Re:虚飾のお姉さんは曇り顔が見たい   作:MトK

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第三十話 指先を断つ策

 音が戻った。

 

 森を裂く剣の音ではない。

 

 フェリスの震えた声でもない。

 

 ユリウスの刃が振り下ろされる音でもない。

 

 そこにあったのは、白鯨討伐後の戦場だった。

 

 負傷者を運ぶ兵たちの声。

 

 竜車の軋み。

 

 武器を置いた傭兵たちの荒い息。

 

 倒れたフリューゲルの大樹。

 

 大地に縫い止められた白鯨の亡骸。

 

 霧の晴れ始めた空。

 

 そして、白鯨を討った直後の、まだ勝利の熱が残る空気。

 

「――ゆえに、魔女教討伐へ向かう戦力を再編する必要がある」

 

 クルシュの声が聞こえた。

 

 その瞬間、スバルは喉を掴んだ。

 

 首は繋がっている。

 

 胸も潰れていない。

 

 背中から、あの見えざる手は伸びていない。

 

 けれど、感覚だけは残っていた。

 

 自分の体から伸びた黒い腕。

 

 ユイの胸を掴んだ感触。

 

 心臓を握り潰す、湿った音。

 

 血を吐いて倒れた白い髪。

 

 フェリスの泣きそうな顔。

 

 ユリウスの剣。

 

 自分の死。

 

「……っ、ぐ」

 

 吐き気が込み上げる。

 

 膝が崩れそうになる。

 

 その肩を、横から誰かが支えた。

 

「スバルくん」

 

 ユイだった。

 

 白鯨戦で汚れた白い髪。

 

 片袖は裂け、肩口には包帯が巻かれている。

 

 けれど、胸は赤く染まっていない。

 

 血を吐いてもいない。

 

 生きている。

 

 スバルは、反射的にユイの胸元を見てしまった。

 

 ユイはその視線に気づいた。

 

 そして、その理由も知っていた。

 

 自分が何をされたのか。

 

 スバルが何を見たのか。

 

 スバルが、どんな地獄を抱えてここへ戻ってきたのか。

 

 ユイは知っている。

 

 だが、知っている顔はしない。

 

 ただ、今この場でスバルの異変に気づいた人間として、静かに水袋を差し出す。

 

「顔色が悪いわ。水を飲んで」

 

「ユイ、さん……」

 

「今、崩れると会議が止まる。喉を湿らせて、呼吸を整えて」

 

 慰めではなかった。

 

 抱きしめるわけでもない。

 

 まず、立たせる。

 

 喋れる状態に戻す。

 

 そういう実務的な優しさだった。

 

 スバルは震える手で水袋を受け取り、一口飲んだ。

 

 喉が痛い。

 

 飲み込むだけで、死んだ時の冷たさが戻ってくるようだった。

 

 だが、息は少しだけ整った。

 

 ユイは周囲に聞こえないほどの声で言う。

 

「言わなければいけないことがある顔をしているわ」

 

 スバルは息を呑んだ。

 

 ユイは、何も知らないように見える。

 

 けれど、スバルが言葉を探していることだけは見抜いているようだった。

 

 問い詰めたい。

 

 お前は何を知っているのか。

 

 あれは死んだふりだったのか。

 

 俺の体から出た手に潰されると、わかっていたのか。

 

 全部、聞きたかった。

 

 だが、今は違う。

 

 今ここで必要なのは、問いではない。

 

 次で勝つための情報だ。

 

 スバルは水袋を返し、地図が広げられた机へ手をついた。

 

「作戦を変える」

 

 その一言で、場の空気が変わった。

 

 クルシュが目を細める。

 

 アナスタシアが扇子の奥で笑みを消す。

 

 ユリウスが静かにスバルを見る。

 

 フェリスも、治療の手を止めないまま耳だけを向けた。

 

「ナツキ・スバル。理由を聞こう」

 

 クルシュの声は冷静だった。

 

