満月の美しい夜。江戸の港に係留されている小さな木造の屋形船から、風雅に三味線の音が響いていたが、止まった。
左目を包帯で覆った演奏手は、三味線を持ったまま傍らの腹心が向けてきたスマホの画面に目をやった。
そこには、全裸で酔っぱらって倒れている赤毛の男の写真が写っていた。
「……万斉、何だこれは」
「国際ターミナルが急遽封鎖されたのはこの男が原因だとか」
高杉晋助率いる鬼兵隊は、春雨と盟約を結び地球における実働部隊として動いている。先日も春雨と幕府中央が密約を結ぶための陽動として、伊藤鴨太郎を操り真選組に動乱を引き起こしたばかり。
よって春雨の情報であれば鬼兵隊にも入ってくるのだが、此度の騒動は聞き及んでいない。
高杉にこのことを話している万斉も、国際ターミナル封鎖の一報を聞いてから先だって春雨と癒着していた高官から訳を聞いた程度である。
その高官も細部の事情を知っていたわけではないが、聞くところによると。
「第七師団内で抗争が起きている。団長と参謀長が反目して、参謀長が地球に逃亡、それを捕らえに来た騒ぎだと」
「ヘェ、第七師団は春雨の中では結束の固い師団と聞いていたがね」
鬼兵隊はまだ第七師団の幹部たちとは会い見えたことはない。だが、春雨の雷槍と謳われる最強の実働部隊の幹部が捕り物で地球に来ているのなら、その姿を見るチャンスである。
河上万斉はスマホをコートのポケットにしまう。
「実物を見てくるでござる。噂によれば、参謀長は神威団長と同等の実力を持つとのこと。であればその捕り物には、団長もいてしかるべきでござろう」
*
延々と流れ続ける速報と神食の飲んだくれ写真。目覚めた神食はテレビに近づき、まじまじと画面と見つめあう。
「なんだこのクソ写真、もうちょっとマシなもん使ってくれ~全世界のお嬢さんに低画質の俺が提供されちまった」
「言ってる場合か!つーかなんですかコレ!?何なんですかコレ!?」
新八のツッコミの裏で、神楽が銀時に馬乗りになって目覚めさせようとしている。もっと意識が遠のきそうである。
この写真、あまり古くなく、且つ背景をみるに第七師団の戦艦内だ。
――ということは、第七師団から流出したものだろう。ということは、今指名手配されているのは春雨が地球日本の幕府上層に働きかけた結果とみるべきだ。
なら春雨のどこまでが、神食を捕らえようとしているのかといえば――せいぜい第七師団、高官と癒着している下部組織だろう。神威・阿伏兎・朽名は馬鹿正直に上層部に「参謀長が逃げました」なんて第七師団自体の格を落とすような報告はしないだろう。
速報では宇宙犯罪者捕縛のためにターミナルは臨時閉鎖中と言っていた。おそらく春雨は正々堂々、ターミナルから大勢の戦闘員をつぎ込むつもりであろう。
正直、ここまで大げさになりますか?と神食は思っていた。
第七師団内部で仲間割れして、幹部とはいえ一人の夜兎が死にました。ここまでバカ正直でなくても、仇なす動きが見えたので始末しましたと神威が一言いえば、上層部は納得すると考えていた。
自惚れで無ければ神食は第七師団の夜兎族の幹部であり、その夜兎族がいなくなることは第七師団の戦力の減衰を意味する。第七師団を恐れる上層部は、神食がいなくなることを歓迎するだろう。
たとえ、その後よく似た夜兎が宇宙で跳ね回っていても。
結局は春雨内部の権力争いの話なのだ。春雨内でなければ、どうぞお好きに……そうなると思ってのんきに観光に来たのである。
それがわざわざこんな大捕物を仕掛けてきたのはなにゆえか。もちろん戦闘上の戦力にはなるが、自分にそこまでの価値はない。第七師団は自分がいなくとも神威を頂点にまとまっているし、むしろまとまりという意味では自分がいない方がいいはずだ。そもそも、一人がいなくなった程度で瓦解する組織は問題だろう。阿伏兎の仕事量だけは不明。
不審点はあるが、もう万事屋でゆっくりしている暇はない。神食は和室の隅に置いてあるリュックサックを背負い、玄関に置いてある2本の傘とブーツを抱えて居間に戻ってきた。
ベランダの鍵を開けて外に出ると、ブーツを履いて居間――神楽、新八、銀時(気絶中)へと振り向く。
