かぶき町の庶民の髪結床。最近はす向かいに美容室ができてしまい、売り上げは低迷気味ではあるものの、古くからの常連と綺麗な美容室には気兼ねする小心者たちの支えによって、なんとか経営は続いていた。
最近暑くなってきたので、神食は伸ばしっぱなしにしていた髪を整えてもらうべくやってきていたが、たまたま隣の席に見たことのある顔がいた。
「あんときはパチもんで残念だったなァ~」
「余は少々記憶が飛び飛びなのだが……偽物でも妹は楽しんでいたようだ。あのときは世話になった……グスッ」
「えっなんで将ちゃん泣いてんの?泣く要素あった?」
以前この床屋で将軍が大変な髷の結われ方を知らない神食は、まさかまともに髷を結ってもらえること自体に感動しているとは思ってもいない。と、そのとき斜め上に設置されているテレビで、カブトムシ特集が行われていた。
今空前のカブトムシブームで、レアな種類によっては高額取引もされているとか。えいりあんはんたー時代であれば、カブトムシ取ってこいの依頼もありそうだなと考えていると、将軍がじっとカブトムシを見つめていることに気づいた。
「そういや将ちゃんもカブトムシ欲しいのか?」
「……いや、もうカブトムシは飼っていたんだが、数日前に森でどこかに行ってしまった。皆が探してくれているんだが、まだ見つからなくてな」
基本暇している神食は、軽い気持ちで言った。「ほ~ん。見つかるって約束はできねーが、俺も探そうか?」
「いや、そなたは夜兎族であろう?」
神食は首を傾げた。なぜそこで種族が関係してくるのかわからなかったからだ。
経験上、この後に続く言葉や態度はマイナスな反応が多いのだが、将軍からはそういった雰囲気は感じない。
「夜兎は強い日光や暑さに弱いと聞いた。この気候は辛いのではないか」
想定していなかった言葉に神食は一瞬呆けたあと、慌てて言った。「……あ~、ああ~それね!大丈夫大丈夫、無理はしねーから!宇宙の兎は義理堅いんだ。スポドリ1本の恩義は返すぜ」
「そうか、なら頼むが。今探してくれている皆にも一報を入れておこう。いざとなったら頼るといい」
なんとなく世間話をしているうちに髷の結いなおしとカットも終了し、二人はほぼ同時に施術を終えた。神食は「床屋改革」と何故か涙ぐんでいる将軍に振り返る。
「将ちゃんこの後暇?団子でも食べない?シケた団子屋だけどうまいところを教えてもらったんだ」
「松平とは15時にここで待ち合わせゆえ、一時間くらいなら大丈夫だ」
じゃあ行こうや、と連れだって歩き出そうとした神食に向かって、将軍はフフッと笑った。今度は笑う要素あった?と尋ねる。
「昔友人と講義を抜けて買い食いしたことを思い出した。天人の友人は初めてだが」
天人の友人。神食はなぜか左右を見る。
ほかには誰もいないし、地球人から見れば神食は天人である。つまり、俺??と首を傾げる。嫌とかそういうわけではなく、そもそも――
「友達って何?」
*
「なんかすごい将ちゃん困らせちまったみたいだな」
将軍とのおやつタイムを終えて、将軍は待ち合わせの為髪結床へ、神食はひとまず万事屋に戻ろうと河川敷を歩いていた。
なお、日常遣いの自分の傘は壊れたままなので、戦闘用の赤い大傘を差している。
傘が大きすぎて混んでいる道だと歩きにくいため、広い河川敷を選んだのだ。
「友達ってあの、毎日ライヌしなきゃいけないやつ?」しないらしい。
「夕日をバックに殴りあわなきゃいけないやつ?」しないらしい。
「出生時刻と場所が違っても一緒に死ぬって誓うやつ?」それは義兄弟。
団子屋魂平糖で団子を堪能しつつ、将軍を質問攻めにした神食だがあまり要領を得ぬまま解散の時間になってしまった。
神食は地球のマンガを輸入して読んでいるため、ふんわりと理解はしているつもりだが、自分にはいないと思っている。10歳までの記憶はないし、それから星海坊主と宇宙旅をしていた時期はあるが、それ以外はずっと一人だ。独り立ち後のえいりあんはんたーという職業も宇宙放浪者、宇宙の根なし草。人間関係が継続すること自体への意識が希薄だ。
