かぶき町――この町は昼も夜も活気があるが、夜の方が一段と輝く。そのような夜の輝きの一、店先に『かまっ子倶楽部』の看板を掲げた、かぶき町指折り(かもしれない)オカマクラブ。
絶賛営業中の店内で本日は新入りがお立ち台に立ち、扇を振り振り舞を披露していた。
今宵、薄暗くムーディな音楽が流れるクラブ内。ステージのど真ん中に立っているのは新入りのジン奈。店に入るなり「あら~アンタがパー子紹介の子?」「色白でかわいいじゃない!」「ねえ、コスプレDAY用のチャイナ服ウチにあったわよね?スリットエグめのやつ」「髪の毛地毛?鮮やかね~かんざしもってきて!」とモンスター、もとい美しきオカマたちに囲まれて今に至る。
上部下部両方から当てられるスポットライトの中で踊るジン奈に対し、指導を任せられたあずみが指示を飛ばす。
「コラッジン奈!視線は客席に向かって投げるのよ!」
「ハイッアゴ子パイセン!」
「誰がアゴ子だコルァ!あずみだボケェェ!」
「な~にやってんだお前。そっちもイケる口?」
ジン奈がダンスに一生懸命になっている間に、気が付けばステージ付近にけだるげな銀時の姿があった。
ジン奈は器用に踊りながら銀時に話しかけた。
「あっ銀さん!見て!俺結構ダンスうまくなったと思うぜ!オカマ界のテッペン取るぜッ!!」
「完全に本来の目的見失ってんじゃねーかオメー、何しに来たんだよ」
「ジン奈ァ!ちょっとかわいいくらいで調子にのってんじゃないわよ!オカマ道舐めんなァァ!」
銀時の背後から、ひときわ野太い声で叱咤が飛ぶ。並みいるオカマ達の中でもひときわ筋骨隆々たる体躯をもち、威風堂々たる存在感を放つオカマ。かまっ娘倶楽部の店主、マドマーゼル西郷その人。
彼(彼女)は猛将のように雄々しく口角を釣り上げると、傍らの銀時に言った。
「パー子、いい新人を連れてきたじゃない。ジン奈……ビッグマウスだけどダンスのキレはいいしなによりチャレンジ精神がある。あの子は伸びるわ」
「何?あっちもこっちも本来の目的を見失ってんの?俺の方が変なの?」
そうこうしている間にジン奈がセンターの曲が終了し、彼(彼女)はステージ袖にはけてから銀時と西郷のもとに駆け寄ってきた。とびきりの笑顔で西郷を見上げる。
「ママッ!どう?俺天下取れそう?」
「オカマ舐めんなァァ!女より気高く男より逞しく、それがオカマだっつってんだろーが!テメェは女よりも美しく男よりもバカ力じゃねーかァ!」
「ママベタ褒めじゃない!キーッ!!」
ステージ上でアゴ美やほかのメンバーが、三味線を抱えたままハンカチをかみしめている。
ジン奈は着やせする質なのか、着替えた後が太ももの付け根ギリギリまでの深いスリットのチャイナ服になったせいで予想外に足がムキムキであること除けば、肩はストールをかけてゴツさをカバーし、長めに作られた首襟で喉仏も隠されて男性っぽさを減らし女性らしさを出している。
もともと、見た目的には透き通るような白い肌の上に整った造形をしているため、化粧で大事故を起こさなければ悪いことにはならない素材ではあった。
ともあれ、完全に目的を見失っている(西郷は勘違いをしている)神食に向かい、銀時は本題を切り出した。
「お前のオカマ道はどうでもいいけどよ、肝心のママ探しはどうなんだ?」
すると、神食はきょとんとした顔をしたあとに笑い出した。「ママ?……アッハッハッハッ、何言ってんだ銀さん。こんな不気味の谷に俺のセクシーでキュートな俺のママがいるわけねーじゃん!」
「今なんつったゴルァ!」
先ほどまで後方腕組顔で笑んでいた西郷は刹那、般若のごとき形相で目にもとまらぬ速さで神食の頭を両手でつかみ、そのまま遠心力でホールの端までぶん投げた。
神食は「ほげぇぇ~~~~!!」と間の抜けた叫び声をあげて壁に激突してめり込む。ちなみに、不気味の谷とはロボットやCGが人間に似てくると親近感を増すが、ある一点を超えるとわずかな不完全さにより、逆に不気味さや嫌悪を感じる現象のことなので、誤用である。
