主人公4年前はだいぶ無鉄砲度が高い、今の方が落ち着きある
『
「惑星
「『朔月』の話だ団長、もう忘れたのかァ?」
「思い出した。一人で月を落としたとかいう夜兎の話だネ」
強い奴の話に限っては抜群の記憶力を発揮しやがる、と阿伏兎はため息をついた。
春雨第七師団戦艦の操舵室。運転席であるが、この規模の戦艦の操舵室はもはや会議室といってもいい広さを備えている。眼前には宇宙空間と前後左右多くの監視カメラ映像が映されるモニターが並び、その下に操作パネル盤が並んでいる。
操縦監視員担当以外に、新団長の神威、新副団長の阿伏兎、そして先代団長の鳳仙と蒼蒼たる顔ぶれが並んでいた。
新団長の神威はわずか十四歳にして、先日鳳仙から団長の地位を譲られたばかりだ。とはいえすでに五年以上の在籍期間と、何より鳳仙の弟子であるためにほか団員にも反対の意見は少ない。此度の任務は、鳳仙から持ちかけたものだ。
惑星『深閃』。夜兎と対極の種族と言われる
その死んだ星が実は生きているのではという情報があった。だとすれば、手つかずの龍脈があるその星は大いなる利権の源になりうる。
先に偵察として第十師団が他の任務のついでに向かわされていたが、帰ってくる者もないため、不審に思った第十師団は戦艦ごと星にやってきたのだが――。
結果、第十師団は生存者なく壊滅。もし一人の夜兎がこれを行ったでも驚嘆に値はするのだが、壊滅させた方法が異様だった。
深閃は数百年前に宇宙でアルタナの使用法が発明される以前から、宇宙進出に積極的な星であった。
黎烏は現代の長距離宇宙航行技術とは相性がよくないが、現在話題の地球と似た環境だった深閃は現生地球人に類する他の種族もおり、かつまだ牧歌的な時代――銀河系も超えた宇宙に旅することは夢のまた夢だった時代――では、先進的な宇宙研究を星として行っていたという。
その時代に作られ、現代にも残っていた遺跡といっていい建造物が、地上から宇宙エレベーターと接続した、人工の『月』。大気圏の限界に位置する軌道静止ステーションである。
当時は原初の宇宙旅行ホテル、土地の有効活用、宇宙研究都市の形成に使われていたとされる。軌道静止ステーションであるため、太陽光を反射し空が暗いという条件下であれば、毎日同じ場所に肉眼で観測できていた、この星のランドマークでもあった。
しかしアルタナが発見されたことで風向きが変わる。この星もアルタナ保全協会の管理下に入ると目されていたが、深閃の住人はこれに反逆した。
元々高い技術力を持っていた星は、自分たちでアルタナを使った星間弾道ミサイル等の兵器を開発して対抗した。
その対抗は成功したが失敗だった。自前のアルタナ兵器で星のアルタナを、自浄作用の速度を超えて超高速で吸い尽くしてしまい、星を守るつもりが自ら星を滅ぼしたのだ。
保全協会も死んだ星には関心はない。かくして本末転倒的に、深閃は滅んだ。残っていた住民も他の星に散り散りとなった。
そして数百年が経過した今、奇跡的に星がよみがえったとの話でやってきた春雨第十師団は――その『月』の墜落に巻き込まれて壊滅したという。
全滅したのになぜこの話が伝わっているのかというと、応答がなくなった第十師団を気にかけた提督が、第九師団の一部に偵察を命じて上陸した調査の結果である。
第九師団が降り立った星は、死んでいた。生きているという噂、アルタナが復活したとの噂のあった星であるが、その気配もなかった。(本当に息を吹き返していたのか、月が龍穴のようなアルタナ管理上重要な場所に落ちたから死んだのかは不明)
また第十師団戦艦の外部モニター、内部モニターデータを可能な限り復元させた結果、一人の男が粗い画像ながら写っていた。
臙脂色の髪と眼、少年と青年の間くらいと思われるかなり若い男、そして白い肌に日傘。