それを思えば、春雨で四年間過ごせたことは神食としては奇跡である。ただあそこにいるのは上司部下同僚であり、友人ではない。とすれば、将軍が神食の友達第一号となるが、はてさて。
と益体もないことを考えながら歩いていた神食だが、河川敷の川べりに見慣れた後ろ姿がしゃがんでいるのを見つけた。
「うぉぉぉぉぉ!!定春21……違った28号ォォォ!」
「神楽ちゃん?何やってんの」
この世の終わりのように絶叫している神楽に背後から近づくと、彼女の前には土が盛られており、「定春28号」と書かれた木の札が突き刺さっていた。神楽は勢いよく立ち上がるといいところにと言わんばかりに振り返った。
「神食ちょっと聞けヨ!マジあのサド野郎ォォォ!!……てかお前傘デカすぎアル。隣歩きにくいネ」
「日常遣いの方がブッ壊れててな。悪いけど俺の傘に入ってくんない?」
そういや日常用の傘どこで直そうとまた思考があらぬ方向に行く中、隣の神楽がフンコロガシ定春28号の死への悲しみと、少年少女問わずカブト狩りを行っている真選組の沖田について罵詈雑言をまくしたてていた。
「カブト狩りかぁ~。なんか金になりそうな気はするけどイマイチモチベは出ねぇな」
カブト狩りの真選組には興味はないが、将軍のペットの瑠璃丸を探すといった手前、すでに狩られてないだろうなと気になるところである。
「神食もあのサド見つけたら私に言うネ、定春31号の仇を討ってやるアル」
「俺その織田くんの顔かたちも知らねーんだけど大丈夫?顔からしてドS?」
「あいつ以外が全部ドMの豚になるくらいのサドだからすぐわかるヨ、心配すんな」
「そいつと並んだら俺もドMの豚ってこと?逆に心配になってきたぜ」
そういえば将軍のペット、もう捕まってペットショップで売られてたりしないのかとふと神食の頭をよぎる。
ペットショップをしらみつぶしに当たるか、いや範囲によってはキリがないなあと思いつつ、興味本位で行ってみるのも悪くない。
「神楽ちゃん、ペットショップに寄ってもいい?カブトムシを見たい」
かぶき町観光でもスナックやらキャバクラにばかり通っていたせいで、ペットショップをとんと知らなかった神食は結局神楽についていくことになった。
しかしかぶき町、不思議な都市づくりをしている……というか都市計画が存在しないのか、風俗店の隣に団子屋があったりペットショップがあったりするからカオスである。
「ほかにもあるけど、ここが一番デカいアル」
百坪ほどの土地に三階建てのビル全体がペットショップになっている。開国以降、多種多様なペットも増えたのでペット市場は拡大傾向らしい。爬虫類と昆虫のコーナーは三階だ。広々とした明るい店内にたくさんの飼育箱がならんでいる。
中でもカブトムシは噂の通り人気コーナーで、大きな区画を取ってたくさんの種類が並んでいた。
安くて千円~ヘラクレスオオカブトなどの日本産以外の巨大カブトは10万円を超え、血統がいいものや宇宙産の特殊な色のカブトムシは車でも買えそうな値段である。
当然ではあるが、将軍から聞いていた特徴――太陽の下で見れば黄金色に輝くカブトムシはいない。
「アレ?太陽の下ってことは店内じゃわかんねーな」
「定春28号を継ぐ面構えのカブトはいないアルな~どいつもこいつもウンコ転がしてないネ」
「店員さーんすいませーん!陽の下で黄金色になるカブトムシってある?」
「あ?」
神食が呼びかけた店員は、死角になっていた場所ですでに別の客と話をしているらしく、即答できなさそうだった。
が、その客の方が反応した。
店員と会話していたのは、黒革に金の縁取りのジャケットに、スカーフと黒いベスト。
何より廃刀令のさ中に堂々と帯刀している、三白眼の黒髪の男だった。