「というわけで、突然だけどここでおさらばだ。楽しかったぜ!」
「神食!?」
「もし警察に突っかかられたら、俺に脅されてたとか言っといて!」
外には満月。夜に暮れた町は、いつもならもっと明るいはずなのに沈んでいた。先ほどの速報のせいだろう。
だが、ターミナルの方角から不穏な気配を感じて目をやれば、喊声をあげながらこちらへ向かってくる天人の大群が見えた。
(ここに向かっている?いやに場所の把握が正確だな)
左手に黒い傘、右手に臙脂色の大傘の二本差し。大群が万事屋銀ちゃんにさしかかるのを見計らい――手すりを飛び越えて、二階から地上へと飛び降りた。
テレビで写真が流れてくるくらいだ、天人達は神食の顔を目に焼き付けていたらしく一目で判断し「いたぞ!」と吶喊してくる。
神食が先頭の天人らに向かって大傘を振り上げる。上から下に叩きつけられた傘により天人はコンクリートに埋まり、返す刀で大槍のように振り回されるそれによって何人もの天人がまとめて一方向に吹き飛ばされていった。容赦なく回し蹴り、当然のように何人も天人を巻き込む蹴り、凶悪なまでに速く、重い傘は反撃する暇さえ与え敵をず四方八方に蹴散らしていく。
まるですさまじい突風が吹き荒れているかのよう。
「うおおおおお~!」
緊張感のないかけ声とともに大傘を一気に開き、迫り来る天人達に向かって盾のようにしてかざすとそのまま走り、天人をブルドーザーの要領で押しのけまたは轢き飛ばした。そして振り返ると左手の黒傘のレバーを操作し一斉に仕込み銃をぶっ放す。
まさに一瞬の出来事。神食は涼しい顔でうめき声が満ち、硝煙と血幕が舞い上がる道路に立っている。
今来た第一弾はひとまず掃討し終えたと判断し、ターミナルとは逆方向に走り出す……と、何故か隣、背後にも人の気配を察知した。
「え?何?お前銀河を股にかけて食い逃げでもしたの?」
「……?」
横には見慣れた銀髪、死んだ目をした侍が併走している。
ついでに、背後には傘をかついだ神楽と全力疾走で木刀を携えた新八もいた。
そっか、万事屋の三人もついてきちゃったか。
「……いやいやいやいやなんでいんの!?」
「それはこっちが聞きてーよ、神楽にたたき起こされたら「神食が食い逃げで指名手配されてるアル!!」でこれだよ」
「食い逃げじゃ無かったら変な女にひっかかって此のザマに違いないネ、姉貴分には正直に話すヨロシ!」
神楽は少し真面目に怒っているらしい。どうしたもんかと思ったときに、武装した天人たちが前方から現れる。また、ターミナルの方向から黒い塊が迫ってきている。それは天人の大群であり、また戦車を伴っているように見えた。
「何!?何何何!?ほんと神食さん何したんですか!?」
そんなことをしているうちに、銀時、新八、神楽、神食は古いホテルをを背に三方向を天人の大群に囲まれる。黒々とした巨大な大砲がこちらを向き、さらに最前線の天人は銃を構えていた。
「神食よォ、お前モテモテじゃねーか!罪な男だな!」
「モテるということが罪なら、俺は生まれながらにして罪人なんだぜ!」
目の前の大砲に光が収束していく。キィイイと甲高い音をあげるそれは大砲というよりはエネルギー発射砲、松っちゃん砲に近い。その大砲を操作していた天人が叫ぶ「第七師団元参謀長、死ねェェ!」
瞬間、神食が大傘を水平に投擲した。傘は見事に大砲の発射口に突き刺さり、すでに発射状態に移行していた大砲は止められず、巨大な異物の侵入により暴発した。激烈な閃光が迸り視覚を奪い、爆風が密集していた天人たちを吹き飛ばし、圧倒的な熱量が彼らを焼く。
風で舞い上がった大傘を神食は駆け出しジャンプして取り戻すと、その勢いで着地しがてらその赤い傘を振り回して天人たちを一網打尽に蹴散らす。
「おいあの白髪侍、昔蛇絡を打ち取ったやつじゃねーか!?」
春雨下部組織であり、春雨の覚えをめでたくすることに貪欲な天人らは、その鋭い目を銀時たちにも向ける。そして刀を振り上げてそちらにも向かう。
銀時らは突然標的を変えた天人らに驚くが、素早く身を翻す。銀時は木刀を横に薙ぎ、飛び跳ねて切り払っていく。新八もかかる火の粉は振り払うべく木刀を振るい、神楽も容赦なく傘の仕込み銃で乱射を繰り返す。
