昔は師匠――鳳仙についていけば、
実際、団長としてだけではなく、師として優れていたとも思う。多くを語る方ではないが、強くなろうという気概さえあればいつまででも稽古をつけてくれたことも記憶にある。子供だからと手加減されないことは、むしろ心地よかった。
そういう意味では、よくできたとわかりやすい褒め方こそしないが、十分褒められていたようにすら思う。
ただ、今思えば。たまたま烙陽の片隅にいたただのガキに、なぜ春雨第七師団長という立場の男があれだけ構ってくれたのか。
見どころがあったから、と言われればそれまでだが――「童であっても、本気で向かってくる男の方が良い。意気地なしでは稽古も捗らぬ」と、鳳仙が片頬をあげて笑っていたときに、ふと感じた。
師匠は俺と誰を比べているんだ?ほかに弟子でもいたのか?
その時はただの思い過ごしだと思っていた。なんとなく気になったので、師団内で鳳仙に他に弟子がいるのか聞いて回ったが、みな首を横に振った。
鳳仙は気が向いたときに、団員に稽古をつけることも多かったから、団員たちの事?
「意気地なし」って、誰の事だ?
*
第七師団で出自のわからない夜兎が戦闘で功績をあげたときに、ジョーク的に言われる言葉がある。
「お前、夜王の隠し子じゃないか?」
初代第七師団団長鳳仙に子息子女はいない。が、一夜をともにした女は数多い。
鳳仙が知らないだけで、人知れず身ごもった女が子を産んでいたという話は十二分にありえる。故に師団内で軽口褒め言葉として話されるのだ。
ちなみに本人の記憶が飛んで出自不明な参謀長の神食には、このジョーク言われることはあるものの、少ない。
その理由は、彼が弱いからではない。
「ガチっぽくて冗談に聞こえない」からである。
実は若手たちはこのジョークを神食に言うのであるが、当の本人は「鳳仙のおっちゃん適当に種まいてそうだしそうかも」と真に受ける様子はないし、本人もジョークとうけ止めているように見える。
「冗談に聞こえない」のは、鳳仙が師団長だった時代を知っている古株たちであり、阿伏兎もその一人だった。
鳳仙が神食の生まれについて言及したことはない。が、神食の入団時点から鳳仙の様子が違うのは、鳳仙を知るものにはよくわかった。
「朔月」の評判があったとはいえ、彼の入団勧誘にわざわざ同席した。入団直後、神食に吉原にまで挨拶に越させた。その挨拶のときに、臙脂色の――神食の髪と目と同色の大傘を下賜した。
本人は吉原で体調不良だったことと、単に「すごく……大きいです……」とノーテンキなコメントを返しただけでなんとも思っていないようだったが、阿伏兎は目を疑ったものだ。その傘は、かつて鳳仙が若い時分に使っていた傘と同規格・同素材の予備品。異なる点は、鳳仙の傘は藍鼠色、神食のものは臙脂色であることのみ。
それをもらった入団当時の神食はまだ身長も160センチ台で、傘は大きすぎるものだったが、数年経過した今となっては、戦闘時に敵をなぎ払い突き殺すのに大いに活躍していた。
また鳳仙から斡旋される任務がハイリスクなものばかりで、神食は「おっちゃんからすごい殺意を感じる。楽しいけど」と首を傾げていたが、誰もが厳しいと思う任務をやりとげたからこそ、短期間で副団長と同格の職掌についても、師団内で大きな反発が無かったともいえる。
つまり、「こいつならやれるだろう」という期待の元に無茶な任務が振られ、「今は使えずとも数年たてば使いこなせる」という予想の元に大傘が贈られたと見ることができる。
