第二の人生を迎えた僕は、究極のおねショタを企む   作:高身長貧乳女性に迫られるのが性癖

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第1話

 おねショタこそ至高である。

 そう言い続けた僕の人生は齢三十を目前にして終わった。

 

 ──そう、終わったのである。

 

 いつもの様に、SNSを開き、崇高な議題に対し、熱い議論を交わしている最中の出来事であった。

 政治でも経済でもなく、もっと重大なテーマ——『おねショタにおけるショタとは何歳までを対象とするか』というを巡る、終わりなき宗教戦争である。

 SNSのタイムラインは、その日も戦場だったのを覚えている。

 画面の向こうでは、誰かが「ショタは12歳まで」「いや15歳だ」「二桁は認めない」など様々な主張が合った様に思う。

 

 僕は朝から晩まで、通知欄が赤く染まるほど議論を重ねていた。

『年齢至上主義派』『精神性派』『身長ミリ単位派』『骨格診断派』『守ってあげたい指数派』『波動派』『ショタ文化保護派』『ショタ歴史学派』『ショタ自由主義派』など、各宗派が入り乱れ、TLは常に火の海だ。稀に、「エロければ何でもいいじゃん」なる者が現れた時だけ、一致団結したりする。

 もはや宗教戦争というより、学会の乱立である。

 

 まずは最大勢力——『年齢至上主義派』が主流と言われている。

 

「ショタは12歳まで。それ以上は青年」

「13歳はショタ卒業式をすべき」

 

 など、年齢で線引きをしたがる硬派の集団。

 プロフィール欄には「ショタは12歳まで。異論はブロック」と書かれていることが多い。

 

 対抗勢力は、僕が所属する『精神性派』である。

 

「ショタとは受動性の象徴」

「ショタは導かれる存在である」

「ショタは精神の在り方」

 

 など、哲学的な言葉を並べるためショタ哲学科と揶揄されている。

 無論、年齢や見た目は大事ではあるのが、精神性こそが大事だという主張が、異教徒には通じないらしい。

 

 さらに、奇妙な派閥も多い。

『身長ミリ単位派』などが最たる例だろう。

 

「身長が150.0cmを超えたらショタではない」

「149.9cmならギリギリショタ」

「150.1cmは青年」

 

 など、ミリ単位で議論する狂気の集団である。

 TLでは毎日のように「0.1cm論争」が起きているが、しばしば0,01cmの壁も議題となっているらしい。

 

 見た目を重視するのであれば、『骨格診断派』という派閥も存在する。

 

「ストレート骨格はショタではない」

「ウェーブ骨格こそショタ」

「ナチュラル骨格はショタの亜種」

 

 など、ファッション界の理論を持ち込んでくる謎の勢力。

 骨格診断の画像を貼りながら議論するため、TLが人体図で埋まる事がスタンダードである。

 

 僕は『精神性派』に属しているが、当然友好的な派閥も存在してる。

 それが『守ってあげたい指数派』だ。

 

「ショタは“守ってあげたい指数(MAI)”で決まる」

「MAIが70以上ならショタ」

「MAIは表情・声・仕草・歩幅で算出可能」

 

 など、独自の数式を作り出す数学者系の集団。

 彼らの投稿はいつもグラフと散布図で埋まっている。

 主張の通り、我ら『精神性派』に通じる主張が多いのがわかるだろう。

 

 中には、『波動派』という議論に疲れた者たちが辿り着く終着点もある。

 

「ショタは波動」

「感じればショタ」

「ショタは概念。観測した瞬間にショタになる」

 

 など、量子力学めいた発言を繰り返す。

 彼らはしばしば「悟りを開いた」と言われる。

 

 ここまで語ったのだ『ショタ文化保護派』に触れない訳にはいかないだろう。

 

「ショタは文化遺産」

「ショタの定義は時代と共に変わる」

「ショタは保護すべき文化」

 

 など、文化人類学のような視点で語る学者然とした者によって構成されている。

 彼らは毎回、長文のレポートを投稿してくる。一見の価値があるため、僕がフォローしている方も多い。

 

 そういった意味では、『ショタ歴史学派』も同じだろうか。

 

「古代ショタは〜」

「中世ショタは〜」

「近代ショタの変遷」

 

 など、歴史の流れでショタを語る勢力。

 彼らの投稿はいつも資料画像と年表で埋まっている。

 

 最後に触れたいのは『ショタ自由主義派』だ。

 彼らの主張というのは

 

「ショタは自由」

「定義なんていらない」

「好きにショタを名乗れ」

 

 など、議論そのものを否定する無政府主義者。

 しかし彼らも結局、議論に参加しているため矛盾しているのだが。

 

 そんな各派閥が入り乱れる中、僕は精神性派の急先鋒として日々、活動を行っていた。

 毎日のように論文めいたスレッドを投稿し、フォロワーからは『ショタ学者』と呼ばれていた。(褒められているのかはわからない)目下の研究は、おねショタの導入における抑えておくべき九つのポイントである。

 

