タクティカル祓魔師短編集byこうはく   作:虹博

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十二部隊長の首切り

結界のかかった長いトンネルを抜けると禁域であった。太陽の明かりが黒くなった。軍事裁判所に汽車が止まった。内側の座席から娘が立って来て、陸八の前の鎧窓を落とした。穢晶の冷気が流れ込んだ。娘は窓から乗り出して、遠くへ叫ぶように、

「駅長、駅長」

 明かりをさげてゆっくり吹きを踏んできた男は、白絨の肩章がついた襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の護符を垂れていた。

 もうそんな目的地かと陸八は外を眺めると荒木機関の官舎らしいバラックが建てられているだけで、禁域であると忘れてしまえるほど、つまらぬ光景だった。

 

 ここが、雪国であれば私も年に似合わず、はしゃいでいたであろう。ジャガイモに、海鮮。そんな、暖かい寒さ、想像するだけで舌が踊りだしそうになる。だが、ここは観光客を迎え入れる場所ではない。冬の北国、いや、シベリアにあるラーゲリ、迎え入れたものを殺す、寒い寒さを味合わせてくれる場所だ。

 名を衛戍監獄、場を青木ヶ原という。

「陸塊軍法会議法に基づき、被告陸八幡平への軍法会議を始める」

 地方の公民館ほどの大きさしか持たない軍事裁判所の一部屋、伝統を愛するミワシ部隊の理念を象徴しているのか、今の時代あまり見られない、明かりの弱い発色電灯に照らされたうす暗い議上、形式や──時代遅れではあるが──倫理、人道を重視して、わざわざ裁判を開く……矛盾が多い烏有先生らしいといえばらしいのだが、如何せん理解することはできない。

「烏有祓魔大佐よろしいですね? 」

「あぁ、許可する」

 そんな烏有先生は私の前に立っている。私よりも高い位置で私を見下している。立場的な意味だけではなく、この議場において、法務官、判士は被告よりも一回り大きな場所へ登り、そこにある椅子へと座って行われたからだ。だからか、身長の低いものが上に行くと、目の前の机が邪魔となり、私の顔が見えなくなる。その証拠に参考人として呼ばれた、私の周辺調査をしている憑坐ミク神祇官が体裁を保つためか、新入社員驚きの背筋の伸びを見せていた。いや、これは初めての裁判に対する緊張によるものか。

「被告陸八幡平は烏有大佐の命令下でありながら、その命令である臣民の保護に背き、自身の私利私欲に、石名坂において、大規模禍災を引き起こし、必要のない臣民の殺害をしたとされている。被告、こちらに反論はあるか」

 荒木絢音、若い法務官、軍人の服を包み込みながらも、前線ではなく、広報で異端者を裁く、現代の審問官。一切の感情なく告げるその眼には溶けて道路にへばりつく、雪のような冷たさがあった。それは場慣れによるものか、それとも、裏切り者である私への怒りからか…………いや、同志で”あったもの”に対する感情であろう。

「ございます。私利私欲であること、そして、烏有先生の命令に背いたことに対して、撤回を求めます」

 手錠をかけられたまま、私は証言台に立たされていた。その後ろには憲兵隊がおり、常に私を見ている。そして、ここにいる全員は私が否定するか、黙秘、それとも、全文に対してうなずく事を求めただろう。だが、私は軍属とはいえ軍人である、決して、上に逆らうことはない、忠義の犬のように、餌を与えられなかったとしても、この命を懸けて投げられた棒をとってこようが、首輪を嚙みちぎることはない。それだけは名誉として理解してもらう。

「陸八、お前はこれが、私に対する忠義と言いたいのか?」

「えぇ、烏有先生、私は一回とも、ミワシ部隊、貴方への叛心を得たことはありません」

 烏有先生は呆れたように椅子に背中を任せる。

「私が大和民族を浄化しようとする蒙古か、いたずらに自国民に銃を向ける阿呆な独裁者だと思うか?」

「いいえ、貴方は大変、お優しい人だと存じております。ですから、したのであります」

「そうか、残念だ。荒木法務官、被告の反論を棄却する。今後、被告の訴えは認められない」

 了解しましたと、荒木法務官が告げる。三権分立などという甘い考えがミワシ部隊にあるわけがない。烏有先生を頂点にするこの組織では烏有先生の言うことが絶対であり、”神の言葉”なのである。だからこそ、貴方は優しくあってはいけなかったのだ。