「なんだこいつらァ!?」
「蛇絡……ああ~癒着がバレてパクられてたやつか」
万事屋の活躍を横目で眺めた神食は拍手をしてから、ちょうど近くにいた天人をつかむとむちゃくちゃに振り回して周囲の敵を払いながら近づいた。
「ったく斬っても斬っても沸いてきやがる、おい神食!何なんだコノヤロー!!」
「いや、だからなんでついてくんのみんな!?」
背後から際限なく追いかけてくる天人の群れを尻目に、四人は猛ダッシュで逃げる。わけもわからず追われる羽目になった銀時らはたまったものではない。
神食もまさかここまで大きな捕り物になるとは思ってなかったのであるが、原因は一つ。
一般人相手に素性は黙っておくつもりだったのだが、ここまで来ては無理だ。
「俺の前職、宇宙海賊春雨の第七師団参謀長なんだよな~」
一瞬、万事屋静まり返る。
「宇宙海賊春雨ェェ!?神食さん、アンタそんなんに入ってたんですか!?宇宙で会社って春雨のことォォ!!??」
ワンテンポ遅れて新八が叫ぶ。神食はウン、と軽く頷いた。
「だって反社で働いてましたっていっていいことある?軽くオブラートに包んだだけだぜ」
「オブラート分厚すぎんだろォォ!!アンタの面の皮!?」
新八のツッコミに引き続き、銀時まで拳骨で神食をどついた。
「バキバキの悪党じゃねーかァァ!! 何!?足洗いに出てきたワケ!? つーかさっき参謀長って呼ばれてたろ、なんか……偉い奴じゃねーかァァ!!」
「あ、考えてなかったけど足洗う感じになるのか。確かに。あと参謀長ってね、三本の足が長いみたいなチャームポイントあだ名みてーなもんだしそんな偉くは……、三本目の足ってもちろんちん「んなわけあるかボケェ!」
神食は神楽に傘の柄でこめかみをぶん殴られる。銀時はかつて宇宙海賊春雨の蛇絡を討った事を思い出した。
神食があの陀絡の上なのか下なのかは不明だが、こんな人数で送別会を催される程度の大人物ではあるはずだ。神食は戦闘外でたんこぶをこさえつつ叫んだ。
「いやいやいや、みんな帰りなよ!多分俺を捕まえにきてるんだけど、危ないよ!怪我するぜ?」
「危ないアルか!なら私たち助けるヨ、でも金は用意しろヨナ!」
その大人物が一番目を白黒させて万事屋の三人を見ている。とにかく今、神食捕縛戦に万事屋も巻き込まれてしまった。まだ増援は続く、逃げていても仕方がない。
目の前の敵をなぎ倒す以外に手はない。
銀時、神楽、新八は示し合わせたかのごとく同時に踵を返した。
「万事屋銀ちゃん、舐めんじゃねーぞォォォオ!!」
戦闘能力の高い三人組、この程度の雑兵なら敵ではない。神楽は傘を振り回して敵をつぶし、銀時、新八は木刀を持って敵を斬り倒す。その光景に一番驚いていたのは、敵ではなく三人の後ろで走る神食かもしれない。
「なんか俺よりやる気じゃない!?」
銀時はちらっと後ろを振り返る。「ったく、お前嫌なところ師匠似かよ!」
「えっ!? 褒められた!?」
「褒めてねーよ!!嫌なところっつったの聞こえてねーのかァァ!!」
大事に思う対象について、自分さえそこから離れれば傷つけることはないと思っているところ。言っとくけどそういうの、お前の[[rb:概念姉 > 神楽]]はかなりダメだぞ。――とそこまで細かく話す余裕はない。
その時塊のような雑兵の中からひときわ目立って大きい、筋骨隆々の金棒を持った男三人が神食に向かって飛び出してきた。見事なタイミングで三人同時に神食めがけて金棒を振り下ろす。コンクリートがえぐれ破片が舞い上がる。
「神食!」それを見ていた神楽が叫ぶ。
しかし金棒が振り下ろされた場所に神食はいなかった。はっと気付いた一人の男が異変に気づいてすばやく身を避けると、刹那上空から大傘の先端を下に向けた神食が突撃しコンクリートにめり込んだ。どかなければ脳天から真っ二つだったろう。
コンクリートから傘を引き抜くと、神食は自分を囲む三人の男たちを見回した。
「ふーん。茶吉尼か」
三人の男は全員獅子のように白い毛を顔の周りに生やし、鬼の角が額から二本天に向かって伸びている。そして突起の付いた金棒を持っている。