「お前、黄金色のカブ「マヨラー、遊んでないでちゃんと仕事しろヨ」
「んだコラ……って万事屋のチャイナじゃねぇか。こちとら仕事だ」
「神楽ちゃん知り合い?……ん?どこかで会ったような」
神食はじっと、三白眼の男と神楽を見比べた。「こっちはマヨラー。税金泥棒アル。こっちは神食。私の舎弟ネ」
「何だその雑な紹介はァ!つーかてめぇ、シールでチャンバラやってたやつじゃねえか。万事屋の一味だったのかよ。あの野郎またややこしい奴を……」
マヨラーこと土方十四郎は、ちらりと神食を見て頭を掻いた。神楽の舎弟(?)ということは確実に万事屋絡みの人間であることに間違いなく、その見た目と傘、先日のシール騒動での動きから同族であることも理解していた。
神食は手を打ってから土方を指さした。
「ああ~あのときのたばこイケメン!マヨラー君。俺ほどわかりやすい奴もなかなかいないぜ?具体的にはサブスクの解約手続きくらいには」
会話していると頭が痛くなってくるタイプの人種だなと土方が思い始めた時、急いで階段を上ってきた山崎が駆け寄ってきた。「副長!北のペットショップで気になる情報が」
どうやら本当に仕事中らしく、マヨラー土方十四郎はそちらとの会話に集中してしまった。
神楽がペットショップ巡って金もらうなんていい身分アルとコメントしたとき、傍らの神食は土方と山崎を眺めながらつぶやいた。「将ちゃんのペットでも探しているのかもな。将ちゃん、偉い人みたいだし」
*
次の日、朝から神食は起きだして活動を開始した。昨日のうちに御用邸のある森の場所は把握し、さらにカブトムシを捕らえるための準備をした。
万事屋メンツは今日は依頼もなくオフとのことで、まだ銀時と神楽は眠っている。銀時も神楽ももちろん仕事のために早起きはするが、本来は結構寝坊助だ。戦闘用の日傘と食料を入れたリュックサックに、大きなはちみつの瓶を携えて出発した。
将軍家御用邸のある森は、かぶき町からみて南に位置している。徒歩でも来れる距離のため、子供も姿も見かけることがある森である。森林地帯は木で日陰がつくられるので、夏場はコンクリートの上を歩くよりかなり楽である。
さて、どうやらカブトムシは樹液が出るクヌギやコナラの木に引き寄せられるらしいが、木を一本一本探すよりも、カブトムシの方から来てもらう方が手っ取り早い。
つまりはこのはちみつを用いておびき寄せる――ヌルヌルハニー大作戦である。
少し木々の少ない場所に荷物を下ろし、服をすべて脱ぎ、はちみつ瓶のふたを開ける。ぺたぺたと足からたっぷりと惜しむことなくはちみつを塗りたくっていると――隣から同様に、ぺたぺたという音が聞こえてきた。
「ん?」「ん?」
隣には、まったく同様に全裸(ふんどし一丁)になっている
まだ古くないすなっくすまいるでの記憶がよみがえり、近藤は絶叫した。
「ア――ーッ!チャイ男!お妙さんは渡さん!」
「ゴリさんじゃん。久しぶり!いいハチミツ使ってるね、どこ産?」
二人とも酒が入っていたことと明け方だったとかで、今一つお互いの名前を憶えていなかった。
「これか?ちゃんとペットショップでカブトムシ用の……って何やってんだお前全裸にハチミツなんか塗りたくってェェ!わいせつ物陳列罪で逮捕するぞ!」
「ゴリさん鏡って概念知ってる?あ、背中ちゃんと濡れてない。塗ろうか?」
「マジでかすまんな、よろしく頼む」
「終わったら俺にも塗ってくんない?」
全裸の野郎同士が仲睦まじくハチミツを塗り合うという、特に誰も得しない光景が繰り広げられるが、人目がなくて幸いである。
背中にハチミツを塗られながら、近藤は首を傾げた。昨日の夜、屯所に松平公から瑠璃丸探しについて追加情報の連絡が来ていた。
将軍の友人も瑠璃丸探しに森に行くから、もし困っていたら気にかけてやってほしいと。そして特徴と名前を伝えられていて――
「アレ?そういや将軍の瑠璃丸探しの友人ってお前!?」
