マッドサイエンティストは反省しようとした   作:蛸葦廃船ファン

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自主回収部はあり得ないのか

「早まったか」

 

彩葉はそんな言葉を無意識にこぼした。無機的な部屋には彩葉が指と机で奏でるくぐもった音だけが響いている。彼は気晴らしに辺りを見回したが、狭い部屋には窓どころか小物さえ一切なく、気分を紛らわせることはできなかった。仕事柄、無機質な空間に慣れているつもりであったが、彼の知っている場所は試験管やら薬品やらが散乱している場所ばかりでこの何もない空間は落ち着かない。

 

観察で成果を得ることのできなかった彩葉は再び机を叩き始めた。職場でのあだ名が筋肉であるほど立派な体格を持つ彼のこの癖は、同僚に怯えられてしまうため隠すようにしていた。だが、緊張下で部屋に誰もいないとあっては我慢することができないようだった。

 

やることもなく、唯一の出入り口である扉を彩葉が見つめていると、突然ノックの音が響く。返事を待つことなく扉は開かれた。

 

「失礼、お待たせ致しました。上司との相談が長引いたもので。」

 

入ってきたのは中年の男と若い女の二人だ。中年の男は体調が悪いのではないかというほど痩せていた。だが、顔には張り付けたような笑顔が広がっている。若い女の方は長い髪で左目が完全に隠れてしまっていた。それでも右目だけで彼女は彩葉を凝視している。その目を彩葉は知っていた。相手を恨んでいる目だ。

 

「それでは交渉を始めましょうか。まずは自己紹介を。私は交渉役を任されました枝藤です。彼女は部下の花追君。」

 

枝藤が紹介しても、花追は会釈することもなく彩葉を睨み続けていた。枝藤は花追の反応を待つかのように間を開けたが、あきらめたのかしばらくすると身を乗り出し口を開いた。

 

「さて、緊急時ですので早速確認したいのですが、あなたは日本生類創研の人間で収容に善意で協力しに来たというのは本当なのですか?」

 

そう問う枝藤の顔は一瞬だけ明らかに疑わしげであったが、すぐに元の不気味な笑顔に戻った。

その様子から彩葉は自分が所属している組織の傍から見たイメージを改めて理解する。そして、早まったという思いがより強くなった。彩葉が心を落ち着かせて口を開こうとした瞬間、ドンと大きな音が鳴った。花追が机を強く叩いたのだ。

 

「あり得ません! 日本生類創研は倫理の倫の字も知らないマッドサイエンティストの巣窟なんですよ!」

 

花追の叫びが狭い空間に響く。彩葉は拳を強く握り、即座に言い返そうとする自分を抑えた。今は感情的になっている場合ではないのだ。そのことは枝藤も分かっているようだった。

 

「花追君、黙っていてください。あなたがここにいる理由は、あなたの私情を参考に入れる為ではなく、異常生物に対する知見を用いて専門的な部分を補佐する為です。」

 

枝藤が花追に顔も向けずに淡々と言った。花追は歯を食いしばった後、小さな声で「失礼しました。」と口にする。そして、最後の抵抗とばかりに彩葉を改めてひと睨みすると、席に座り直した。嫌な沈黙が部屋を包み、元から重たかった空気がさらに重たくなった。しかし、彩葉の気持ちは少し軽くなっていた。偉いらしい枝藤の方は話を聞く気がある様子だったからだ。

 

「一応、言っておきますが...」

 

しばらく続いた沈黙を破ったのは枝藤だった。

 

「この部屋の外にはセキュリティスタッフが待機しており、異常が有れば直ぐにあなたを射殺する手筈になっています。また、映像及び音声が常に記録されています。」

 

そこで言葉を切ると、少し言いにくそうに枝藤は続けた。

 

「ですから、変な気は起こさないでください。」

 

彩葉はその言葉を聞いて落ち着きをなくした。この部屋には自分に疑念を持つ人物しかいないということに気付いてしまったのだ。このままでは自分の話をまともに聞くなんてことはあり得ないのではなかろうか。そんな最悪の想像もしてしまうが、もし本当のそうならわざわざこんなところまで来たことが全くの無意味になりかねなかった。一度緩めた拳を先ほどよりも強く握る。それでも、我慢することが今度はできなかった。

 

「なんで、日本生類創研の研究者だからと言って、倫理がないと考えるんだ?」

 

彩葉は無意識にそんな言葉をつぶやいていた。一度開いてしまえば、流れ出る感情は止められない。動き出す自分の口を止めることができなかった。

 

「お前たち財団の連中は、団体を団体としてしか見ない。その内にある個人の心情が、全く同じはずがないのに。今の日本生類創研のやり方に疑問を感じている研究者がいないとなぜ断じる!」

 

「そんな人がいるわけないじゃない!」

 

花追が耐えきれないとばかりに再び立ち上がって叫んだ。

 

「あなた達ニッソが生み出したものは世界を食い散らかし、人を不幸にする化け物ばかり! 作ったものを思い出してみなさい。ごみをまき散らす害虫、哀しいひまわり、残虐な病原菌、無垢で悲惨な翼人。そんなものを生み出す所にまともな人間がいるとでも!」

 

対抗するように、彩葉も立ち上がった。

 

「それらが失敗作なのは確かだ! だが、その失敗の積み重ねから我々は放射能を消す生物さえ生み出した! そもそも、我々以外にも危険なものを産み出す連中はいる。お前ら財団だってそうだろう!」

 

「お二人とも落ち着いてください。」

 

