「ウェェン参謀長!どこいっちゃったんですかァ!!」
ビエエンと鼻水を垂らしながら神威の腰に抱きついた、命知らずな飛耀は猛烈な肘鉄を食らって床にめり込んだ。
「お前弱いくせに丈夫ではあるよね」
「お褒めいただき恐悦至極」
「にしても流石におかしいな。最後にアイツみたのはもう三週間くらい前だろうよ……それくらいの外出の時は、毎回届けをだしてただろうに」
春雨第七師団戦艦。空いていた会議室の一室に、神威、阿伏兎、飛耀、云業の四人が首をそろえていた。最初は飛耀が通りがかりの神威に参謀長こと神食の居場所を聞いたことが発端である。
その後に阿伏兎と云業が、新任務について神食にも参加して欲しい話をしたかったが当の神食が見あたらない……と、同様のことを神威に聞きに来て、今に至る。
「団長、外出届はもらっていないのか?」云業が尋ねた。
「飛耀にも聞かれて漁ったけど、もらってないよ」
「朽名の爺さんはどうだ。あのジーサン団長と神食の居場所は常に把握してるだろ」
「そういや朽名爺も最近見てないネ」
「弱ったな。三週間前のアイツに何かおかしいところでもあったかね?最後にあったときの様子はどうだった?」
阿伏兎の発言に、それぞれ過去の記憶をたどり始める。壁掛けの時計が時を刻む音だけが響き――飛耀が口火を切った。
「ヌルヌルローション大作戦に備えたカッパ狩り計画の進捗について、報告したらご満足いただきましタ!」
続いて云業。「前回の任務で行動不能になって収容され、すでに回復した団員について、筋トレ罰ゲームを課して参加者を三日行動不能にしていた。他の任務に支障が出た」
続いて阿伏兎。「開発部の使途不明金を食費につけてくれと言ってきた。当然却下だあのバカタレ」
最後に神威。「いつも通りだったと思うけど。春雨辞めるって言ってたかな」
えっ、と神威以外の空気が固まる。逆に神威の方が笑顔のままだが首を傾げた。
「神食いつも「やめてやらァこんなクソ組織!」って言うじゃん。それにアイツメンヘラだから、自分を安く見積もる部分と自意識過剰部分の差がすごいだろ」
メンヘラはかなり語弊があるが、神食は自分の価値を軽く見がちというかコスト扱いするというか、自分の尊厳を切り売りしても平然としているところがある。
三年位前、参謀長になりたての時の阿呆提督靴舐め事件は色々な意味で大変だった。ガチギレの神威が。
宇宙で一人えいりあんはんたーをやっているだけならそれでもいいが、組織の一員で、しかも組織内でトップクラスの実力を持つ者がそのザマでは困ると阿伏兎も説教をした。
今では立場を理解してそういったそぶりは全くなくなっているが、それと個人の思いが変わったかは別の話である。
阿伏兎は難しい顔をして尋ねた。
「いやマァそりゃそうなんだが……その時他に何かなかったのか」
「うーん、あ、そういえばなんか紙を渡された気がする。部屋にあるかな」
神威は立ち上がると、スタスタと会議室を出て行く。いやそんなまさか、と残されたメンツが手持ち無沙汰に顔を見合わせていると、案外すぐに戻ってきた。
「これこれ」
テーブルに置かれたのは地球で流行っているという漫画本。
……ではなく、漫画本のしおり代わりに挟まれている白い紙が神威の言っていたものであろう。
それは封筒のように折りたたまれており、その中にまた紙が入っている作りになっているようだったが、表にはデカデカと筆ペンで『退職届』と書いてあった。
「え”え”え”え”え”え”退職ゥゥゥ!!??」
飛耀が断末魔じみた声を上げてツッコむ傍ら、流石にただ事ではないと思った阿伏兎が即座に続けて突っ込む。
「なんだこりゃ団長!中見たか!?」
「見てないヨ。興味ないし」
「なんでだァァ流石に確認しろォォ!もうちょっと部下に興味持てェ!」
「阿伏兎、ここ犯罪シンジケートだよ?そんな退職届一枚ではいそーですかって退職できるわけないデショ」
