その星は文明が崩壊した後も、力強い自然に満ちていた。地面には草花が芽吹き、倒壊したビルには緑のコケやつたが繁茂し、趣を変えたジャングルの様相を呈していた。惑星『
燦燦と日差しが降り注ぐ中、御年十五歳の神食は草まみれの旧時代のベンチに胡坐をかいて、傘も差さずに平然としゃべっていた。
「ウソォ!? 俺が不死!? 何言ってんだこのクソガラス……ブベラ!!」
後半は神食が顔をぶん殴られてベンチからスライディングした音である。たった今夜兎に負けず劣らずの腕力で彼を鉄拳制裁したのは、烏の濡れ羽色の髪に黒目がちな瞳、同じく漆黒に長袖のワンピースを纏った少女だ。彼を蔑むように腕組をして見下ろしている。
「だったら試しに死んでみるがよい。十分ほど歩けばイイカンジの崖があるでな」
「バカ野郎そんなインスタントに死んでたまるかァァ!! 人の命を何だと思ってんだ!」
「前科真っ黒の野蛮な兎に言われとうないわ」
文句は言ってみたものの、神食は少女の言葉を眉唾と一蹴できなかった。
この星に不時着してから、五年前からなかった右目が復活した上に、夜兎にも拘わらず太陽の下でも傘要らずなうえ、体調も過去最高に良く、傷の修復も秒速。不死かどうかはさておくとしても、異常には違いない。
「けど、マジで俺が不死ならつまんないな。残機無限でやる殺し合いなんか興覚めもいいとこじゃねーか」
「……不死の感想がそれとは、夢もロマンもないやつじゃの」
「だって無限に生きて何すんだよ。俺、そんなに殺し合いしてたら宇宙生物滅ぼしちまうぞ? なんとかなんねーの?」
殺し合いの話しかしない夜兎をなんだこいつという目で見た少女は、細い指で頭を押さえた。
「脳みそが筋肉過ぎてめまいがしてくるわ。だが、そなたの不死を剝奪する奪する方法、あるはある」
何!? と身を乗り出してきた神食に対し、少女はあくまでクールだった。
太陽の化身の黒髪が風に舞う。黎烏の中の黎烏、太陽の姫――
「ならば――憎きあの月を落としてくれまいか」
*
地球の春雨退職騒動、
彼は厚手のグローブとマントをショルダーバッグにつっこみ、大きなゴーグルを額にかけ、二本の傘を特注の肩掛けホルダーに納めていた。えいりあんはんたー定番の服装である。
地球の西部劇に出て来そうな構えの中央銀河えいりあんはんたーぎるどは、銀河にてえいりあんはんたーや諸々の仕事の斡旋所であり、情報交換の場となっている。
ぎるど施設は各銀河に点々と存在しており、相互に連携を取っているが、中央銀河のぎるどは規模が大きく、その分仕事の求人も多い。
ぎるどめんばーに登録することで、依頼の斡旋をしてくれる。ある程度名が売れれば、名指して依頼をもらうこともできる。星海坊主級とまで行かずとも名の売れたはんたーになれば、ぎるどに名を連ねずとも仕事は入れ食いであるが、無名のはんたーはそうもいかない。
十四歳の時、星海坊主から実力的には独り立ちのお墨付きをもらった時、最初はぎるどに行くといいとの助言をもらっていたから登録は六年前に済んでいる。
しかし十六歳の時に春雨に入って以来はんたーとしての実績はゼロ。実質無名に近い新人からのやりおなしであった。
――ちょっと心配だったけど、案外なんとかなるもんだ。
春雨での戦闘経験や、春雨上層部と痛くなかったり痛かったりする腹を探り合った経験も無駄では無かった。戦闘をサクサク終わらせることができたのも、組織に雇われる時も雇い主の思惑がなんとなく察せるようになったのも、昔と違うところだ。あとは成人したせいか、子供だからの理由で不当な報酬を出されるなどの舐められが発生しなくなった。
というか今になってアレは舐められたな!? ということに気づいたのだが。
