今回の話は「入団したての夢主、鳳仙に挨拶に来いって言われて吉原に赴く 前編」原作の4年前、神威は14歳。
第六訓表でちらっと書いてた、鳳仙にゲロ吐くやつです。
第1戦・前 体調管理にも限界がある
――夜の兎に太陽なくとも、月なくとも、星ありき。
夜王鳳仙。春雨第七師団創設者にして、つい先日まで団長をしていた伝説の夜兎。今は神威が団長だが、14という年齢を鑑み、通常は地球の吉原桃源郷にいるものの戦艦にも顔を出すこともある。
春雨が発足した当時から在籍していた鳳仙の団長歴は三十年を超える。夜王の武勇伝なら、今も第七師団に在籍している古参の夜兎から耳にタコができるほど聞くことが出来たし、すでに聞いた。
そして神食は今、一人で第七師団の書庫に籠っていた。図書館のような豪勢なものを想像してもらっては困る。物置に毛が生えたような倉庫に、本や任務のレポートが棚に詰められているだけだ。
任務のレポートは敵勢力、春雨側の戦力、地形、作戦目的、作戦推移、戦果、反省までが記録されており読みごたえがある。
任務レポートも鳳仙が記録するように命じたのが始まりらしく、それが今でも続いている。
また、社史――には程遠くても、春雨の年代史をつづった本もあり、春雨の歴史を垣間見ることが出来る。犯罪シンジケートもここまでの規模になってしまうともう企業である。
神食は本を閉じて、その内容と古参の夜兎たちの話を思い出す。
北極星、と呼ばれる星がある。
惑星の時点軸、北側の延長線上に位置する星を北極星と呼ぶ。自転軸の延長線にあり、周囲の星は時間経過で動くが北極星だけは動かないため、アルタナの発見と星々の宇宙進出が進む以前は、航海や旅の道しるべに役立てられた星である。
各星に散った夜兎を糾合しまとめ上げ一大勢力となし、第七師団を作り上げた夜王。
神食もこんなにたくさんの夜兎がいる場所など他に知らない。
神食が道しるべとしたのは、師匠である星海坊主であった。もし師匠に会っていなかったら、今自分が何をやっているのか、もう想像がつかない。
多分、第七師団古参の夜兎たちにとっても、鳳仙はそういう存在だろうと思った。
道に迷う兎をまとめ上げ、道なき道を切り開く。
夜王についていけば、きっとなんとかなる、昨日よりも少しはマシな明日があると信じた。
一国の王の資格とは、血筋でもなく。
まずは兵隊と民を食わせられることが条件とか、何かの本で読んだ記憶がある。
たとえそのやり方が血と暴力と殺戮、屍を重ね続けるものだったとしても。
その苛烈さについていけず、倒れ行く兎がいたとしても。
夜王鳳仙なる男は、宇宙の闇に迷える兎たちに一つの道を示した。
春雨第七師団とは、
*
春雨第七師団戦艦の操舵室。眼前に広大な銀河が広がっている、隠れた名勝スポットである。
宇宙戦艦生活は早い話潜水艦の乗組員と近いものがあり、解放感とは無縁の生活なので向き不向きが実は大きい。暗闇を好む夜兎は適性が高いが、閉塞感のある場所には違いない。
最近入団した、宇宙で『
ひとまず宇宙生活に適性はあるようだと阿伏兎は思った。
阿伏兎に気づいた神食は、顔を上げると藪から棒に妙な話をしてきた。ポケットからメモ用紙のようなものを取り出して振る。
「阿伏兎さん、春雨って給料安くない?大丈夫?」
「あ?大丈夫ってどういうこっちゃ」
「この額だともっと高い金をくれるほかの海賊とかに逃げられない?って意味」
「あァ」
なるほどと阿伏兎は頷く。神食は16歳だが2年えいりあんはんたーとして生活しており、その経験からすれば、仕事を選ぶ基準は「高い金がもらえるか」だろう。命がけなのにこれ?という疑問は当然だろう。
「お前、ここに来てからメシは?寝床は?風呂は?洗濯は?傘の修理は?」
「……あ~」
食費、光熱費、宿代(戦艦維持費)を給与から差っ引き済み。所定の場所に汚れ物を置いておけば次の日には洗濯されて返却される。任務での武器損壊であれば、戦艦内の番傘職人に渡せば直してもらえる(私闘での損壊は別料金)。
傭兵組織が「たくさん金は払います。生活は知りません」のであれば、第七師団は「金はない。だが生活はできる」。
「元々第七師団は鳳仙の旦那が星々で困窮している夜兎を糾合する目的でできた。好きこそものの上手なれ。戦い続ける限りくいっぱぐれることはねぇ。そういう作りになってるってワケだ。ま、新団長様がこれからどうするかはわからないがね」