「正論!それはそうだけれども!」
頭が痛いやら何やらで阿伏兎はうめいた。云業がとりあえず中を読もうと言うので、なんとか意識を取り戻した飛耀と四人で雁首そろえ、退職届を開封した。
『退職届 私議
株式会社春雨 バ神威殿
この度一身上の都合により、本日を持って春雨第七師団を退職いたします。
XXXX年XX月XX日
株式会社春雨 契約社員 神食
以上』
「退職届だネ」
「退職届だな」
「退職届だ」
「退職届ですネ」
神威、阿伏兎、云業、飛耀の順に言った。「テンプレートのままァ!せめて株式会社は削除しろぉぉ!!日付ェ!」
あんのクソガキャ!と阿伏兎は渾身の力でつっこんだ。
その傍らの云業は、厳つい顔に似合わぬ困り顔で問うた。「けど団長副団長、実際、春雨を退職したい場合ってどうするんだ?」
この中で一番目と二番目に古株の阿伏兎と神威が顔を見合わせた。
正真正銘の非合法組織とはいえ、これだけの規模になれば人員維持管理のために団員リストも存在する。第七師団は職務内容上、死ぬ者が多い上にここにやってくる者は訳ありばかりで、辞職のルールも明文化されていない。
となれば、古株が見てきた明文化されていない慣例に従うことになる。
「……マァ団長がOKって言えばいいってことになるんだろうが……」
仮に本当の下っ端団員であれば、無断で出奔したとしても任務で死亡したとして処理することも可能だろう。実際死んだのかどさくさに紛れて逃げ出したのか不明な新人は多い。
仮に真っ正面から辞めたいと言えば、神威は否とは言わないだろう。
しかしそうではない場合はどうか。
ここ最近では先代団長の鳳仙が正式な春雨所属ではなくなっているが、彼の場合数年前から後継者として暗黙裏に神威のことが知られており、また団長を退いた後の所在も春雨元老院に常に把握され、挨拶とは名ばかりの監視が都度行われている。
それは引退しても今なお鳳仙の力と影響力が恐れられており、また彼が春雨運営上の機密事項も知っているからだ。
もし周囲への根回しなしに突然鳳仙が所在不明になったら、第七師団どころか元老院も放っては置かない。
即時処断とはならずとも(そもそも鳳仙相手にできるのか問題もある)、第七師団に居場所を突き止めて捕縛を命じられることは明らかだ。
となると神食の扱いは微妙だ。もちろん夜王鳳仙ほどのビッグネームではない。
ただ本人は契約社員と謎自認をしているものの、すでにれっきとした第七師団の幹部であり、鳳仙のお気に入りであり、阿呆提督にも認知されており、三凶星とよからぬことを企んでいるとあらぬ疑いをかけられたこともあり、他の戦闘種族を研究したいと辰羅を多数抱える第四師団につっかかっていったこともあり、むやみやたらに顔が広いというか知られてしまっている。
永久不在を「任務で死にました」で片付けられるとはとても思えない。
「……まずくないデスカ?」
「……まずいな」
「……まずいだろ」
「そうかな?案外豆腐の角に頭ぶつけて死んだとかでイケそうじゃない?」
飛耀、云業、阿伏兎、神威の順である。
真っ正直に提督・元老院に「参謀長が逃亡しましたテヘペロ」なんて言おうものなら、神食捕縛令だけでなく神威阿伏兎の監督不行き届きとして、厳罰が下る可能性が高い。従って正直に報告の案は頭からありえない。
ならばもし、今現時点から第七師団が上層部から追求を受けることなく済ませるためには――
「内部抗争で俺と神食が戦って神食が負けた。死体がいるかどうかは微妙だね」
内部抗争自体は春雨内での日常茶飯時である。他の師団では内部抗争によってころころ団長の首がすげ変わることもよくある。その中では第七師団はかなりまとまりのある団であり、今までその手の師団内政変が起きたことはない。
団長が言うのであれば、そして死体があるのであればさらに良い。