藻武のような若手は「参謀長古株と相性悪いなあ」と感じているようだが、事はそう単純ではない。
古株が神食に感じているのは、多分「かわいさ余って憎さ百倍」かねぇ、と阿伏兎は読んでいる。
実は神食と任務に行きたがる古株は多い。彼らは神食が戦う姿が好きなのだ。
ベテランの山路がぼやいていた「
断ると、鳳仙と神食の戦闘スタイルは似ていない。パッと見の融通無碍さは師匠の星海坊主の方がよほど似ている。往年の鳳仙の、根本は常道に則り、極限までの高精度・高速・
ただ、彼の融通無碍さは「型破り」のそれである。型破りとは前提として型があり、型を知った上であえて破る常道外しを意味する。その「型」が、鳳仙の常道――全身の筋肉の使い方、体捌きに残像として残っていると、かつて鳳仙と戦をともにした夜兎は思うのだ。
さらに入団当初はまだ小柄だった神食の背が伸びて体つきが大人になり、鳳仙から賜った大傘を振り回せるようになった彼が。
月の明るい夜に、任務にて対象を殺し尽くしその屍の山に立っている姿はまさに、夜の王を思わせた。
その一方で、普段ヘラヘラしていて威厳のかけらもなく、弱い夜兎にも手を差し伸べ、「弱いだけでは、死ぬべき理由には足りない」と言い放つ。
その落差が、かつての夜王鳳仙を知るものに激しい違和感を抱かせている。ゆえに古株ほど、神食に対する思いは複雑なのだ。
*
阿伏兎から見るに、神威の神食の理解はかなり深い。肉体言語で語りまくるのは夜兎あるあるだ。だが、むしろ言葉で神食が色々と語るのは阿伏兎の方だろう。
あの二人は肉体言語に頼りすぎなのと、神威が神食に対して遠慮がないので、神食も意固地になってあえて何も言わないことも多い。
神食の夜兎観はかなり冷ややかで辛らつだ。「宇宙最強種なのに絶滅しそうって実は宇宙最弱では……?」の具合だ。基準が腕力ではなく、如何に生き残るかなのだ。それ自体が戦って死ぬならば本望と思う夜兎が多数の中では異様だ。
絶滅するまで戦い続ける一族であることを受け入れ誇る阿伏兎のことを、神食は諦めてるだけじゃん、お前だって共食い嫌いなくせにとどやす。とはいえ、阿伏兎も神食もお互いを受け入れられないと思っているわけではない。同族の愛し方の形が違うだけだからだ。
もっと言えば、「死」ではなく「生」を見ているという意味で、彼は未来を見ているのだ。
入団当初の方がもっと「夜兎らしかった」と、阿伏兎は思う。強いか弱いか、その日、今だけを考えて生きていた。
だが春雨第七師団という、破壊の極北たる兎の群れで暮らして戦いともに過ごしていくうちに――居場所らしきものを獲得したがゆえに、夜兎を考える余裕ができてしまった。
それがゆえに、神食の思想は第七師団のそれと乖離し始めてしまった。
彼が第七師団にいたければいくらでもいることはできるだろう。なぜなら強いから。
だから問題は、彼がどうしたいかだろう。
そんな我らが参謀長様は、阿伏兎の足の下で一升瓶を抱えて爆睡していた。時刻は朝の四時半。自室にて経理作業を終えた阿伏兎は、空腹を満たしに食堂にでも行くかと部屋を出た瞬間、変なものを踏んづけた。参謀長こと神食を踏んだ。
なお、踏んでも起きなかった。
「……お~い、神食?参謀長?な~にしていらっしゃるんですか?」
「……マジックミラー号……」