「? 将ちゃんのことならそうだけど」
「お前が探してるってことは、万事屋の連中もいるのか!?」
「? 銀さんたちはいないぜ。俺一人」
万事屋が一枚嚙んでいるとなると、いよいよややこしいことになる。
神食が嘘をついているようには見えないことに、一応安心するが一体こいつはどこで将軍と知り合ったのか謎すぎる。
「……俺たちは仕事として将軍のペットを探してここにいる。何でお前も探す?」
神食は、最初から将ちゃんはこの国で身分のある奴だと思ってはいたが、ここまでくるといよいよただ事ではないやんごとない立場なのではという気がしてくる。近藤は俺『たち』と言っており、昨日のマヨラーも近藤の「たち」に含まれているのではないかと思う。
まあ、神食にとってはどうでもいいことであるが。
「武士は一宿一飯の恩義にも報いる……んだっけ? 野兎も日陰とスポドリの恩義には報いる。俺は将ちゃんのペットが見つかればそれでいい。俺が見つけても、ゴリさんたちが瑠璃丸を持っていてくれればいいさ」
「……い~い奴だなお前。わかった!俺たちに協力してくれ」
「よっしゃあ!ダブルズルズルハニー大作戦だ!」
こうして小金色に輝く全裸の男×2が、甘い匂いを漂わせながら森に立ち続けることになった。
のではあるが、一向に箸にも棒にもかからない。
「カブトムシ来ねえなぁ~」
「チャイ男くん、いいか、心頭滅却して無になるんだ。自分を石木だと思うんだ」
「あれ?さっき銀さんが見えたような。気のせいかな」
「近藤さん、そっちはどうだ。こっちは梨の礫だ……ってエエエエ」
近藤と同様に森にカブト探しに来ていた土方が、ほかの隊士も引き連れて姿を現した。流石に金色に輝く近藤を見てギョッとしていたが、割とよくあることなのか、大きなため息をつくだけだった。
ただ、近藤の隣で傘を差して金色に輝く男の方は捨て置けない。
「テメェ、まさか万事屋の奴も来てんのか?」
俺がいる=銀さんたちもいるっていう公式はいったいどこから来るんだ?万事屋が、というよりも、ゴリさん率いるこの集団が強烈に万事屋を意識しすぎなのでは?と神食が不思議に思っていると、近藤が先ほどの会話を引いてフォローをした。
土方は胡乱げな目で神食を見ていたが、そのさなかに大きく木が揺れるような音と複数の人の声が聞こえてきた。
何事かと、ここにいる者で連れだって声がした方向に向かうと……恐ろしく大きいカブトムシと、銀時・新八・神楽の万事屋メンツが顔をそろえていた。
「みんな!何しに来たんだ?」
能天気な神食の声と姿に、銀時が面倒くさそうに言った。「そりゃこっちのセリフだよ。朝からいねーと思ったら、ゴリラと全身ハチミツプレイ?」
「見てわかんない?カブトムシ取りだぜ」
「わかるかァァ!どうして自分に塗りたくる発想になるんだァァ!」
「神食キモいアル。その格好で私に近づかないで」
新八と神楽のツッコミをもらうものの、特に気にすることなく神食はさらりと近藤たちの目的も白状する。
「ちなみにゴリさんたちもカブトだってさ」
「テメェ勝手にべらべらしゃべんじゃねえ!」
「ヘェ~オイオイ、市民の税金搾り取っておいてバカンスですかお前ら!馬鹿んですか!?」
話の流れで、銀時たちもカブトムシブームに乗って金目当てでカブト狩りに来たことがわかった。
神楽だけは昨日の定春28号の仇を取るために、大カブトムシを取りに来たようである。完全な形で真選組と万事屋が鉢合わせるのを初めて見た神食は、なんだか二つの組織あんまり仲良くない?とやっと察した。
*
真選組と万事屋が顔を合わせてしまったあと、双方とも争うようにバイオレンスなカブトムシ狩りをしていたものの、収穫なくとっぷりと日が暮れてしまった。
真選組も万事屋もキャンプして夜、ひいては明日もカブト狩りをするつもりである。神食もそのつもりで荷物を持ってきている。一日中はちみつまみれのベタベタ状態で過ごしていてさすがに気持ちが悪い。