神食自身は仕事内容にこだわりはないのだが、はんたー業再開後はきな臭そうな仕事、宇宙海賊が関わっていそうな輸送警護、戦闘の仕事は排除するようにした。なんだかんだ春雨を抜けた身、末端に関わるくらいではどうということもないだろうが、念のため避けるようにしていた。
幸いそれでも仕事には不自由しなかった。えいりあんはんたー業において夜兎の需要は高いこともあったが、はんたー業以外にも宇宙を旅するお使いや調査など、万事屋的業務でも可の募集をしていたので、結構忙しく働いていた。
ただ、思ったより忙しかったので――惑星深閃に行く暇がなかったのと、アルタナの調査にも手が回っていないことが痛恨事だった。
今丁度手持ちの依頼が済んだところだ。二週間くらい依頼を受けるのをやめて深閃に行くか――と考えていたところ、アナウンスが響きわたった。
『番号五十二のはんたー様、ご指名で依頼があります。受付までお越しください』
「タイミング悪りーな。よっぽど好待遇じゃなきゃ断るか」
オレンジジュース缶を手で潰してゴミ箱に投げると、神食は一階の受付カウンターにまで足を運んだ。
そこで案内された依頼票に記載されていた依頼主は『株式会社快援隊商事 社長 坂本辰馬』。
*
株式会社快援隊商事の所有する商船は全部で五隻。高価な品を運ぶこともあるため、高性能なステルス迷彩や武器も搭載している。五年前、神食が会ったときにはもっと旧式の商船であり、奴隷出身で駆け出し商人の乗組員たちと、もじゃもじゃ頭の社長、茶髪をおかっぱに切りそろえたかつて金剛石姫と渾名された海賊姫だけ。
発足したての宇宙星間貿易会社だったのだが、今やいっぱしの会社として宇宙でも知られるようになっており、時の流れを感じる。
その快援隊のメイン商船、快臨丸にて。なんでも通りがかりであるそうだが、
快臨丸はついでに食料や燃料の買い出しも行う予定とのことで、今日一日はこの星に停泊するそうだ。泊地に5つの大きな商船が泊まっている姿はなかなかの壮観である。
夕暮れ迫る中、甲板で神食を迎えてくれたのは黒髪のもじゃもじゃ頭にサングラス、着物に赤いコートに下駄を履いた男、快援隊の社長坂本辰馬。その後に編み笠をかぶった、長い茶髪に青の筒袖と脚絆、マントを羽織った妙齢の女性、副社長の陸奥だった。
二人とも五年前からマイナーチェンジはあれど大きくは変化はない。神食は猛スピードで走って辰馬に激突した。
「シャッチョさ――ん!! 久しぶり!!」
勢い押し倒して辰馬は後頭部を強打してひっくり返った。「グフォエッ!! ・……誰?」
「俺俺俺! 神食!」
「すまんすまんいや~大きくなったのう! こりゃめでたい! 酒じゃ、酒を用意せオボロロロロロ」
「シャッチョさん船酔い全然直ってないオボロロロロロ」
「アーッ客人がもらいゲロしてゲロの二重奏ォォ!!」
夕暮れの甲板が突如ゲロに染まりまくり、近くに居た乗組員が二人の背中をさすり、ゲロを片付けることになった。古参の乗組員は、ああ昔のあいつかと神食を見て感心していたが、多くの乗組員は誰だろうと不思議そうな顔をしていた。
さて、場所を変えて快臨丸内部の来賓室の一つ。来賓室といっても簡素な作りで、一面畳張りで落ち着ける部屋である。辰馬は本当に酒と酒肴を用意してくれ、仕事の話もついでに酒盛りをさせてくれるそうだ。酒肴については質より量派の神食と陸奥、桶に大量のチャーハンを所望して、それぞれ好きに食べていた。神食はしゃもじを持ったまま、隣の陸奥に話しかけた。
「ダイヤ姫陸奥ちゃん! 久しぶり! いやあ美人になったなぁ、五年前もカワイイって感じで全然よかったけど!」
陸奥はちらりと傍らの赤毛の夜兎を見た。快援隊と文通はしていたため消息は大まかに聞いていたが、会うのは五年ぶりだ。陸奥は十代後半から二十代になったが、男で十五から二十への変化は前者より大きい。
