あ、引継ぎとかやった方が良かったのかなと思ったのは、俺が万事屋に居候して一週間した後だった。
えいりあんはんたーとして組織にいたことはあったが、傭兵的な立場で契約が終われば去る、で終わりだった。四年間も同じ組織にいたのは初めてだったことや、春雨では引継ぎも何も急に死ぬこともままあるので、引継ぎしなきゃとは考えていなかった。
それに俺がやってたことなんか、戦闘そのものと敵勢力分析とかはちょっとテクニカルだけど、ほかはアホ提督に揉み手するとか艦内の雑用するとかだし。あんま引き継ぐこともないか。
にしても我ながら急な退職をしたと思う。春雨にいたままでいいのか自体は前から悩んではいて、
ほとんど急襲の形で第七師団を去った理由は、情勢的に上層部は本気で追いかけてこないと読んだことを除いて二つ。
一つは、真っ正直に抜けようとすれば時間がかかりそうだと思ったから。夜王鳳仙の春雨離脱は年単位のプロジェクトの上に、今も吉原には春雨の手先が伺いに行っているので、そもそも鳳仙はすっぱり抜けたと言っていいのかも怪しい。
流石にそんな大御所を引き合いに出すのは何だが、自分でも各所との調整が必要になることが目に見えている。
そして二つ目は――その長く時間をかけているうちに、名残惜しくなってしまうことを恐れたから。
春雨自体、居心地が悪くなかったから四年間も在籍できたのだ。
もし抜けてしまえば、自称弟子の燕明が置き去りで、飛耀とやると決めた夜兎族の研究もそのままで――なにより、神威との殺し合いも、気軽にできなくなるのだ。
*
阿伏兎が久々に見た我らが元参謀長様は、呆れるほどに最後に見たときの姿と変わりなかった。ここに来るまでに春雨下部組織の軍による襲撃を受けているだろうに、傷一つなく飄々と突っ立っている。
左手の黒い傘を肩に担ぎ、神食は首を傾げた。
「単刀直入に聞くけど、何で来たんだ? 春雨の情勢的に、俺が第七師団内の内部抗争で敗れて死んだとか言えば、上は納得すると思うぜ」
「およ。それじゃ春雨中にお前は俺より弱いって認識されるけど?」
「別にどうでもいいぜ」
阿伏兎と神威は、そういうと思ったと心の中で言った。神食にこういった名誉欲はない。
第七師団の代表の一人として舐められることは避けるようになったが、個人としての毀誉褒貶に興味がない。そして実際に舐められたとしても、己が身に危害が及びそうになったときに返り討ちにすればいいと考えている。
だが、珍しく続きがあった。
「俺とお前の勝敗は、俺とお前がわかってればそれでいい」
「そうかい」
一瞬、沈黙があった。脇の阿伏兎はげんなりして「お前らなぁ……」と謎に疲れていた。神威はごそごそとかぶっていたマントを脱ぎつつ、話を戻した。
「お前はわかってないかもだけど俺は上司だから、辞めようとする部下には慰留と退職理由を聞いておかなきゃいけないんだ」
「マジ?引き留めてくれるの?」
「引き留めたら戻るのかい?」
「それはねえ」
「知ってるよ。じゃあ、なんで辞めるのかな」
阿伏兎の背後で、飛耀が息を呑んだ。戦闘が好きでも第七師団最弱を公言する此の夜兎は、それを知りたくてここまでついてきたのだから。
神食はケッと唾を吐く。
「入団か死かみたいな勧誘しておいてよく言うぜ。ま、俺は以前から調べてることがあってな。デカイ組織に所属したらいろんな道具やツテ、情報も掴みやすくなるだろうって目論見があったんだよ」
「それが終わったから用なしってこと?」
「いや、むしろ思ったより忙しくて進まなかったから辞めて仕切り直そうかと」
惑星深閃を含めた、各惑星のアルタナ調査。自由な時間や任務のついでで調査しようにも仕事で忙しく進捗がイマイチで、春雨に居ながらにしては厳しいと思った。
