「アンタァァ!いつまで寝てんのォ、ほんともォ!!ほらァ起きる!」
「銀さん起きた起きた!THE日本の朝ご飯ができてるんだぜ! 一日の計は早朝にアリ」
「あーもういいって、朝いらねーって……」
二日酔いでぐでんぐでんの銀時を、着物を着たパンチパーマのおばちゃんと、割烹着を着た神食がたたき起こす。騒ぎを聞きつけて寝起き丸出しの神楽と定春も、居間にやってきた。
居間のテーブルには焼き魚、味噌汁、お漬物にデザートのフルーツが四人分、大皿にサラダと卵焼きが並べられており、食欲をそそる匂いにあふれていた。ちょうど、新八も出勤してきたようで居間に顔を出した。
「おはようございまーす。あれ?いい匂い」
「新八くん朝ご飯あるぜ、座りな!」
「いや僕もう食べてきたんで」
「何言ってんのあんたもぉぉ!!そんな眼鏡かけて!たくさん食べないから目が悪くなるのよォ!」
「いや眼鏡関係ないでしょ」
「あ醤油ない。俺取ってくる!」
「お兄ちゃんも手伝いはいいから食べな! 全くアンタはもう全部強火で時短だぜ!とかベッタベタな料理下手で完成ギリギリになっちゃったじゃないのよォ!最近は男の子も料理できないとモテないでしょォォ!」
怒濤の勢いでまくしたてるおばちゃんは、定春にも餌を用意したかと思うと、ゴミを出してくると素早く席を外した。
その間に神食と新八もテーブルについた。
暫し、朝食を咀嚼する音だけが響く。
「……誰ですか?アレ」
「誰って……母ちゃんだろ」
「え?銀さんの?」
「いやいや俺家族いねーから。オメーのだろ、すいませんねなんか」
「言っとくけど僕、母上は物心つく前に亡くなりましたから。神楽ちゃんでしょ?」
「私のマミーもっとべっぴんアル。それに今は星になったネ。神食のデショ」
「探してる初恋のママ(概念)じゃねーな。あと俺記憶ぶっ飛んでるからわかんね~」
「ほらじゃあアレだ、実の母ちゃんだろ」
神食はからん、と箸を取り落とす。「エンダァアアアイヤァァァ」と絶叫しながら、ゴミを捨てに行った母ちゃんを追いかけるべく立ち上がる。彼が扉に手をかけようとしたとき、逆に外側から開いた。
「コラァ!モノ食べながらしゃべるんじゃないの!後ちゃんと二十回かむんだよ!アンタも食べながらふらふら立ち歩かない!」
「ハァイ母ちゃん!!」
無駄に元気のいい神食の返事の後、皆してきちんと二十回噛んで朝食を食べた。
*
銀時たちの朝食が一段落し、自称母ちゃんもテーブルについて食事を始めたときに、彼女の聞き込みも同時に行った。なし崩し的に食事をともにしているが、どう考えても不審者である。
「母ちゃんだよ、八郎の母ちゃん」
「今明かされる真実、実は俺、神食じゃなくて八郎」
「んなわけあるかバカ」
銀時は真顔の神食の頭を勢いよくはたいた。
銀時が会話を主導していったところ、彼女は五年前に上京した息子が音信不通のため、わざわざ探しに来たという。ちなみに息子の写真も持っており、これで明らかに神食の母ではないことが証明された。
依頼金の所持が怪しいため、当該息子からもらうということで万事屋は息子捜しを引き受けた。数週間暮らした神食にも、この町が流れ者や身分が怪しい者が暮らすに適していることはわかる。そこにいる息子とやらもロクに依頼金を支払える状態にあるのか怪しいと思うのだが、そこは万事屋という怪しげな商売、どんな小さな依頼でも努力を尽くす姿勢で信頼を重ねる必要があるのだろう。神食もフリーのえいりあんはんたー兼なんでも屋の経験があるのでなんとなくわかる。