自前のタオルでできる限りふき取ってから服を着、リュックを担いで傘を持つ。結局万事屋メンツがここにきている以上、そちらで夜は過ごそうかとついていこうとあたりを見回す。
すでにあたりは暗闇で、真選組は木を組んでキャンプファイヤーを始めようとしている。
夜目が効くしどうとでもなるだろうと万事屋を探しに行こうとすると、何者かに突然腕を引っ張られた。マヨラーこと土方十四郎である。
「チャイ男、テメーはこっちだ」
「?マヨくん何故に?」
「テメーは俺たちが将軍のペット探してるって知ってんだろう。それを[[rb:万事屋 > アイツラ]]にしゃべられると面倒なんだよ。あとマヨくん言うな」
「ええ~?俺は瑠璃丸くんが将ちゃんの元に戻れば、誰が捕まえようとなんでもいいんだけど?みんなで協力した方が早いんじゃない、マヨラーくん」
真選組と万事屋のこれまでの確執を知らない神食はぬけぬけと言うが、これまで何度も万事屋といざこざを起こしてきた土方に頷くことはできなかった。瑠璃丸を捕まえることだけを考えるなら、神食の言うとおりであるのだが。
さらに神食は腕を掴まれたままくるりと振り返ると、悪童のようににやりと笑った。
「それに、そんな簡単に俺を拘束できると思ってるのか?マヨネーズくん」
「テメ……「死ねぇ土方!」ウォォオオオオ!!」
物騒な言葉とほぼ同時に、神食の背後から神速の突きが襲い掛かった。神食は振り返らないまま、左手に持った日傘を素早く持ち上げ、真剣を受け止めた。
「チッ」
「突然何すんだテメーはァ!」今の一撃的に狙いは神食であるが、声は明らかに土方ねらいであった。
「すいやせん、今回はこっちのチャイ男を狙ったんですがついでに殺れればと思いやして」
「何に対しての謝罪!?」
「こういうの嫌いじゃないぜ。ところで誰?」
神食は傘に突き立った切っ先を振り払い、相手に振り返った。
「サド丸って言やぁ伝わりますかねェ。あのクソチャイナと仲のいい兄貴がいるって聞きやして、どんなもんかと気になったんでさァ」
微妙に話が間違って伝わっているらしい。原因としては後ろの土方が、昨日ペットショップで連れだった神食と神楽に会い、神食の事を兄貴分のようだと近藤や沖田に雑談していたせいではある。
「ああ~神楽ちゃんが言ってた織田君って君の事!触れるもの皆Mにするっていう」
「チッ、どんな伝え方してんでィあの女……で、お兄さんもMになりてェと」
「一応訂正しとくけど、神楽ちゃんと血の繋がりはないぜ。で、織田君は俺をMにできる自信があるんだ?」
沖田と神食、二人とも片頬を釣り上げて笑っている。不穏な緊張感が森に満ちて、周囲にいた平隊士たちにも伝播していく。「ちょ、何この空気」
「キューピーくんこれよろしくゥ!」
神食がリュックサックを土方に向かって投げつけるのと、沖田が再度抜刀するのは同時。切りかかった白刃を巨大な傘で鈍い音を上げて受け止め、はじき返す。
傘を猛烈な勢いで空に投げ上げたかと思うと、身を低くして沖田の懐に滑り込み左フックを胴体にたたきこもうとするが、沖田の左手によって抜かれた鞘によって防がれ、直撃を制される。
鞘はフックの威力に耐えかねて悲鳴を上げ、沖田はそれを手放しつつ右手の刀を高速で振り下ろす――が、フックが不発とみるや右手を拳に、振り下ろされる刃の速度に合わせて側面を横殴りにした。
ビィン、と嫌な振動が沖田に伝わり、反射的に鞘を前に一歩退く。
深、とその場が静まり返る。組みあがったキャンプファイヤーに点火が行われ、火が爆ぜる音が妙に大きく聞こえた。
神食は落下してきた傘を受け止めてから、刀を撃った手を握ったり開いたりし、沖田を見て嬉しそうに笑った。
「流石いい刀と使い手だぜ。折れると思ったんだけど」
「おおーいお前ら何喧嘩してんだ!作成会議やるぞ!チャイ男くんも来い!」
キャンプファイヤーの前にハニー大作戦状態の近藤が簡易椅子に腰かけた状態で、沖田や神食たちに声をかけた。