『月』の墜落の衝撃で戦艦や宇宙エレベーター、月そのものの土塊だらけの上に、大量の春雨団員の死体が散らばる中。
その男はどこにも負傷などないように歩いていた。
結果的に深閃が「死んでいた」以上、もはや春雨は星自体に興味はなかった。ただし映像に残った、おそらく夜兎であろう男は見逃せなかった。
そのつもりがあったのかともかく、独力で第十師団を壊滅させ『月を落とした』夜兎がいる。
春雨師団長でこの者を知らないかと口の端にも上ったが、誰も知らないという。知らないのでこの男は宇宙でひそやかにささやかれていた呼称『『
「あ、俺コイツ最近会ったことあるな。赤毛が目立つから覚えてるわ」
新団長の神威を始め、様々なメンツに詰め寄られつつ彼が言ったことには、「前の任務で行った星の飲み屋の店先で全裸で野グソしてた」「俺の服でケツ拭こうとしやがったから喧嘩になった」「いやバカ強かったけど月を落とすかといわれると……つかうんこ投げてきたしあの野郎」「えいりあんはんたー兼なんでも屋」「そういやイケメンだった腹立つ」役に立たない内容は蕩々と出てきたが、肝心の名前は「聞いてない」だった。
しかし最後に有用な情報があった。
「次の仕事で惑星『
これまた天の配剤か、第七師団の次の任務の舞台も楚宗である。春雨傘下の宇宙海賊が本拠地としている星だが、その宇宙海賊が春雨に対する上納金を怠っていることと、虚偽の情報を流し本来春雨が采配するべきシノギを独自に行っているという。
つまりは春雨反抗分子たる宇宙海賊を潰せという任務だ。
渡りに船。この任務を片付けつつ、もう片手間で『朔月』を捜索せよという命令が下っている。
そして捜索の結果、『朔月』が見つかったのであれば――。
「第七師団に加えろ。さもなくば殺せ」との、先代団長鳳仙からの命である。
そりゃそうか、と阿伏兎は思う。第十師団を無名の夜兎にまるまる壊滅させられて何もしませんでしたでは、春雨の沽券に関わる。でもそんな強い夜兎が春雨にはいるのであれば、戦力強化にもなり春雨の下についたということで体裁も保てる。
同族愛の強い阿伏兎としては、うまいこと第七師団に入って生きながらえてほしいところだが、この新団長がどう出るか。
まだ幼さの残る顔つきからは読めないほど激しい修羅を内に飼った少年は、対象を師団に加えるにしろ、結局は殺しにかかるだろうなと予想はついた。
「月さえ砕く兎。楽しみだ」
*
『拝啓 ダイヤ姫こと陸奥ちゃんへ
先にあやまっておきます。陸奥ちゃんがマジで正しかった(笑)。深閃での月落としの一件で、「春雨の一師団を丸ごと壊滅させてしまったお前を、春雨が狙いに来る。最悪殺されるか、よくて入団を迫られるかになる。1年はおとなしく身を隠せ」って言ってくれてたけど、まさにその通りになりました(笑)。いつもはクールな陸奥ちゃんが、乗りかかった船だから快援隊から生活費も出させるとまでいってくれたのに本当にごめんね(笑)。俺みたいな一夜兎を宇宙最大のシンジケートが狙うわけないじゃんって思って、変わらずえいりあんはんとしたり遊び歩いてたりしたら本当に来た(笑)やっぱ元宇宙海賊の姫の言うことはガチだね。でも俺なんか追いかけてくるって春雨ってヒマなのかな。とりあえず俺は元気です。社長さんにもよろしく。 神食 敬具』
「あの無頓着無鉄砲のバカがァァ!(笑)つければ済むとおもっとるんかァァ!!」と、まだ社長の土佐弁が移りきらないカミソリ副官が、商用宇宙船でキレているとかいないとか。
*
楚宗。温暖な気候で日光の強い、夜兎には不向きな星である。風光明媚な海浜リゾートが著名で、他の星からもバカンスにやってくる観光客で潤う星だ。その中でもプライベートビーチで、人気無くただ自然のみが佇む海岸。
その、橙と紫に染め上がる水平線を眺めながら、十六歳の神食はぽつりとつぶやいた。