「もうひとつは、第七師団に俺はいらないし、俺と第七師団は音楽性が合わなくなったから。もともと三年の契約社員だったろ、ちょうどいい」
元々ここは神威の組織。
神食は第七師団にてよかったと思っているが、ここ最近、自分の考えが――春雨に合わなくなってきたと思っていた。
夜兎、このままでいいのかな。
「弱いことは死ぬほどの理由にはならない」。そう思うから、任務後に重傷を負った団員も回収したし、仮に戦えなくなっても他で生かそうとした。無駄だったとは思っていない。
だがここは戦闘集団の極北、戦いこそが全ての組織。戦場で死ぬことこそが最上の価値観でさえあるここで、戦い以外でどう生きていくかを考えることは、間違いというより場違いなのだ。
ならば変わるべきは第七師団ではない。自分が去るべきなのだ。
ただ、その考えをどう現実にするかを考えついてなくて――神食は音楽性と、ボヤボヤした言葉で返した。
「お前が入ってから四年経ってるけど?」
「うるせーな一年くらい誤差だろ、誤差。ケツの穴の小さい男はモテねーぞ」
「それってどういう「わかったよ」
阿伏兎と神食の酒飲み会話を知らない飛耀は、疑問の声を上げたが、神威にかき消される。それと同時に、阿伏兎は飛耀をかばうように前に出た。
今、神威と神食の距離は三十メートル程度。神威は普通の早さで歩きつつ、話を続けた。
「お前の自主退職は認められないよ」
「ハァ?」
二人の距離が詰まる。
神威の足はどんどん加速し――それに対応して、神食は右手の大傘を前に構え、左足を大きく引く。
「お前は、
*
「ご用改めで~~ィ!」
「どうわァァァ! てめーわざと狙っただろこのサド野郎ォォ!!」
沖田の放ったバズーカ砲が神楽の顔面スレスレを通過していき、ハルバードを構えた天人たちに直撃して敵を退ける。
万事屋一行はまとまって武装天人と戦っていたものの、彼らは神食を助けることが目的だ。
当の本人が独断専行で消えてしまい、どうするか迷っていたところ――大通りの交差点にて武装状態の真選組と遭遇した。真選組もバズーカ、銃、戦車を持ち出しており、大捕物だとわかるが、どうも隊士の士気があがっていない。
パトカーから沖田を見とがめた土方が怒鳴っている。「こら総悟ォォ!何やってんだテメェ!」
「それはこっちの台詞ですぜ土方さん。こいつら指名手配犯匿ってやがってんでィ、同罪でさァ」
「俺もそいつらがどうなろうと知ったこっちゃねーが余計な騒ぎを増やすなァ!」
「オイオイ、てめーらもあいつ捕まえようとしてるワケ?」
真選組は警察、指名手配犯は捕まえろという指示が出ていても当然だろう。だが、土方は首を振った。
「今回の俺たちの仕事は市民の安全を守るための市中警備だ。チャイ男を捕まえろという命令はうけちゃいねぇ」
「メチャクチャ市民攻撃してんじゃねーかヨ!」
沖田と神楽が喧嘩を始めようとしていた脇で、近藤が別のパトカーから降りてきた。
「もうアイツよりもアイツを捕まえにきたとかいう天人の方が手に追えん。俺等も何が起きているか知らされていなくてな。てんやわんやだ」
「それは俺たちだって知りてーよ。全くどこいきやがったんだあのバカ」
銀時は周囲を見回した。真夜中であることと速報で一般市民の姿はほぼ見かけないが、武装した天人が走り抜ける様はずっと目にしている。
真選組は武装した天人が市民に暴行を働いたり器物損壊をしたりしない限り、手出しは不要といわれているとのことで、天人を倒そうとはしていないため素通りさせている。
そう考えると、この天人達はどこへ向かっているのだろうか。
やみくもに神食を探している?それとも。
*