「なるほど~手厚い福利厚生」
「もっと金が欲しけりゃ、それこそ強い敵を倒しまくって幹部にでもなるこった、期待の新人さん。っと、こんな話をしに来たんじゃねぇや」
さて、阿伏兎がただの暇つぶしでこの新入りを呼びつけたわけではない。それなりに重要な要件がある。
「――吉原桃源郷」
どこかで聞いた、と顔面に記載した神食に、阿伏兎は念のため説明をした。太陽系第三惑星の地球。
十四年前に開国した日本という国に吉原という色町が存在した。攘夷戦争により一度は焼け野原となったが、元来大量の金が動いていた吉原に着目した天人により再興が企図され、さらに春雨の先代団長・夜王鳳仙によって、かつて幕府の造船所だった地下に再興された町。
様々な星、土地から不法に人身売買によって売られてきた常時数千人の遊女がひしめき合う、男の天国、女の地獄。
超法規的措置により幕府中央幹部などの密談の場にもなっている――常夜の街。
「で、その吉原が何なんだ?」
「鳳仙の旦那。さっきの話にも出た、お前が入団時にぶん殴ろうとしたジーサンだ。それが、挨拶に来いって言ってんだよ。……おい露骨にイヤそうな顔すんなあんぽんたん」
「それ新人は全員ツラ貸せみたいなやつ? なんか全身チンポみてーなおっさんだなって思ってたけど、俺のケツでも狙ってるの?」
絵にかいたような渋面をした神食を、阿伏兎は小突く。「イチイチ命知らずなガキだな、んなわけあるか」
とは言ったものの、阿伏兎の方でも夜王鳳仙の意図はわからない。新入りは全員鳳仙に挨拶に行くなどという習慣はない。引退しているとはいえ、そこまで夜王は暇人ではない。
だが、春雨上層部は今も引退した鳳仙の動向を気にかけている。巨利を上げる吉原の利権に春雨自体が噛んでいることはもちろん、夜王と呼ばれた男の恐ろしさを知るがゆえに気にかけ続けていると同時に、気に障らないように腫物扱いをしている。
ゆえにこの子兎がぶっ殺されようと、夜王が大人しくしていれば万事世は事もなしなのである。
とはいえ、夜王が一子兎を気に掛ける理由など思いつきもしない。
ただ入団早々新団長神威と同等以上にぶん殴りあっている神食である。鳳仙が団長神威を弟子に取った経緯を考えれば、将来有望な若い夜兎を見ておきたいとかそんなところか、と阿伏兎は推測した。
「とにかくお前に拒否権はねェぞ。明日には地球につくからそう思っとけ」
「ところでさっきの説明だと吉原って、色町なんだよな」
おや、と阿伏兎は眼下の神食を見た。そりゃあ16歳とくれば興味も出てくるかと笑う。
「つまり金払ってセックスができるってこと?」
「ま、身もふたもなく言えばそうだ。あっちから来いって言ってるんだ、頼めば遊女の一人や二人あてがってくれるかもしれねぇな」
これで乗り気になってくれれば楽だったが、思惑とは反対に神食の反応は薄めだった。かといって彼は恥ずかしがるようなそぶりもない。椅子に座ったままぐるぐると回転しながら言う。
「くれるっていうならもらうぜ。でも俺はどっちかというと、ナンパで攻略するとか、キャバクラみたいな、最後までは含まれてない子を店外デートとかを駆使してやるほうが好きっつーか……イデッ!!何で殴った!?」
「最近のガキはいろんな意味で末恐ろしいな、ろくな大人にならねーぞコリャ」
神食は団長の神威とは別のベクトルで美少年ではあるため、説得力があるのがまたイヤな感じである。クソガキその2を連れての吉原行き、阿伏兎は何もないことを祈るのみである。
*
吉原桃源郷。鉄の空に鎖された常夜の街――町並みには常に幻惑のぼんぼりの明かりが灯り、客引きの女衒や遊女たちは引きも切らない。
超法規的空間だが来る者拒まずの吉原は、一般人も裏社会の人間も分け隔てなく受け入れる、吉原のルールを守る限りは。
浮かれた酔客たちに紛れながら、阿伏兎と神食はこの吉原に足を踏み入れていた。傘をさす必要もなく気楽な散策、時間もあるので阿伏兎は集合場所と時間を決めて新入りを遊ばせてもいいかと思っていたが、当の本人がそれどころではなかった。
「ウォエエエエッ」
神食は客を引こうとしている遊女にマントを引っ張られて、ゲロを吐き散らしていた。遊女だけでなく近くにいた客引きの男も仰天する。
「キャーッ!ちょっとお客さんッ、大丈夫!?」