「……これってただ働き!!」
彼はリゾート海岸の夕暮れには似つかわしくない、全長三百メートルはあろう無骨な巨大戦艦の甲板に備え付けられた大砲の上に仁王立ちしていた。確かに景勝地の夕暮れは絶景である。水面に夕日が乱反射してキラキラと光る一方、空を見上げれば濃紺に染まりつつある空に星々が瞬いている。
そして、彼の立つ甲板は夕日をあびて真っ赤に染まり――否、物理的にも赤かった。甲板は二、三歩歩けば確実に足に当たるほどに、大量の死体に覆われていた。なお、戦艦内の機関室や船員室諸々の状態も、血塗れの甲板と大差は無い。
元々は別の星で、宇宙で商売をする実業家からの依頼だった。宇宙を股にかける仕事で星にはあまり戻れない生活をしているが、妻の様子がおかしい調査をしてくれという話だった。
資金をもらい依頼主の不在に妻を追跡していたら、この楚宗というリゾート星にお忍びでやってきている様子。オッ愛人とデートかと人様の恋愛に興味ゼロながら仕事として思っていたら――このいかつい戦艦に乗り込む後ろ姿が見えた。
しかも宇宙海賊の船だ。
ちょい悪どころか大分悪と遊んでるようだぜと思いながら、荷物運びとか海賊志望として潜り込めないかなとうろつきながら思案していたところ、船員と思わしきワニ顔の男が勝手に腰を抜かした。「や……夜兎だ!!」
夜兎が宇宙で恐れられ嫌われているのは承知だが、同じような外見をした種族は多い。
一見して夜兎だと看破されることはそう多くないので不思議に思っていると、あれよあれよという間に武装した船員にとりかこまれてしまった。
「お前!何しにきたァ!」
「えーっと、俺も海賊になりたいです。海賊は骨付き肉食べ放題と聞いて」
「ふざけるなァ!貴様、春雨第七師団の手先だろう!俺たちを粛正しにきやがったな!」
「はい、手羽先も好きです。春雨ヌードルも食べられるんですか」
「ついに馬脚を見せたな、夜兎とはいえ一人だ、やっちまえッ!」
それぞれ剣や斧で武装した船員たちが一斉に襲いかかる――が、神食にとっては止まっている蠅に等しく、踊るように手持ちの傘で殴り、蹴り飛ばし、手刀で落とし、十秒もかからず全員が地面に転がった。
さっぱりわからん、と首を傾げていると騒ぎを聞きつけたのか、船艦から続々と船員が陸に降りてくる。よくわからないがおそらく春雨――宇宙最大のシンジケートからの使いだと勘違いされて、これだけ早とちりするということはこの宇宙海賊も春雨に対して後ろ暗いことがあり、粛正を恐れていたところという感じだろうか。
なんだかややこしいことになったぜ、と思いつつ、まあ襲いかかってきたのはあっちだし正当防衛ヨシ!と解釈して神食は地面を蹴って戦艦へと向かったのだった。
そして神食的には困ったことに、この戦艦内をくまなく探したつもりだったのだが、依頼主の妻の姿が影も形も見えない。船員の風呂場、トイレ、ボイラー室、艦橋とまさかこんなところでプレイしないだろという場所も調べたがいなかった。
その間船員をもうちぎっては投げちぎっては蹴りだったがそれはさておく。
甲板に出た神食の目の前には、身長二メートルを超えたライオン面で筋骨隆々とした男が、後ろに大量の船員を従えて立っていた。革製で厚手のフロックコートに片手はフック。非常に海賊。そしてその傍らに――薄いピンク色のドレスをまとった、依頼人の妻が顔を伏せて寄り添っていた。
「くっ、流石は春雨の雷槍。まさに一騎当千」ライオン面は深く唸りながら言った
「写真撮らせて!浮気現場!アッもしかして証拠写真て真っ最中じゃないと駄目か!?ちょっと一発キメてくれよ写真撮るから」
「春雨はそこまで我らを辱めようというのか!ナオミは絶対にわたさん!」
「キャプテン!」
顔を上げた女は、太い眉毛がつながり青ひげの生えた……これ女か?