神威の右ストレートを、神食は大傘で受け止める――ではない、その拳の速度と角度を見極め、大傘を前方に向けて傘の側面に拳を当てさせ、そのまま傘の側面に沿ってずらさせる。
拳が滑る傘から火花が飛び散り、二人はすれ違うようにポジションを入れ替える。振り返りざまで至近距離で神食の大傘から銃弾が放たれるが、それは神威の髪の毛を切り裂きこそすれ直撃しない。脱兎、否戦兎の速度で距離を詰めた神威は、神食の大傘を左腕ではねのけるように押し出すと右腕で猛烈な速度でフックをたたき込む。入った。
神食は神威から見て左側に吹き飛んでいき、闘技場の壁に激突して壁ごと壊し、土煙をあげる。それで終わるはずがない、手応えが軽すぎる。おそらく当たる直前、自分から左側に跳んで力を殺された。
神威は追撃を見舞うべく、土煙へと突進する。
「もうすこし優雅に走れねぇの?うるさくてどこから来るか、すぐわかる」
もう、すぐ、右の真横、違う、下。土煙を抜けて視線の下に赤が見えるのと、神威の下顎に衝撃が入るのはほぼ同時だった。神威は上方――巨大なつり屋根に激突した。衝撃で大半が破壊されたつり屋根の柱や木くずを、神食が払いのけた終わりに、残っていたつり屋根本体全体が落ちてきた。
素早く後ろに飛び退いて、大落下物を回避するとその上に、――想像通り神威が立っていた。つり屋根を支えるワイヤーを全てもぎ取り、重さで神食を押しつぶそうとしたと見える。
轟音と土煙が舞い上がる中、二匹の夜兎 は互いを見つめて、そして笑っていた。
闘技場で縦横無尽に戦い、時に観客席にまで吹き飛び吹き飛ばされる。神食の頭突きが神威の鼻梁にめり込んで血が噴き出すが、その程度ならかすり傷。神威は頭突きで吹き飛ばされた勢いのまま、バク転で後退して体勢を立て直すと勢い衰えることなく、豪速で神食へと接近するが――突如何かが眼前に出現した。
観客席の椅子。知らない、とばかりに右拳で粉砕した刹那、同時に神食の右拳が椅子のすぐ隣から襲い掛かり、双方の拳が顔にめり込む。
番傘あり丸太あり観客席の椅子ありの無差別級デスマッチ戦闘を見ていた飛耀は、我知らず呟いていた。
「参謀長、楽しソウ」
第一線からは退いている飛耀は、最前線に参加することはとんとなかった。ここ最近依頼にいて映像で二人が戦うさまを見ていたが、生はいつぶりだろうか。
飛耀が神食と過ごす時は、専ら一緒に食事をする、研究結果をお披露目する、徨安の本を読むなど、平和なものが多い。時々実験室が爆発して黒焦げになることはあるけれども。
こんなに生き生きとした神食は、そうそう見られない。
と、乱れ舞う丸太や観客席の椅子を適当によけながら、阿伏兎はウンザリしていた。
「かァ~~もうどっちもどっちだろ、スットコドッコイ共が!」
「副団長、あの二人のやつって目で追えますカ?」
飛耀には二人の動きを目で追い切れていない。気がついたら瞬間移動しているよう見えている。
「あ?追えるけど混ざれないってとこかね。それよりお前、巻き込まれないように気をつけろよ。ここに安全なところはもうねぇぞ」
「は、ハイ……あれ、副団長!」
飛耀が指さした先は、飛耀たちがやってきたのとは、別の入り口だった。ぞろぞろとハルバート、バズーカ、鎖鎌などなど、獲物を携えた天人たちがやってくるではないか。
阿伏兎はあ~あ、と面倒くさそうに頭を掻いた。
神食を捕まえるために春雨下部組織がここまで援軍をやったのだろうが、死体が増えるだけだ。
神食を目にした天人たちは、彼めがけて獲物を振りかざして殺到していく。が。
「邪魔だよ」
空高く吹き飛ばされる天人たちによって、神威がどこにいるのかがわかる。神威らしくまっすぐにこちらに向かってくる。目の前でひときわ大きく天人達が吹き飛んだかと思うと、――しかし、神威の姿はない。