機密の観点でも上層は文句を言うまい。そこでそれまでおろおろしていた飛耀が声をあげた。
「あ、あのっ!まずは参謀長がどんな意図で退職したいのか、聞いてからでもいいのではッ!?」
「もちろん。俺はホワイトな職場を目指しているからね。聞きたいところだし場合によっては慰留もするよ」
阿伏兎と云業の「ゑっ?」という宇宙兎顔をスルーして、神威は飛耀に微笑んだ。
「まずは神食の行き先だネ。とりあえずアイツの部屋に行こうか」
神食は参謀長という幹部の立場の為、個室をあてがわれている――が、その個室はもう個室とはいいがたかった。
通常ロック機能付きの自動扉になっているのだが、神食の部屋には居酒屋の店先にある暖簾が下げられているだけである。これは神威が退屈な時、任務の敵に歯ごたえがなくて消化不良の時に神食にケンカを売るため扉をぶっ壊しまくり、修理を繰り返しついに修理班がキレて、神食が「もういいや」と諦めて解放フリールーム状態と化したためだ。
ジャイアニズムの化身は「神食がカギを締めるのが悪い、喧嘩を二十四時間受け付けるって言ったのはお前だろ」と意味不明な供述をし、神食は「襲撃はいいけど扉壊すな」とそこをキレるのかとズレたやり取りをしていたのは、云業と阿伏兎の記憶でも結構前の話だ。
ただ神食は神食で神威の部屋には合鍵を作って勝手に入る。フリールームに機密書類を置けないので、それらは全部神威の部屋にあるからだ。
四人は遠慮なくその部屋に足を踏み入れる。自動で電気がついたその部屋は、有体に言って汚部屋である。生ごみが散らかる系ではなく純粋にモノがすごく多いタイプの汚部屋。ただ酒瓶は転がっている。
モノの大半は書籍である。地球から輸入した漫画本、夜兎の故郷徨安から持ってきた古い書籍、アルタナ関連の書籍と走り書きのレポートが大半を占める。漫画は趣味、徨安の本は研究開発部に飛耀の管理でもおいてあり、アルタナは彼の個人的興味だ。フリールーム化していたので、阿伏兎や飛耀も何回もここに入っている。
その中で、アルタナ関連の本や書類が机の上に積み重ねられていた。同じく机の上にはスキャナーがおいてあり、ディスクにデータを移して持っていったものだと思われる。ちなみにエロは動画派だぜとのことで、そっち系の本はない。
四人で部屋を家探ししたが、ほかにはめぼしいもの、行先の手掛かりになるものは見つからなかった。
四人は顔を見合わせたが、神威は何食わぬ顔で次の行き先を提示した。
「じゃあここにいない爺やに聞いてみる?」
*
朽名も第七師団戦艦に一室を与えられているが、厳密には幹部に数えられていない。元々鳳仙の右腕であり、鳳仙の隠居後にアドバイザーとして第七師団に所属している。ヒラ団員と同様の扱いとは行かないので、幹部同様に個室を与えられている。
神威たちは朽名の個室に向かいつつ、すれ違った団員に朽名を見かけたか聞いていく。
すると不思議なことに、こちらも三週間前を一区切りに、目撃したという者が激減している。ただ違うのは、目撃者が皆無ではなかったことだ。その目撃証言も、食堂に食事をもらいに行っていたとか、シャワー室にいたとか、そのレベルだった。
今思えば神威たちが朽名と話したのも、二週間ほど前の食堂が最後だ。
「おいじーさん、いるか?」
阿伏兎がガンガンと金属製の扉を叩くも、返事はない。だがおそらく中にいる、そういう気配がする。
と、阿伏兎が待てと発するよりも早く、神威がピクニックのような気軽さで扉を蹴り飛ばした。
「じ~~~いや~~~ッ!!」
「ウギャアアアアアア!!」
70代のご老人とは思えぬ元気な悲鳴が、部屋の中から上がる。だが、部屋の中に人影は見えない。神威が蹴り飛ばして外した扉の上に、神威自身と飛耀が乗って部屋の中を見回す。
「あり?おかしいな」
「声はきこえましたけどネ」
「だ、団長殿……これはファンサです」