あと、依頼人の妻はナオミという名ではない。
神食はガチャンと、日傘の仕込み銃の薬莢を捨てた。
「……人違いじゃねーかァァ!!全員死ねェェ!!」
そして冒頭に戻る。お互い勘違いとはいえ殺されかかった以上、殺し返すが彼の主義。
それはともかく、浮気調査が振り出しに戻ってしまったことに神食は大きなため息をついた。
骨折り損のくたびれもうけ――と、彼がぼんやり水平線を見ていたとき、突如すさまじい悪寒が走った。
*
粛正対象の船艦にたどり着いた新団長神威、阿伏兎と他団員五名は、乗り込む前に異変に気づいていた。これだけ巨大な戦艦は動かすだけでも多くの人員を必要とし、夜間であろうと甲板には見張りがいるものだ。
にもかかわらず、この戦艦からはあるはずの人気が全く感じられない。
その上、周辺に倒れた船員が何人もいることを確認している。
「副団長ォ、こりゃ俺たち今回は仕事なしかもなァ」
「もう副団長はお前だろ。……そうだね、粛正はしなくてもよさそうだ」
すでに件の宇宙海賊は粛正されつくされているとすれば、神威たちに替わって誰が、何のためにしたのか。
その手がかりはないはずだが、神威は確信めいた笑みを浮かべた。
「今回は話が早いネ。きっといるさ、『朔月』が」
*
「ウォォォオオッ!!??」
電光石火、小細工なしの正拳突きだった。背後からの一撃に、神食は驚きつつも振り返りざまに日傘を振り上げて受け止める。同時に後ろにジャンプして勢いを殺し、立っていた大砲の上から甲板に着地した。
先ほどまで神食が立っていた場所にいたのは、自分より1,2歳年下に、コーラルピンクの髪を一本の三つ編みにした少年だった。
柔らかな髪質の毛は、沈みゆく夕日と潮風を受けて、燃えるようになびいていた。
「……誰だテメー」
次撃がこないことから、神食は傘を肩に担いで少年をにらみつけた。さらにその背後に、もっさりした髪に無精ひげの男、さらにその背後に五人の男が立っていた。
皆揃いの黒い中華服とズボン、マントを羽織って、おのおのに適した傘を携えていた。
――全員、夜兎。そして身なりから見るに同組織。
状況から判断して、本物の春雨第七師団の夜兎だろう。
「キミが『朔月』かい?」
「おーいまずはこっちの質問に答えろ。誰だテメーはつってんだガキ」
少年はとてもにこやかな笑顔を浮かべているが、神食の問いには答えない。どころか殺気が膨れ上がったかと思うと、気づけば小柄な身はもう間近に迫っている。
右ストレート――神食は傘を捨て身を反転させて高速の拳を紙一重で回避すると、顔の左側を通過する腕を両手で捉え、少年の勢いのまましゃがみ込み一本背負い風に甲板にたたき付けた。しかし決まった手応えはない。
逆に神食の腕をつかみ返し、空いたもう一方の腕と全身の筋肉で体を跳躍させて浮き上がると、曲芸のように神食の肩に肩車されるように乗り、足で頸椎を締めにかかる。
空中でやる首の四固めに近い。されど空中――神食は一瞬前屈みなったかと思うと、反動をつけて背をそらせブリッジの要領で少年を甲板にたたき付けて拘束を外した。
身を躍らせてすかさずこちらが鳩尾に拳を叩きこむが、刹那の差で拳は甲板に突き刺さる。低く屈んだ少年の足が独楽のように回転し、甲板に突き刺さった腕を折ろうと迫るが、チリッと抜いた拳の先が足を掠めて不発、二人はほぼ同時に一二歩探り、振りかぶったかと思うと――互いの右ストレートが空を、音を切り裂き、互いの左頬にめり込んだ。
このわずかのやりとりだけで、何度も戦艦が揺れて甲板が激しく軋む。
二人とも鏡写しかと思うほど――にやりと笑った。
同時に拳が離れ、距離をとる。夕日はもう水平線にわずかに燃える橙色の線を残すのみ。夜が来る。
神食は転がしていた日傘を拾うと、大砲に向かって振りかぶって根元からたたき折った。勢いがありすぎて凶器として飛来するそれを、神威は一つはよけ、一つは拳で砕き、一つは横に蹴り飛ばす。