夜兎と並ぶ宇宙屈指の傭兵部族、茶吉尼。
「覚悟しろ」
三人の低い威圧する声にもかかわらず、神食はどこ吹く風でちらりとそれを見て傘を握りなおした。
「よし!準備運動にはなってくれ!」
一人の茶吉尼が金棒を振り下ろし、神食がそれをよける。そこに残りの二人が両脇左右から金棒をバットのように振る。神食が地面に這いつくばってすれすれでかわすと、その二つの金棒はすぐ頭上で小爆発のような火花が飛び散り金属音が響き渡った。伏せたところを最初の茶吉尼に蹴りあげられ、頭上に止まったままの金棒に神食の後頭部が激突しかけるが、左手の黒傘を挟み込み直撃を避ける。
すかさず大傘を茶吉尼らの足元めがけて地面すれすれに振りぬいた。一人の茶吉尼の足から鈍い音。地面に伏せたままの神食は足を跳ね上げてバク宙で高く舞うが、すぐさま三人の茶吉尼は身動きがとりづらい空中の神食を狙い、一斉に金棒を振る。
ごぎぃ、と何かが折れるような音が確かに三人に届くが、それは神食が開いた大傘に金棒が当たっただけ。
目に映らぬ速さで傘を閉じると、神食はその傘でちょうど目の前の茶吉尼の腹を突き通し、串刺しにしそのまま横に振りぬき二人を道路わきのビルまで吹き飛ばす。激しく巨体が二つビルの窓をぶち割って部屋の奥に転がりこむ。神食は串刺しになった茶吉尼から大傘を抜くと、ついた返り血をさっと振って払った。腹に穴のあいた茶吉尼は、小刻みに道路の上で震えている。もう立ち上がるまい。
神食は大傘をひょいと肩にのせた。
曇天の下わかりづらいが、ビルに突っ込んだ二人の茶吉尼の影が神食に伸びる。金棒を振り上げた二人の茶吉尼は全く振り返らない神食を見て思う。「殺った」と。
しかし次の瞬間彼らが見ていたのは曇天の空。脇腹に無数の穴があき鮮血が吹き出し、金棒を持っていた手、肘から手までいくつもの新しい弾痕から痛みが迸る。もちろん二人ともである。
神食は肩にのせた傘先から硝煙を上げながら、やおら振り返り二人を見下ろした。
「やっぱ屁怒絽さんの方がやばいって!魔王だろ、あれ」
三人の茶吉尼を地に倒した後、神食が銀時たちの様子を見ると銀時が茶吉尼を一人倒していた。地球人、案外骨あるの多くて見直した。
やるじゃん、と神食が口笛を吹く。万事屋は一騎当千獅子奮迅の働きをするが、すでにターミナルへ向かう道は倒れた天人の呻き声と流れ出る血にあふれ、大砲が破壊された破片や戦車の残骸がそこらじゅうに散っている惨状だった。
「銀ちゃァァァん新八ィィィ神食っっっ死んでないアルかァァァ!!」
神楽は傘を振り回しながら、姿の見えない仲間らに向かって叫ぶ。ひどい混戦状態で声を聞かなければどこにいるのかも把握できない。しかし呼べば「僕はここにいるぞォォ!!」「死んだら返事できねーよ!」と案外律儀に返事をしてくれる。
それに安心したのもつかの間、背後に肌が泡立つような殺気。
しかし今目の前の天人を吹き飛ばしたばかりで防御が間に合わない。肌が泡立つ、背後に迫るのは、金棒を振り上げている、鬼のような―――茶吉尼。
「とおりゃ-!」
間抜けな掛け声であっという間に茶吉尼をふきとばしたのは神食だった。「神楽ちゃん、一人だと危ない!あっちに銀さん達がいるからまとまって戦った方がいいぜ」
「お前は!?」
「用事がある、ちょっと消えるぜ」
「ちょっ!待つアル!」
神楽が伸ばした手は届かず、それよりも次いで押し寄せる天人に乱れて、彼の姿は見えなくなった。
[newpage]
いろんな意味で驚いた。万事屋が一緒に出てきてしまったこともそう、彼らが地球人外れてやり手であることもそう。
天人達の狙いは彼らではないから、あの強さがあれば切り抜けられるだろう。
そして、予想が正しければこの天人たちはおまけだ。
夜兎を捕らえるために雑兵がたくさんいたところで意味は無い。
本当に自分を捕らえるならば――奴が来る。
どうやって第七師団がこちらの居場所を正確に掴んでいるのか不明だが、リュックサックそのものか中の荷物に発信器でもつけられているのかもしれない。朽名爺のせいか。はじめから追いかけてくるつもりだったのか?