昔同じくらいだった身長は優に超えられて、辰馬より少し低い程度になっている。元気で何より、との気持ちもあるがそれよりも。
「おまん、図体は大きうなっても中身は変わらんな。となると、わしの言うことは聞いておらんかったようじゃな」
「ウッ」
神食はもしかしたらスルーされるかな? とも思っていたが、やはり突っ込まれた。
五年前の惑星深閃における、月落とし。それによって、神食は独力で春雨第十師団を壊滅させてしまった。そこまで派手なことをすれば、絶対に春雨本体がお前に接触を謀る、ろくな事にはならないからしばらくの間はんたー業はやめて隠居でもしていろときつく忠告してくれたのは、この陸奥だ。
そもそも月落とし自体、神食の独力であって独力ではない。快援隊の補助と深閃そのもののバックアップあっての行いである。ただ春雨の師団壊滅に、一貿易会社が関わっていると宇宙に広まれば快援隊の評判問題にもなる。
そのため神食が「全部俺のせいにしときゃいいんじゃね? 実際主犯は俺だし」といい、実際神食はそのように吹聴するつもりだった。そこで陸奥がそんな噂を振りまかなくていいから、生活費に困るなら一時快援隊の社員になれ、とまで言ってくれたのだ。
だが当の神食が春雨を舐めていた、というより「一夜兎がそんなことするとか流石にファンタジーだし信じないだろ」と事態を甘く見ていた。
陸奥の言うことを聞かずに普通にその後もえいりあんはんとと何でも屋業を堂々と営業し続けていたため、無事春雨に補足されて死ぬか入団かを選ばされるハメになったのであった。
「それは本当にグウの音もでず大変申し訳ありませんでした」
神食は非常に美しい姿勢の土下座を陸奥に向かってした。流石元宇宙海賊の姫が言うことは違う。辰馬は陽気に笑いながらバンバンと彼の背中を叩いた。
「まえええじゃろ、神食が元気に出て来てくれたんじゃオボロロロロ」
「シャッチョさんずっと吐いてるけどもしかしてこの中で一番元気ない?」
「前の星で変な女から病気もらってきたんじゃろ」
「アッハッハッハッ殺すぞクソ
そうは言っても船酔いが標準装備されている辰馬である。もう吐いているのが普通説まであるので、神食も深く突っ込まず、徳利を手に取りつつ聞いた。
「てかシャッチョさん、俺に依頼って何? 戦闘力的にはもうダイヤ姫がいるからいいんじゃないの?」
辰馬はその徳利を奪い、神食のお猪口に向かいそれを傾けた。
「何、せっかくおんしが宇宙海賊をやめたんじゃ。未来の星海坊主と友誼を深めておくのも良いじゃろ!」
神食は眼を丸くすると、一気に照れたように笑って辰馬を肘で突っついた。「っも~~シャッチョさんいつもお上手なんだからッ真に受けるぜ! コノコノ宇宙の性病デパート!」
「アッハッハッハッ泣いていい? というかおんしが言う?」
「友誼を深めるももちろんあるが、実際におまんに頼みたい仕事もある」
「おう、もちろ……」
その時、大きな爆音が轟き激しく快臨丸が揺れた。爆弾でも暴発したかような轟音だった。神食と陸奥は即座に立ち上がり、来賓室を飛び出した。
艦内にも動揺が走っており、乗組員達が右往左往していたが、見張りをしていた乗組員が血相を変えて陸奥を見つけるなり報告した。
「副艦長! 敵襲です!」
「何? 襲われるような積荷はここにないはずじゃ」
「わかりませんが、港から大勢の敵襲です! 大砲や飛び道具も用意しているみたいで」
「ふむ。おまんらは商船を護ることを第一とせよ」
そこで、陸奥は表情を変えぬまま神食に振り返った。「朔月神食、仕事じゃ」
甲板に出る。快援隊でも非戦闘員は艦内に引き上げ、戦える者だけが武器を持ち甲板に出ていた。商船の下部から煙が上がっているようだ。岸を見れば、武装した人間、獣の頭をした種族、一部には辰羅などの戦闘種族の姿もある。また大砲が何門も据えられており、先ほどの爆音はこれによるものだろう。