「アッごめんね、お姉さんが綺麗な人だったからさ、きっと昨日食べた魚も一目会いたくて戻ってきちゃったんだウヴォエッ」
「どういう口説き文句!?どうしてそれでイケると思った!?」
「あーあーすまんねうちのツレが、行くぞ」
阿伏兎は神食の首根っこを引っ張ってそのまま引きずっていく。本人はただでさえ白い顔をさらに青くして呻いている。変なもんでも食ったのかと聞いても神食は首を振っていたし、何より吉原に来る直前まではなんら異変はなかった。
原因はわからないが、鳳仙への挨拶が明日でよかったと阿伏兎は内心思う。このゲロまみれの新入りを鳳仙の前に出すわけにもいかない。
今日は鳳仙の起居する楼閣の一室を貸してくれると、右腕である朽名から連絡をもらっている。今はそこに向かうしかあるまい。
吉原で最奥にして最大規模の楼閣。もはや城といっていい規模だが、外装に張り巡らされた配管や飾り付けられたネオンが違法建築の城塞のように見せている。
なかば阿伏兎に引きずられるようにして足を踏み入れた神食は、阿伏兎によって一室に放り込まれた。どうやら元々部屋を貸してくれる手筈になっていたらしく、手際がやたらとスムーズだった。
「明日時間になったら迎えに来るから寝てろ、このあんぽんたん。あとでメシは運んでくれるとさ」
床は畳敷きの上に、すでに布団が敷かれていた。天井は格子状になっており、天井自体が光っているように見えた。そこそこに広く十五畳はある部屋だが、今の神食的にはどうでもよく、彼はマントを脱ぎ棄てると布団の上に転がった。
「ナンデッ!!??」
真っ青な顔のまま一人絶叫する神食は、自分で叫んでおきながら自分の声で頭痛を起こしていた。酒を飲みすぎた記憶もなく、腐ったものを食べた記憶もなく、風邪をひくような行いをした記憶もない。
そもそも風邪をひきそうな行いをしてもかからない質である。骨折や流血などの外傷は慣れっこだが、内部からの不調はなかなか起こらないためにむしろキツい。
とにかくこういう時は寝るしかない、睡眠はすべてを解決する!と掛け布団の中に潜り込んだ。
「どうしましょう姐さん、こちらのお客様、返事がないでありんす。お邪魔してもよろしいでありんしょうか?」
「鳳仙様直々に歓待してと仰せつかったお客様だからねえ、念のためお声がけしておきな」
春雨――鳳仙関係の客の歓待を仰せつかった遊女
もし眠っていたら出直そうと思いつつ、再度一応声をかけてから、腰を下ろして襖を開く。
「お頼もうします」
嫋やかなしぐさで襖を開いた先には、誰もいない布団――顔をあげると、畳の先、障子を開いた先の肘掛欄干に身を寄せて肘をつき、ぼんやり吉原の全景を眺める、中華服をまとった少年の姿があった。
こちらを向いてはいないが、臙脂色の髪と目、透けるような白い肌。今は幼げな風貌が残るが、数年すれば精悍な色気を漂わせる大人になることを予感させる、美少年といっていい少年だった。
これが普通の客であれば、年が近そうなこともあり千早は少し喜んでいたかもしれない。だが、鳳仙を主人とするこの吉原でこの特徴を持つ者は明白。
春雨に所属する夜兎族。
千早はごくりと唾をのんだ。夜兎――宇宙最悪の戦闘種族にして、鳳仙の賓客。殺されたとしても文句は言えない。
千早は静静と座敷に踏み入れるが、先ほど声もかけたのに少年は彼女に気づいた様子がない。
「お客様、お邪魔してもよろしいでありんしょうか?」
「……あだぱァァ!!」
耳元で話しかけたわけではない。めくられた布団の脇から声をかけたので、2メートル以上は距離があるはず。
少年は手から顔をずるッと落とし、なぜか欄干に寄りかかっていた上半身のバランスも崩して頭を床にぶつけて悶えていた。大分哀れだったので、千早はおずおずと彼に近づくと、上から彼をのぞき込んだ。
「あの……大丈夫でありんしょうか?」
客である少年は神食と名乗り、16歳だと言っていた。千早と同い年だ。夜兎であるというだけでは納得できないくらい顔が白いと思っていたら、実際体調が悪いそうだ。そのため彼は早々に床入りは不要と言っていた。
食事の提供もするように言い含められていた千早はそれも尋ねたが、彼はゆるゆると首を振った。
「食える気がしね……」だが、言葉はそこで止まり、彼はじっと千早を見た。「一緒に食べるっていうコースはあり?」