何の寝言だよ。強めに数回踏んづけてようやく起きたらしく、よっこらしょとおっさんくさい掛け声でゆらりと立ち上がった。「阿伏兎!全員潰れたから次はお前だ!」
いやアンタも潰れてたんじゃないの?と突っ込むより早く、片腕を掴まれずんずんと食堂の方へと歩いていく。その道すがら、ものすごい酒の匂いを放ちつつ倒れた団員の残骸があちらこちらに転がっていた。犠牲者である。
阿伏兎も奇しくも食堂にはいきたかったところではあるのだが、静かに食事を嗜むことにはならなさそうである。
阿伏兎は山盛りのそばを、神食は追加の一升瓶とバケツアイスを食堂でもらった。宇宙空間のため朝も夜もないが、この時間はさすがに人がほとんどいない。食堂でも宇宙が見える窓際の、数少ない対面ソファ席を陣取った。
「次はお前だ!」と言った割に阿伏兎に酒を飲んでほしいわけではないらしく、一人で酒とアイスを食べている。若干顔も赤くうとうとしているようで、珍しく本当にかなり酔っているように見えた。
神食は先ほどまでは古参の夜兎と酒盛りをしていたらしく、鳳仙の武勇伝を死ぬほど聞かせられた、いい加減暗記できそうとぼやいていた。古参の夜兎は鳳仙武勇伝が大好物だからさもあらんである。
古参の夜兎に関わらず、神食はよく人と酒を飲んだり飯を食ったりしている。人と食べる方が食が進むというのは本人の言だが、単純におしゃべりなだけにも見える。人懐っこいのか誰でもいいのか、戦闘実働部隊、番傘職人、医療班、相手はまちまちだ。
夜兎で外向的なタイプは珍しい。そういった意味で、調理員や清掃、修理担当など第七師団に関わるバックオフィス系から実働部隊に対する文句はほぼ神食に入る。その流れで裏方部門の予算回しや実働部隊の横暴の締め上げをやっているので、阿伏兎はそっちを考えなくていいのは副産物的にありがたい。
そういえば当初は面喰ったが神食には毒と薬が効かない。正確には解毒が恐ろしく速いらしく、すぐに効き目がなくなってしまうそうだ。神威が色々試してみたそうなので間違いないという。何やってんだ団長。
つまりは酒も毒と判定されて効かない、つまりは酔わない。
ただ本人曰く「今日はめっちゃ飲んで酔うぞ!!」と気合を入れて飲めば酔えるという。それはもうプラシーボ効果なのではないか。
余談だが飛耀は夜兎の大食らいについて、「夜兎は体内での恒常性が高すぎて、体外からの変化を受け付けない。毒や薬が効かないはそのせい。さらに体外から取り入れるという意味では食事も同じだから、通常量では栄養になる分量が少なすぎて、物量で補う必要があるから大食い。とびぬけた身体能力を保つためだけではない」との持論を述べていた。余談終わり。
「副団長殿ォ、最近の春雨をどうお思いになります?」
「どうしたんですか参謀長殿。突然参謀らしいことをおっしゃりますなァ」
副団長と参謀長の職位としては同格とされているが、団長不在時の代行は副団長である。それを踏まえると気持ち副団長の方が上、が第七師団内の雰囲気ではあるが、当の参謀長殿は団長からして呼び捨てなので、このようにわざわざ職名で呼ぶのは珍しい。
「俺は第七師団への風向きが悪いように感じてならないんだよなァ。ホラ、俺が夜兎専用エネルギーバーを正式配備したいって、予算くれって提督とか元老院にかけあったことあっただろ?」
「そんなこともあったな」
「でもさ、全然許可出ねぇの。お前にも手伝ってもらってプレゼン資料とかまで用意したのに、第七師団全体の継戦能力の向上、小型宇宙船における食料スペースの削減、絶対意味あると思ったけどさっぱりだった」