刹那、背後に気配と濃厚な殺意を感じる。ほとんど脊髄反射で首を左に傾け目だけで右後ろをやれば、頬を掠める豪速の拳が見えた。直前まで直進していた神威は、神食にばれないであろうギリギリで天人をまとめて吹き飛ばし煙幕代わりにすると、あえて天人を投げちぎらず躱しながら後ろへ回り込んだのだ。
奇襲じみた一撃に、神食は口角をつり上げた。
「小細工。お前らしくもねぇ」
「何、お前をマネしてみたんだよ」
突き出た神威の右腕を己の右腕で掴む。さらに左腕でも掴みそのまま自らもしゃがみ込むように勢いをつけて神威を一本背負いのごとく投げ飛ばそうとするが、足が浮いてしまった状態ながら神威は身をひねらせて右側に転がり不発。
戦いに割り込もうなど、もはや命知らずな天人を蹴り飛ばし、神食は地面を蹴りロケットのごとき猛速で駆けて拳を握りしめた。
受け身から起き上がり迎撃準備の完了した神威が腰を落とし、互いに残像しか残らない幻術じみた動きで、爆音。
互いの拳が互いの頬に深々とめり込み、互いに口内に血の味を感じた。
「バカ正直なストレート。神食らしくないね」
「何、お前をまねしてみたんだぜ」
二人は血煙舞う中、互いに距離をとる。その顔には、全く同じ笑みが浮かんでいた。
血の匂いにまみれ、血を啜って笑う
「腕がなまってないようで何よりだ。お前は俺の獲物だからね」
「言ってろ。俺は誰のものでもないし、誰も所有しない」
神食は天人を投げ飛ばし、神威の背後を狙い蹴りを見舞った。吹き飛んだもののおそらくダメージはそこまででもないだろう。見た目こそ大柄でもなく、ついでに優男でもあるのだが、そこから想像できないくらいにアレは頑丈だ。HPいくつあんのマジで。
神威の戦い方は小回りこそ効くものの、真っ正面からの全力で粉砕が基調になっている。奇襲系が苦手なわけではないだろう。アイツの性格によるところが大きいと神食は見ている。
王とは孤高であるもの、らしい。どんなハードな任務でも、神威は躊躇いも恐れも無く、笑みを絶やすこと無く先陣を切る。団員は、それに負けまいと己も発憤してついて行く。団員を無理矢理にでも牽引する引力のある戦い。
ムカつくので墓場まで持って行くつもりだが、あいつの強さを追い求める
俺は、あんまり最強には興味ないんだ。仮に俺が最強と呼ばれる時が来るとしても、それは目の前の強敵に勝ち続けた果てに、俺より強い奴がいない状態になったってだけの話で、目的じゃない。
そう、「神威は何で最強を目的にしているのか」が、俺にはまだわからない。最強の牙をぶら下げてぶらりぶらり、何をする?
夜兎だから、といってしまえばそれまでではあるのだが、女を侍らせてハーレム作りたいとか、権力を握って春雨を思うがままにしたいとか、そうではないことは、神威と四年間殴り合ってきた神食にはわかる。
言葉よりも何よりも、戦い方は雄弁に語る。
それでいて理由のようなものが見えてこないのだから――もしかしたら、もうそれしかないと思っているのかも。やりたいと思うことも、自分に残っているものも。もしくは、何かを忘れたくて戦に没頭しているか。守るでも何かを成すでもなく、空っぽ。
それが悪いかと言えば、そうでもない。どうせカラならでっかいカラになったほうがいい。
だってお前は生きているのだから、中身は後からいくらでも思いつくだろう。
――少なくとも、強くなれば。何かの役には立てるだろう。
*
神威は天人達をかいくぐり、神食を真っ正面から胴を狙って蹴りを放った。吹き飛んだもののまた直前で己から背後に跳んだのだろう、手応えは薄い。
神食は神威よりも背が高く痩せているわけでもないのに、索敵能力と回避能力の高さでなかなか有効打を与えられない。敏捷値いくつ?