 そんな訳で、本題に入る前に、おねショタにおける、ショタの定義を行わせていただきたい。

 諸兄においては、何を今更と言われるかもしれないが、お付き合いいただきたい所存である。

 

 ショタと言われれば、安易に幼い少年と答える事が多いが、ちょっと待っていただきたい。

 

 例え年齢が十を下回っていたとしても、身長が高く、筋骨隆々としている様では、いけない。

 言い換えれば、十の半ばを超えたとしても、低身長であり、どこかか弱い印象を与えるのであれば、それはショタと言えるのだ。

 

 とはいえ、見た目が幼く、気弱な印象を与えれば良いモノでは無いという事も、併せてお伝えせねばならない。

 

 あくまで、おねショタとはお姉さんが、性を知らぬショタを優しく、時には焦らす様にリードし、導くからこそ成り立つのである。

 いざ行為に及んだ際、ショタであるのであれば、どこまで行っても受け身でなければならない。

 最初は強がっていた少年が、お姉さんの手によって徐々に大人しくなっていくのは王道の構図ではあるだろう。

 けれど、最初は気弱だった少年が徐々にお姉さんに対して命令をするような展開は許されないのだ。

 つまるところ、お姉さんに対して優位に立つことなど、もっての外なのである。

 

 そこは、構図にも表れる。

 

 しばしば、ショタが女性の上から覆いかぶさるシーンを描かれることもあるが、これが基本となっては、いけない。

 あくまでも、お姉さんがリードすることを念頭に置けば、お姉さんがショタに覆いかぶさる構図こそが、相応しい。

 焦らしに焦らされ、それでも尚、焦らされた上で、我慢しきれなくなったが故に、お姉さんを押し倒してしまう型はある。

 これは、邪道の様であって、その実、お姉さんに引き寄せられてしまった結果であるから、これは許されるのだ。

 

 故に、冒頭の議題である。

 ショタとは何歳までを対象とするか? と聞かれたら僕は、こう答える。

 

 ショタとは、年齢によるものではなく、精神性である、と。

 

 例え、年齢がショタと言える年であっても、先に挙げた様に、女性に優位に立とうとするのであれば、それはショタとは言えないのである。

 逆に、年齢が多少高くても、精神性が基準に合致していれば、それはショタと言えるのだ。無論、見た目が伴えば、の話であるが。

 

 閑話休題。

 

 とまあ、僕の所属する『精神性派』では上記の事から、ショタの定義を行っているのだが、この言説を素直に受け取らない邪教徒と謂うべき存在がいるのである。

 

 その日も、僕は熱く語っていた。

 

「ショタとは、年齢ではなく精神性である」

「筋肉量が一定値を超えたら、それはもうショタではない」

「ショタは受け身であるべきで、主導権を握ってはならない」

 

 そんな投稿をした瞬間、通知が爆発した。

 

「精神性で決まるなら、30歳でもショタを名乗れるの?」

 

 という煽りリプが飛んできたのだ。

 僕は即座に反論した。

 

「名乗れるわけないだろう。三十路のショタはただの痛い大人だ」

「精神性は必要条件であって十分条件ではない」

「見た目が伴わなければ成立しないのは当然だ」

 

 すると、別のアカウントが割り込んできた。

 

「じゃあ外見ショタの境界線はどこ?」

「青年が外見ショタに進化する条件は?」

「ショタの定義は国際基準で統一すべきでは?」

 

 気づけば、僕のスレッドは1000件以上のリプライで埋まり、

『ショタ定義国際会議』と揶揄されるほどの大論争になっていた。

 

 そんな混沌の中、僕はひときわ長文のレスバを繰り広げていた。

 相手は『年齢至上主義派』の強硬派で、プロフィールには『ショタは12歳まで。異論はブロック』と書かれていたのを覚えている。

 つまり、話が通じないタイプだ。

 ふざけた主張をするのはふざけたヤツである、というのが良くわかる。

 

 それでも僕は必死に論理を積み上げた。

 

「年齢は指標にすぎない」

「精神性こそ本質」

「ショタは受動性の象徴である」

「ショタの定義を年齢に固定するのは暴論だ」

 

 相手は言う。

 

「じゃあお前は何歳までショタでいたんだよ」

「三十路でショタを名乗るのかよ」

「ショタは年齢。以上」

 

 僕は深呼吸し、キーボードを叩いた。

 

「僕はショタではない。だが、おねショタを愛する者として、ショタを語る資格はある」

「ショタとは、精神性である」

「ショタとは、導かれる存在である」

「ショタとは——」

 

 そこまで打った瞬間、視界が暗転した。

 

「……え?」

 

 僕は最後の投稿を送信できなかった。

 いや、送信どころか、スマホごと世界が消えた。

 そして目が覚めたら……体が縮んでしまっていた!と言う訳である。

 どういう事? と声を上げても口から出てくる言葉は「おぎゃあ」と言う言葉。

 ここにきて僕は、これが何度もアニメや漫画、あるいは小説の世界でよく見てきた転生だと理解した。

 

 赤ん坊の限られた視界と聴力から得た情報は、ここは前世を過ごしていた日本と同じだという事くらいか。

 