「宇宙海賊
代表とおぼしき、眼帯をし、緑色の肌をした男が刀を抜いて叫んでいる。神食も陸奥もそういった名の海賊は聞いたことは無かった。
一口に宇宙海賊といってもピンキリで、数で言えば春雨のような全宇宙規模の海賊よりも、発祥の星を起点に地元ヤクザのような海賊の方が多いのでその手合いであろう。
流石に快援隊が宇宙海賊のヤクの売買に噛んでいるとは考えにくい。神食はああいってるけど、といった顔で陸奥の肩をつついた。
「我らは宇宙海賊ととりひきなどしちょらん。船違いじゃろう!」
陸奥の凜とした大声に全くひるむことなく、相手は怒声を上げる。
「とぼけるなァ! 我らが受け取るはずの薬を横取りしたのは貴様等ではないか! 宇宙海賊
「そうじゃ。この船にはたくさんのちょっと楽しくなるうどん粉しかないぜよ!」
遅れてやってきた辰馬が、片手に商品である小さな白い紙袋を掴んで振り上げながら叫んだ。
陸奥達が戦場に先に向かったのを見て、商品と艦内の様子を見てきてから甲板にでてきたようである。神食は不思議そうな顔で辰馬を見た。
「? ちょっと楽しくなるうどん粉?」
「たらりらったた~(ダミ声)フワフワうどん粉~。元は地球発祥のタピオカ入りのもちもちのうどん粉じゃが、さらに改良を重ねて不思議食感を実現、ナウでヤングな宇宙の若人に大人気のバズうどんじゃ。こういう商品はスピードが勝負、つい昨日仕入れて運んでいる最中じゃ、ほれ」
地球の某国民アニメの口調で、辰馬は製品の説明をして手にしていた袋の風を切って中身を神食に見せた、が、そんな茶番に敵が付き合ってくれるはずもなく、追加の砲撃が快臨丸に激突し、激しく船を揺らした。
その揺れにより、辰馬の持つ粉が思いっきりバフンと神食の顔にかかった。
「あびゃあ!」
「どうあっても渡す気はないようだな! 覚悟しろ!」
「陸奥ちゃん」
千隼はいよいよ本当にこの船に乗り込んでくる気迫を見せる。
その傍ら、神食は真っ白かつ焦点の合わない眼で陸奥の顔を見て、視線を下げ――「おっぱい大きくなったな! 揉ませて!」
ほとんど視認も難しい速度で、陸奥は神食の頭に回し蹴りを食らわせて船からたたき落とした。陸奥は表情は変わらないながらも、すでにうっすらと「このモジャモジャ」と顔に書いたまま問うた。
「坂本、その粉」
「アレ? うどん粉のはずじゃが。取引の時ちょっち暗い倉庫で相手が全員覆面に銃器で武装しちゅう、変わった取引現場じゃのうと思っちょったが」
「どう考えても真っ黒じゃき」
アッハッハッハッハッとのんきに笑う上司を、これまた容赦なく蹴り飛ばして船からたたき落としたカミソリ副官。
つまりうどん粉をもらいうけるつもりが取引場所を間違えたのか、麻薬を受け取ってしまったらしい。そして本来麻薬を受け取るはずの千隼が横取りされた、ケンカを売られたとしてご立腹、が今である。割と千隼正当な怒りである(薬物取引は違法です)。
であればおとなしくハッピーになるうどん粉を返していいのだが、もう向こうは聞く耳を持っていない。大砲をさらに点火しつつ、戦闘員が梯子を運びこの船にとりつき始めている。陸奥は自分でも拳銃を抜きつつ、港に落ちた(落とした)神食と辰馬に向かい叫んだ。
「大将は生け捕りにせよ!」
「えっ何何何!? 俺のいっぱいのおっぱいは!?」
蹴り落とされた衝撃で目が覚めた神食は、顔についた粉を払いながら叫んだ。薬物に対して強い耐性があるので、麻薬による影響もすでに無い。
だが続いて何故か辰馬までも落ちてきて意味がわからない。というか、目の前には大勢の宇宙海賊千隼の戦闘員が殺気立ってこちらを囲んでいた。
