マッドサイエンティストは反省しようとした   作:蛸葦廃船ファン

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ある廃墟

 

「どうでしたか?」

 

根田は助手席に座る大男に声をかけた。彼は財団と呼ばれる巨大で冷徹な組織と呼ばれても望まれてもいない交渉を行ったばかりだった。

 

「捕まえられはしなかったから、ぼちぼちだ。名刺まで渡せたしな。」

 

車窓から遠くを見下ろす大男は彩葉。根田の所属する数年前にできたばかりらしい部署の部長だ。新人である根田にはわからないが、聞くところによると日本生類創研ではそこそこ有名な変人であるらしい。

 

「根田君もすまなかったな。こんな財団の奴らの近くまで車を持ってきてもらって。」

 

「いえ、私は新人ですし情報も持っていませんから。見つかっても大丈夫ですよ。」

 

「どうだろうな。拷問送りかもしれん。」

 

ついこの間まで冗談にしか聞こえなかった単語。拷問、死、尊厳なき終わり。先輩達が何気なく使うそれらの言葉は、新人たる根田には未だに現実に感じられなかった。

 

「根田。おまえは日本生類創研には似合わないぐらいいい奴だ。だからこそ、うちの部にいるべきでは無いと思うんだ。」

 

彩葉は諭すように話し始めた。

 

「知っているとは思うが、自主回収部は正式な部じゃない。ボランティアのようなもんなんだ。そのくせ、危険度はうちの中でもトップレベルだ。だから、君のような未来ある新人はいるべきじゃ無い。」

 

それは他の先輩ではあまり聞けない、心のこもった優しい言葉だった。それでも根田には自主回収部から去るという選択はできそうにない。

 

「今の言葉でなおさら協力したくなりました。」

 

根田は優しい人間だった。少なくとも自分ではそう考えていた。だから、日本生類創研の冷たく自分勝手な風土が根田には居心地があまり良くなかった。研修を続ける中で根田はこの部を見つけた。同じように苦しむ彩葉を見つけたのだ。この自主回収部は根田にとって救いだった。

 

「そもそも、日本生類創研を辞めることはできないのか?」

彩葉は悲しげな眼差しを向けながら問いかける。答えは分かりきっていたからだ。

 

「絶対に無理ですね。私も結局は正しき社会にいることができなかった人間ですから。」

 

「そうか…」

 

彩葉はそう答えた後、しばらく目をつぶり続けた。

 

 

 

 

 

「今から行くのは十年以上前に音信不通になりそのまま放棄された、日本生類創研がかつて所有していた研究施設だ。」

 

目を開いた後、彩葉は今回の任務の説明を始めた。

 

「そして今回の目的はこの施設の簡単な調査と財団に察知させること。後ろで尾行してきてる連中を使ってな。」

 

根田は驚いてミラーを確認する。いわれてみれば、先ほどから一台の車が同じ道を走っている。だが、外から見る限りでは普通の車にしか見えない。

 

「後ろは見るな。怪しまれたら面倒だ。」

 

涼しい顔の彩葉を見て、根田は当然の質問をぶつける。

 

「わざわざ察知させるんですか?」

 

新人の根田でも財団という存在と日本生類創研が敵対関係であることは知っていた。そんな相手にわざわざ情報を与える、というのは普通あり得ないことだ。

 

「うちは後始末が大嫌いだから、金も人も出してくれない。なら、せめて専門家に通報しとかないとな。」

 

「電話ではダメなのですか?」

 

「財団を絶対に舐めちゃいけない。奴らに内部リークなんてしたら、リークしたくない情報まで持ってかれる。ネットに噂を流すのも無理だな。軽い噂じゃ動かない。流石に正常性維持機関様だ。簡単には思い通りに動かせない。」

 

彩葉は何かを思い出すように苦々しい顔をしながら言った。

 

「無駄に優秀で面倒な連中ですね。」

 

「ああ、本当に羨ましい限りだよ。」

 

彩葉はそう返事をすると一瞬だけ後ろを見た後、再び目をつぶった。

 