 異世界ではないのか、と言う少しの失望はあったが、幸い、僕はすぐさま切り替える事が出来た。

 理由は簡単、よくよく考えてみなくても当たりまえの事だった。

 

 別に僕は、異世界で英雄譚を築きたい訳でもないのだ。

 たった一つ、おねショタを浴びれれば、それでいいのだと。

 

 前世では、おねショタに目覚めた時は既に社会人となっていた。

 そういうお店に行って、そういうプレイを頼んだところで、「どうせ自分はショタじゃないしな……」と現実に引き戻されるのがオチである。

 

 けれど、記憶を持ったまま転生をした僕は、完璧なショタになって、理想のおねショタを思う存分浴びる事が出来るのではないのか、と。

 

 そう考えたら話は早いもので、完璧なショタになるために、僕は出来る限りの事をして幼少期を過ごした。

 

 親ガチャと言う言葉がある。

 生まれた家の親の職業や、その家の家庭環境によって人生の指針が決まってしまうという言葉。

 完璧なショタを目指す僕にとっても、ここは避けては通れぬ道だ。

 

 結論から言おう、僕は親ガチャに勝利した。

 

 父の身長は、150cmに満たないし、母も130cm半ばだ。

 それぞれの祖父、祖母を見ても身長は低く、先に生まれた兄も、前へならえでは常に先頭を争うという、エリート一家に僕は生を受ける事が出来たのだ。

 

 けれど、生まれた環境に慢心していては、いけない。

 名選手の息子が、必ずしも名選手にならないのが世の常である。

 

 あくまでもスタートラインは有利な位置に立てただけであり、これで完璧なショタになれるという保証はどこにでもないのだ。

 だからこそ僕は、この恵まれた環境を活かすべく、完璧な計画でもって、幼少期を凄した。

 

 まず第一、睡眠は敵である。

 

 寝る子は育つとあるが、育ってはならない。

 ならば、逆説、寝ない子は育たない、それを実行した。

 

 とはいえ、一睡もせずでは健康を害する。健全な精神は、健全な肉体に宿るのだ。

 健全なショタであるため、健康を害さない最低限の睡眠時間によって僕の幼少期は構成された。

 とはいえ、夜更かしの為にゲームに講じるなど出来るはずもない。

 幼少期から、ゲームなどで夜更かしをするのを両親が許すはずもない。それが故に、僕はただひたすら暗闇の中、睡魔と戦って過ごした。

 今思い出しても、キツかった。何度も心が折れそうになった。

 

 それでも、僕はやり遂げたのだ。

 

 前世では、ショタになりたくても不可能だった。

 ショタとは年齢ではなく、精神性である。との持論を展開する僕でも、三十という年齢では、ショタを名乗るほどの度胸はない。

 けれど、今世は違うのだ。

 己の努力一つで、夢が叶うのだ。

 毎夜、睡魔に負けそうになる度に将来の希望を思い浮かべた。

 

 道に迷った僕を、「パパとママのところに連れて行ってあげる」とお姉さんに手を引かれ、人気のない場所に連れていかれるのを想像した。

 

 友達のお姉さんに「弟が返ってくるまでお姉さんと遊ぼうか?」と部屋に連れ込まれる想像をした。

 

「受験勉強も良いけど……こっちのお勉強もしてみない?」と家庭教師のお姉さんに保健体育を教わる想像をした。

 

「コレが気になって、授業が集中できないのかなあ?」と教育実習の巨乳お姉さんに焦らされる想像をした。

 

 僕が一度も迫りくる睡魔に負けなかったのは、まだ見ぬお姉さんたちとの、輝かしい未来を想像していたから他ならない。

 

 当然、食生活と普段の生活習慣にも気を使った。

 食事は最低限度、例によって健康を害する様な食生活は出来ないし、親も心配するだろう。

 故に、大事になってくるのが運動だ。

 

 運動をしなければ、肥満になる。

 運動をし過ぎれば、筋肉となる。

 

 どちらも、僕の目指すショタ像には程遠い。

 だからこそ、食事と運動のバランスが大事になる。

 脂肪とならぬように、かといって筋肉にはならない絶妙なライン。

 食事のカロリーを計算し、最適となる運動量を設定する。

 

 それは、ボディビルダーが理想の肉体となるのを目指す為に、自身の身体と対話するかのように、僕も完璧なショタとなる為に、自分の身体と対話を重ねて日々を過ごした。

 

 その結果、中学一年生となった僕は身長180cm、体重75kgと完璧な肉体を手に入れる事に成功した。……なんで?

 

 さらに追い打ちをかけるように、僕の周囲に現れたお姉さんたちは、ことごとく理想と逆だった。

 

 母にせがんでお願いした家庭教師は、年上大学生で、僕よりも身長の低いどこかオドオドとしたお姉さん。

 

 友達の家に遊びに行って出てきたのは、ツインテールの似合う、いわゆるメスガキチックなお姉さん。

 

 入学した中学校の担任は、近所の良く遊んでくれたいつの間にか身長を追い抜いてしまったお姉さん。

 

 初手で、僕の理想とはまるで違うショタライフが始まってしまった訳である。




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