「もう我に返ったきに? 早いの~。早速じゃが仕事じゃ。できるだけ生かせ、がウチの副官のオーダーじゃ」
辰馬自身も拳銃を構える。やっぱり神食は状況をよくわかってはいないものの、明確な敵意を浴びていることだけはわかるので了解、と頷いた。
「うぉぉおおおお~~ッ!!」
辰馬の戦闘における実力を知っている神食は、彼のことは意識の隅に置くだけにして猛然と走り出した。
海賊の構成員達は、こちらを寡兵と見て侮っている。神食は一番槍に接近してきた構成員の槍を、すれ違うように走ったまま紙一重で躱しつつ、その腕を掴んで引き留めると構成員そのものを武器のように振り回して、さらに迫り来る構成員をまとめてなぎ倒す。辰馬は神食の後に続く形で、神食の打ち漏らした相手を拳銃で急所を外しつつも確実に打ち抜き、接近してきた相手は柔道の要領で投げ飛ばしたりと要領よく散らしていく。
「なんだこいつら、たった二人なのに異様に強いぞ!?」
「早く、早く大砲撃て!」
「させるかァァ!」
幸いにも襲撃は夜。傘を使う必要の無い時刻。そのため、神食は思い切り屈んでから高く跳ね上がると、背中のホルダーにさした黒い番傘を抜くと脇目も振らず斜め下に向かい投擲して、大砲の筒に突き刺した。
そのまま、背中のもう一本の赤い大傘を引き抜いて、さらに隣の大砲に向かって投擲して突き刺す。シャッチョさん、先に行くと空中から眼で会話して構成員の頭や肩に着地して蹴り飛ばし、飛び石のように一足飛びに大砲前に着地すると黒い番傘、赤い番傘と大砲から引き抜き二丁拳銃のごとく周囲に撃ち退けさせると、その刹那に冗談から傘を大砲に叩きつけて完膚なきまでに破壊した。
そうする間に辰馬が先ほど偉そうに陸奥と喋っていた男に接近していた。こういう場合、リーダーを捕らえる方が早い。神食の大砲破壊が完了したことを察し、辰馬は拳銃に弾を手早くリロードする。
その間、神食は辰馬に襲いかかる構成員を狙撃しつつ自分も横から向かう。そして、ほぼ同時。正面に辰馬の拳銃、真横から神食の黒い番傘が突きつけられる。
「オババ、第二倉庫のうどん粉を全部港に出すように伝えてくれ」
連絡用のマイクで、陸奥はオペレーターのオババに伝えた。
どちらが凶悪犯だかわからない風体で、陸奥達快援隊はうどん粉(仮)を耳をそろえて千隼に引き渡した。ずっと銃を突きつけられた状態の千隼リーダーは今後を思っても生きた心地がしないのか、なんともいえない表情でうどん粉と倒れた構成員達を見比べていた。
取引先間違っちゃったから返すね、と言って信じてもらえるかは微妙だが、大きな海賊でもなし、これだけの武力がこちらにあることを見せれば早早復讐などにくることもないだろう。
陸奥は最後に引き上げてきた辰馬と神食を迎える。二人とも返り血こそあれど傷一つない。
「元々おまんの腕に疑いはなかったが、強くなったな」
「えっ? やっぱり」
神食は戦闘前と変わらぬ顔で笑った。
強くなることは想定内だが、器用になったとも思う。できる限り殺すな、というオーダーにもたやすく応じて、千隼の構成員は足を折ったり腕を打ち抜かれたりした者はいても死者はいない。辰馬や陸奥もこの手の戦いになれているが、夜兎でわざわざ「殺さない」をやる者自体が少ない。それに、五年前より目端が利くようになっている。
陸奥は宇宙海賊を辞めた身ではあるが、宇宙海賊業自体は夜兎という生き物には合っているとは思っている。かつ宇宙最大規模の戦闘部隊であれば、敵だけでなくても味方にも強者がいるであろう。
「春雨で
「……まあ、強い奴はいたな。任務でも俺がしくじってもアイツがどうにかするだろって計算もできたし」
「おお! おまんにも背中を預けられる