 スバルは息を吸う。

 

 死に戻りは言えない。

 

 見てきたことを、そのまま語ることはできない。

 

 だが、言わなければまた同じことになる。

 

「ペテルギウスは、一人じゃない」

 

 スバルは言った。

 

「大罪司教本人を倒しても、終わらない。あいつには、替えの体がある。指先って呼ぶべき連中だ」

 

 ユリウスの表情が変わる。

 

「肉体を乗り換える、という意味か」

 

「ああ」

 

「根拠は?」

 

 当然の問いだった。

 

 スバルは言葉に詰まる。

 

 見たからだ。

 

 死んだからだ。

 

 ユイが潰されて、自分が殺されたからだ。

 

 そう言えれば、どれだけ楽か。

 

 その沈黙を拾うように、ユイが地図へ視線を落とした。

 

「根拠は、断定ではなく仮説として扱えばいいわ」

 

 全員の視線がユイへ向く。

 

 ユイは、森の位置を指で押さえる。

 

「魔女教は、信徒を捨て駒として使う。大罪司教が狂信者を従えているなら、指揮官が倒れた瞬間に全体が崩れる組織と見るより、代替手段を持っていると仮定した方が安全よ」

 

 アナスタシアが目を細めた。

 

「仮定にしては、ずいぶん具体的やね」

 

「具体的にしないと対策にならないから」

 

 ユイは淡々と答える。

 

「外れたら、警戒が増えるだけ。合っていたら、被害を大きく減らせる。なら採用する価値はある」

 

 嘘ではない。

 

 ただ、全部ではない。

 

 ユイは知っている。

 

 指先がいることを。

 

 ペテルギウスが器を替えることを。

 

 避難列に紛れた魔女教徒が火石で自爆することを。

 

 スバルが最後に器にされかけることを。

 

 だが、それを知っているとは言わない。

 

 今この場では、「危険を予測しただけの人間」として話す。

 

 スバルは、そんなユイを見た。

 

 違和感はある。

 

 あまりにも、都合よく自分の言葉を補ってくれる。

 

 だが、今はそれに助けられていた。

 

 クルシュは腕を組み、地図を見下ろす。

 

「仮説として採用するならば、我々が取るべき対策は?」

 

「大罪司教本人だけを狙わないこと」

 

 ユイは即答した。

 

「指先候補を先に潰す。森の拠点、連絡役、信徒の集団。そして、避難列に紛れ込める者」

 

「避難列?」

 

「魔女教が村人の避難を妨害するなら、最も効果的なのは竜車を壊すこと。竜車の近くに自然に近づけるのは、商人、護衛、荷役。だから確認が必要」

 

 アナスタシアの扇子が止まった。

 

「うちの商人に混じる言うん?」

 

「可能性よ。確定ではないわ」

 

 ユイは即答する。

 

「でも、確認しなかったせいで竜車が壊されれば、村人は逃げられない」

 

 アナスタシアはしばらくユイを見た。

 

 やがて、小さく笑う。

 

「嫌な見方やけど、商売には必要な見方やね」

 

「ありがとう」

 

「半分しか褒めてへんよ」

 

「半分で十分よ」

 

 ユイは村の位置を示した。

 

「村人の避難は、列を三つに分けるべき」

 

「三つ?」

 

 スバルが聞き返す。

 

 ユイは頷く。

 

「一つ目は本命。子ども、老人、怪我人を乗せる竜車。ここに一番厚い護衛をつける」

 

 指が別の線をなぞる。

 

「二つ目は徒歩の大人。荷物を制限して、竜車の速度に合わせる。ここには鉄の牙をつける」

 

 さらに、空の竜車の位置を示す。

 

「三つ目は、荷物を積んでいるように見せた空竜車。もし敵が爆発物や奇襲で避難列を壊そうとするなら、まずそこへ意識を向けさせる」

 

 スバルは息を呑んだ。

 

 ユイは、火石自爆を知っている。

 