不思議なことになったが、千早としては楽な仕事である。床入りなし、食事は「君が食べたいのと同じので」で好きなものを食べていいという。酒はいらないとのこと。
普通の遊郭は内部に大きな台所を持つことは少なく、店屋物を取ることも多い。が、ここは楼主の居城である。遊郭内で立派な料理を作ることができ、品質も高い。
千早は寿司とここの名物である桜鍋を注文した。夜兎は大食いと聞いているので、最も大きな寿司桶と鍋で。
料理が来て、少年よりも千早の方が生唾を飲み込んでしまった。地下であるにも関わらず、本日水揚げされた魚で作られた寿司はみるからにどのネタも新鮮そのもの、濃いめのタレに深く煮詰められた馬肉の立てる湯気にのった香りは耐え難い。ご飯や雑穀をいくらでも食べられそうだ。
食べな、と言われたので食べないのも逆に失礼かと思い、おずおずと食べ始めたのだが滅多にないごちそうの為お勤めを忘れて夢中になってしまった。ハッと気づいたときには神食の方が何も手を付けていないことに気づきさすがに不味いと思ったが、怒っている様子はない。それどころかじっと、どことなく嬉しそうに見ているのだ。
「あの、わっちの顔になにかついてやすか?」
「いや、なんでもない。俺も少しは食べるか」
いざ食べ始めると少年の食べる量はすごかった。最初に注文した分では足りず、追加で同じものを3つずつ注文した。
「君はそんなもんでいいのか」
「わっちはこれで。もうお客さんの食べっぷりを見るだけでお腹いっぱいでありんす」
「ふーん、それならいいけど。遊女や禿はやせっぱちのが多いからなあ。細すぎると逆に不安なんだよな、潰しそうで」
さりげなく恐ろしいことを言われたが、声色のトーンは平静だ。
「あら、お客様は前にも吉原に来たことがありんすか?」
その問いに、何故か神食の方が不思議そうな顔をして考え込んでしまった。
「……いや、ないな。やっぱ調子ヘンだわ俺」
少年はなんでもいいから喋ってくれと言ったので、見た目の気安さから本当にいろいろなことを話した。意地悪な姐さんの話や、颯爽とした吉原自警団の話。今は最上級の花魁になってしまいなかなか話せないが、誰もを明るくしてくれた姐さんの話、面倒な客の愚痴まで。
本当に少年は文句の一つも言わず、話を黙って聞いていた。
結局本当に一緒に食事をとっただけでお開きとなった。最後の礼をして去ろうとしたときに、千早は追加で尋ねられた。
「朝ごはんも出るよな。一緒に食べない?」
*
翌朝、昨夜の約束通りに千早と朝食をとった後に、神食は阿伏兎の訪問を受けた。正直あまり眠れず体調は万全にも程遠いのだが、それでも昨日よりはましに感じる。
風呂に入るのもすっかり失念していたが、まあ戦場帰りの汗臭血臭死臭よりはマシだろと神食は解釈した。
禿や雑用が忙しく働く中、埃もない廊下を並んで歩きつつ、阿伏兎は新入りを見下ろした。
「新入り、お前遊女とメシだけ食ってお開きって……。ジジイみたいなことしてんなァ」
「なんか誰かとメシ食う方が捗るんだ。ジジイにはぐうの音もでねぇ。春雨のフニャチンと呼んでくれ……イデッ!!」
体調不良にもかかわらずいつも通りのふざけぶりに、阿伏兎の拳骨が落ちた。「全く俺相手には構わねぇが、鳳仙の旦那の前で粗相は勘弁してくれよ。こっちの首と胴が離れかねねェ」
「第七師団危機一髪、しくじると副団長の頭がパーン!」
「そんときゃオメーも一緒にパーンだからな、わかってんのかこのあんぽんたん」
危機感がないのか態度がでかいだけなのか今一つ読めない、だが実力だけは団長クラスの厄介な新人に阿伏兎の頭痛の種がまた一つ増えたのであった。
金で縁取られた豪奢なエレベーターに乗り込み、最上階まで一気に登っているさ中、神食は思い出したように阿伏兎に尋ねた。
「そういや夜王のおっちゃんって、なんで引退したんだ?宇宙海賊に飽きたのか」
「さァて。雑兵には夜王のお考えはわかりませんがね。……だが、飽きたってのはいい視点かもな」
この世のすべてを手に入れた――は大げさに過ぎようが、力、地位も名声も金も女もすべて手に入れ、娯楽も極めつくしたとなれば、最後には安寧を求めるものなのだろうか。
しかし、往年の夜王鳳仙を知る阿伏兎にとっては今一つ信じがたく、戦場を居場所とする同族を愛する彼としては面白くない気持ちもある。
と、雑談をしているうちにチンと高い音が鳴り響き、エレベーターが止まった。