 

 

目的地はうっそうとした森だった。目に入るのは生い茂った木と草ばかりで人工物らしきものは一つもない。

 

「こんなところに施設があるのですか?」

 

根田は訝しげに尋ねる。

 

「思考誘導とか、認識改変とか聞いているだろう?こんな所にはあるわけがない。そう感じるようにできているんだ。」

 

そんなことを言うと彩葉は一つのカードを取り出した。

 

「識別カードだ。ほら、そこを見てみろ。」

 

彩葉の指が示す先を見ると、コンクリート製の道があった。ところどころ風化し、亀裂や欠けが多くできていたが、間違いなくそれは人工物であった。

 

「さっきまでありませんでしたよね!?」

 

根田が「あり得ない」というと、彩葉は「触ってみればいい」と答えた。根田が恐る恐る手で触れると、日差しから隠されたアスファルトの冷えた感覚が確かにある。

 

「まだアマノイワトがちゃんと生きてるみたいだな。カードのおかげで、俺たちが関係者だと認識したんだろう。」

 

古びた道の先には多少風化した白い建物があった。ツタに一部包まれ、まさしくそれは廃墟という言葉がふさわしかった。入口らしき部分の横には苔むした看板が誇らしげに掲げられていた。看板に目を向けると二重螺旋の遺伝子を紡ぐ糸車の意匠と日本生類創研という文字が描かれている。よく見ると、その下にも文字が書かれていた。

 

「認識生物部特殊実験棟? 研修ではこんな部署を聞いた覚えがありませんが。」

 

建物以前に、書かれた部署の名前すら根田には聞いたことがなかった。新人の自分は知らなくてもベテランなら知っているだろうと彩葉を見るが、彼もまた「聞いたことがない部署だな。」とつぶやいた。

 

「いつものことだ。うちは個人主義的な面が強いからな。途中で放棄された研究施設はそのまま放棄されるし、こっそり研究してる奴らもいる。伝わってない部署なんてごまんとあるさ。」

 

不安そうな根田に気付いたのか、彩葉はそんな説明をする。日本生類創研を知ってまだ短いが、間違いなくそうなのだろうと根田も感じた。

 

「ここら辺にアマノイワトの操作盤があるはずなんだが…」

 

そういいながら彩葉はそこら中の壁にカードを押し当てはじめた。

その様子を見て、根田は手を挙げ尋ねる。

 

「先ほどから気になっていたのですが、アマノイワトとはなんです?」

 

「ああ、そうかまだ聞いたこともないのか。警報が無駄にうるさいからすぐに覚えちまうと思うが、東弊製の警備兼隠蔽システムだよ。研究バカばっかのうちの施設じゃ大抵導入してる。警備員とか、情報担当がほとんどいらなくなるからな。」

 

そう説明をしながら、彩葉が看板の下にカードを押し当てると、その部分の壁が突然消滅した。そこにはずっと存在したかのようにモニターといくつかのボタンがはめ込まれていた。壁が実在したならボタンと間違いなくぶつかるありえない配置だ。根田は思わず息を呑むが、彩葉は何食わぬ顔でボタン操作を始めた。

 

「しかし、思ったより古いな。何故か防壁が下がってるせいで弄らないと扉も開かないってのに、今の奴とフォーマットすら違うじゃねぇか。」

 

「よくそんな古い施設の存在を見つけましたね。」

 

問いかけた根田の声は少し震えていたが、彩葉は気付くこともなく操作をしながら答える。

 

「協力者が資料を発見してくれてな。」

 

自主回収部には正規の職員がほとんど存在せず、彩葉1人の伝でどうにか動いていると言う話を根田は聞いたことがあった。きっとその筋なのだろう。

 

「こんな施設をわざわざ作ってまで放棄なんて何をしようとしたんです?」

 

「神を再誕させる実験だそうだ。詳細はわからなかったが。」

 

「神の再誕…」

 

