マッドサイエンティストは反省しようとした   作:蛸葦廃船ファン

4 / 6
赤い記憶

故郷の街は赤く燃えていた。異常に気付いて自分の部屋から出て見えたのは火だるまになった父親だった。横で悲鳴を上げていた母親も気が付くと全身を火に包まれていた。その後自分は訳も分からず家から逃げ出した。嫌なにおいが包む街に人気はなく、煙はそこら中から上がり、白い灰が宙を舞っている。

 

私は気づくと、その場でへたり込んでいた。ただ怖かった。何が起きているのかわからない。地震や台風でも、ましてやただの火事ではない何かが起きていることしか理解することができなかった。

 

ふと、目に手をやる。何かおかしかった。

 

次の瞬間、左目に強烈なかゆみ、痛み、熱。少なくともそれまでの人生で経験のない異常なものを感じた。なぜか脳裏に浮かぶのは燃える両親の姿だった。

 

「誰か!誰か助けてください。誰か!」

 

私はパニックになって走りだした。この時になって私はようやく気が付いた。さっきから車とすれ違ってもいないし、人と出会えていないことに。

 

私は絶望してその場にしゃがみ込む。もう走り続けるのができないくらい、目が苦しかった。

 

「どうした!」

 

突然、男の声が聞こえた。私はわき目も降らずその救いの手にすがった。

 

「左目が何かおかしくて、目が熱くてかゆくてっ!」

 

すぐにカバンを漁る音が聞こえてきた。

 

「ちょっと左目を大きく開いてろ、しばらく閉じないで。」

 

素直に従って目を開くと、まず映ったのはガスマスクのようなものだった。それだけだったら火事が起きているのだから空気が悪いのかもと納得できただろう。ただ、私の目に近づけるはさみは全く理解することができなかった。

 

「何をしようとしているんですか!」

 

私は思わず目を閉じ、後に下がる。しかし、すぐに壁らしき何かに阻まれた。目をまともに開けないせいで逃げ道さえ見つけられない。

 

「治療だ!」

 

男はふざけた様子もなく真剣にそう叫んだ。

 

「殺す気なんですか!」

 

「目がなくなった程度で死ぬほど人はやわじゃない。」

 

「そうじゃなくて!」

 

男の声は冷静でまじめだった。どうやら、本気で私を助けようとしてくれているのだということは言葉を交わすうちにうすうす理解した。ただ、何かが私と男の間ではずれている気がした。

 

どうしたものか。私にはそう悩む暇は残されていなかった。

 

「う、熱い熱い!」

 

目の苦しみが強くなった。これまでの比じゃない。目の奥で何かが燃えていた。

 

体にも痛みが走った。風を切る感覚が過ぎた後、腰の方に激痛が走る。のたうち回るうちに転んだのかもしれない。

 

暴れる私の手を誰かが抑える。

 

「離して、目が目がっ!」

 

目をどうにかしなければならない。頭はそのことを理解していた。だが、私の手は押さえつけられ、目をかくことさえ許されない。

 

「わかってる。」

 

目に激痛が走る。これまでのものとは違う痛みだ。ただただ痛い。それしか考えられなかった。

 

私は痛みで目が覚めた。左目がいまだに痛くてたまらない。同時に何か違和感がある。手を顔にやるとあるべきものが足りなった。眉毛の下の丸くて固いもの。左目があるべき場所に何もなかった。

残る右目であたりを見渡すと、近くで小さな丸い何かが赤い炎に包まれていた。

 

それを見てなぜか自分は助かったのだと理解できた。確かあのへんな男が私の左目を取って助けてくれた。原因は全くもってわからないが、そこも何となく感じた。

 

はっとして、再び見渡すと男はすぐに見つけられた。男は近くの壁にもたれ、何かを考えこむように座っていた。

 

「あ、あの…」

 

「お嬢ちゃんに頼みたいことがあるんだ。」

 

とりあえず声をかけると、お礼を伝える前にそんなことを男は言った。

 

「あの角を右に曲がった先に重そうな格好をした俺の仲間がいるんだ。そいつらにこれを渡してくれないか?」

 

そういって男はモノが雑多に入れられたかばんを差し出した。私が受け取ると男は立ち上がり、仲間たちがいるという方向とは反対に歩き始めた。

 

「あなたはいかないんですか?」

 

「ああ、もっとできることがないか探してみたいんだ。ささ急いだ。そいつらに消毒もしてもらいなさい。」

 

不思議に思って問いかけた私の背中を、男は催促するように押した。私はそれに従って歩き始めた。途中私は大事なことを思い出して振り返る。

 