まあ、銀時が単にお人好しなんじゃないか?とも思うのだが。
というわけで、暇だった神食も付き合うこととして、銀時、新八、神楽、神食の四人で手分けして聞き込みを行ったところ、梨の礫だった。
ひとまずかぶき町歓楽街中心地にて全員で集まって情報共有をしていたが、神食は一緒に行くと言った八郎の母ちゃんが姿を消したことに気づいた。母ちゃんはどこかと見回しすと、何故かガングロのギャルに取り囲まれている。
てくてくと近づいた神食は何事かと声をかけた。
「母ちゃん、何やってんの?」
「あら神食ちゃん、アンタも見てあげてこの子たち顔色が土気色なの」
「何このババアマジむかつくんですけどォ?何この間合いありえなくね?つか人として見られてなくね?」
もう一押しでキスできそうな超至近距離の母ちゃんとガングロのギャル。
神食もギャルの顔を何故か至近距離でガン見して目を丸くした。
「……地球人ってこんなに色黒くなれるの!?焦げてんじゃないのかな!?ヤバくない!?」
「救急車ァァァ!!誰か救急車を早くゥゥ!この人たち丸焦げの上吐き気を訴えていますゥゥ!!」
「何やってんださっさとこっち来い。ワリーな、二人とも田舎者だから勘弁してくれ」
母ちゃんの不在に気づいたのか、銀時が割り込んで母ちゃんと神食の手を掴んでギャルから引き剥がそうとした。だがなお面倒なことにギャル側の味方らしい、金髪の髷を結いカラーサングラスに腰パンの男が絡んできた。
ギャルたちに勘吉と呼ばれた男は、両腕を左右のギャルにのせて言う。
「どこの山奥から出てきたのか知らないけどさ、あんま俺の町で調子こいてっと殺すよマジで」
怖いものを知らない母ちゃんはコソコソと銀時にささやく。「あれ、あの人足短い」
「ファッションだコラァァァ!!」
怒り心頭に発した勘吉は怒鳴るが、銀時は柳に風と軽く頭を下げた。
「すいません田舎者なもんで勘弁してください……オイいい加減にしろよ、あれは江戸で流行ってる足の短さをごまかすファッションなんだよ」
「え?でも足の短さ全然ごまかせてなくない?足を長く見せたいならハイウエストが基本じゃね?地球人は足が短い方がモテるの?」
「結局全員失礼じゃねーか!!コルァ舐めてっと容赦しねぇ……」
実力行使に出た勘吉とそのお供だが、銀時が二人のズボンをひっつかんで持ち上げ、頭から地面に叩きつけた。ぶわっと土埃が舞い、近くのドラッグストアの陳列が崩壊する。
その一騒動に引き寄せられて――一帯に凜とした声が響きわたった。
「そのへんにしておきたまえよ!」
*
途中銀時に聞いたところ、勘吉の働くホストクラブの店長・本城狂死郎の護衛八郎が、母ちゃんの息子であるという。
狂死郎は勘吉が迷惑をかけたわびに、一晩ホストクラブ「高天原」でもてなしをしてくれるそうだ。狂死郎はかぶき町NO1ホストと名高く、肩までで整えられたつややかな金髪に目元鼻筋の通った美青年。服装はホストらしく派手目の柄着物にファー付きの羽織を身につけているが、ホストとして威厳も感じられる装いだった。
「高天原」は、その本城狂死郎が経営するかぶき町最大規模のホストクラブである。
面積百坪、一千万円プレイヤーのホストや年間で億を稼ぎ出すホストを輩出する、その名に恥じぬ名ホストクラブだ。
キラキラとシャンデリアとガラスの照明が輝く店内。ボックス席の一角を陣取って、神食は両脇、後ろとホストたちを侍らせてテキーラを片手に高笑いをしていた。
彼自体が色白に臙脂色の髪と目をしているため、全員がホストに見える不思議なテーブルである。