認識生物とは認識上でしか存在できないものということのはず。神が認識生物という分類であることに依存はない。つまりはここにいた連中は神を見つけた? 神が実在するというならどんなこの世の不幸もなくせるではないか。

 

「彩葉さん。急いでください。なんで財団なんかに渡すんですか?ここの資料全部回収して研究しなくては!」

 

根田は急かすように、彩葉の背中をたたき始める。

 

「待て待て、慌てるな! それとここの実験をあまり知ろうとするんじゃない。俺たちがやってる研究は危険が詰まってる。先行してた連中が全滅した研究だぞ? 専門外の俺たちがやっても同じ落とし穴に堕ちるだけだ。」

 

「だとしても、途中でやめるなんてあまりにもったいないじゃないですか!」

 

「わかっている。 俺も昔はそう思っていた。だが、放棄された施設を周って気づいたんだ。研究所で放棄された研究を蒸し返す危険性を学んだ。だが、放置も危ない。だから、渡たせない情報だけ抜いて、専門家に任すんだ。無念だがな。」

 

悲しそうに彩葉は語る。それでも、根田は知りたかった。

 

「でも…」

 

「開いたぞ。」

 

重々しいシャッターが上がっていくのを眺めていると、そのシャッターの厚さに目が行った。少なくとも30センチはあろう物で、もはや壁と言うべき代物だった。

こんな重そうな物をどうしまっているのか気になって天井を見上げたが、30センチはあろう壁は天井に近づくにつれて薄くなっていくようで、最終的には紙ほどに薄くなっているようだった。

 

根田には何が起きているのかもわからなかった。不安は感じる。ただ、そんなものは些事だった。知識を集めてきた自信のあった根田もこの世界をより知っているだろう先輩たちも知りえない失われるはずだった知識。それに少しでも触れる機会を得たことが何よりうれしかった。

 

「警戒は忘れるなよ。ここは何かが起きて放棄されたんだ。大抵の生き物は10年たってるなら死んでるが、うちのものは常識が通じない」

 

そんな彩葉の言葉を聞き流し、扉をくぐる。その先には何でもない、ただの通路が広がるだけだ。研究以外金をかけたがらない日本生類創研らしく、無機的な白い廊下が広がっている。電気系は生きていないようで、明かりはなく暗かった。

 

「すぐに財団の連中が来る。ざっと確認して撤退だ。」

 

「残念ですが、仕方ありませんね。」

 

根田は資料を読み切るまで帰りたくはなかったが、それが不可能だということはわかっていた。せめて、できる限り調べてやると心に決めた。

廊下を進んでいくと地図があった。あまり大きな施設ではないらしい。大部分は実験室に取られており、ほかには小さな研究室や居住スペースがあるだけだ。

 

根田は間違いなく重要なことはここにあると踏んで、実験室の扉を開いた。暗い部屋に懐中電灯の明かりが巡る。しかし、その先に広がるのはただ広いだけの空間だった。

 

「どういうことです。神の再誕なんて行われなかったとでも!」

 

期待したものが存在せず、根田は思わず声を荒げた。

 

「黙った方がいい。」

 

「なぜです。実験の痕跡すらないじゃないですか。」

 

彩葉は返事することなく、腰から拳銃を取り出した。

 

「根田、正面をもう一度照らすんだ。」

 

彩葉は正面から目をそらさず言った。

 

「なんですか…?」

 

根田が言われた通り正面を明かりで照らすと影が動くのが見えた。

すぐに口を噤み、陰の主に明かりを向ける。目に入ったのはピンク色の塊だった。

 

形は1m四方の立方体に近かった。よく見れば下の方に足のようなものがあり、どうやら生物ではあるらしいが、まともな生物ではない。目も耳も手もないその姿は足さえ存在していなければ何かの箱のようにしか見えなかった。

 

突然、立方体の正面が二つに割れる。どうやら口であるらしいが、体に比べ異常に大きい。人を丸ごとのみこむことさえ可能だろう。

 

