扱いにも飽きたし、面白いじゃん。やろう」
第七師団研究開発部の始まり。
番傘などの武器修理修繕に終始していた一部署の変貌は、年若い夜兎たちの――社会人でありながら
そういう成り行きのため、飛耀がトンチキアイテムを開発してこんなもんに金が使えるかァ(でもオモロいから取っておこう)と神食にぶっ飛ばされるコントが日夜繰り広げられるアホ部署と化したのである。
*
飛耀は開発室の自分のデスクで戦闘ディスクを見ているうちに、いつの間にか寝落ちして昔の夢を見ていたらしい。
寝たことで、神食の戦闘における違和感は整理できた。その結果「過去思い出さない方がいいんじゃないか?多分ロクなもんじゃない……」と思ったがその辺はレポートにまとめる。間違っていても笑納してくれるだろう。
まだ団員の多くは参謀長の長期不在に気が付いていない。だが、飛耀は幹部たちの話に参加してしまった。あの後阿伏兎に話を聞き、団長は神食に会うために地球に出向き、その応答如何によって対応を決めると言っていた。
燕明に手を尽くすと言った手前、もう飛耀はついていく気ではある。
しかし地球といっても、地球のどこに行ったのか探す当てはあるのだろうか。最も有名なのは日本国のターミナル、鳳仙の吉原のある場所だが、そこに行くと決まったわけではない。
日本国は幕府中央と春雨の密約は交渉中でまだ成立の段階には至っていない。一部の幕府高官を抱き込んだことはあるものの、癒着が当地の警察機構にバレて一度ご破算になっており、再度秘密裏に高官と関係構築をし直している。
そのため、まだおおっぴらに大人数を宇宙から動員して入国するわけにはいかない。
(ウーン、団長、参謀長殺しそう!)
正規の手順を踏まず春雨から消えた咎を罰する大義名分は神威にある(正規な手順って何?ではある)。
もし仮に団長が参謀長を見逃してくれたとしても、春雨全体がそれを許すのだろうか。というかやっぱりシンプルに団長に殺されない?不安だ。
飛耀は実戦に出ていたころから下っ端で春雨内政治にはとんと疎く興味もなかったが、今初めてそれを悔いている。
――それに彼について、心配なことが別にも、ないではなかった。
神食は弱さを否定しない。でもそれは、強い夜兎である彼が言うからこそ意味があった。
仮に飛耀が弱さを認めたところで、お前弱いからそりゃそうだろうと一笑に付されて終わりなのだ。
弱さを認め、戦闘という意味で戦わなくても、得意なことややりたいことで戦えばいい。
ゆえに飛耀はまだ、戦闘が弱くても第七師団にいることができている。
ただこの夜兎の世界で弱さを認める夜兎は、弱さを認めるからこそ、その本人だけは決して弱くなれない。
夜兎世界における最大の権利書にして免罪符、強さ。
飛耀は戦闘が好きだが、強くないからその手の考えが苦手だが、本来神食はその考え方を当然とすべきなのだ。
弱くてもいいなんて言ったところで、彼は何も得をしない。
そもそも、これまで話してきて、神食は強者の権利――財宝を多く得るとか、女を侍らすとか、多数を支配する事への関心は薄い。にもかかわらず、暗黙の強者の義務――群れを護り、必要とあらば悪名も泥も被る、そちらばかり当然のように受け入れている。
(前に人間の王朝興亡史とかで読んだ、アレに似てるナ)
あくまで例えだ。
あまたの血と命を礎に夜兎をまとめ上げ夜兎の王になり上がった鳳仙は建国の王様だ。有無を言わさない権力を築き上げ、財も女も好きにしても、誰も信じられず最後には一人になるタイプの王。
神食は王国末期の王様だ。制度は時代遅れでぼろぼろ、内部も反乱、外敵からも侵略され、個人の力ではどうにもならないのに、最後にはひとり責任でその首落とされるタイプの王。
(靴舐め事件とか副団長から聞いたとき、ぶっちゃけ引いたモンナ~。そのうち「俺の首一、ほかの夜兎の首百、どっちが得!?算数できねえのかァァ!?」とか言いそう~)
精神科に行け。そんなもん夜兎になかった。
あと神食以外でも神威団長や阿伏兎副団長と、きちんと強い夜兎がいて頼ることができる。神食に自覚があるかはともかく、常には殴り合っていても任務では頼っていると思う。
思えば最初から神食は、神威団長のように月の上の兎だった。
星海坊主の弟子にして、第十師団艦隊を壊滅させた月落とし、入団早々に団長と同等に殴り合い、赫々たる戦功を積み上げて一年で幹部の座についた出自不明の強者と、かたや所属していた強盗団が春雨の下部組織にひっかかって、夜兎だからという理由だけでたまたま第七師団に流れ着いてしまい、初戦で大けがする弱者。
共通点は、年が近いことと春雨入団時期がほぼ同じ、それだけ。
(ヘボ夜兎のワタシが心配するのも、僭越っていうか身の程知らずっていうか大きなお世話っていうカ……)
カースト下位人がカースト上位人を心配する事なんかなくない?と、飛耀は一時停止したが、すぐさますごい勢いで頭を振った。
夜兎価値観に毒されているのはどっちだ。
神食は、強いか弱いかで友人を決める奴だったか。弱いから意味がないと見下げる奴だったか。
そんははずはない。もしそうだったら、研究開発部は存在しなかった。
「あ~~~!!頼りになるのに世話の焼けるヤツダナ!?」
神食が参謀長になってからはギリギリ敬語対応をするようにしているが、本来はタメ口だ。
燕明の件がなくても、数少ないと、このまま別れるにはもやもやとした心残りが多すぎた。
強いか弱いか、役に立つか立たないかではなく、ただ友人を心配して。
それに本当に彼が自分の意志で、なにかやるべきことがあってここを辞めるなら、それはそれで一言いいたい。頼まれていた戦闘分析は、餞別になりそうだ。