それは阿伏兎の記憶にも新しい。役に立つのか立たないのか不明な珍アイテムを作り続ける開発部にしては実用的なもので、手を貸した。しかし提督、元老院の賛同を得られずご破算になろうとしたところを、神食は裏技で予算をもぎ取ってきた。
『師匠の古い知り合いが元老にいるっぽいんだよな~』
つまり、師匠こと星海坊主から元老院に働きかけさせて許可を出させた流れだ。
師匠はシンジゲートのいざこざに興味ないから二回目はもう無理だ、と神食はつぶやいていた。
「あとさ、第四師団に辰羅借りたい話もさ、猩覚はいいって言ってたんだけどあいつ幽閉されてるから実権は副団長で、結局ウヤムヤにされたし。夜兎は個人で戦ってばっかだけど、せっかく第七師団は夜兎がいっぱいいるんだから、模擬訓練でも集団戦法とやりあうことは意味あるって言ったのに通らねぇし」
「あとは、そもそも師団同士が仲が良くないことが多いけど、ほかの師団でもちょっと神威の人気があるっぽいのがキモい。まぁ元老院から来る任務が、既存の配下の宇宙海賊を締めるとか新しいヤクをばらまけとか、マンネリ化しててつまらんってのもあると思うけど。でも、もうマンネリでいいやって思って、神威を嫌う師団もある」
「オイオイどうした参謀長殿、いやに真剣じゃねぇか」
神食はもともと多弁な方だが、酔っぱらっているにしても少し様子がおかしい。阿伏兎の言葉を聞いているのかも怪しい。
「あとさぁ、鳳仙のおっちゃんさぁ、何?マジで俺はケツを狙われてるの?自分で言うのイヤなんだけど、俺の事好きじゃない?やめてほしいんだけど」
「旦那は若くて強い夜兎が好きなだけだろうがよ、このあんぽんたん。団長だって似たようなもんだろ」
「あいつは長らくおっちゃんの弟子だったじゃん。ムカつくけど強いし、お気にでも当たり前だろ。でも俺はぽっと出だから!話したことだって数回なんだけど?顔?」
「結局何が言いてえんだよ」
「あ~~ん~~~。そのおっちゃんの奇行もイミフなんだけど、それ、そのうち変な陰謀に使われそうじゃね?第七師団で神威派と俺派みたいなの、できたりしない?」
酔っぱらっているせいか、話にまとまりはまるでないのだが、それでも阿伏兎は神食が言わんとすることを理解した。
春雨の師団同士での権力争いもあるが、師団内での権力争いも多く発生している。それらの争いの結果、師団長の座は頻繁に入れ替わる。
むしろその点については、力こそすべての規律とはいえ、第七師団は群を抜いてまとまりがあると言っていい。
『最近の春雨をどう思うか』で、神食が懸念していることは「春雨の屋台骨であるはずの第七師団の勢力拡大を、上層部は嫌っているか恐れている」「第七師団の神威を嫌う師団がある」『鳳仙の奇行』で、神食が恐れているものは『団長は神食でもいいんじゃないか』という意見の台頭。
この二つが悪魔合体した最悪のシナリオは『第七師団が神威と神食で真っ二つに割れて内部抗争、どちらが残るにしろ第七師団全体の戦力低下。それを見計らい、春雨上層部と神威(第七師団)を嫌う師団が謀反か何かの嫌疑をでっちあげて第七師団を壊滅させる』である。
前提として、第七師団は春雨最強の部隊にして屋台骨だ。屋台骨を木っ端みじんに砕く住人がどこにいるのかという愚策である。だが、長年春雨にいる阿伏兎と、かつてえいりあんはんたー兼なんでも屋として種々の組織を渡り歩いてきた神食は、時に組織が結果として破滅的な行動をとりうることを知っていた。