彩葉が引き金を引いた。広い実験室に銃声が響く。一発では倒れず、二発三発と発砲を続ける。立方体に3つの穴が開いたが、まだ進んでくる。生物であることを証明するように赤い血が傷口から流れているが、痛がるかのように開閉を繰り返す口はガタガタと生物とは思えない音を立てていた。

 

それでも彩葉はひるむこともなく、すぐに四発目を放った。

彩葉が放った弾丸は足に当たった。血を流し始めた足は動きを止め、立方体はもがいているが、もう動くことはできそうにない。そう判断した彩葉は拳銃を腰に戻した。

 

「それがまさか神だなんていうんですか。」

 

目を閉じることもなく、ただじっと様子を眺めていた根田が問う。

 

「違うだろうな。」

 

彩葉は確信をもって答えた。

 

「これはうちが昔に開発していたごみ箱ペットだな。俺が知っているのはこんな大きくもなかったし、足なんてついていなかったはずだが」

 

「ゴミ箱ペット?」

 

「生ごみをどれだけでも食い続けてくれて数年放置しても大丈夫って売り文句だった。」

 

生ごみを食うということは生物を餌とするということ、食い続けるということは満腹にもならないということ。そんな生物に移動手段たる足が与えられたなら、敵のいないこのペットに動ける範囲の有機物がすべて食われるのは明らかだった。

 

「放棄の理由は急に変異したこいつに手が付けられなくなったからってことなのかもな。研究員も資料も全部食われちまったんじゃないか?」

 

根田は救いのない話だと感じた。ここの研究者たちは本来の実験もできずに、食われたのならあまりに救われない。

 

「何か残っているといいですね。」

 

根田は少しでも資料を見たいと願った。そんな根田を見る彩葉はなぜか少し寂しげであった。

 

 

 

研究室に訪れるとそこに残されているものはやはりほとんどなかった。ほとんどの棚の本棚は空っぽであったし、机の上に残されているのは中身が散乱したパソコンだけだった。

 

「あそこまだ何か残っていますよ!」

 

根田が大きな声を上げながら、部屋で一番大きな棚の一番上を指さす。そこには資料らしき本が残されていた。

届かない手を背伸びしてまで必死に伸ばしている根田に彩葉は冊子を一つ渡した。

 

「認識検知の呪術的研究ですか。さすがに常識の範囲外の内容ですね。」

 

根田は表紙を見てそうこぼした後、分厚い本を読み始めた。

 

「止めはしないが、あんまり時間はないからな。」

 

根田は集中しているのか、彩葉の言葉に返事することはなかった。

ため息を一つつくと彩葉もパラパラと残っていた冊子をめくり始める。内容はここでの実験に関与した部門一覧らしかった。

 

「聞いたことない部門ばかりだな。認識生物部、神的実態部、超古代生物部…自主回収部?」

 

 

 

先に読み終えたのは根田だった。ふと、周りを見渡した根田は思ったよりも時間がたっていることに気がついた。原因はどこかのタイミングで止めると思っていた彩葉が動かなかったことだ。しかも、彩葉はいまだ冊子を熟読しているようだった。

 

「彩葉さん。財団が来るんじゃなかったんですか。」

 

「もう少しだけ待ってくれ。」

 

声をかけてみても、彩葉は根田に目もくれずそう返すだけだ。仕方なく、根田は研究室を探索することにした。さすがにほかの冊子を読む時間がないことぐらいはわかっている。せめて特殊な実験装置でも見つかればよいのだが。

そう考えながらあたりを見渡すと、紙の切れ端が落ちている。棚の上にある資料を取った時にでも落ちたのだろう。拾ってみるとかなりボロボロだった。そこに書きなぐられるように文字が書かれている。

 

「あかしげやなげ 緋色の鳥よ 草はみねはみ けを伸ばせ?」

 

何気なく内容を読み上げた瞬間。気づくと根田は夕焼けよりも赤い空の下、赤い原野に立っていた。

 




日本生類創研 ハブ
by kumer1090
協力 snoj
原案 Mizuno
http://ja.scp-wiki.net/joicl-hub

SCP-444-JP - █████[アクセス不許可]
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