 だが、その未来を語らない。

 

 ただ、戦術として自然に見える形へ変換している。

 

 スバルの言えない情報を、周囲が受け入れられる策にしている。

 

 クルシュが頷いた。

 

「合理的だ」

 

 フェリスが遠くから不満げに声を上げる。

 

「フェリちゃん、商人さん全員を診るのは大変なんだけどにゃ」

 

「頼む」

 

 スバルは頭を下げた。

 

「村人を守るために必要なんだ」

 

 フェリスは大きくため息をついた。

 

「そう言われたら断れないにゃ。でも、スバルきゅんも診る側に負担をかけないようにしてほしいにゃ」

 

「努力はする」

 

「努力じゃなくて実行にゃ」

 

 場に少しだけ緩みが生まれる。

 

 だが、ユイはそれを長くは許さなかった。

 

「もう一つ」

 

 全員が再びユイを見る。

 

「ペテルギウス本人と戦うなら、スバルくんの情報をどう使うか決めておくべきよ」

 

 ユリウスが視線を向ける。

 

「情報?」

 

 スバルは息を吐いた。

 

 言いたくない。

 

 けれど、言わなければまた誰かが死ぬ。

 

「あいつには、見えない攻撃がある」

 

 場の空気がわずかに張り詰めた。

 

「見えない攻撃?」

 

「ああ。腕みたいなやつだ。普通は見えない。たぶん、ほとんどの奴には見えない」

 

「君には見えるのか」

 

 ユリウスの問いに、スバルは短く頷いた。

 

「見える。理由は説明できない。でも、見える」

 

 ユリウスはすぐには疑わなかった。

 

 白鯨討伐を成したスバルの情報には、すでに重みがある。

 

 意味不明でも、切り捨てるべきではない。

 

「ならば、君が方向を伝え、私たちが対応する形になる」

 

「それだけで足りる?」

 

 ユイが言った。

 

 ユリウスが彼女を見る。

 

 ユイは淡々と続ける。

 

「攻撃が一方向から一つだけなら、声の指示で足りるわ。でも、複数同時に来た場合、スバルくんが見て、言葉にして、あなたが聞いて、動く。その分だけ遅れる」

 

「……確かに」

 

 ユリウスは頷いた。

 

「ならば、声だけに頼らない方法を考えるべきだね」

 

「方法があるのか?」

 

 スバルが聞く。

 

 ユリウスは指先に小さな光を灯した。

 

「精霊術で、感覚を一時的に繋ぐことはできる。完全ではないが、君の見ている方向や危険の感覚を、私が拾えるようにする」

 

「そんなことできんのかよ」

 

「容易ではない。君と私の呼吸が合わなければ、かえって動きが鈍る」

 

「俺とお前で呼吸を合わせるとか、冗談きついな」

 

「同感だ。だが、必要ならやる」

 

 ユリウスは涼しい顔で言った。

 

 スバルは顔をしかめる。

 

「俺はまだ、お前のこと嫌いだからな」

 

「知っている。私も、君の無謀さには頭が痛い」

 

「そういうとこだぞ」

 

 軽口のようでいて、そこには以前とは違う緊張があった。

 

 互いに好きではない。

 

 だが、互いの役割は理解している。

 

 それで十分だった。

 

 ユイはそれを見て、内心で静かに息を吐く。

 

 この二人は並べられる。

 

 スバルを孤立させない。

 

 ユリウスをただの騎士ではなく、スバルの視界を使う剣にする。

 

 それだけで、次の戦いの形は変わる。

 

 クルシュが決断した。

 

「よかろう。作戦を修正する」

 

 その一言で、場が動き出した。

 

 森の潜伏地点へ向かう部隊。

 

 指先候補を先に潰す遊撃部隊。

 

 村人の避難を担当する部隊。

 

 竜車と商人の身元確認。

 

 フェリスによる異物確認。

 

 スバルとユリウスによる不可視攻撃への対応。

 