現状、ことが起きる兆しはない。ただの心配のしすぎかもしれない。だが、深い懸念の話をされたにもかかわらず、阿伏兎は口角を上げて笑い出した。
「妄想だと思ってんだろ!ちょっと言ってて恥ずかしいんだからな!」
「悪い悪い、話の内容をバカにしてんじゃねェよ。何、最初はなぁにが参謀長だと思っていたもんだが、まあまあサマになってきてんじゃないかと思ってな」
きょとんとした神食は何もわかっていない様子だ。本人も意識的に参謀をやろうとしてはいないのだろう。
神食には嫌な顔をされていたが、鳳仙が参謀と彼を配置したのはあながち間違いではないらしい。
参謀とは、情報を集め周囲の状況を理解し、数歩先を考える先見性を持ち、現場の状況から危機をどう回避すべきか立案、目標があるならいかに達成するべきか立案し、リーダーと組織の間を円滑に保つ役割を言う。
良くも悪くも一直線な神威と比べれば、神食は良くも悪くも気が多い。神威の強さを求める孤高さと比べれば、神食は生ぬるい。
そもそも夜兎は謀略なんて面倒なことをしなくても力で叩き潰すことができるので、そういった交渉事を回りくどいと感じる傾向がある。だが、「いつでも殺せるなら殺すのは最後でいい」という神食は、その回りくどいことをやる。
畢竟、神食はぱっと見の振る舞いに反して我慢強いのだ。力で制圧できるのになかなかしない。夜兎の評判を気遣って、任務以外で邪魔した星では自重する。
阿伏兎からすれば腕力が強くてかつ自己抑制が強いというのも、どうにも奇妙に感じるものではある。
「参謀つっても、これからどうするかは俺もノープランなんだけど。やっぱ先制攻撃で上層部も他師団も殺って春雨自体をジャックする方が早くね?」
「いきなり雑になるなァ!……しかし、若いモンの成長は早いねえ、おじさん年を感じるわ。それに四年前は三年の契約社員だー!と喚いてた子兎が、ここまで師団愛の強い兎になってくれるとはね、わからんもんだ」
「べ、別に好きじゃねーよさっさと爆発し……そうか、契約社員、三年、そうか。俺がこのクソ組織辞めれば割と丸く収まるじゃん!第七師団真っ二つもないし、一時的に第七師団の戦力低下で上層部の気もちょっとは収まるんじゃね?」
「やっぱサマになってきたは撤回だこのあんぽんたん」
バシッと神食の頭を叩いたが、まあ全く堪えていない。将来有望な団長様と同僚だが、おかげでどうにも阿伏兎は子守担当が抜けない。
バケツアイスを半分ほど食い尽くして、神食は一息ついてからソファによりかかって伸びをして、面倒くさそうに言った。
「ま、俺ここで浮いてるし。一気楽な野良夜兎の俺ごときの派閥なんかできやしないか」
阿伏兎は黙った。神食が少し浮いているも事実。ここが鳳仙→神威のカラーで成り立っていることも真実。だが。
(こいつ、大分自分の認識が狂ってるんだよなァ)
本人は元々「宇宙の根なし草」と自称している。10歳までの記憶なく、反社会組織の鉄砲玉として強盗殺人で生計を立てていたところを星海坊主の弟子になり、えいりあんはんたーとなり、惑星深閃の月落としでついでに春雨第十師団を壊滅させて第七師団に目をつけられ、入団させられた。団長と同等以上に終始ボコりあい今に至る。本人は気楽な野良夜兎と嘯いているが、阿伏兎からすればどの辺が気楽?波乱多いぞ?である。敵の分析は得意なのに自分の分析の精度はカスである。