扉と神威と飛耀の下敷きになって喜んでいる朽名の姿を見て、ちょっと助ける気が失せた阿伏兎と云業だったが、話が進まないので助けることにした。
幹部格とはいえ宇宙戦艦で大きな個室が与えられているわけではないが、約八畳の広さの個室を自由に使える。それにしても相変わらず異様な私室だった。
朽名の趣味なのか床は全面畳になっていてそこはいいのだが、正面には壁一面を覆い尽くすスクリーン。右の壁には若い頃の鳳仙の巨大ポスター、左の壁には神食と神威のポスターと最近の写真が所狭しと貼り付けられている。
入り口の扉の両脇には本棚が置かれ、夜王メモリアルブック、殿下オフショット集、団長戦闘記録などいかがわしい本が積まれてたまに兵站戦や気功の本などまともな本が見える。
阿伏兎はこの部屋を見るたびげんなりするのだが、当の神威や神食はどうでもよさそうにしているから突っ込まずにいる。なお、夜王鳳仙は右腕のこの癖については諦めているらしい。
「爺や、神食のことは知ってる?」
いろいろな前提をすっ飛ばした神威の問いだったが、朽名は驚かなかった。ただ、起き上がったその顔には色濃く疲労が滲んでいて、激しい戦闘を終えたあとのように困憊していた。
「……殿下が春雨を抜けられる件ですな」
「そう。あいつがどこに行ったか知ってるかい」
「地球。太陽系第三惑星のあの星です。気になることは副団長殿に伝えたと仰せでした」
「ハァ!?聞いてねーぞんなもん」
「わかった。爺や、お前も減給だよ。もっと正確にアイツの場所を知る方法はあるよな?」
神威は妙に確信を持った聞き方をした。確かに太陽系第三惑星という情報だけでは大ざっくりすぎて、捜索にどれくらいかかるか知れたものではない。
朽名は迷いながらも口を開いた。
「地球の吉原桃源郷に参ります。鳳仙様なら殿下の居場所もお分かりになるでしょう」
「お前は先んじて地球に向かえ」
神威は簡潔に指示をすると踵を返して部屋から出て行った。阿伏兎はそれを追いかけていき、その場には飛耀と云業が残された。飛耀は困惑しきりで、真偽を確かめたい一心で続けて問うた。
「爺や、参謀長が辞めるって本当なんデスカ」
「少なくとも、殿下はそのつもりです」
「何か不満でもあったんですかネ?」
「第七師団に不満はないと仰せでした。団長殿への文句は言っておりましたが……」
考え込んだ飛耀に代わり、云業が尋ねた。「でも、なんで突然に」
「前々から準備すれば辞められるのですかな? それは無理でしょう」
「あんた、参謀長が抜けることを知って黙ってたんだな」
「抜けると聞いたのはかなり直前ですが。進んで言いふらしてほしいのではなさそうだというのは、私の愚考です」
朽名が鳳仙をはじめ、神威や神食を推している(この推し概念を第七師団メンツはよくわかっていない)ことは周知の事実である。最推しは鳳仙だが、気持ち的には神食も神威も遜色ないようだった。
「推しの間の板挟み、つらいです。殿下のご意思を尊重したいですが、それを団長や鳳仙様に黙り続けているのはほかの推しをないがしろにしているようで……」
またわけわからないことを言って悲嘆に暮れている。飛耀は「相変わらず爺やよくわかりマセン」とあきれていた。
云業はこれ以上朽名から聞くことはなさそうと考え、飛耀の腕を引っ張って神威たちを追いかけることにした。
*
阿伏兎は早足で歩く神威を追いかける。多分地球に行けと操舵室に伝えるつもりなのだろう。判断が素早いのはいいがもう少し説明しろ、高速道路時速500キロ爆走団長と心の中でぼやく。
夜王鳳仙が神食を買っているのはほか団員も知っている事実ではあるが、なぜ居場所がわかるのか、その根拠も不明だ。
阿伏兎の気配を感じて、神威は前を向いたまま尋ねた。
「阿伏兎、神食が言ってた気になることって何?」
「いや俺もさっぱりなんだが? テキトーふかしてんじゃないだろうなアイツ」