神食は土方からリュックサックを受け取っておとなしくキャンプファイヤーへ向かう。
土方とすれ違いざまに、世間話のように伝えた。
「銀さんと協力した方が早いと思うけど、俺、ゴリさんに協力するって言ってたわ。だから味の素くんの言う通りにするぜ」
謎のCMソングを口ずさみながら、神食はさっさとキャンプファイヤーに当たりにいった。
その後、大人しく納刀した沖田が土方に並んだ。
「おまっ、勝手に何やってんだ」
「予想はしてましたがねェ、シンプルにチャイナの上位互換でさァ。――まぁそれだけならいいんですがねェ」
油断ならない、と沖田の顔には書いてある。今までにも星海坊主が地球に来た際に、とんでもないえいりあん狩り騒動が起きたことも記憶には新しいので、土方も危惧する思いはわかる。
が、沖田はまた別の事を気にしているようでもあった。
しかし「おーい総悟!トシ!」と近藤が呼びかけ、ほか隊士も彼らを待っている。
今はカブトムシだと、二人はキャンプファイヤーへと足を向けた。
*
成り行き上今回は真選組の肩を持つことになった神食は、税金で用意されたバーベキューをわき目も振らず食いまくってご満悦だった。バーベキュー中、神楽がゲロを吐き散らかし真選組ももらいゲロをする顛末もあったが、ゲロごときで衰えるヤワな食欲はしていない。
バーベキュー終了後、真選組は夜通しカブト探索を行うということで、手分けして森に散っている。そのため、真選組のテントは人もまばらだ。
今宵は満月であり、かつカブトムシは夜行性、夜の方が本領の神食もぼちぼち出るつもりではあるが、満腹なのでしばらくゴロゴロしている。
「食った食った、ゲフッ」
「チャイ男さんアンタ食いすぎ。よく食べれますね、ウプッ」
「あれ、ジミーさんはカブト探しに行かないの?」
神楽から無事もらいゲロをし、若干元気のない山崎はテントの隅で何やら書類を見ていた。
「俺は次のシフト。カブトムシも探さなきゃだけど、本業も詰まっててね」
「今更だけど真選組って何?」
「知らないでここまで来たのォ!?」
真選組とは平たく言えば治安維持組織。もともとは天人排外主義、もしくは天人を迎合する幕府を討とうとする討幕思想を持つ攘夷志士に対処するために作られた浪士組が始まりであり、その職務上武装を許可されている。現在は攘夷志士の取り締まりに加え交通整理や殺人事件の捜査を同心たちと連携して行うこともあり、業務は多岐にわたっている。
「ヘェ~。でも強烈な天人排外主義のヤツってそんなに多いの?まあ、やたら偉そうな天人は見かけるから、天人嫌いは多いのかな」
「実際本当に過激な排外思想は少ないと思う。あとは攘夷を謳っているけど内実天人と結んで薬の売買しているとか、単なる強盗団だったりも多いしね。どれにしろ捕縛対象だけど」
開国したての頃ならまだしも、ここまで生活に天人由来の技術が入り込んでなじんでしまった以上、それがなかったころに戻すのは不可能であろう。
ただ、現政権の幕府自体が必要かといわれると神食にはわからない。真選組は幕府の組織ゆえに討幕思想を取り締まるが、天人を排外しない討幕思想であれば成立してしまうのではないか。
手持無沙汰だったので、山崎の手にしている書類をちらりと一瞬盗み見る。攘夷党『七條党』が前に流通した転生郷の新薬『幻影郷』を売りさばいている、内偵し証拠と人員配備を掴む、などなど。
内偵、スパイ。第七師団――夜兎は暴力がインスタント&コンビニエンス過ぎて、内偵で探りをいれたり謀略を仕掛けたりすることが苦手だ。必要を感じていない、と言った方が正しいか。ただ、春雨全体としては夜兎以外の方が圧倒多数なのだからそういった方面にも長ける必要があると、神食は思っている。数が多いということはそれだけで力だ。だがこれもあまり第七師団内ではウケてるかと言えば微妙だった。