せ、背中を預けられる!? むしろ背中から刺されかねないんだが!? 神食はとんでもないことを言う、と慌てて辰馬につっこむ。
「これは仕事上の計算! 敵対象に対して適切に効率的に対処するために配置するとそうなるってだけで……」
「そのうえでこいつならやれる、と見込んでいるんじゃろ?」
いや、まあ……と、神食はいきなり歯切れが悪くなる。
というか、今の辰馬の話を受けて恐ろしいことに気づいてしまった。
――あれ? 俺、春雨で結構
戦闘の腕前はタイプ違いとは言え同等以上。吶喊戦闘バカだがあれなりのカリスマはあるし団長の自覚もあるし、死地ほど燃える方でもあり、アイツが引っ張るほうがほか団員もやる気を出すし、万が一俺がやられても他の団員たちを率いて戦うこともできる。
つまり、超変なたとえだけど、「俺が死んだら妻と娘を頼む」が出来るみたいな……。
いざとなったらこれ使えばいいみたいなお守りみたいな……。
しばし完全にフリーズしてしまった神食を見て、辰馬は壊れた家電を直すように肩をバンバン叩いた。復活した神食は慌てて首を振った。
「いやいやいや四六時中隙あらば命狙ってくる殺人鬼みたいな奴だから!」
「それはいい
「友達って何だ――!? なんか銀さんって人にもそういうこと言われたんだけど、何!?」
「金時? おまん金時と知り合いなんじゃ?」
戦闘などなかったようにギャアギャアと騒ぐ辰馬と神食に、陸奥は冷静に突っ込んだ。
「おんしら、さっさと船内に戻らんか。仕事の話もまだしてないじゃろ」
宇宙は法があって法なきもの。混乱状態にあった船内もすでに落ち着きを取り戻し、当番の乗組員たちが大砲による被害状況を調査していた。外装が剥がれているものの、内部にはダメージが無かったようで応急処置をして予定通り明日には出航できる――というか、本物のうどん粉を受け取りなおさなければならないが。
神食、辰馬、陸奥は先ほどの来賓室に戻ると、陸奥が忘れないうちにと話を切り出した。
「おまんには快援隊の商船の護衛を頼みたい」
「でもそれ陸奥ちゃんがいるじゃん」
「今ここにある商船は五隻だが、他にもうちの船がある」
話を聞くに、快援隊は他にも五隻の巨大商船を所持していて、それぞれが物資の運搬や交渉を行っているという。夜兎のカミソリ副官といえど体は一つ。拡大する会社は人手不足というわけだ。
「うちの社員になれというわけではない。重要な荷を運ぶ仕事の際におまんに声をかけるから、優先してうちの仕事をこなして欲しいという話じゃ。頻度としては一ヶ月~一ヶ月半に一度の依頼になるかの」
現在神食の仕事は百パーセントぎるどから斡旋された仕事であり、単発の依頼だ。それとは異なり定期的に依頼が来るということは、定期的な収入につながる。
まあそこを深く気にする神食ではないのだが、悪くないと頷いた。
「ほ~ん……いいぜ!」
「承知した。報酬含め仔細は明日詰めるとするか」
陸奥が手元のお猪口を取る。それに合わせて、神食と辰馬も酒を注ぎ、互いに掲げる。
「話は終わったかの! それじゃあ飲み直しじゃあ! おっぱい!」
「あれ? シャッチョさんうどん粉キメてない?」
*
宴も酣。部屋は酒精に満ちて、飲み終えた徳利や一升瓶が散らかり、頭にネクタイを巻いて半裸で倒れている辰馬、そのそばで寿司桶を抱きしめてうとうとしている神食、顔色一つ変えず寿司桶からご飯を直食いする陸奥というぐだぐだな空間になっていた。
そんな中、陸奥はチラリと神食に眼をやった。
「ところでおまん、体の調子はどうなんじゃ」
「……別に悪くないけど何で?」
本当に全く何のこと? といった様子の男に陸奥はため息をつく。今でこそ普通の夜兎の体になっているはずだが、元はそうではなかったことを忘れ去っているのか。
「あの烏は普通の生活をしていれば平均寿命は持つといっていたが、おまんが普通の生活をしてるとは思えんからの」