「美形なら野郎を侍らすのも悪くないぜ。職場はむさ苦しいオッサンばっかだったもんなァアッハッハッハッ男でもいいんじゃね?お前も飲めェ!」
「ありがとうございます神食様!しゃとーぶりあんステーキはいかがでしょうか?」
「うまい!俺のことは夜王と呼べェ!……やっぱ今のナシ、夜団長と呼べェ!」
注文したステーキを左横のホストに食べさせてもらいつつ、背後のホストに肩をもませつつ、右横のホストの口にテキーラを流し込むアルハラを働きつつ、神食は初めてのホストクラブを満喫していた。
「いや~でも夜団長、モテますよね!イケメンだし話すの楽しいし、逆にモテすぎて特定の彼女いなさそう!」
「よくわかってるゥ。俺は誰のものにもならないし、誰も所有しない主義。自由って大事だよね!」
しかしうっかり普通に楽しんでしまうところだったが、息子捜しに来ていたことを思い出した。
銀時、新八、母ちゃんのテーブルをチラ見するに、母ちゃんが八郎に気づいた様子もまだ無く、大アフロの八郎が何か言い出しているようにも見えない。
「なァ、あのアフ……八郎さんって、何か後ろ暗……いや、困ってることとかあるの?」
ホストたちは顔を見合わせ、首を傾げた。「どうでしょう。個人的なことはあまり話さないのでわからないです」
「あ、でも店長と八郎さん、ヤクには困っているよなぁ」
「そんなのウチだけの話じゃないだろ」
「ヤク……」
神食はテキーラグラスを持ったまま、口元に手を当てて目で続きを促した。
「溝鼠組っていうヤクザが、最近このクラブに『胡蝶の夢』っていう麻薬を売りさばくように迫ってるんスよ。まあ、ヤクザがホストクラブやキャバクラにそう迫るのって、ここじゃ珍しいことじゃないんですが」
「でも今回の溝鼠組、しつこいみたいだよな」
「狂死郎さんはいつもそう言うのは断るんですが、今回断ってから嫌がらせをされることが増えてて。店頭のガラスが割られるとか、店前で騒ぐとか」
「……溝鼠組って、たしかかぶき町四天王の泥水なんとかのヤクザ」
ホストたちはそろって頷く。
そういえば、孔雀姫華陀は『溝鼠組と揉めることが多い』と言っていた。
「ちなみに、溝鼠組って天人多い?」
「全然。溝鼠組の泥水次郎長は、開国前からかぶき町でヤクザやってたジジイスよ。今こそ色んなのがかぶき町にはひしめいてるけど、昔は泥水次郎長一強だったとか」
その時、店の入り口でガラスが割れるような音が高く響き渡った。神食もひょっこり立ち上がって様子をうかがうと、件の巨大アフロの八郎が店の床に転がっているのが見えた。
そしてぞろぞろと連れ立った、明らかに一般人ではない男たちがいる。暴力沙汰と異様な集団を目にした客たちは、あっという間に店から逃げ出してしまい――先ほどの賑わいがウソであるかのように、店はしんと静まりかえった。
入り口から距離のある席にいた神食は、あまり気にすることなく席に座ったまま振り返るようにして眺めていた。ホストたちは身を低くして争いに巻き込まれないように、下から様子をうかがっている。
「あれ、黒駒の勝男っす、さっき話してた溝鼠組の若頭。今回ほんとにおかしいな」
勝男とその取り巻きと対するは、本城狂死郎。様子を見るに、勝男がヤクを売りたがらない狂死郎に対して、イチャモンつけと営業妨害を行っている。
そんな緊張しかつ危険な場面にもかかわらず――何故か母ちゃんは堂々と、勝男たちに対して柿ピー生討論をおっぱじめようとしていた。どうしてそうなった。
ここからでも勝男が狂死郎に対し、脅迫まがいの説得をしていることは聞こえてくる。