特に心配することもなく、銀時はてくてくと壁の神食に近づくとしゃがみこんだ。
「まァそんなこったろうと思ってはいたけどよォ、お前の依頼がアバウトすぎんだよ。あれじゃもう片っ端からかぶき町のママと名の付くすべてと面通しするしかねーだろ」
崩れた壁から滑り落ちた神食は、顔にかかる埃を払いのけつつ咳をした。
「いやさすがに性別は合わせてほしいんだぜ。ママには間違いなかったけど、ある意味」
*
神食がかぶき町にやってきた当日。ファミレスにて神食は「じきにえいりあんはんたー兼なんでも屋に戻って宇宙で仕事、組織にいてはできなかった探し物をするけど、今は退職祝いの休暇!ちゃんと決めてないけど二か月くらい遊ぶ!今決めた」と宣言した。
後半の「二か月くらい遊ぶ!」で万事屋に依頼があるとのことで――その依頼とは、以下のようなものであった。
「俺の初恋のママと幼馴染かもしれない女の子を探してほしい」。
後者はともかく、前者のワードはかわいらしい字面とは裏腹に不穏である。一気に胡乱な目を向けられた神食は、パフェ用の長いスプーンをチッチッと振った。
「概念、これは概念的なママ!実親じゃなくて、育ての親とか、育ててないかもしれないけど、よく遊んでくれたママみを感じる年上のお姉さんとかそういうカンジ!幼馴染かもの子はそのまんまね、こっちは俺ともう少し年が近いと思う」
そこでとりあえず話は聞いてみようとなった万事屋。まずは銀時から当然の質問。
「写真とかねーの?」「ない!」続いて新八から、当然の質問。
「じゃあわかりやすい特徴とかはありますか?」
「たとえるなら太陽と月!ママが太陽で幼馴染(仮)が月な」
ここまで聞いて、「初恋のママ」の時とは別種の胡乱な、否、白けた空気がテーブルに漂う。そこで神楽がしれっと神食のパフェを奪いつつ追加で尋ねた。
「そもそもお前、地球生まれとか地球育ちアルか?」
「違うと思う!」
「じゃあ探し人が地球にいるってなんでわかるネ?」
「わかってない!地球にいないかも!」
そこでついに、新八のツッコミが冴えわたる。「いや無理だろこれェェ!!返事だけはすごくいいなアンタ!」
「すごいフワフワした話ネ、銀ちゃんの頭と同じくらいフワフワでパラッパーアル」
銀時が神楽の頭をはたく傍ら、神食は腕を組んでうなった。もちろん、彼とて無茶ぶりであることは自覚しているのだ。
「や~実は俺、10歳くらいまでの記憶をポローンと落としたっぽくて、何もかもがウロ覚えなんだよな。その中にある初恋のママと幼馴染だから、絶対いたはずだけど特徴はな~顔見ればピンとくるはず、多分!」
*
といったいきさつで、神食の初恋のママ&幼馴染(仮)探しは初っ端から暗礁に乗り上げた、むしろ航海図が子供のラクガキ状態で始まっていた。土台が「地球のかぶき町にいればいいな(願望)」レベルの話であり、神食本人も本当に見つかるという過度な期待していない。
唯一可能性があるのは神食の「顔を見ればわかると思う」でしかない以上、ここかぶき町のありとあらゆる人間の顔を見るしかないのではという話になった。
しいて言えば「太陽と月っぽい」というあてにならなさすぎる情報もあるので、当初の江戸観光がてらいろいろなところに顔を出してみようということになったのだった。
そのトップバッターが『かまっ娘倶楽部』だったのは、「そういやマドマーゼル西郷ってママって呼ばれてたな」という銀時の超アバウトな思い付きからだ。
マドマーゼル西郷はかぶき町四天王の一人に数えられる人物であり、一応その知人友人知り合いに「太陽と月っぽい」で何か引っかかることはないかと聞くことも兼ねてはいたのだが、流石に思い当たることはないようだった。
とにもかくにも一踊り終えたかつ、西郷に話をしなおして、銀時と神食はかまっ娘倶楽部から撤退することとなった。
さて日はもうとっくに暮れてはいるものの、夜はまだこれからの時間帯だ。居酒屋、スナック、バー、キャバクラとネオンがさんざめいて輝きを放つ。チャイナスリット女装からいつもの中華服に戻った神食をかまっ娘倶楽部の入り口で待って、銀時は先に歩き出した。