ああ~と神食は思い出したように言った。「そりゃ戦ってはいるけど普通だぜ。何もないぜ」
実は不死の名残で、体に残存するアルタナを大量消費して失った手足を生やすことはできる。ただ一本につき寿命十年と金烏――
ただ、実はすでに一回使ってしまっていることは陸奥には内緒だ。それに、意図的に失った足を生やした時の気持ち悪さときたらなかった。寿命よりもその気持ち悪さで二度とやるまいとは思うほどに。
――今思えば、春雨もペテンにかけられたようなものだと神食は思う。春雨は師団を壊滅させ、一人で月をも落とした夜兎を入団させたかったに違いないのに、深閃の月を落とした後の自分は本当にただの夜兎だ。
『月落とし』は、深閃で一度きりの奇跡で再現性はない。
もし月を落とす前の自分であれば、春雨は惑星深閃ある限り残機無限の夜兎を手に入れていたろうに。
惑星楚宗で鳳仙、神威、阿伏兎に包囲されて春雨に入団することになったが、その時にはもう、神食は永劫の命の残り滓でしかなかったのだ。
VIP三人で囲んで入団を迫る価値はないただの野兎に、ご苦労なことである。
そもそも「死んだら無限
いまいち信じ切れない顔で、陸奥は肩をすくめた。身内と呼べるほどの長い付き合いが神食とあるわけではないが、危なっかしいのは昔会ったときから変わっていない。
いや、彼の場合は実力があるからこそ、危険な無茶を本当に腕力で片づけられてしまうがゆえに、より危なっかしい。
「それならよいが。おまんは肩入れした者には無茶をするからのう」
「それは陸奥ちゃんもだろ。お互い様じゃあねーの」
「しかしおまん、これからどうするつもりじゃ。本当に未来の星海坊主でも目指すのか」
それを聞くと、神食は暫し黙り込んだ。生ける伝説の二代目、それもまた悪くはないのだが――二つ気になっていることがある。
「気になってる一個目が……テ、テラフォーミング?」
「は? おまん、もしや」
陸奥は眼を見開き、どこか気まずそうにする神食を見つめた。「深閃を生き返らせようするか」
テラフォーミングとは、惑星を大気、温度、表面環境を意図的に改造し、生物を住めるようにするプロセスのことを意味する。
現在の深閃は大気や温度は合格ラインだが、ろくに食べ物もとれず文明も荒廃したまま、アルタナの絶えた死の星である。夜兎の故郷のように、生存はできても十日も居れば干上がってしまうような星だ。
「深閃は死んでない。凍っているだけだ」
「状態は同じじゃろうが。それに、億が一うまくいってもあそこは夜兎には不向きじゃ」
深閃はもともと、夜兎と対極の性質を持つ黎烏族の故郷である。つまり日光が強く暑い。住めるようにしても、神食には住むことは難しいか、できても季節を区切って住むかになる。
というか、住みたいわけではないだろうと陸奥は察した。
アルタナ突然変異体とはまた異なる星の化身。
人格を持った惑星深閃の化身たる金の烏は、月落ちて凍った星で眠り続けている。
「まあその、なんだ。俺はあのクソガラスの詐欺被害にあったまま今に至っちまってるってわけで、このままだと夜兎の股間に関わるって話で、一回たたき起こしてぶん殴らないときがすまないっていうか、俺はそこんとこ男女平等だからな、男女平等パンチをお見舞いする重大な役割があるんだぜ」
妙に早口な神食を見て、大体の思うところを察した陸奥はそれ以上突っ込まなかった。「気の長い話じゃな。もう一つは?」
「すべてが未定なんだけど、夜兎多めの会社作ろっかな~って。でも何やるかがマジでノープランなんだよな、あんまり裏社会的なことしたくないんだけど」
神食とて大勢の夜兎と生活を共にしたのは、春雨入団が初めてだった。それまでに知っている夜兎は星海坊主と陸奥のみで、他は一時的に仕事で関わるくらいであまり会話をすることも無かった。