「狂死郎さん!オラに構うことはない!こんな奴らの言いなりになるな!泥水すすって顔まで変えて、それでもオラたち、自分の足で生きていこうって決めたじゃないか!」
吼える八郎が引きずり倒され、勝男が刀を抜く――流石に止めた方がいいかと神食は思ったが、彼が出ることはなかった。
銀時と新八の連携プレーによって、刀は落とされ取り巻きは昏倒した――が、勝男が竹串を銀時に突きつけた状態で場は硬直した。
その硬直は、勝男に届いた一本のメールでやぶられる。
「メルちゃんがァァ!わいのいぬ間にママになってしもたァァ!こうしちゃおれん、すぐに引き上げるで!」
「……ん?母ちゃん?」
勝男たちが愛犬の出産で引き上げたのはわかったが、なぜかそれに混ざって母ちゃんも勇んでクラブを出て行くではないか。
無理矢理連れて行かれているようには見えないが、ついて行った方がいいと判断して、直った黒い傘を片手に神食はそそくさと追いかけた。
母ちゃん、当然足が遅い。暴力行為を働くこともある溝鼠組との脚力は雲泥の差である。遅れるだけならまだしも見失って迷子になっても事である。
神食は早早に母ちゃんに追いつき、声をかけた。すでにかなり遅れている。
「母ちゃん!どこ行くの?」
「出産だのなんだのって言ってたじゃないか。そういうとき、母ちゃんがいないと始まらんだろ」
「そういうもんなの?」
じゃあ失礼、と神食は傘を小脇に抱えて母ちゃんを担ぎ上げたかと思うと、俗に言うお姫様抱っこ状態で走り始めた。
溝鼠組を追跡するには、一定の距離を置いて自分が走った方が早い。あれ、母ちゃんが目を合わせてくれない。
「あっ……母ちゃん、死んだ父ちゃん一筋だからね!」
「ん?アレ?何この空気?……そういうんじゃねーからね!!単にこっちの方が速いから!……って見失ったァァァ!!」
もう溝鼠組を追いかけるのではなく、普通に行く人に道を聞いた。
普通に溝鼠組の本拠地は有名で、一人目で場所を知ることができた。あとはもう神食が走るだけである。
走ったと言ってもかぶき町内、数分で溝鼠組の本拠地『哭随神会館』に到着した。外装がそこは全面金色、鼠を描いただろう看板が二階相当の部分に飾られている、四階建ての城だった。わかりやすい。
アポもなにもないので、母ちゃんと神食は勝手に玄関からお邪魔すると、それこそ上がり框を登ったすぐの広間で、先ほどの勝男たちが犬の出産を取り囲んでうろたえていた。
彼らが神食たちに気づいた様子は全くない。地面に下ろした母ちゃんは、堂々と勝男たちの輪に入ると一喝。
「男がうろたえてんじゃないのォォォ!!」
母ちゃんは中央の生まれたてのダックスフントを布に包み込んで、上下に大きく振る。
そうすると息をしていなかった子犬は、くぅんと小さいながらも鳴き声を上げた。
鳴き声を出せると言うことは、息ができているということだ。
新たな命の誕生――神食を含め、場は感動と祝福に包まれる。
「母ちゃんすごい、グスッ。よかったな勝男」
「ああ、ホンマや。オバはんありがとう、ホンマありがとう」
「いいんだよ、大事にしてやんな」
「……オバはんなんでこんなとこおんねん? そしてこのチャラそうな兄ちゃんは何?」
「あん?俺は名も無きタクシーだよ。出産はそう、母ちゃんいないと始まらないからな」
まだ目頭を押さえている神食は、母ちゃんの肩に手を置き前に押し出した。
「そーかそーか……いやちゃうわァァ!誰やねんお前ら!」
「母ちゃん。黒板八郎の母ちゃんだよ」
八郎と言えば、あのドデカアフロのボディーガードと、ここの全員が思い描いた。