「さて、ママはともかく幼馴染(仮)の方を当たるか。お前と年が近いってことは、20歳とかその辺ってこった。であれば、スナックよりもキャバクラだな」
神食は銀時の後ろぽてぽてと歩きつつ、おのぼりさん丸出しでネオンの看板や客引きをちらちらと眺めている。「ここ、キャバクラ星の数ほどありそうだけど選び方あんの? 知り合いのシャッチョさんがお気に入りの子がいるところに行ってみたい」
放っておいたらいつの間にかボッタクリキャッチにホイホイついていきそうなので、銀時は神食の腕を掴んで、半分引きずるようにして引っ張っていく。神楽と同族でむやみやたらと馬力があるため、見た目以上に力がいる。
「いきなり本筋からそれるなっつーの。人探しならまずは馴染みの多いキャバで聞いてみんぞ。キャバ選びならアッチの黄色い無料相談所に行け、ほかはボられっから」
「アッ無料相談ってそういう無料相談なの?懺悔室的な何かかと思ってた、煩悩の町」
「おーおー煩悩の町は合ってらァ」
何が悲しくて野郎と仲良く手(腕だが)を握らにゃならんのかと思いつつ、銀時は相変わらずよそ見をしている神食をちらりと振り返った。突然現れた、神楽の父星海坊主の弟子を名乗る男。
神楽曰く星海坊主からの手紙もあったので名乗りに偽りはないだろうが、普通に胡散臭い。まあこのかぶき町自体、人間も天人も海のものとも山のものともつかない連中がウヨウヨしているので、そんな奴もいるよね、といえばそれまでである。
ただし、神楽然り星海坊主然り、加えて銀時自身のこれまでの戦の経験を鑑みて、このヘラッとした男が「かなりやる」ことは察してはいた。
頼むからハゲのえいりあんみたいなトラブルなしで、万事屋の懐を潤してくれと祈るばかりだ。
*
もともと雲を掴むような人探しである。もう江戸観光を兼ねる形でいくつかスナックやヤバクラを紹介し顔見知りを作り、近寄るべきでない場所の勘所を教えれば、もう神食だけで町を歩き回って観光&人探しも行うだろうという狙いで、銀時たちは『すなっくすまいる』に足を運んだ。
すまいるはかぶき町の中でも比較的規模が大きく、初心者からかぶき町の常連まで幅広い客層が足を運ぶ店である。和風の内装ながら皮のソファを採用している、和洋折衷の店内内装である。
その客席の一つで、無駄にキメ顔の神食は、とあるキャバ嬢の手を取ってささやいていた。
「今宵、君という月の上で跳ねまわりたい」
「あら~よくわからないけどうれしいわ。初めての方よね?お近づきのしるしにこれを召し上がって」
「……コレ、何?ブラックホール?地球の技術すげ~」
神食はテーブルの上に置かれたペンタブラックより真っ黒な
「卵焼きです~私の得意料理なんですよ」
え?これ食いもんなの?ととなりの銀時の顔をうかがうも、曖昧な笑みを浮かべられるばかり。神食は意を決してフォークを取ると、暗黒物質を口に運びつつ唸った。
「……思い出せ俺、夜討ち朝駆け、目標キルスコア一人頭一万の戦い、もしくは三日三晩補給なしで戦い通した後の腹ペコを……」
「あんま無理すんな、また記憶が銀河の果てまでブッ飛ぶぞ」
「何か言った?」
「言ってません」
「アレ?ここは誰で俺はどこ?」
暗黒物質で危うくすべての記憶を喪失するところだったが、お冷をもらいなんとか人心地ついた神食は汗をふきふき、改めて暗黒クリエイターキャバ嬢もとい、すなっくすまいるで最強のキャバ嬢ともうわさされる志村妙に向き直った。
「ハァ~~危うく宇宙の真理に到達するところだった。新八君のお姉さんとは露知らず失礼、美人さんだったのでつい。黒髪が綺麗な女性にハズレナシ」
「あらお上手。銀さん、何のお知り合い?なんとなく神楽ちゃんに似た雰囲気を感じるけど」
そこで銀時が手短に、神食が地球に観光しに来たことや探し人の旨を伝えた。結局できることは人探しというよりかぶき町の夜はこんな感じです~な紹介となるが、神食にも文句はない。