神食の戦い方は緩急自在の天衣無縫。真っ正面のみならず奇襲、絡め手、あるものすべて使い敵を討つ。性格的に真っ正面はむしろ好きだと見えるが、同時にあれもこれもやってみたいという気の多さからこうなっているのだと思う。
アイツは俺が真っ正面好きだと思っていそうだが、俺は強ければこだわらない。アイツに対して絡め手を使わないのは、効果が薄いと思っているからだ。
あいつは最強に興味はない。流石に俺にだってわかっている。だから入団当時は互角でも、そのうちアイツを殺せる日が来るだろうと思っていた。
だけど、それは今もまだできていない。
何故?「強くなると便利だし負けるのは嫌い」とアイツは言うが、その程度のやる気で俺に殺されずにいられるのは片腹痛い。
アイツの表層は本気でそう思っているのだろうが、深層は違う。
俺と同じ訓練をやると言い、鼻歌交じりに死線をくぐることに何のためらいもない奴が、そんな表層の理由だけのはずがない。
失われた10歳までの記憶。夜王鳳仙が
――弱いものは何の役にも立たないクズ。
――弱ければすべて奪われ、何も手に入らない。
――弱いものは生きている価値がない。
今や立派な戦好きになってしまったアイツの中では、もう「強くなりたい」と「強くなければいけない」の境はないだろう。
だけど。前にも言っただろう。弱くなることを最も恐れているのはお前だろって。
だって弱くなったり、戦えなくなったりした瞬間、お前はゴミなんだから。
現状維持が衰退なら、お前は強くなり続けなければいけない。
お前は最強という高みを目指しているのではない。ただ、走ってきた道を引き返すことも留まることもできないから、ひたすら前に進むだけ。
――今は馬鹿みたいに強いアイツは、弱っちい小さな自分を捨てずに内に飼ったまま。
弱いことは悪くないの主張は、アイツがお優しいからでも聖人だからでもない。
アイツは他人に向かって言っている形をとっているが、本当に語りかけているのは他人じゃない。
本当に救いたいものは。
*
「あわ、あわわああああ」
大量の武装天人立間で入り乱れた大混戦を眼下に見ながら、飛耀は震えていた。
武装天人くらいなら彼でも倒せるが、いかんせん闘技場では視界も無く参謀長神食と団長神威の姿も見えにくく、どこか見晴らしのいい場所を求めてやってきたのが、外壁高くにある出っ張った足場と手すりであった。
下では引き続き神食と神威がしのぎを削り合っている。怪物じみた膂力の二人なので、まるでピンボールのようにあっちにこっちに吹き飛んで観客席や闘技場を破壊している。
第七師団一負傷率が低い神食でも、その反射は対団長にあっては十全には働かない。
戦巧者ではない飛耀には、神威と神食どちらが優勢かの判断は全くつかない。しかし極論、彼にとって勝者はどちらでもいい。
ただ、神食に死んで欲しくない。お前、弟子(自称)いるし、アルタナの調査はやらなきゃって言ってたし、それに自分の友達だ。友達に死んでほしいヤツはいない。
ただ此の状況。神食がもう春雨に戻る気は無い以上、神威は本気で神食が死んでもいい(というか、殺す気)で戦っている上、殺したところで脱走団員を始末したとか内部抗争の末死んだというシナリオを既に副団長と作り上げている。
どうやったら神食を生かせるか。飛耀は混乱する頭で必死に考え、とある案が脳裏をよぎる。
神威団長が参謀長を殺したがっているのは、彼が強い夜兎だからだ。
(じゃあもし、参謀長が弱くなったラ?)