「では、反論がないものとして進める。憑坐准尉、証拠の提示を」

 はいっと、名前を呼ばれた憑坐ミケが立ち上がる。微かにその顔が見えるか見えないぐらいの小ささをしている彼女は、その小ささとは似合わないほど冷たい声で私の罪を告げる。

「被告陸八幡平は幾度にもわたる開発隊の資金横領を行っており、また、その横領した資金を使い、申請を行っていない人体実験を繰り返していました。調査の結果、それが人造神計画であることがわかり、関東軍防疫給水部にて研究されていたものと酷似していることが判明しました。詳しくは書類をご覧ください」

 数分間、沈黙が広がる。書類を読んでいるのだろう、紙の音のみが部屋を支配した。

 それを打ち破ったのは烏有先生の怒気をはらんだ言葉だった。

「このような陛下に対する謀反に近しい行為を私のためと言って行ったのか貴様は」

「そうです。貴方のために行ったと、それがうまくいくと自負しておりましたし、実際に計画は順調に進みましたよ。あぁ、陛下に対する謀反であるという話は……ふふ、烏有先生だってそこまで…………」

「言葉を慎め」

 私の言葉を止めたのは軍需局長であった。その声に私は言葉を発する権利を奪われてしまう。

「で、では、被告陸八満平の反論はないものとし、判決を下す」

────被告陸八満平は銃殺刑とする。

 出来レースというべきか、茶番劇というべきか。それとも、私への慈悲なのだろうか、烏有先生。

「執行は私がしよう」

 烏有先生が席から立ち上がる。そして机の上に登り、飛び上がる。私の目の前に着地する。辺りに資料が舞う。まるで、花びら舞う中に現れた天使のような姿をした烏有先生の手の中には天使の弓……八三式拳銃が握られていた。もちろん、これだけで、私が死ぬことはない……死ねないことぐらい烏有先生はわかっているだろう。

「安心しろ、ちゃんと、黒不浄弾だ」

 抜け目がない……それこそ、烏有先生だ。

 一発、二発、打ち出される。私の額にぴったりと押し付けられた銃口が大きく揺れる。ゆっくりと、ゆっくりと、弾丸が私の脳まで向かう…………だが、たどり着くことはない。

 閉鎖的な牢獄に冷たい風がふぶく。その風に吹き飛ばされるように私の体は壁へとぶつけられる。

「お父様! 大丈夫でしょうか」

 キラキラなんていう効果音が似合うこげ茶いた肌を持つ少年が私の体にできついていた。腕から血と、穢れを出しながら。

私はその少年を撫でる。飼い主に甘える犬のようにくぅーんとでも泣きそうな顔で私の手に頭をうずめる少年、まるでただ、遊びに来ただけのように彼は笑う。

「よくやりました。秀優」

 秀優という名を持つこの少年から、手を放し、私はミワシ部隊の面々へと視線を移す。第一部隊長の銃口と目が合った。

「さて、私はここで死ぬわけにはいきません。通してもらえませんか」

「うるせぇなぁ、この状況で逃げられると思っているのか?」

 一言二言、会話を交わす。

「打て!!」

 あぁっと、返事をするよりも先に第一部隊長の号令が響き渡り、よく訓練された憲兵は私と少年に対して数多の穢れを打ち込む。

 そこで私は死んだ。

 

 

「お父様、秀優は失敗しましたか」

 黄色とも金色とも取れる視界の中、私は目覚めた。あたりを見渡せばそこには白衣に裾を通す小学生か、中学生かその中間ほどの少女がいた。

「体の調子はいかがですか?」

 まだ、痛む体を起こし、あたりを見渡す。そこは空っぽな病院であった。病室からベッドや窓、机などなど、全ての物という物を捨て、中央にポツンとベッドを一つ置いた、そんな感じの部屋である。

「秀優を責め立ててはいけません。秀優の優秀さに甘えてしまった私の責任ですよ」

「ですが、お父様、部隊員のほとんどが捕まってしまいました。これからどうするのですか?」

 少女の頭をなでる。少年とは違う、恥ずかしそうな反応を示す彼女に微笑みを向けながら、不安を払うように私は告げる。

「大丈夫ですよ。あなた達がいれば目的はかなえられます」

 まだ恥ずかしそうにうなずく少女から手を放し、私は歩き始める。

 

────烏有先生、あなたはお優しい…………だからこそ、私はあなたを神にすることができる。

 

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