【第1階 おもちゃコーナーでお客様がお待ちです。】
扉が開いた瞬間、生ぬるい風が頬を撫で上げた。
楽しげな音楽。高揚感のありすぎるBGM。
感情を強制的に引き上げようとするリズム感に引っ張られないように、
手元にある短機関銃を持ち直す。
「…明かり、生きてますね」
隊員のひとりが言う。清潔感ある店内にパステルカラーの商品が並ぶ。
それに比べて、年期が入ったタイルの割れ目に妙な違和感を覚えた。
HUDにログが表示される。
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構造名・・・ネソラ
設立・・・1950年代初頭
施設用途・・・ショッピングモール
歴史・・・2000年代初頭、店舗の撤退と人口減少により廃墟化。
観測情報・・・無断侵入する若者の失踪が続き、当機構による厳重な管理のもと複数回の観測が行われる。2025年○月○日、阿蘇が率いるチームによる異常現象の調査が開始。
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彼ら4人は来た。銃を持ち、カメラをつけ、無人のそこに。
通路は広く、床は完璧に整っていた。
ただ、数分前にひとが消えてしまったかのような清潔さを匂わせる。
「2階に3人」
誰かが言った。
階段上の吊り下げサインには「おもちゃコーナー」の文字。
姿勢をやや前かがみに銃を構える。足音を最小限に階段を上がる。
おもちゃ売り場に差し掛かったとき、
キュッという足音で後ろが止まった。
「おい。ふざけんなよこれ」
振り返ると、隊員の一人が自分の手元を見つめる。
握っていたはずの銃を。
軽い。
透明なプラスチック製品。
引き金が安っぽい。
おもちゃだった。
「誰だ。入れ替えたのは」
声は怒りを露わにしていたが、同時に不安な感情を含んでいた。
誰も答えない。
沈黙の裏で鳴り止まない、安っぽい子供向けの軽快なリズム。
来た道を戻る余裕もない。
与えられた時間もなく、進むしかない。
張り詰めた空気を断ち切るように、口を開こうとした、その瞬間ーー
視線を外したその一瞬で、その隊員の姿はなかった。
音もなく、存在がまるごと消えたように。
HUDの人数表示が一人減るが、誰も声を上げなかった。
【第2階 ガチャガチャショップにお立ち寄りください。】
「隊列を維持。油断するな」
先頭に立つ隊長は、商品棚から一点を抜き取った。
ひらがなとカタカナが混ざり合い、文章としては破綻している。
それでも、ロゴの形と色の配置だけは、間違いなく知っている。
変身アイテムの箱だ。理由は説明できない。
写真に収め、静かに戻した。
繰り返し流れる店内BGMを口ずさむ。
ショーケースに整然と並ぶカラフルな化粧品が、無関心な表情で見下ろす。
母親の姿はどこにもない。
だが、そんなことはなんともない。
陽気な店内BGMに導かれるように、
タイル張りの通路へ足を踏み入れる。
正面カウンターには『迷子センター』の文字。
「萩野ちゃんという10歳の男の子を1階中央の迷子センターでお預かりしています」
隊員の名を呼ぶアナウンス。
姿を消した彼が、ここのどこかにいる。
「マゼンタとブラックの上下迷彩服を着ています。お気づきのお客様がいらっしゃいましたら、近くの係員までお声かけくださいませ」
服装は我々のそれだ。
指差しで、二人に向かうよう指示を出す。
「隊長。ご無事で」
商品棚の通路には、時折、おもちゃのようなものが混じっている。
太陽光で動き続ける、ひまわり型のロボット。
常に目線が合い、ゆらゆらと揺れる首は止まらない。
「こんにちは」を繰り返す、海外製の恐竜のぬいぐるみ。
発音だけが妙に正確だ。
商品の隙間を縫うように走る、電動の電車。
車種は特定できない。
レールも、終点も見当たらない。
姿勢を低く保ち、通路の突き当たりへ。吊り下げサインの「ガチャガチャコーナー」の文字。
『隊……イートイン……ナー……生存者……4階……異常な……』
途切れた無線機の通信。
消失したはずの隊員の声。
彼は、生きている。