彼は今阿伏兎に言っていたようなことを神威には絶対に言わないだろう。これは神威にも神食にも言えることだが、互いにカッコつけたがるところがある。俺の方が強い、俺の方が背が高い、俺の方がメシたくさん食べれる、俺の方がチンコでかいとか。
ガキか。ガキだった。
「アンタがいないと、俺の仕事が大変になるんですがねぇ」
「ハハ、そりゃそうだ」
神食も慰めてほしいわけでもないだろう。
すっかりいつもの調子に戻って、思い出したように言った。
「そういやおじさんで思い出したけど、阿伏兎最近加齢臭するぜ」
「え“っ」
*
阿伏兎が神威に話した「神食の気になること」はこれまで語ったような内容だった。
その後地球に行ったという彼を追跡するため、朽名の進言に従い、朽名に通信機を持たせて吉原に行かせた。
春雨側で通信機から会話を聞いていたのは、神威の私室にて、神威と阿伏兎だけ。
朽名から神食が地球の日本国かぶき町にいるとの情報をうけたあと、通信機を切る。
「団長、神食は旦那の何なんだ?」
神食が鳳仙のお気に入りという話を超えてきたな、と阿伏兎は思った。一団員の傘にGPSを仕込む。何の為に?お気に入りだからでは話がつながらない。朽名もグルだったことも驚き――否、鳳仙の右腕であることを思えばおかしくはないが。
「もしアイツが旦那のお気に入りなら、吉原に来いとか連れ戻せ!になると思ったんだが……」
鳳仙は神食を第七師団に戻すつもりはない。しかし居場所は常時把握できるようにしている。
何をしたいのか、先代団長の思惑が見えない。すると、神威はいつもの笑顔のまま続けた。
「神食が旦那のお気に入り?あはは、そんな甘いもんじゃない。でも俺は結構驚いてるんだ。旦那、思ったより我慢してるんだなって」
彼は阿伏兎に振り返る。
「だって、子供は親の所有物だと思っているクチだろ、鳳仙の旦那は」
神食と四年間殴り合ってきた神威にはわかる。言葉よりも何よりも、戦い方は雄弁に語る。
神食の最大の特徴は、病的とも思える危機察知能力。食事の時も、風呂の時も、シコっている時も、寝ている時でもお構いなしの最優先処理タスクとして殺意、悪意の対応はなされる。対知生体において、あれに不意打ちの概念はない。目の前で笑っている相手が、背後から自分を刺す前提で生きている。
それは二十四時間三百六十五日「誰かが己を殺しに来る」という前提で生活していないと身につかない。
明らかにまともな人間にしようとはしていない育て方。
神食の性格と発露した戦闘本能は明らかに「ガンガンいこうぜ」を志向しているのだが(というか夜兎は大体ガンガンいこうぜ)、神食の体は「じぶんのいのちをだいじに」を志向している。
如何に殺すかを考える戦闘本能と、如何に身を護るかを考える生存本能。二つの本能の間で泣き別れているのが神食の弱点……といえるほどの弱みになっていないので、特徴というべきか。
それはさておき、なぜ「いのちをだいじに」がこれほどまで身に沁みついたのかを考えれば、神食が十歳になるより前にさかのぼるだろう。
戦闘本能が覚醒する前の神食は、四六時中休みなしで戦わせられる、もしくは緊張状態に置き続けられていた――という想定になる。もし幼くして戦闘本能が目覚めていれば、あそこまで危機察知と回避に偏らない。
それほどまでに早期に厳しい訓練を課すことができ、人手が使えて場所も用意でき、練習用に殺させる人間や戦場にできる星まで用意できるような奴は誰だ?