大砲で神威を殺せるとは神食も思っていない。直線で突撃する勢いを殺しながら、神食は上段から日傘を思い切り叩きつけた。
神威は横っ飛びに回避したが、甲板が無事では済まず不吉な音を立てた。ふと闇に染まりつつある世界にあって、神食の頭上にさらに影かかかり――神威が先ほどの大砲を上段からたたき落とした。
が、それは神食の上段蹴りにより粉砕され――粉塵舞う中、殺意のこもった視線が交錯する。
「それくらいにしろ団長!」
無精ひげの生えた男の呼びかけに、神食は片方の手で少年の襟元を掴みあげ揺すった。
「てか何このガキ? つかお前らが全体的に何の用!?こちとら偶然とはいえお前たちの仕事を代行して差し上げてしまったんだけど!」
「人にものを尋ねるのにガキはないんじゃないかな?」
「突然殴りかかってくる奴はガキで十分だろうが、アァ!?」
「そうは言っても俺と1,2しか変わらないだろ、ガキ。もしかしてそれくらいしか俺に勝てるところがないの?」
「ガキって言った方がガキなんですゥ――!!」
一応戦いは止めてくれた――というか神食の方がそこまで続ける気が無かったから止まったものの、レベルの低い口論も口論で話が進まなかった。無精ひげの男は入りたくはなさそうだったが、渋々と言った様子で神食たちに近づいてきた。
「いきなり飛びかかって悪かった、ちょっと話を聞いてくれ」
無精ひげの男は春雨第七師団の副団長で阿伏兎、少年が団長で神威、背後にいるのも団員たちだと説明をし、さらに任務でこの宇宙海賊の戦艦を殲滅しにきたことを伝えた。ここまでは神食の予想通りである。
団長が少年神威であるのはふざけているのかなと思ったが、強さ順で選んでいるとしたら違和感はない。
「いくつか聞きてぇんだが、この戦艦が壊滅してるのは何でだ?お前さんの仕業か?」
「浮気調査の結果だ」
「どんな派手なプレイしてたんだよ。で、ここからが本題だが――お前さん、惑星深閃の月を落とした、『朔月』だな?」
神食が、その質問に虚を突かれなかったといえば嘘になる。そういや過程で潰したあれは春雨の戦艦だったなと、言われてから思い出した。
なるほど、この戦艦に任務があったことは事実だろうが、春雨の戦艦を破壊した夜兎を殺せとかどうとか言う指令も別にあったのだろうと彼は考えた。いや、殺すならこんなにグダグダと話す必要は無い、とすれば。
「もしやスカウトされてんの俺?」
「話が早い。面白いねお前、春雨で俺と
「もし断ったら」
ニコニコ笑顔でまた殴りかかってきそうな神威は、歓迎といったその口と寸分たがわぬ口調で言った。「殺しちゃうぞ」
神食はその挑発に笑い返した。「お前に俺が殺せるか――ッ!?」
またしても、悪寒。先ほどの神威のようにいきなり殺意を持って殴り掛かられたわけではないのに感じる、刺さるような殺意だ。
それは甲板に向かう階段を上る音とともに迫り、鉄の扉が開かれると共に現れた。
「盛り上がっているようではないか、新団長殿」
男の長い白髪が潮風に舞う。神威たちと同じ黒の中華服に黒いマントを纏った、老境に踏み入れた夜兎。
年を間違えそうなほどに強烈な血の匂いと殺意の塊。
誰が驚いたかといえば、神食自身が一番驚いていただろう。気が付いたら一足飛びに、神威や阿伏兎の事も忘れ、音も置き去りにして、その夜兎に殴り掛かっていたのだから。
金属も断ち切るほどの轟音が響き渡る。が、それを読んでいたかのように男は自らの両腕を眼前に構えて、神食の一撃を受けきった。
「……いい拳だ。だがまだ修業が足りぬな、子兎!」
男は眦を釣り上げ凶悪に笑むと、返す刀に腰を落とし丹田に力を込めた強烈な正拳を神食に打ち込んだ。こちらも須臾の差で反撃を予期し、ギリギリに鳩尾を腕で庇うことができた。たたらを踏んで体勢を立て直す。