 作戦は、前とは違う形に組み直されていく。

 

 スバルはそれを見ながら、胸の奥に重いものを感じていた。

 

 死んだ意味がある。

 

 ユイが心臓を潰された意味も。

 

 自分がユリウスに殺された意味も。

 

 全部、次へ繋がっている。

 

 だが、その意味を考えるほど、ユイの倒れた姿が脳裏に焼きつく。

 

 スバルは、また無意識にユイの胸元を見た。

 

 ユイが気づく。

 

「スバルくん」

 

「……なんだよ」

 

「さっきから、私の胸を見すぎ」

 

「っ」

 

 スバルは息を詰まらせた。

 

 ユイは小さく笑う。

 

「傷は肩よ。胸ではないわ」

 

「……悪い」

 

「何か、嫌なものを想像した?」

 

 スバルは答えられない。

 

 ユイは、それ以上踏み込まなかった。

 

 ただ、声を落として言う。

 

「言えないことがあるなら、無理には聞かないわ」

 

「ユイさん……」

 

「でも、言える形にはして。危ない場所、危ない相手、避けたい状況。理由が言えないなら、理由以外を渡して」

 

 スバルは顔を上げる。

 

 ユイは穏やかに言った。

 

「私は、それを作戦に変えるから」

 

 その言葉に、スバルは喉が詰まった。

 

 全部は言えない。

 

 死に戻りは言えない。

 

 自分が何を見て、何を繰り返しているのかは言えない。

 

 だが、言える形に変えることはできる。

 

 危険。

 

 場所。

 

 相手。

 

 順番。

 

 それをユイが拾い、周囲へ通せる形にしてくれる。

 

 スバルにとって、それは大きかった。

 

「……頼っていいのか」

 

「頼りなさい」

 

 即答だった。

 

「あなた一人で抱えると、すぐ無茶をするから」

 

「信用ねえな」

 

「白鯨戦の後で信用しろという方が無理よ」

 

「言い返せねえ」

 

 ユイは少しだけ笑った。

 

 それから、真面目な目になる。

 

「ただし、私を万能扱いしないで。私は何でもできるわけじゃない。あなたが言わなければ、拾えないものもある」

 

「ああ」

 

「それと、私が前に出る場面があっても、そこで止まらないで」

 

「……どういう意味だよ」

 

「戦場では、誰かが倒れることがある」

 

 ユイは静かに言った。

 

「私かもしれない。ユリウスさんかもしれない。フェリスさんかもしれない。誰かが倒れた瞬間に、あなたが止まれば、もっと死ぬ」

 

「そんなこと、言われて納得できるわけねえだろ」

 

「納得しなくていいわ。覚えておくだけでいい」

 

 ユイは、スバルの袖を軽く掴んだ。

 

「あなたは優しいから、目の前で誰かが倒れたら、そこで心が止まる。だから先に言っておくの」

 

「ユイさん」

 

「勝って」

 

 その一言は、静かだった。

 

 命令ではない。

 

 懇願でもない。

 

 けれど、スバルの胸へ深く刺さった。

 

「……勝つ」

 

 スバルは言った。

 

「絶対に、勝つ」

 

「よろしい」

 

 ユイはいつもの顔に戻る。

 

 その横で、ユリウスが近づいてきた。

 

「準備が整った」

 

「早いな」

 

「君が時間を無駄にしないようにね」

 

「一言多い」

 

「事実だ」

 

 ユリウスは指先に赤い光を灯した。

 

 小さな準精霊が、スバルの肩のそばへ浮かぶ。

 

「イアだ。君の周囲の異常を拾わせる。奇襲への備えにもなる」

 

「……よろしくな、イア」

 

 赤い光が、小さく瞬いた。

 

 スバルはその光を見つめる。

 

 胸の奥が冷える。

 

 言えない。

 

 この光が何を知らせることになるのか。

 

 自分が何を恐れているのか。

 

 全部を説明することはできない。

 