しばらくゴロゴロして腹具合もよくなってきたので、神食はゆっくりと立ち上がった。
「ジミーさん、俺もカブト探してくるわ。明け方には戻るから、もしゴリさんとかに聞かれたら言っといて!」
カブトムシは夜行性。しかし瑠璃丸は一見普通のカブトと変わらず、陽の下で黄金色に輝く――ということで、傘を置いて太陽光ライトにハチミツを塗りたくり出撃。
満月であれば森の中でも十分視界はある。とはいえ、カブトムシなんてこれまで探そうとしたこともないので、うまく見つかるかどうかはわからない。クワガタ、ゴキブリ、コガネムシなどなど、いくらでもいる。
近場は真選組が探しているだろうから、脚力を生かして遠くに走る。チラッと虫を見つけては違う、見つけては違うを繰り返し、時々飽きてエネルギーバーをかじり、木の根元で爆睡しを繰り返しているうちに――「あれ!?黄金色だ!」
すでに森にも日光が差し、明るくなりつつあるそのとき。ぴたりと太陽光ライトに、一匹の虫が留まった。
その体は美しく黄金色に宝石のごとく輝いていた――が、神食は首を傾げた。このカブト、角がない。
「もしかして、メス!?」
奇しくも将軍のカブトムシと同種の雌を発見したと思い、念のため昆虫ケースに入れ、肩がけにする。「瑠璃子に引き寄せられてきてくんないかな、瑠璃丸くん・・・・・・とりあえず、そろそろ戻るか」
一息ついてあたりを見回したが、そういえばここ、森のどのあたりだろうか。
「迷った!!」
神食がハチャメチャに森の中で迷子になって迷走し、太陽も高くなってきて日傘をおいてきたことを悔やんでいた時、肩から提げた瑠璃子がガタガタと激しくかごの中で動いた。
「?どうした瑠璃ちゃん。もしやイケメンでも見つけたのかな」
通常はカブトムシは雄が雌を追いかけ回す。どうせ手がかりもないことだし、と瑠璃子が示す方向へてくてくと歩いて行くと、聞き慣れた声が聞こえた。
「いざ、尋常に勝負アル!」
森の木々の隙間から、神楽と織田君、もとい沖田が向き合っているのがうかがえた。そして沖田のとなりには虫は思えぬ戦車のようなカブトムシがいることも。
何をやってんだと木々を分け分け近づいていくと、神楽の足下にも小さな、否ノーマルサイズのカブトムシがいることもわかった。
――そして、黄金色に輝いていることも。え、もしかしてカブトムシバトルしようとしている?この子たち。
「瑠璃丸くん!」
「カーブートー狩りじゃあああ!!」
神食からは見えていないが、彼とは向かいの崖下から近藤、土方、新八を踏み台に、銀時が崖を駆け上がってきた。
突如現れた銀時は、空中跳び蹴りを巨大カブトムシにヒットさせ見事ひっくり返した。瑠璃丸を守るような今の動きを見るに、少なくとも銀時はもうあれが将軍のペットだと知っているのだろう。
よかったと自分も森の中から抜けて合流しようと思ったそのとき、神食は不吉な予感がした。
狩りは、狩りが終わった直後が一番危険なのだ。ハンター●ンターで読んだ。
「バッキャロォォ喧嘩ってのはなァ!てめーら自身の「銀さんどいてェェェ!!」
銀時の足下に、黄金色の瑠璃丸。とっさに飛び出した神食は、あらん限りの力を使って地面を蹴り木をなぎ倒して、ロケットもかくやの勢いで銀時の腹に突っ込んだ。
「何しやがんだテメェェ!!」
神食のロケットアタックで、銀時はせっかく駆け上がってきた崖からダイブをキメることになってしまい、叫びがドップラー効果で低い絶叫になっていった。
銀時の代わりに崖上に転がった神食は、瑠璃丸を守った達成感で胸をなで下ろし、体を起こした「メキッ」
「・・・・・・あれ?」
狩りは、狩りが終わった以下略。
*
「ったくよォ~~オメー一体どうしてくれんの?俺たちの家賃が夢幻のごとくなりだよ」
「というか神食さん一体今回何してるんですか?夜神楽ちゃんが裏切り者ォォって言って大変だったんですよ」