だがその時、部屋の奥座敷から音もなく一人の男が姿を現した。
歳は五十後半か六十代か。黒く日焼けした顔には、所々古傷が残る。頭も眉も白くなっているが、肌の黒さと相まって明暗をはっきりとした顔だちを目立たせていた。
黒のタートルネックに白の着流し、黒の羽織。腰には刀。
「黒板八郎。聞いた名やないけ」
「オジキ」
勝男たちが一斉に声の主を見る。
オジキ、つまりは溝鼠組の頭にしてかぶき町四天王の一人――泥水次郎長。
「本城狂死郎」
「!」
その一言で、勝男たちがざわめきたつ。つまりこの八郎の母ちゃんとは、アフロではなくて、かぶき町NO1ホストの母ちゃんなのであると。
となれば、この母ちゃんは本城狂死郎のクラブで薬を売らせたい溝鼠組の格好の取引材料となる。
勝男たちが速いか、神食が速いか。
もしこの場にいるのが勝男たち、母ちゃんのみであれば、神食が母ちゃんをさらって脱出することは易かったであろう。
だが、そうは問屋が卸さない。
誰よりも早く母ちゃんに視線をやったのは神食、抱えて壁を破って逃げるのが最短経路。
入り口を目指さないことで不意も打てる。だが、傘を握った瞬間にあるイメージが彼を襲い、その動きを刹那鈍らせた。
――首と胴が泣き別れる。
そいつとの距離は二間(約4メートル)あるか、ないか。間に障害物、人間はなし。走ったのは光のごとき一条の線。
勝男たちが気づいたときには、大侠客にして居合いの達人・泥水次郎長の初太刀が閃いたあとの姿が残っていた。
だがその一閃はなんと、神食の歯によって止められたのみならず、そのまま嚙み砕かれて途中から折れて砕けた。
しかし次郎長は動ずることなく、砕かれた刀をすぐさま振り捨てて腰を落とすと、あらかじめ足元に落としていたもう一本の刀を左で拾い上げて、抜き放つ。
ともすれば初太刀よりも速い――おそらく、こちらの刀の方が愛刀なのであろう――それを、それを、此度の神食は右手握った黒い傘で受け止めた。激しい鍔競り音が響き渡り、場は硬直する。
「で、天人の小僧。オメェは何者だ?」
「オジキ!?」
「テメェらは行け」
次郎長は一瞥すらせず勝男たちに命じる。神食は口の中に残った刃を吐き出しつつ、目だけで母ちゃんを追った。
今頃銀時たちも母ちゃんの不在に気づいているだろう。勝男たちは本城狂死郎に交渉をするならば、万事屋が母ちゃん奪回をしてくれるだろう。
ここで無理に母ちゃんを奪還しようとすれば、きっと無意味に死体が転がることになる。
お優しい手加減をできるかはやってみないとわからない相手だ。神食は片手で口元を押さえた――上がる口角を隠すために。
「
「いやいやそんな。ジーさん初速怖すぎ」
戦闘種族ではない種族が、夜兎を相手取る場合のセオリーがある。春雨第七師団は例外的で、故郷の崩壊以降散り散りになったために夜兎は群れなして戦うことが少ない。つまり一対一で戦う想定は的外れではない。
その際の身も蓋もない必勝法は「最大初速で最大火力、一刀の元に殺す」。
夜兎は他種族を遙かにしのぐ身体能力と頑強さを持つ。そのような相手に持久戦を挑んでも他種族側のじり貧になる。
腹に剣が貫通したくらいでは戦い続ける個体もあるため、心臓、頭、首の急所を一撃で貫くことが最適解になる。
次策として急所を狙えないなら足を切断して機動力を大幅にそぎ、次撃で仕留める。
その理論に則れば、「首を狙った居合い切り」は有効な戦法である上に、今の初太刀を躱されることを予想に入れた二回の居合は意表を突くこともできる。