「と、とりあえずありがとうございました。後でまたお礼を言わせてくださいね?」

 

「ああ、楽しみにしているよ。」

 

答える男の顔はガスマスク越しでもわかるほどうれしそうだった。

 

そこでアラームの音が世界に鳴り響いた。花追はけだる気に立ち上がると、顔を洗い始める。古い夢を見た。私が両親を亡くした事件。私が財団と出会った事件。そして私が財団で働く理由だ。結局あの男は誰だったのだろうか。財団内で探ってみたが、ガスマスクで顔が隠されていたから男の側からコンタクトがないとわからなかった。

 

「お礼言いたいんだけどな。」

 

そんな言葉と同時に日本生類創研への恨みもまた浮かんでくる。事件の原因となった芽原一味は追花が持って行ったカバンの中身から財団に確保されている。それでも親の恨みは忘れられない。何度もそう言い続けていた追花はサイト8141の中でもニッソ嫌いで有名となっていた。

 

昨日遅くまで仕事をしていた代わりに、今日は仮眠室で昼過ぎまで惰眠をむさぼる権利を追花は得ていたが、目が冴えてしまったため早めに出勤することにした。身支度を整えて仮眠室を出る。

 

まず目に入ったのは赤い染みだった。壁際には倒れたまま動かない同僚も見える。無駄に分厚い仮眠室の壁のせいで、異常に気づけなかったのは間違いなかった。銃声と共に足音が近づいてくる。どうやら何人かが走ってきているらしい。

 

「花追君!」

 

曲がり角から現れたのはところどころ赤くなった白衣を着た上司の博士だった。おぼつかない足で走っていて見ているだけで転ばないか心配になる。

 

「無事か?」

 

「一体何が?」

 

「まだ知らないのか!?」

 

博士は驚いたようにそういうと、笑った。

 

「なら、何も見るな。何も聞くな。何も知ろうとするな。とにかくシェルターへ向かうんだ。この資料は…」

 

博士は困ったようにそこで言葉を止めた。銃声が曲がり角の先で響く。博士ははっとして後ろを一度振り返った後、手に持った書類を追花に押し付けた。

 

「とにかく、シェルターだ。閉めたらだれが来ても開けるなよ。サイト8141はもう終わりだ。」

 

渡し終えると、博士は体こと後ろを向き走り始める。最寄りのシェルターとは反対の方向だ。

 

「博士、シェルターは反対ですよ?」

 

追花の言葉に博士は頭を押さえ苦し気に答える。

 

「私ももう終わりだ。頭に奴が居座っちまった。さっきから赤い世界しか見えない…」

 

「何を言ってるんですか?」

 

そんな問答をしていると、奥の曲がり角から銃を持った男が現れたのが見えた。装備からして明らかに財団の機動部隊の一員だろう。だが、いつもの頼りになる様子はない。何かをつぶやいているのか口を常に動かし続けている。首を機械的に曲げると、開かれたままの瞳孔と銃口を花追たちに向けた。

 

「すまないが、あとは任せた。」

 

そういうや否や博士は機動隊員に向かっていった。花追もそれなりの修羅場は越えている。博士に従うことが正しいことだけはわかっていた。博士から目をそらし、シェルターへ向かう。銃声がなる。花追の傍を銃弾がかすめるが、しばらくすると飛んでこなくなった。

 

無残に転がるかつての同僚の間を花追は進んでいった。同僚たちはみな動くものも動かないものも何かを口ずさみ続けている。脳裏になぜか赤い原野が浮かんでくる。花追は耳をふさぎ、同僚たちのなれの果てから目をそらした。

 

 

 

「そんな…」

 

花追はシェルターへ到着した。そこにあるのは壊された鋼鉄の扉。中は荒らされ、同僚の死体で埋まっている。壁には血で描かれたポエムのようなものが荒く書かれている。内容はきっと皆が口ずさんでいるその言葉。頭が痛い。脳裏の赤い原野がどんどん鮮明になっていく。足に触れる草木の感覚まで感じはじめた。

 

「こっちだ。」

 

男の声で花追は現実に戻る。赤い原野は脳裏にいまだ焼き付き、足はおぼつかないがなんとか歩き出す。男に連れられ、近くの高クリアランスが必要なはずの倉庫へ入っていく。

 

「手を出して」

 

言われるままに手を出した。何かひんやりした感覚がしたかと思うとチクリと痛みが走る。何かを注射されたらしい。気が付くと、先ほどまで頭を支配していた何かが消え去っていた。驚いて男の方を向く。よく見れば男は前に一緒に仕事をした枝籐だった。

 