「色々とごめん~~でもあのままだったら結局銀さん瑠璃丸潰してたよォ、連帯責任ってことでひとつ」
悲しくも瑠璃丸の圧死で落着した後、神食は両脇から銀時と新八に小突き回されていた。
真選組も三々五々、テントなどを片付けて撤収を始めている。近藤や土方はどーすんだこれと途方に暮れているようだが、神食は将ちゃんそんなに怒んないのではとのんきなことを考えていた。スポドリの恩義が果たせなかったのは遺憾である。
銀時たちは神食の予想通り、カブトムシブームに乗っかって狩りにきていたとのこと。神楽だけは金より定春28号の跡継ぎ捜しだったようだ。ともかく万事屋もこれ以上森にいる目的もない。
けーるぞ、と銀時は言ったが、周囲を見回しても神楽の姿がない。
「あれ、どこいったんだろう」
「ちょい探してくるぜ!」
あんま遠くに行くなよ、と二重迷子の心配をされつつ、神食は傘で木をなぎ払いつつ周囲を見て回った。
その途中、撤収作業中の真選組平隊士に聞いてみると、先ほどのカブト対決の場所を指さされた。
*
金属と金属がかち合う、甲高い音が響きわたる。拳も蹴りも躱されるが、こちらも相手の刃もバカ正直にもらうことはない。
「ほあちゃああ!!」振り下ろした傘は空を切り、標的ではなく地面をえぐるのみ。
後ろに感じる殺気に反応し、素早く身を翻せば一瞬前に己がいた場所を通り過ぎる刃。
ピコピコハンマーでも、カブトムシでも、殴り合いでもイチイチつっかかってくるドS、それだけのはずだが――この喧嘩が単なる不快ではないことは確かだった。
間髪入れずに沖田から突きが繰り出されるかと思ったが、予想に反して沖田は動かず――神楽の向こう側をじっと見ていた。
イヤコイツ、つられて私が後ろみたところで殴りかかってくるダロ!と神楽は頑なに振り返らなかったが、流石に長すぎる。
警戒しながら振り返ると――崖をよじ登ってきたらしい神食が、笑顔でこちらを見ていた。
崖を登り切らず、顔と腕だけ出してそれより下は崖下に隠れている。
「……何してるアルお前」
「銀さんが帰るってさ、探しに来た。下のキャンプしてたところにいるよ」
「だったらさっさと声かけるネ」
神食は何故か気持ちの悪い笑みを浮かべて、謎にひそひそ声で言った。「さっきは おたのしみでしたね」
「気持ち悪い言い方すんじゃねーヨぶっ飛ばすゾ!!」
早く来な~と間の抜けた声を最後に、彼はさっと顔を引っ込め、崖を降りていった。神楽は興がそがれたとばかりに傘を下ろした。
「サド、お預けアル。お前もさっさとゴリと森に戻るヨロシ」
神楽は蠅でも追い払うようにシッシッとジェスチャーをしたが、沖田は妙に神妙な顔つきで、神食のいなくなった崖を見ていた。
「森はここだろィ。それよりチャイナ、あの男はお前の何でィ」
「ハァ?あれは舎弟ヨ。あとパピーの弟子って言ってたアル」
「あの星海坊主のねェ……。悪いことはいわねェ、深入りしない方が身のためでェ」
「ハァ~~?何アルかお前、そもそもお前もアイツと初対面ダロ」
神楽は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、沖田の言葉を真に受けた様子もなく森の奥に歩いて行った。
なだらかな道を通って崖下に向かうつもりだろう。
星海坊主、神楽の父の弟子。星海坊主の馬鹿げた力は先日、彼が地球にやってきた際に沖田も目撃しているところではあるが、神楽に忠告したのはその力のためではない。
先ほど、崖から登ってきた神食は少しの間、沖田と神楽の手合わせを眺めていた。位置取り上、沖田はそれに気づいていたが神楽は気づいていなかった。
沖田よりも、神楽の一挙一投足を追っているようだ。
茶々を入れるつもりはなさそうだったので放っておいたが、どうもその表情が引っかかった。
笑っていた。
それも近藤や銀時と話している時のような朗らかでヘラヘラしたそれではなく――獲物を見つけた猛獣のような、不敵で剣呑なそれだったからだ。