そこで夜兎とひとくちに言っても、いろいろな者がいた。
純血、混血、野心あって入ってきた者、食うに困って流れに流れて入ってきた者、強い夜兎、弱い夜兎。だが、宇宙海賊という性質上、男に偏っており弱い夜兎は自然死ぬなりしてしまう。
神食は宇宙海賊は宇宙海賊でアリだと思ってしまっているが、そこに嵌まれない夜兎はどうなるのだろうと考えていた。
夜兎の戦闘欲求を満たしつつ、紐帯を結ぶことがどうやったらできるのかをぼんやり考えていての結論だった。故郷崩壊前は夜兎も星で暮らしていたというし、星という形でなくても夜兎の繋がりを作ることはできると思うのだ。
実際、宇宙海賊というイリーガルな形でも第七師団というものができているのだから。
「……あ! ごめん、めっちゃ俺の話ばっかりしちゃったぜ」
陸奥は首を横に振った。神食自体が実は多弁で陸奥の方が寡黙であるため、昔も神食が一方的に話していることは多かった。それが不快というわけでもないし、なにより。
「おまんにとって、春雨は実り多き居場所じゃったようだ。赦したとは言わんが」
「え”っ……」
神食は思い切り苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
本人は認めたくないようだが、陸奥はそう思う。かつての神食はもっと刹那的で、明日の食事もなければ草むしって食べればいいか、死んでもそれが寿命ってことだろと事もなげに言っていた。
そもそも神食でなくても、そういった夜兎は多い。己がその日その日を生きるので精一杯だと、未来のことは二の次になってしまう。
宇宙海賊に所属したこと自体は全くよろしくないが、それでもそこは彼にとって確かに居場所だったのだろう。好敵手がいて、さらに夜兎の未来に思いを馳せるほどには。
神食は釈然としない顔をしていたが、その時突然傍らでぶっ倒れていた辰馬がバネ人形のように起きてきた。
「何じゃ何じゃ、神食社長になるがか? 良いと思うぜよ、おんし人にああだこうだ命令されるの得意じゃ無かろう。よく大組織でなんとかなったのうと思っておった」
神食もそれは言われずとも自覚済みである。ひとえに神威が高圧的ではなく、というか色々と団員の自主性任せ投げっぱなしが多いからなんとかなっていた気がする。阿呆提督みたいなのが直属上司だったら三秒で殺して脱走していたかも。少し離れた上役だから揉み手もできたのである。
神食の様子を見ているのか見ていないのか、辰馬はひとりうんうんと頷いている。
「いや~楽しみじゃのう! 困ったことがあればわし等に相談せい、力になるぜよ! それなら早めに副官は見つけんとのう。おんしの場合一人ではようない」
「落ち着け坂本。おまんの方が盛り上がってどうする」
バコン、と空き瓶で容赦なく上司の頭を殴る副官とまた昏倒する上司。
そういえば、初めて会ったときから快賊の二人はこんな感じだったなと、神食は思う。
商いを通じて地球人と天人、双方の利益を満たし関係の調和をはかる。当時はなんかすごいこと言ってんなあとふんわり理解した気になっていただけだが、今の方が身をもって理解できる。
きっと陸奥もこの大義の刃になると決めて副官をやっているのだろう。
「不肖神食、快援隊アウトソース警備員として勉強させていただきますッ!!!」
えいえいまずは飲め飲め、と自分が一番酔っ払っているにもかかわらず、自ら飲み始める辰馬とクールフェイスのままの陸奥を眺め、神食は照れくさくも寿司桶の寿司をもりもりと食べ続けていた。
こうして未来計画を立て始めた矢先に――終わったことだしどうでもいいかと、うち捨てていた過去に背後を襲撃されることが、まま起きるものだ。