夜兎としてのカンだ。この男、
「何でいきなり殺されかかってるの俺?なんかした?はじめましてじゃね?」
恨みはたたき売るほどに買っている自覚はあるものの、神食は地球では不殺を継続している。
この不殺は信念などではなく、もっと実際的な理由で行っているものだ。
楽しもうとやってきた星でカッとなって大暴れ、現地人大殺戮景観大破壊した場合、「やはり夜兎は危ない」と思われて出禁になりかねない。ただでさえ悪い夜兎の評判がより下がり、そもそも土地自体を破壊すれば楽しむどころではなくなる。一人なら殺しても出禁にならないのではと言いだすときりがないので、漫遊目当ての星は一律不殺でお行儀よく、が宇宙放浪者としてのお作法と神食は自分に命じている。
戦いのない生はありえないが、戦いだけの生もまた味気ない。
むしろ斬りかかった次郎長の方が怪訝な顔をした。
「赤毛の夜兎。おめぇ、あの女狐のところに出入りしている春雨のモンだろう」
「……女狐って華陀さんのこと?春雨って、スープのことじゃあないよな?」
勿論神食は意図的にすっとぼけているのだが、あまりに要領を得ない返事に、次郎長は一度納刀した。併せて神食も傘を下ろす。すっかり静まりかえった室内。
メルちゃんとその赤ちゃんが、部屋の隅でくうんと鳴いた。
次郎長は神食の一挙一投足を見逃すまいと目を離さない。
――もしかして俺、かぶき町の権力争い的な何かに巻き込まれかけてる!?
「ここ数週間、おめぇはキャバクラやスナックで派手に金を使って情報を集め、華陀と俺の勢力争いの状況を知った。その上で、春雨――吉原の鳳仙の手先として、おめえは華陀のかぶき町掌握を影から補佐しようとしているんじゃアねえか? 俺を殺せば話は早いからなァ……迷わず殺ろうとここに来るのは俺好みだがな」
「なにそれ怖、知らん……ッ!」
納刀した、は居合い使い相手には全く安心材料にはならない。稲光の初速で繰り出される居合いは返り討ちにすることは難しい。
神食が後ろに跳んだ瞬間、自らの前髪が数本落ちるのを見た。一回抜かれれば、次撃の方がまだ防ぎやすい。
傘と刃がかみ合い、鍔競り合う。
「あの、マジでよくわかんないけど違うよ!?ぷるぷる、俺は悪い夜兎じゃないよ」
「……」
次郎長の方も、どうも様子がおかしいと思いだしたようで続けて攻める様子を見せない。
「小僧、名は」
「神食」
「知らない名だな」
「あっ名前は調べてない?じゃあ初めましてだからそりゃそう」
「かぶき町には何しに来た?」
「観光。万事屋銀ちゃん……でわかるのかな? もしくはスナックお登勢の二階に居候中」
「生業は」
「ニート」
「大昔夜兎とは数人やり合ったことがあるが、妙な夜兎だな、おめぇ」
「どこが?」
「人間なんか殺せばいいじゃねえか」
「……あんた、天人嫌いだな?」
「この町で好きなやつがいるのかい?」
勿論、個人レベルでは好きな天人がいる人間はいるだろう。だが総体として天人はこの国から見れば侵略者である。横暴で地球人を侮蔑する新たなる支配者層。だがすでに幕府の中枢に食い込み排除は難しい状態だ。
その境遇で自分の利益を追求するなら、天人を拒絶するよりは天人に追従する方が手っ取り早い。
だが、次郎長と華陀は激しい対立関係にある。ということは、つまり。
「……あんた、天人の差配がすんごくイヤなんだ。こんな状態でも」
そうであっても、今や天人の力は強大だ。その中で、地球人の力だけで町を差配するというのなら、自分も