エスカレートしていく二人を枝藤は宥めようとするが、花追はその手を振り払って叫び続ける。

 

「仮に産み出すことが罪ではないとしても、管理もできない奴らに研究する資格なんてない!」

 

「っ!」

 

彩葉はすぐに言い返そうとしたが、できなかった。生まれた間を二人の荒い呼吸音だけが埋めていた。

 

「確かに、確かに我々は管理を行えていなかった。」

 

長い沈黙の後、彩葉は花追の言い分を認めた。だが、大きく深呼吸をすると続けて言った。

 

「だから俺の、俺たちの手で変えていくんだ。」

 

「いまさら何を!」

 

花追が反論しようとした瞬間、バンッバンバンと連続した銃声が響いた。言い争いはピタリと止まり二人とも無言でドアを見つめた。音は大きく、発砲場所は近場のようだった。枝藤は駆け足でドアに近づくと、向こう側にいるセキュリティスタッフと連絡を取ろうと壁の端末を操作した。

 

「こちら枝藤です。なにかあったのですか?」

 

返事はなく、不安感を煽る雑音だけが流れてくる。

「枝藤さん、例のオブジェクトかもしれません。」

 

「…しばらくここで救援を待ちましょう。外の武装した彼らでダメなら私たちではどうしようもない。」

 

「わかりました。」

 

財団の一員らしく、二人は不測の事態にも彼らは素早く決断した。

だが、その決断が間違いであることを彩葉は知っていた。

 

「いや、見逃されるなんて考えない方がいい。」

 

その言葉に花追は怪訝な顔をする。

 

「なぜ?」

 

「あれは吸血鬼の呪術的な遺伝子を血液に付与したものでな。血を欲しがるんだ。それにあれは血を見つけられる。壁越しでもな。あれはここをすぐにでも見つけるさ」

 

彩葉の言葉に花追はさらに眉をひそめる。

 

「そんなことまでなぜ知っている?」

 

「薄々気づいてんだろ?」

 

彩葉は肩をすくめた。

 

「俺たちが作ったからに決まってるじゃないか。」

 

あまりにこともなさげに出た言葉に花追が思わずドアから目を離そうとした瞬間、ドンと甲高い音を立てて、鋼鉄のドアが目の前に迫ってきていた。

 

花追は目を閉じ覚悟を決めるが、想像していたような痛みと衝撃はなかなか来ない。恐る恐る目を開けるとそこには大柄な男の後ろ姿が見えた。

 

「お前…」

 

「協力しに来たって言ったろ。死なれちゃ俺のなけなしの勇気が無駄になっちまう」

 

そう言いながら彩葉はドアの残骸を傍らに落とした。ガタンと大きな音が部屋に響く。開けた視界に壊れた入り口が見える。そこにいたのは赤い巨人だった。大木のような足、ひょろ長い腕。異形ながらも人を模したものであったが、首があるべき場所には何もなかった。体色は赤のみで、体表は波打つかのようにうごめいている。赤い腕の先から分離するように地面へ滴り落ちる赤い雫がひとりでに動き出し、赤い足に吸われていく。そんな無為な循環が無限に続けられていた。

 

「ここまででかくなると、人型に近づくとは知らなかったが問題はないな。」

 

そういいながら彩葉はポケットからガラス瓶を取り出すと赤い巨人に向かって投げた。

パリンとどこか軽薄な音を立てガラスが割れ、中の透明な液体が循環し続ける赤い液体に触れた。そして、そこからピシピシと音を立てながら赤い液体が固まっていく。赤い巨人は長い腕を持ち上げもがくように体を揺らし、彩葉に向けて尖った腕を伸ばしたが、彩葉の体に突き刺す前に止まった。赤い巨人は叫び声も出すことなく、完全に固まってしまったのだ。

 

 

「何をしたのです?」

 

最初に口を開いたのは枝藤だった。

 

「特製の急速凝血剤だ。コイツは身体中が血液だから特に有効でな。まだ外で自由にしてる個体の分も持ってきたから無料でやるよ」

 

彩葉がカバンの中のガラス瓶を見せながら答えた。枝藤は周りを見回す。花追は固まっていたが、生きていた。巨人も確かに動く様子はない。ここまでくればある程度、認めるしかなかった。

 

「どうやら助けられた構図になってしまいましたがあなたは一体何者なのですか? ニッソが本当にわざわざ助けに来るとは思えないのですが。」

 

枝藤はそれでも硬い表情のまま言った。彩葉は大きな溜息を吐いた後、頭をかきながら口を開く。

 

「俺たちは日本生類創研、自主回収部。」

 

「自主回収部?」

 

枝藤は自身の知っている日本生類創研の部署名を推挙していく。だが自主回収部などというものは聞いたことがなかった。

 

「要は後始末さ。自分達で作った物を自分達で処理する。当たり前で倫理的で効率的だ。なにせその手で作ったんだから。資料も記録も自分達が1番持っている。管理するのも簡単だとは思わないか?」

 

そう言うと彩葉はどこか悲しげに笑った。

 

 

 




日本生類創研 ハブ
by kumer1090
協力 snoj
原案 Mizuno
http://ja.scp-wiki.net/joicl-hub

SCP-030-JP - 石油喰らい
by tokage-otoko
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SCP-324-JP - 私はあなただけを見つめる
by kazz4423
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SCP-020-JP - 翼人
by mizuno
http://ja.scp-wiki.net/scp-020-JP

SCP-131-JP - 全てが鉄になる
by KirisakiMarie
http://scp-jp.wikidot.com/scp-131-jp
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