くるりと振り返った神威が、およよと首を傾げた。「アリ?団長……あ、先代団長か。何でここに?」
「そこの雑兵が朔月が見つかったと連絡を寄こしてきた。気の回ることよ」
男の一瞥の先は、本来の任務のために連れてきた団員だった。神食は攻撃を防がれたことよりも、なぜ自分がこの夜兎に殴り掛かったのかが理解できず一人困っていた。
ただ、直感的にこの夜兎とは分かり合えないというか――楽しく殺し合いができないだろうという予感があった。
「……おい神威とかいうやつ。そいつは誰だ?」
「夜兎ならお前も聞いたことくらいはないかい?夜王鳳仙だよ」
かつて夜兎族の中で頂点に立ち、最大勢力を築いたとされる夜兎族の王、夜王鳳仙。年から見ておそらく最盛期は過ぎているのだろうが、にもかかわらずこの馬力と肉体と殺意だ。
最近まで第七師団団長として現役で戦っているだけのことはある。
「師匠が三日三晩戦い続けてウンコで終わった相手か。マジでか」
「師匠?まさか」
鳳仙が目を見開く。神威も笑顔のまま、神食を注視した。
「星海坊主は俺の師匠だ!ちなみに名前も師匠からもらった、どうだ!」
何故か神食はどや顔をし、ついでに懐から「星海坊主ファンクラブNO1」と書かれたラミネートカードを見せつけた。まごうことなき手作りで、彼がファンクラブの創始者であるためそんなものは存在しない。
鳳仙、阿伏兎は眉間を押さえ、神威は笑顔だか――明らかに雰囲気が戦いによる高揚とは別のものになっている。
「……あ~そうだ、お前さん、名前はなんだ」阿伏兎が面倒くさいことになった、という雰囲気を隠さず、一応聞いた。
「
「ふぅん。お前にそんな名前をやるなんて、あのハゲ、全然懲りてないんだね」
「師匠をハゲって言うな!宇宙最強なのに髪の毛は宇宙最弱のそのギャップがいいんだろーが!あ~あんな人が本当のオヤジだったらよかったのにな」
神威の出自と来歴を知らない神食は、地雷原の上でタップダンスを踊っていることに全く気が付いていない。なぜか鳳仙は眉間を押さえて低い声で問うた。
「子兎、お前の親は」
「? わかんねえ。6年前かな、記憶パーンしておぼえてない。3年くらいみっちり師匠と宇宙旅してたから、気持ち的には師匠を親父と思ってる」
阿伏兎はもう気が気ではなかった。神威は父の星海坊主と殺し合い春雨に入ったという経緯があり、星海坊主に対し敵愾心……のようなものを抱いている。ゆえにマズイことはわかるが、予想外に鳳仙まで様子がおかしい。
鳳仙は星海坊主と壮絶な戦いを繰り広げ引き分けたという経緯は聞いているが、むしろ好敵手とみなしている雰囲気があり、対立していたとは聞いていない。
ただ何はともあれ、先代団長と新団長が殺気を振りまいているのは精神に悪い。特に明らかに神威の方は冷静ではない。
「へぇ。でもあのハゲ、故郷に娘がいるよ。所詮お前は寂しさ紛らわせのオモチャだろ」
「? 別にそれでいいよ、俺が一方的に思ってるだけだし。実の家族を一番にするのなんか当たり前だろ」
神威のストレートな嫌味にも何ら堪えず、神食はそういえば、と話をつづけた。「あと師匠、ヤベー息子もいるみてーだけどな……つか、なんでお前が怒ってんだよ」
そのヤベー息子、お前の目の前にいる三つ編みですよと阿伏兎はツッコミたかったが、この空気感の中で言いだす気になれず口をつぐんだ。神威は毒気を抜かれた顔をして、神食の問いには答えなかった。
ある意味一触即発の状態でありながら妙に弛緩した空気になってしまったところで、鳳仙が一気に話を戻した。
「――子兎、お前はどうするつもりだ?我らとともに来るか、それとも」
神食はじっと鳳仙を見返した。それとも殺されるか。ここから逃げおおせるには、夜王鳳仙、神威、阿伏兎、ほか団員五名を返り討ちにしなければならない。
神威だけなら素面でもどうにかできる気がするが……。
(夜兎の血の強制励起100%でもこのメンツを殺しきるのは無理!)