次郎長が本当は麻薬の売買を好まなかったとしても、ない方がいいと思っていたとしても、結局天人によってあらゆるルートで流通する。であれば、自分を通して流通させた方が金も手に入るうえ、流通量や経路も把握・管理ができる。
管理ができるということは差配できるということだ。
神食が次郎長と会うのはこれが初めてだ。
しかし今まであった誰かに似ているような気がして、だが誰に似ているのかまではピンとこない。
「俺は華陀さんの手先じゃない。地球人を殺すこともしない。ここ楽しいし、観光先の住人殺すのサイコじゃん。だからあんたとも殺し合わないぜ」
すべて嘘偽りない本当の話だ。次郎長が信じてくれるかどうかは、別の話だが。
「……おめぇは本当にそう思っているのかもしれないが、女狐の方は違う。奴さんこのところ妙に強気でな、『幻影郷』ってヤクを賭場だけじゃなく、ゴロツキみてえな攘夷浪士にまで取り扱わせ始めて俺も迷惑してるんだ。ならおめぇにも責任があると思わねぇか」
「……」
「こっちの『胡蝶の夢』。本城狂死郎の店で捌かせようとしてる薬だ。どうも勝男たちに様子を見るに旗色が悪くていけねぇ。この件、手を引くことになるかもしれん。だからよ」
次郎長は全く顔色を変えず、当然のように言った。
「おめぇが女狐のヤクを止めさせて来い。これで手打ちとしようや」
しくじったわ、と神食は内心頭を抱えた。おそらく神食の今の言葉を次郎長は信じている、が、神食本人に対する信頼度はないのだ。
天人である華陀の手下には、多数の天人がいる。天人を殺すのであれば、神食の「地球人は殺さない」に抵触しない。
仮に神食が華佗の薬流通ルートを妨害しても、華陀の報復を受けるのは実行犯の神食のみ。次郎長こと溝鼠組に傷はなく、華佗の『幻影郷』の流通もなくなる。
もし神食がこれを断ればどうなるか。最近ふらりとやってきたただの
どちらにしろ、溝鼠組は損をしない。
――これは天人同士食い合えばいいという、強烈な敵意だ。
(鳳仙のおっちゃんが吉原を支配しているっていう、キッツイ前例があるからなァ~)
神食は敵意を感じるが、次郎長に悪感情はない。次郎長は町を天人に渡すまいとしている、群れのボスとしての責務を果たそうとしているだけだから。
ただここでかぶき町に入れなくなるのは嫌だ。しかし、次郎長に言われるがままに華陀と対立し一派を皆殺しにするのも嫌だ。
皆殺しの労を厭うわけではない。むしろそれですむならば、一等簡単で楽ですらある。楽だが、それはすべてを解決すると同時に取り返しのつかない事態を生むこともある。
皆殺しなんかいつでもできるのだから、それは最後でいい。
「『幻影郷』の流通を止めたいなら、俺がやる必要もねぇな」
「ほう」
「そこはもう真選組がもう内偵してる。華陀が新しい販路を切り開こうとして、攘夷党を使っているなら、俺がちょっと応援して止めるぜ」
皆殺しと真選組の捕り物に便乗する、どちらが楽かといわれたら前者。ただ今後のかぶき町のことを思うなら、自分みたいなぽっと出の暴力装置が片づけるよりも、現地の治安組織が対処したほうが今後の再現性がある。
「一応聞くんだけど、溝鼠組と真選組、岡っ引き同心とは連携ってないの?」
「同心とはなくもないが、真選組の方はない。どうしてそんなことを聞く?」
「俺は宇宙放浪してそこそこ星や組織を見てきたけど、政府公認の治安維持組織と昔からいる地元のヤクザって案外協力して事に当たってることも多いから」