……ここまでは状況推定でおそらく、程度に神威は考えていたが、先ほどの通信でもう答えは確定した。
だがそれをやる理由は何だ。自分の後を継がせるレベルの話ではないだろう。あの夜王は、自分の血筋に第七師団をやるような思想はない。あったら神威は団長になっていない。
自分の子供は己が身から生じたもの。すなわち自分の一部にして、己のもの。番傘を使って敵に打ち勝つことが己が勝利なら、己が子の勝利は己のもの。とすれば。
――自分でも勝てなかった何かを殺すために育てていた?もしくは……。
いや、これ以上は妄想になるだろう。それよりも今向かうは太陽系第三惑星、地球のかぶき町。
*
かぶき町国際ターミナル。天を衝く大筒のようにも見える銀色の塔は、今は通常時とは打って変わって静まり返っていた。天人の坩堝、デパートのような規模の免税店やフードエリアがあり人気が切れることはない場所だけに、そこが無人であるのは異世界のような雰囲気を醸し出していた。
一階の広大な待ち合わせ場所のソファに腰かけたり、壁に寄りかかっていたりするのは、第七師団の神威、阿伏兎、朽名に……飛耀だった。神食失踪は春雨上層部にはまだ秘密の為、上層部から来ている任務は通常通りこなさなければならない。
そのため、第七師団戦艦を乗り付けることはなく、中型宇宙船にて必要人数だけでやってきていた。
「で、なんでお前がいるの?」
明らかに戦闘戦力外の飛耀に、神威は笑顔で言った。笑顔だがここで応答を間違えると殺されそうである。
「さ、参謀長にお会いしたくテ!」
「ふーん、まあいいけど。邪魔したら殺すからね」
ヒエ~と息を詰める飛耀に割って、朽名が懐中時計を示して告げる。
「ここからは時間の勝負ですぞ、団長殿。最長四時間です」
この無人の国際ターミナルは、犯罪者逮捕協力のため緊急停止という名目で乗客を全員退避、発着陸予定の宇宙船も欠航または遅延とすることで無人化している。また、かぶき町近辺のみだが[[rb:指名手配犯 > 神食]]捕縛のために緊急放送を流し、近隣住民には外出をしないように促している。
春雨とつながりのある幕府高官の協力を得て実現したが、幕府中央と春雨の密約連携は本当に近頃、鬼兵隊という地球の陽動部隊の手を借りて成立したばかり。それに今回は上層部には話を通していないので、密約を振りかざすことはできずひっぱって四時間が限度とのこと。
飛耀は自分の持つ春雨と地球の関係の情報が古かった、と朽名の話をまじまじと聞いていた。
とにかく神威たちは大手を振ってこっそり国際ターミナルから地球に密航したというわけだ。今話しているのがこの四人というだけで、幕府高官と癒着している春雨の下部組織が、第七師団と聞いて覚えをめでたくしようというのか、戦力の提供を申し出てきているため、戦闘員は五百を超える数が宇宙船にて追加でやってくるそうだ。
上澄みの夜兎に対してクズが何百いようとなんの意味もねぇよ、と阿伏兎が呆れている中、朽名がかぶき町の地図を広げて、ある一点を丸で囲んだ。
「GPSによれば、殿下は万事屋銀ちゃんというかぶき町のいかがわしい店にいるようですな」
「すごい街中じゃないですカ」
「あまり街中で戦うことはおすすめしませぬ。目立ちすぎますからな」
「多分、神食から人気のないところに行ってくれるとおもうヨ。あいつは観光先を荒らすことは嫌いだから」
その時、静まり返ったターミナルが呼吸を再開しだしたかのように揺れた。春雨下部組織提供の大量の戦闘員を乗せた船が着陸したのだろう。雑魚も数がそろえば、神食を人気のないところへ追いやる程度には役立ってくれそうだ。
「私は幕府高官や下部組織対応のため残ります。ウウ、殿下に会いたい……ご武運を」
途中めちゃくちゃに私情を挟んだ朽名は、ハンカチでも噛んで悔しがりそうな形相で他の夜兎に告げた。
その様子を見て、神威はため息交じりに言った。
「爺や、一つ言っとくけど。アンタ、最終的には誰が最推しなのかは決めておけよ」
それからゆっくり立ち上がると、部下たちに向かって振り返る。
「俺はアイツを連れ戻す気なんかない。ただ、アイツが俺との決着を放り投げてまで春雨を出ていく理由ぐらいは聞いておかないとね」
ここにいるメンツは、全員神食の入団以前から春雨にいた者ばかり。つまりは神威と神食のじゃれ合いから死闘共闘までを見続けてきた者ばかり。
「これはアイツの送別会か、葬式か。――そろそろ行こうか」
ほとばしる毒親感、鳳仙ファンごめん(このシリーズ全体的に鳳仙ファンにごめんだよ)
佳境ですわよ!