飛耀はもしものためにと思って持ってきた鞄を開き、一発の銃弾を取り出した。
そして自分の傘の弾倉にセットする。弾はこの一発だけ。前に話した――試し撃ちだ。
だがそれ以前に、目で追うことがやっとの彼に、そもそも銃弾さえよけることができる彼に、当てることが出来るのだろうか。
*
すでに闘技場は天人の倒れた姿だらけで、追加の人員も無く立っているのは当の二人のみ。
神威の頭に踵落としが炸裂した。勢いよく顔を地面に叩きつけながらも、神威は両手を地面について勢いよく足を蹴り上げ、逆立ちから止まらず両足の蹴りが目の前に跳んでくる。
右腕で顔面に直撃するのを防ぎ、勢いに押されて距離が空く間にも、神威は体勢を立て直す。
お互いに深手は一つもないが、まっさらな箇所の方が少ない。神威は鼻梁が折れて顔面血まみれ、神食は泥まみれで頭から流れた血が視界の邪魔をしている。
斧のような神威のかかと落とし、チェンソーのような神食の回し蹴り。
神食の頬をかすめていくミサイルのような鉄拳。神威の胴を割ろうとする肘落とし。
一瞬でも気を抜けば自分が吹き飛んで死ぬかもしれない緊張感。
あるのはただ今今今今今今今今今今今今!
「楽しいなァ神威!次は何をしてくれる!?」
俺は幹部だから、任務でも効率がよくて、団員の死傷率も低くなる配置を考えている。
上層部とのやり取りでも、今まで作ったコネとかか消えると面倒だし、できるだけ荒事にならない方向で考えている。
俺はいろんな星を楽しみたいから、放浪先ではあんまり暴れないように、殺さないように気を付けている。
そういうことを我慢強いとか言われたことはあるけど、我慢だと思ったことはない。そういうもんだと思ってたから。
でも多分、戦うときには邪魔な思考だろう。それをいうなら、殺意も邪魔だ。
よく勘違いされるが、殺人が好きと思われるのは業腹だ。
むしろ殺すもの殺されるのも趣味じゃない。俺から言わせれば、何俺の許しなく勝手に死んでるんだよ。いいところだったのにって感じだ。
だって殺したら/殺されたら、殺し合いが終わってしまう。
だから神威は貴重だ。こんなに頑丈で、殺し合いが終わらない奴、そうそういないぜ!?
殴打、膝蹴、傘の刺突。神食は拾いなおした赤の大傘で、神威を横なぎに振り払うべく大きく振るった。だが、むしろ傘の本体は神威の腕でがっしりと掴まれて外せなくなった――が、神食は神威の膂力を信じて傘の柄を握ったまま柄を支点として飛び上がり、神威の顔を猛烈な速さで蹴り飛ばした。
傘から手が離れ血を吐き出しながらも、神威は後ろに下がりつつも倒れない。追撃をすべく迫った神食は上段から鋭く大傘を押しつぶすかのように叩きつけた。地面が円状に大きくひび割れたが、神威はそこにいない。紙一重で横っ飛びに避けた神威。すぐさま右腕を振りかぶり唸りをあげて神食の顔面に肉薄したが――ギン、という鋭い音が響き渡る。
割り込んだ大傘が、鋼鉄の拳を受け止めていた。二人は磁石の同極のように距離と取った。
こいつはいつも雑念が多い。やれすぐ殺すとコネがなくなるだの、夜兎の評判が悪くなるだの、根回しがパァだの、味方の損耗率を下げたいだの、弱くても悪くないだの、ゴチャゴチャと煩い。
自分で自分の鎖を増やして大層生きにくいだろうに。
まあその甲斐あって、俺より世渡りが上手いんだろうけど、俺にとって優先すべきは強さだから羨ましいとは思わない。
それを妨げるものはすべて雑音だ。
その雑音まみれの状態でも強いは強いのがムカつくところだけど、本能のコイツはちょっと違う。
夜兎の「闘争本能」「戦闘本能」。意味は同じだろうと思われがちだが、違う。
闘争は、相手に打ち勝ち自分が上だと示すことが含意されるが、戦闘にそこまでの意味は含まれない。
俺のが闘争本能だとすれば、神食のは戦闘本能。
雑音まみれのアイツと違って、愛も憎悪も、善も悪も、是も非も、生も死も、強いか弱いかさえも雑音とみなす
求めているものは最強ですらない。深紅のケモノは、勝敗さえも無粋だと哂っている。
「神威、お前――まだ強いとか弱いとか、眠たいこと考えてんのか?」
――待っていたよ、お前が来るのを!