「記憶処理剤ですよ。早いうちに使えば、時間稼ぎにはなります。」

 

「助けていただいたことは感謝します。しかし、何が起きているんです?」

 

立ち上がろうとする花追を枝藤は制止する

 

「落ち着いてください。記憶処理剤のせいで、記憶が混濁しているのでしょう。それにまだこの程度の症状で済んでいるなら、あなたは全くの無知ということなんですから。」

 

無知と言われ花追は何とも悔しい気持ちになる。

 

「ああ、馬鹿にしたわけではないんです。むしろあなたは正しい選択をしたといえます。」

 

「どういうことです?」

 

枝藤は手でしばらく待つよう表すと、自身の腕に記憶処理剤を注射した。よく見れば、部屋のあちこちに使用済みの記憶処理剤の容器が転がっている。

 

「知っても大丈夫だろう部分だけ説明しましょう。ただ、私も原因のオブジェクトがなんなのかも知らないんです。おそらく数時間前、サイトの誰かが何らかのオブジェクトのミーム汚染を受けました。汚染された職員は暴れると同時に音声、文字などで他の職員も汚染していき、サイト8141のほぼ全職員が汚染を受けました。記憶処理は多少の時間稼ぎにしかなりません。」

 

「記憶処理でも時間稼ぎ程度ですか…」

 

記憶処理。財団が一番頼りにしている武器だ。それで汚染された職員をどうすることもできないなら財団がとるべき手段は一つだ。

 

「我々が対処する必要があります。O5にも日本支部理事会にも報告は結論を出してからでなくては際限なく被害を生むだけです。8141の生存者はもういないと思った方がいいでしょう。サイトの中央管理室は真っ先に壊滅しました。早期報告が災いしましたかね。」

 

「核では?」

 

サイトの地下には何かあったための核爆弾が設置されている。それですべてを無に帰すことしか選択はないように感じられた。

 

「中央管理室が壊滅していると言ったでしょう。おそらく汚染された職員がすでに外にいます。封鎖は既に失敗に終わっています。」

 

互いに無言になる。二人に打つ手はないことは明らかだった。

 

「そういえばその報告書は何なんです?」

 

そういわれ、花追は足元に落ちたところどころ血に濡れた書類を拾う。記憶処理剤によって混濁した記憶の中から、それが何であったかを絞り出した。

 

「確か博士から渡されました。」

 

「それ単体を?」

 

良く思い返せばおかしな話だった。危機的状況の中で博士がわざわざ書類だけを託したのだ。花追は書類を拾おうとするが、枝籐が先に手に取った。

 

「おそらくこれには原因が書かれているのでしょう。ただ同時に、汚染されているのでしょうね。あなたのほうが症状は軽い。これは私が読みます。」

 

枝藤は記憶処理剤をいつでも注入できるよう準備をした後、ゆっくりと博士から渡された書類を読み始めた。

最初の内は自分の手で記憶処理剤を注射していたが、途中から手が震え始めたため花追が代わりに注射を行った。

 

「なるほど…」

 

すべて読み終わると枝藤は書類を伏せて置いた。その手は痙攣し震え続けている。

 

「どうでしたか。」

 

恐る恐る追花は問いかける。

 

「財団だけではもうどうしようもないかもしれませんね。」

 

答える枝藤の言葉は絶望的なものだった。だが、枝藤は頭を押さえながらもいまだに目には力が残っていた。

 

「でも、読んだおかげであることがわかりました。原因のscp444―jpを生み出したのは日本生類創研。」

 

日本生類創研。追花の家族、友達、その他多くを奪ってきたマッドサイエンティストたちの集団。

 

「また、あいつらなんですかっ!」

 

何度だって繰り返す、追花の仇敵。

 

「そして僕は今、協力してくれるかもしれない日本生類創研の人間の電話番号を持っている。彼らならどうにかする術をもっているかもしれない」

 

「まさか!奴らに協力を求めるとでも?」

 

反射的に追花は叫ぶ。しかし、枝藤は気にした様子はない。

 

「そうです。彼らが変わるというなら、しっかり責任を取ってもらおうじゃないですか。」

 

追花は反論しようとしたが、すぐに飲み込む。枝藤が早速自身の携帯電話を震える手でつかんでいのだ。明らかに枝藤の先は長くなさそうだった。不平も不満も言う暇はもはやなく、可能性に賭けて行動するしか道はないらしかった。

 




日本生類創研 ハブ
by kumer1090
協力 snoj
原案 Mizuno
http://ja.scp-wiki.net/joicl-hub

SCP-444-JP - █████[アクセス不許可]
by locker
http://ja.scp-wiki.net/scp-444-jp
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。