 だが、何も言わなければ間に合わない。

 

「ユリウス」

 

「何かな」

 

「もし、俺の様子が明らかにおかしくなったら、止めろ」

 

 ユリウスの目が細くなる。

 

「おかしく、とは?」

 

「俺が俺じゃないみたいに見えたら。声が変わるとか、動きが変わるとか、精霊が嫌がるとか……そういうのがあったら、迷うな」

 

「君自身を拘束しろ、ということか」

 

「ああ」

 

 スバルは喉を鳴らした。

 

「理由は言えない。でも、最悪の場合、俺は味方に近づいちゃいけない」

 

 場が静まる。

 

 フェリスが眉をひそめる。

 

「スバルきゅん、それはどういう――」

 

「言えない」

 

 スバルは絞るように言った。

 

「でも、頼む。俺が変になったら、止めてくれ」

 

 ユリウスはしばらくスバルを見ていた。

 

 疑問はある。

 

 当然だ。

 

 だが、今は問い詰める場ではない。

 

「承知した」

 

 ユリウスは静かに答えた。

 

「君の異変は、私とイアで監視する。必要と判断すれば、拘束する」

 

「助かる」

 

「ただし、ナツキ・スバル」

 

「なんだよ」

 

「その時になって抵抗するなよ」

 

 スバルは苦く笑った。

 

「できるだけな」

 

「そこは断言してほしかった」

 

「俺だって、断言できるならしてる」

 

 ユリウスは小さく息を吐いた。

 

「ならば、こちらで勝手に判断する」

 

「ああ。それでいい」

 

 隊列が動き出す。

 

 避難列には最初から空竜車が混じる。

 

 商人と護衛の確認は厳しくなる。

 

 フェリスは最初から異物確認の役目を持つ。

 

 指先候補は、ペテルギウス本体より先に潰す。

 

 ユリウスとスバルは、感覚接続まで視野に入れて動く。

 

 そしてユイは、表向きは避難列の整理と戦場観察役として。

 

 裏では、知っていることを知らないふりで包み、誰もが使える作戦へ変える役として。

 

 地竜に乗った。

 

 隣を通り過ぎるオットーが、何か言いたげにこちらを見る。

 

「なんだよ、オットー」

 

「いえ、あの……俺、もしかしてかなり危険な役目を任される感じですか?」

 

「今さら怖気づいたのか?」

 

「怖気づきますよ! 俺、商人ですよ!? 傭兵でも騎士でもないんですよ!?」

 

 ユイが言う。

 

「あなたの竜車は必要よ」

 

「必要と言われるのがこんなに怖いことあります!?」

 

「空竜車を一台、あなたに任せるから」

 

「それ、大丈夫なんですか!? 俺、囮みたいな言葉に聞こえたんですけど!」

 

「囮とは言っていないわ」

 

「言ってないだけですよね!?」

 

 オットーの悲鳴のような声に、周囲の兵が少し笑った。

 

 張り詰めた空気に、ほんのわずかだけ隙間ができる。

 

 だが、スバルは知っている。

 

 この先に待つのは、笑っていられる相手ではない。

 

 怠惰。

 

 狂気。

 

 見えざる手。

 

 そして、自分の体を奪おうとする悪意。

 

 それでも、今度は違う。

 

 情報がある。

 

 仲間がいる。

 

 ユイがいる。

 

 彼女は、知らない顔をしている。

 

 けれど、その言葉はスバルの持ち帰った地獄を、勝つための形へ変えてくれた。

 

 スバルは手綱を握る。

 

 パトラッシュが低く鳴いた。

 

「ああ」

 

 スバルはその首を撫でる。

 

「行こう」

 

 白鯨を越えた先。

 

 怠惰が待つ森へ。

 

 今度こそ、指先を断つために。

 

 今度こそ、エミリアを救うために。

 

 今度こそ、自分の体で誰かを殺させないために。

 

 ナツキ・スバルは、再びロズワール領へ向かって走り出した。

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