もちろん癒着して賄賂で悪事を見逃してもらうなどの温床になっていることも多いが、政府治安維持組織は法で定められているがゆえに、動きに融通が利かないところがある。そこを法的にはグレーであっても、ヤクザ組織が補助して陰に陽に丸く事を収めることもある。警察組織と連携とってもうちょっと制御できないか気になったのだ。
次郎長は納刀した刀を畳に置き、自らも座布団に腰を下ろした。
そういうことは、やっていたのだ。かぶき町が天人だらけになる、その前の――この空に太陽と雲と、それだけがあった時分には。
次郎長はそこで初めて、ふんと鼻で笑った。「やっぱ妙な夜兎だな、おめぇ」
「同族にもよく言われるし、というか浮いてるし、なんならアンチもいる」
神食は第七師団の古株系の夜兎には嫌われ気味だと思っている。鳳仙団長時代を知る歴戦の夜兎には特に。
強さこそパワーを信奉している夜兎にウケが悪いのは百も承知だ。任務には普通に行けるから困ったことはないけれども。
「ここは俺の町だ。逃げられるとは思わないこったな――お手並み、拝見といこうかね」
成り行き、次郎長に見送られることになって神食は正々堂々と正面玄関の暖簾をくぐった。
全く長年生きるジジイがやっかいなのは、人間も天人も変わらないらしい。何か重要なことを言い忘れたような、と考えたところで、神食は勢いよく後ろを振り返った。
「そうだジーさん、言い忘れてた!」
「何だい」
「夜兎とやり合った、って言ってたじゃん!そう、やっぱ夜兎殺したことあるんだ、初撃アレは絶対そう。殺したことがある剣だったもん」
次郎長の居合いを思い出しながら、神食はうんうんと頷いた。
彼は同族愛はあるが、夜兎が戦で死ぬこと自体は否定しない。夜兎によっては最上の死に方とみなすこともあるので、同族が殺されたことに対し思うことはない。
神食はいつもは戦場で死ぬのなんかゴメンだ、と思っている。が、戦闘でノリにノっている時は少し違う。
もし戦場で死ぬならば、自分の意識はそこで途切れる。戦っているのか死んだのかもわからないまま、戦場で意識が鋲止めされる。一瞬が永遠になる。それは――
神食は悪童のような笑みを浮かべた。「巡り会いが良ければ殺し合おう、大侠客」
*
結局、神食が次郎長とやり合っている間に、肝心の母ちゃんの取引の大太刀回りは終わっていた。
こっそり銀時から聞いたところ、狂死郎は母ちゃんに自分の事を告げるつもりはないそうだ。誘拐沙汰にまでなったにもかかわらず、お腹空いたでしょと母ちゃんは万事屋の台所で夜食のラーメンを拵えている。すごくたくましい。
それを待ちつつ、万事屋の三人と神食は居間のソファでテレビをつけてくつろいでいた。
狂死郎が名乗り出ない以上、万事屋は母ちゃんの依頼を果たせていないことになる。
万事屋メンツがどことなく疲れているのは、大太刀回りのせいだけではあるまい。神食は呆れてつっこんだ。
「つーか、結局骨折り損のくたびれ儲けじゃん。ホストの兄ちゃんに事情話せば払ってくれそうだけど」
「あーあー、野暮なこと言うなや。つーかオメーこそ途中からどこ行ってたんだよ」
「あー、酒飲みすぎて野グソしてた」
「あんたたち!ラーメン出来たから手洗ってきなさいよォ!」
うぇーい、とやる気のない返事をして洗面所に行く三人を、神食は見送る。こりゃあ儲からないに決まっている。
万事屋はそこそこ忙しく働いてるのに、しばしばこのような手間ばかりかかり報酬ゼロの案件が紛れ込んでくる。
神楽が飢え死にしない程度にしてほしいが、当の神楽が楽しそうなので神食からいうことでもないけれど。
「ちょっとォォあんたァァ!手洗ってないでしょォォ!」
「アッハイすいません」