阿伏兎の方こそ気になる。春雨と第七師団で気になることで、神食と話した内容で脳内検索をかけるがなかなかヒットしない。
任務などで案外真面目な話をすることも多いはずだが……「もしかしてアレか?」
真面目どころか、神食も珍しく酒に酔った状態で、阿伏兎も眠い中話していた内容だ。
あれをもってして「伝えた」というのなら社会人を基礎からやり直して欲しい。
とにかく、神威が目で話せと促してくるので、阿伏兎は頭を掻きつつ口を開いた。
話すと結構長くなってしまい、結局通路で長い立ち話になってしまったが――話し終わった後、阿伏兎は神威の様子がおかしいことに気がついた。
いつものように笑顔だが、これは多分怒っている。
「だ、団長?」
神威は無言で懐から厚みのある紙、神食の退職届を取り出すとその場で粉々に破り捨てた。
「……俺は、アイツが春雨にいようがいまいがどうでもいいんだ。色々と興味があるからここにいた方が都合がいいと思ってるけど、もし辞めたいなら止めやしない」
元老院や機密事項のことは端から神威の頭にはない。気にしているのは、己が強くなる糧として役に立つか、どうか。
阿伏兎は本当にそれだけか、とか脱退を止めないのか、と怪しんでいたが今聞くのは藪蛇だろう。
「宇宙でえいりあん狩ってる方が強くなれるから辞めるって理由なら、むしろ追い出すヨ。だけどもし本当にそんな、阿伏兎が予想したような理由で辞めるっていうなら、
神食との会話を話したのは阿伏兎だが、彼自身そんなまさかないだろう、と思っている。
あれはそんな殊勝な理由で去るような奴だっただろうか。
だがもしその予想が当たっているとしたら、また神威の怒りにも納得はいく。
ただ、アイツは多分――第七師団にとって自分が邪魔なら、文句も言わずいなくなるだろうことも納得はいってしまう。
思想の違いはあれども、少なくとも神食は第七師団を嫌ってはいない。
「自主退職じゃなくて、
神威は退職届の残骸を放置したまま、操舵室へとまた歩き出す。先ほどの殺意にも似た怒りは一度消え去り、いつものように阿伏兎に命じた。
「阿伏兎、昨日の任務で船に回収してから死んじゃった奴何人かいたよね。神食と背格好が近い奴を見繕って冷凍しておいて」
「そりゃわかったが、どうするつもりだ?」
「使わないかもしれないけど、念のためだよ」
なんとなく、阿伏兎は神威の目指すところを理解した。
春雨上層部の思惑まで理解しているかはさておき、杜撰でも身代わり死体を使えば片をつけることはできるだろう。
神食は生きて春雨に戻るか、生きて春雨を辞めるか、それとも神威に殺されるか。
取るのはこの三択のいずれか。
「本当のところは本人と
神威の横顔を見て、阿伏兎は「こりゃまずいな」心の中でつぶやいた。こうなったらだれにも止められない、そういった顔をしている。
「あいつは上等な夜兎の肉体を持ちながら、くだらないことを思い煩い続けている大バカだ。だけどそれでいながら、俺はこれまでアイツを殺せていない。それは認めないといけない」
神威と神食の殺し合いは、どこまでが喧嘩レベルなのか本気の戦いなのかは非常にわかりにくい。
元々は殺し合いのつもりなどなくても、喧嘩から始まって激化した結果そうなってしまうこともあり、切り分けることは難しい。
さて、今現在この二人はどこまで本気で殺し合っているのだろうか?
同じ組織に居続けたことによる馴れ合いがないとは言い切れるか?神威はないと言い切れても、神食はどうか?
彼の思惑はさておき神食が春雨をやめるなら、そのしがらみを脱ぎ捨てた、神食の入団当初のような新鮮な気持ちの殺し合いができるのではないか?
これまで色々話をしてきたが、結局のところ神威の目的はそれなのではないか。
結果的に神食が戻る、戻らないに関わらず、彼は一度ここから飛び出したのだから――今だからこそできることがある。
春雨からはみ出した状態で行う、殺し合いだ。