お妙もかぶき町のことや江戸のことをお話すればいいかと心得た。ところで何か飲みます?とお妙がお約束の注文を促したところ、神食はさっと黒いカードをかざした。
「楽しみに来てるし金も用意してるから、今日はお妙さんも好きに飲んでいいぜ!」
「オイバカ、この女にうかつにそんなこと言うと大変なことになるぞマジでケツ毛までむしられっつから「すみませ~ん、これでドンペリ10本」
「早っっや」
いきなりのドンペリコールに、この席だけでなく店がワッと湧く。
ちょうど、ほかの席のヘルプが終わったお妙と懇意のキャバ嬢のおりょうが、銀時の隣に滑り込んだ。金髪のショートカットが健康的な女性だ。
「お妙景気いいじゃない。銀さんと……初めての方?」
「こんにちは!万事屋にお世話になっています神食と申します!今宵、君という月の上で跳ねまわりたい。金髪のきれいな女性にハズレナシ」
「アハハなんすかそれ。私おりょうでーす! お兄さんかっこいいね!」
「えっおりょうちゃん?もしかしてモジャモジャのシャッチョさん知って「お妙さん!」
突如、銀時と神食のテーブルに勝手に滑り込んできたのは、スマイルの常連のストーカーゴリラこと真選組局長の近藤勲であった。志村妙永久指名の彼は、少し前に店を訪れていたが、お妙が来ない&お妙がついているテーブルが盛り上がっているのを察して様子を伺いに来たらしい。
「って万事屋!なんでお前がここに!?つーかドンペリ頼む金なんてあるのか!?」
「俺ァ仕事だ仕事。金はコイツな。なァ神食いちごパフェとチョコレートパフェどっちがいいと思う?」
近藤は銀時の隣にいる、赤髪赤目の神食に視線を移した。
彼にとっては初見の人物であるが、愛するお妙を巡る恋敵であれば一歩も引くわけにはいかない。
「なんだ君は!君もお妙さん狙いなのか!? そりゃあ菩薩か天女と見まごう彼女だからわかりすぎるほどわかるが!」
「どっちも食べればいいんじゃね?」
「そうしてーのは山々なんだけどよォ、糖尿やばくて医者にぶっ殺されかねーんだよなァ困ったな~」
「えっ銀さん糖尿なの?てかパフェで悩んでるけどさ、ドンペリとか酒普通に飲んでるけど糖尿的にいいんだっけ?」
「……それもそうだな。スイマッセーンいちごパフェとチョコレートパフェお願いしま――す!」
「ちょっとォォもう少し人の話聞いてくれてもよくない!?」
あーあまた始まったよ……という呆れ顔をしているおりょうと、先ほどと変わらぬ笑顔だがどことなく不穏で恐ろしいオーラを纏っているお妙を見比べてから、神食は首を傾げて言った。
「あ、ごめんえっと……ゴリラさんだっけ?」
「まだ名乗ってもいないのにそう答えるのすごくね!?……まぁいい、俺の名は近藤勲、お妙さんの(未来の)夫だ」
「っていう妄想をしているストーカーです。消え去りなさいゴリラ」
先ほどまでと寸分変わらぬ笑顔で、しかし強烈な圧とともに辛辣な言葉を投げかけるお妙。まあ、そんなことは日常茶飯事の近藤勲にとってはなんら障害でもないのである。彼は隣の席から身を乗り出し、神食をじっと見据えた。
「さっきから聞いていれば「君という白く滑らかな月の上で一晩中上に乗ったり乗られたり出したり飛ばしたりしたい」などと……セクハラだぞ!お妙さん、嫌なら嫌と言ってください!こういう調子乗った
ドンペリを瓶のままあおっていた神食も真顔でつっこんだ。「いや俺そこまでは言ってねーよ?」
「嫌なのでさっさと消え去りなさい
「ホラお妙さんが嫌だと言っているぞ!お前なんぞにお妙さんは任せられん、こっちもドンペリ10本だァァ!!」
この状況で一番楽しいのはお妙とキャバクラ運営に間違いない。突然のドンペリ祭りに、手すきになったキャバ嬢たちもやってきて大騒ぎである。これだけドンペリがあればドンペリシャンパンタワーができるぞ、と勝手にテーブルにどんどこグラスが積まれていく。
そうこう盛り上がる中、何をどうやってどうしたら勝ちなんだ?とか、このゴリさんが結局ただのストーカーなのかとか、神食の中に様々な疑問が湧いて出てくる。