強いか弱いかさえも忘れ去ったこれが、俺の求める強さなのかどうかはわからない。
だけど、間違いなく殺す価値はある。そうすれば俺の強さは、少なくともこれよりは上だ。
――今殺されたら、腹上死も目じゃない最上の死だろうな。そういう幻想を見る。
そうしたら、きっと俺の魂は戦場に彷徨い続けられる。
でもそれは錯覚だ。死んだら終わりだから。
墓場まで持って行こうと思っていることがある。
神威よ。理由はわからないけど、お前は最強に至りたいと思っている。
欲しいのは強さだけ、であれば、お前の方が俺よりもよっぽど謙虚で一途なのかもしれないな。
俺はお前の言う通り、気が多い。きっとこの雑念は捨てられない、捨てる気もない。
でも、戦いがない人生が考えられないのも本当なんだ。だから、俺は強者で居続けるようにするからさ。
この
二人は同時に地を蹴って駆け出す。神食の右手が神威の左手に、神食の左手が神威の右手と組み合う。小細工のない、完全なる力と力の押し合いへし合いだ。地面に足がめり込み、全身の血管が暴発しそうな負荷と興奮。
完全に拮抗した力が、どこにも逃げ場が無く爆発寸前まで高まる。
終わらない祭りはない。死なない生物はいない。
だがそれは、二人が思っているような形とは全く異なった角度で現れた。
「――!!?」
狙撃された。撃たれたのは左肩。
弾は貫通せずに中でとどまっているが、神食が驚いたのはそこではない。
狙撃されるまで気がつかなかった。まず近距離ならば殺意で気づく。
長距離狙撃で殺意に気がつかなくても銃弾が迫れば気づいてよけられる。銃創と方角から発射されたのは上方左手奥――顔を上げれば、そこには闘技場を見下ろせる足場にへたり込みながら、番傘を向けている飛耀の姿だった。
ますますわからない。狙撃に気づけなかった事も謎だが、肩に一撃食らったところで継戦能力に何の影響もない。
何のために、飛耀は撃ったのか。
だが、その時、激しい悪寒が背筋を貫いた。
何がまずいのか、神食本人にも言語化できなかった。だがそれでも、このまま神威と取っ組み合っているのは非常に危ういと判断し、彼は全力で神威と距離を取ることを優先した。
だが、バギャッ、と嫌な音がする方が先だった。神威と取っ組み合っていた左手の骨が砕けた音だ。
神食もだが神威も驚いたようで、ほんの刹那力が緩んだその時、神食は一足飛びに右手を離してできる限り距離を稼ごうとした。
が、もうすべてがおかしかった。左手が使い物にならなくなったのみならず、距離を稼ごうとしたが、足が重い、思った以上に距離を稼げない。
あまりにもまずい。かろうじて、目と脳は神威の動きを捉えていたが――回避するなり迎撃するなりしなければと思いながら、体が全くついてこない。
「やば……」
殺す蹴り。真っ正面から放たれた高速の一撃が、神食の腹部を貫いた。息が止まり、内臓がすべて口から飛び出しそうな衝撃とともに体ごとすっとんでいき、闘技場の壁に激突した。
そちらの衝撃も生ぬるいはずも無く、受け身をとる暇も無く神食は血を吐いて地面に転がった。意識はある。
息の仕方も忘れながらも、せめて四つ這いになろうと体を起こそうとする――おかしいと思っているに違いなくても、神威は絶対に追撃に来る。
早く立て、早く、と気は急くが体がどうしても追いついてくれない。
その時、土埃にまみれて神食が目にしたものは、神威の必殺の一撃ではなく。
――鈍く煌めく銀色。片肌脱ぎになった、白の流水紋風の着物が翻る様だった。
\かむい と じんく は のろわれてしまった!/
念のためだけど主人公は血吞まれになってないです、ノリノリなだけで。