極限状態にて発現する、夜兎の闘争本能の暴走。俗に「血に呑まれた」と表現される、我を失い、自分の身も顧みず手当たり次第に周囲を殺戮する状態のことだが、通常意識的に起こせないこの状態を、神食は自分の意志で引き起こすことが出来る。
これを彼は勝手に「夜兎の血の励起」と呼んでいるが、通常の身体能力をはるかに超えた状態で戦闘できるのと引き換えに、終わった後は行動不能になるため使い勝手が悪い。
30%、50%の目分量(感覚)で血を使えるが、昔星海坊主にもう二度と使うなとこっぴどく怒られてからは使ったことがない。皆できるものかと思っていたが、どうやらそうではないらしく自分でもなぜできるのか不明である。
まあ、そもそも。『夜兎の血』100%励起なんてしたら「神食」はもう戻ってこられない。
あとに残るのは止まることを知らぬ血の獣だけだ。
――一年前の自分であれば、こんな強者だらけの戦い、次にいつあるかどうか!と、死ぬ前提で大暴れしていた気がする。
師こそいたが記憶もなければ家族も親類もなく、その日を生きて流れ流れて、殺し合いを求めてきた宇宙の根なし草。
そんな自分にこんな面白豪華なメンツが集まってくれて感謝感激で殺し合って、死んでいただろう。
(だけどなあ、ちょっと「じゃあ死のう!」で死ねなくなっちゃったんだよなぁ)
深閃。月を落としたあの星、――金色の烏を残して、このまま死んでいられない。
もちろん性根がすぐに変わるはずもない。戦いはライフワーク。
それでも、結果的に死ぬことになったとしても、死ぬ前提で戦うことはもうできなくなった。
「……三年の契約社員とかアリ?」
「そんな雇用形態ウチにあったっけ阿伏兎」
「あるわけねーだろこのスットコドッコイ」
「良いではないか。そもそも三年も持たずに死ぬ者ばかりであろうに」
機嫌良く呵々と笑う鳳仙に、阿伏兎は大いなるため息をついていた。まぁ鳳仙の言うとおりで、三年も生きて在籍できれば団では古株になる。
ただ逆にできすぎて春雨内の機密を知りすぎてしまうと、おいそれと辞めていい話にもならないが。
神食は神食で宇宙最大の犯罪シンジケートか、と別のことを考えていた。これまで記憶が残っている限りでは、星海坊主の弟子生活、えいりあんはんたーなんでも屋業と、組織に属してきたことはなかった。
星海坊主ほど宇宙に名を轟かせるはんたーならまだしも、駆け出しの神食で手にできる情報や資源はたかがしれている。
月を落としたあの星について調査や情報収集をするには、自分が著名なはんたーになるより巨大組織の力を拝借する方が、速いのでは?……そんなことを考えている内に、阿伏兎がやれやれと笑った。
「マァ、団長も先代団長も異存はないみてーだしなァ。歓迎するぜ、朔月さんよ」
「神食。つーか朔月って、俺マジで宇宙でそんな呼ばれかたしてんの?」
夕陽が水平線上から完全に姿を消し、空に星の瞬きが目立ってきた。
奇しくも楚宗は衛星を持たぬ星。月無き夜が来る。朔月。
「お前が一緒に来てくれた方が、どうやって月を落としたのか身をもってわかりそうだ。それと」
いつの間にかひょっこり神食の隣にきていた神威は、機嫌を直してにっこり笑って言った。
「は俺の獲物だ。邪魔するなら殺しちゃうぞ」
「殺せるもんなら殺してみやがれ。二十四時間対応してやる、ガキが」
神食は自分が夜兎の中でどのくらい強いのかを知らない。比較対象が星海坊主のみで、独り立ち以降はフリーでなんでも屋業をやってきたため数を減らしている夜兎に会うことも少なく、正しい比較ができていないからだ。
ただ比較ができたとしても、彼は興味なかっただろうが、阿伏兎はこの新人が新団長クラスの実力を持つのではと考えていた。
(しかし、嬉しそうなもんだ)
すでに団長となった神威に対しこれほどまでに好戦的な態度を取るのは、師である鳳仙くらいのものであり――阿伏兎から見れば、神威は久々に楽しそうに見えたのだ。
前回の神楽の舎弟扱い
神楽「お前パピーから名前もらった時11歳ネ?だったらお前は9歳アル、私の弟ヨ」
神食「理論が雑〜〜ッ!!まぁ神楽ちゃんの弟なのは……(つまり神威の……弟!?!?)やっぱナシで!!」