――が、近藤を意気揚々と殴るお妙、一応それを止めようとするおりょう、ドンペリを片手にパフェをつまむ銀時、勝手にあやかろうとしてドンペリグラスを拝借する常連客らしき者――とカオスな盛り上がりを見ていると、どこかで見たなと既視感を抱く。
――あ、そうだ第七師団の飲み会だな、特に任務終わったあととかの。
ここの方が女性率が高くて華やかだし、あっちは殴り合いが始まって任務の上に傷を増やしてることも多いけど。
どれくらい食って騒いで飲んでいただろうか。床にはあちらこちらに客が転がって眠っており、お妙やおりょうも一升瓶を脇にソファでうとうとしていた。かくいう神食もドンペリを枕に眠っていたらしい。
ゲップをひとつ、ゆっくり体を起こしたところで――長髪を後ろに流したグラサンの男、すまいるの店長が恐る恐る声をかけてきた。
「あの~お客様、こちらのカードですけれども」
「ん~?」
「期限が切れておりまして~使えないんですよォ」
「え“っ」
*
早朝のかぶき町。人通りも少なく、騒音もなく、涼やかな風が抜けていくだけの静謐な時間だ。そそり立つターミナルの背後から上りつつある朝日が、アルコールの抜けきらない体にまぶしい。
営業を終了したすなっくすまいるの店先で、パンイチ・全裸・全裸で三人の男が突っ立っていた。
「つかなんで俺もみぐるみはがされてんの?つか何でお前ら全裸なの?」
一時的に文無しの神食のツレということで、パンイチにされた銀時であるが神食と近藤は容赦なくマッパだった。特に恥じる様子もなく、神食はぽんと手を打った。「パンツかまっ娘に忘れたかも」
「俺のは気づいたらなくなってた、そういうこともあるさ」
おそらくバカ騒ぎして酔っぱらっているうちに、トイレに行くなりなんなりで紛失したのだと思われる。謎に堂々としている近藤を横目に、神食はなるほどとうなずく。
「ゴリラはトランクス履かないから今の方が自然体?」
「ゴリラじゃないからァ! おいお前ら早く帰ろう、明るくなったら捕まっちまうぞ」
「警察が猥褻物陳列罪たぁ世も末だな」
「へぇ~ゴリさん警察なんだ。警察と一緒なら怖いものナシだな」
近藤もろとも余裕でアウトである。それはさておき、三者三様に中途半端な眠りとアルコールの余韻で気だるい中、真選組屯所または万事屋へ向かって歩き出す。
途中まで方向が同じためなんとなく連れ立って歩く形になる。ふと、腹を押さえた神食は勢いよく手を挙げた。
「あっ銀さん!うんこ!」
「銀さんはうんこじゃありません! もうテキトーなコンビニ……いやアウトだな。お前先にダッシュで万事屋に」
ちょうど大きな通りに差し掛かろうとしたところで、左手から遠くサイレンのような音が聞こえてきた。いち早く反応したのは近藤だった。
「アレ?うちのパトカーの音だな」
『そこのトラック止まれェェ!おとなしくお縄につけぇ!』
拡声器で届いたのは近藤の思った通り、隊士の声だ。三人は急ぎ大きな交差点へ向かうと、パトカーに先行して大型トラックがこちらへ向かってくるのが見えた。
明らかに法定速度を超えた速度で運転しており、隊士の発言から攘夷浪士か何かしらの犯罪者が逃げていると思われた。それだけなら銀時と神食は鼻くそをほじりながら見送るが、交差点には青信号を渡るジャージ姿の老人の姿があった。
早朝ジョギングなのか同類の酔っぱらいなのか判断はつかないが、やたらと遅い。
「じーさん!危ねぇさっさと渡れェェ!走れェ!」
「あ~~?危ねぇのはオメーらの恰好だろうがァ!」
全裸・全裸・パンイチのパーティなので非常にまっとうなツッコミだったが、これ以上三人にツッコミを返す余裕はない。
トラックがスピードを緩める気配はなく、それを追跡するパトカーも老人の存在には気づいてない。
「ゴリさん銀さん、爺さんの方はよろしく!」
それだけ言うと、神食はドン、という音とともに姿を消した。元居た場所に、深い足跡だけを残し――次の瞬間彼の姿は交差点に滑り込んでおり、しゃがみこんだかと思うと迫りくるトラックの右前輪を蹴り飛ばした、否、足払いをかけるように救い上げた。