春雨を抜ける旨を誰かに伝えて置くかはギリギリまで迷った。朽名爺はほとんどなんでも言うことを聞いてくれるが、但し書きがある。
たとえば神食が「藻武に内緒にしてね」と言ったら黙っててくれるが、「神威には内緒にしてね」と言って黙ってくれるかは五分五分、「鳳仙のおっちゃんに内緒にしてね」と言って黙ってくれるかは多分ムリ。
推したちの間で反目があると行動がブレにブレる。実際四年間繰り広げられた神食と神威の殺し合いも、推し同士のバトル最高!と共食いはイヤァ~~~!で、行動的には何もしていないのだ。
発信機の話はもう考えても答えは出ない。ただ居場所が知られるならそれは都合がいい。こんな町中でやり合うとせっかくの町が破壊されてしまう。だったら気を遣わなくていい場所に、こちらが移動すればすむ話だ。
――煉獄関。かぶき町のはずれ、うち捨てられた廃墟街の地下に存在する地下闘技場。
周辺の治安からして一般人は近寄らず、裏寂れた雰囲気である。周辺に暮らすホームレスに話を聞いたところ、幕府中央のお偉いさんの遊び場で、かつては本物の殺しあいの試合が見られたという。だが何か不手際か事故かがあったらしく、ここ最近はとんとなりを潜めており、不良や悪ガキが出入りする場所になっているそうだ。
どうせ来るなら、周りに迷惑のかからないところがいいだろう。
これまで暇なときにかぶき町を徘徊していた甲斐があったというものだ。
神食は錆びかけた階段を、わざと音を立てながら降りていく。もし不良などがたむろしていた場合、気づいて去ってもらうか、もしくは襲いかかってもらって適当に追い払うためだ。
地下深くの闘技場にたどり着く。試合が行われる中央の正方形のエリアが最も下になっており、四面の観客席が後ろになるにつれてせり上がっている。人気は無く、寒々とした場所だ。
ふと上を見上げれば、壁に一部せり出した足場と手すりがある。闘技場と観客席を一望できる場所があった。神食は観客席にリュックサックを放り投げると、2本の傘を手にしたまま、闘技場の真ん中へと足を運んだ。闘技場の真上には、巨大なつり屋根がワイヤーで下げられており、闘技場を和風に彩っていた。
指名手配のせいで、華陀と次郎長の小競り合いに巻き込まれなくても、結局かぶき町出禁になってしまった。
攘夷党の検挙に首をつっこんだのは、本当に骨折り損のくたびれもうけだ。
――でも、いい町だ。
地球人の女性だったら夜一人で歩くのは少し憚られる、治安の悪い町ではある。ターミナルを擁するために人通りが多いため職も多く、それを求め天人人間関係なく得体の知れない者ばかりだが、それを許容してくれるおおらかさもある。
神食自身、一〇歳以降を振り返っても履歴書はかなりブラックになる身の上で、正しさばかりを求める街なら早々に退散している。
そう、このニート期間を振り返ったのもわずかな時間だった。
今さっき己が歩いてきた方角から、複数の堅い足音が聞こえた。
気配と歩き方のクセから、誰が来たかも容易に推測できる。
「あっ、いたいた」
常と変わらぬ口調、足取り、雰囲気。
だが、きっと殺し合いになると予感させるそれ。
背後に阿伏兎、そして意外にも飛耀を従えた、我らが春雨第七師団の団長様。
四年間を同じ戦艦で過ごしたから、これほどまでに長期間顔を合わせなかったことは初めてで、懐かしささえ感じた。
「――よう、バ神威」