その背後を、爺さんを抱えた銀時が刹那の間に歩道部まで飛び去って行く。
神食は勢いそのままコマのように一回転すると、スピードのついたままバランスを崩して横転しそうになるトラックのフロントバンパー部と側面を掴みしゃがんだ状態からトラックを持った状態で立ちあがった。
走る地面を失ったトラックの車輪が空回りしている。「エンジン止めろコラァ!」
神食よりもトラックに乗っている者の方が動転していて、眼下のフロントガラス越しに見える道路と人物に、何が起こったのか理解できていないようだ。
「お前ら止まれ止まれー!」トラックを追っていた真選組のパトカーに向かって、近藤が大声で呼びかけ手を振った。急ブレーキながら衝突することなく止まったパトカーから、近藤の知った地味めの顔が現れる。
「局長!……なんで全裸?」
車輪の回転が止まったことを確認して、神食はよいしょとトラックを車道に置きなおした。まるで段ボールを移動させただけのような掛け声だが、まごうことなき十トン級のトラックである。
神食は近藤とパトカーに向かって手を振った。
「ゴリさん!あとはよろしく。お巡りさん案件だよなコレ」
「お、おう。助かった!そうだあんた、名前聞いてなかったな。あと今更だが、もしかしてチャイナさんの縁者か?」
あれだけスナックでバカ騒ぎをしていて互いに名前をまともに覚えてない二人だった(近藤は名乗ったが覚えられていない)。
「チャイナさん……神楽ちゃんのこと?気持ちは近所のお兄さん。あと俺は神食だ
「頑なに覚えないなァ!山崎、お前からも何か言ってやれ」
「突然の雑な振り! つーかなんで二人とも全裸?万事屋の旦那もパンイチだし」
一人間がトラックを持ち上げる光景に夢かな?となっている爺さんを歩道に立たせつつ、銀時は神食とトラックをかわるがわるに見た。
神楽やこの間の星海坊主で多少見慣れたとはいえ、改めて夜兎の身体能力は地球人の比ではないことを思う。
(つーかこいつ、爺さんを助けるだけなら一人でもできたんじゃね?)
老人の安全確保をほかに任せ、神食がやろうとしたのは、「道路や公共物の破壊をせず」「老人を助け」「犯罪者らしいトラックを警察にパスする」ことだ。
老人を抱えてよけるだけでは、トラックは逃げおおせてしまうか事故を起こすかもしれない。老人とトラックの間に入り、力業でトラックの突撃を押しとめることもできそうだが、トラックが壊れるか、相手のハンドルの切り方によってはあらぬ方向に投げ飛ばすことになるかもしれない。
止めて持ち上げて宙に浮かし、自ら暴走を止めさせる。物も人も傷つかない。
「銀さんありがと。人手があるってイイネ!」
何事もなかったかのようにヘラッと笑ってそばにやってくる神食。老人はトラックが人力で持ち上がったことを幻覚か酔いのせいかと思っているのか、ぽかんとしていた。銀時はため息をついてから立ち上がると、さっさと帰るぞと神食の背中をたたいた。
と、その時何か妙な、臭い匂いがすることに気づいた。
匂いは隣、神食からで、手ぶらだったはずがいつのまには左手には棒状の茶色いナニカが握られていた。銀時の視線に気づいた神食は、なんら変わらぬ表情で左手を銀時の前に突きだして開いて見せた。
「あっ銀さん!うんこしちゃった」
トラックを持ち上げて踏ん張った時に一緒にブリッと出してしまったらしい。
彼の手に収まらぬ見事な一本グソだった。
「え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛つーか汚ねぇもん見せんなァァ!しかも犬のとかじゃなくてオメーのかよ!何持ってきてんだァァ!」
神食はまじめな顔で答えた。「だってゴミのポイ捨てがダメならうんこのポイ捨てもダメだろ。ちゃんと万事屋に流そうぜ」
「意識が高いのか低いのかどっちかにしてくんない!?」
その後、銀時にケツを叩かれつつ、ウンコ片手に万事屋まで全裸ダッシュする神食の姿があった。