お隣さんは吸血鬼(仮)   作:石城 群場

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クノート「クオンは大丈夫だろうか」
ミア「デカい図体でうろうろするのは、気が散るのでやめていただけますか?」
クノート「ぬぅ」


第11話「吸血鬼と住人会議」

「美味しかったぁ~」

「お粗末様」

「クオンちゃんって、意外と食べるんだね。お箸も上手だったし」

 

 美冬宅こと201号室へ帰ったクオンと美雪は夕食を食べ終わり、一息ついたところだ。クオンが箸を使えると言ったのは本当のことで、下手な日本人よりも綺麗に使えており相当練習したことがわかる。夕食は肉じゃが、豆腐とわかめのお味噌汁、白菜ときゅうりの浅漬け、白いご飯とまさに純和食といった様相でクオンも大満足のようだった。

 

「クオンちゃんは本当に美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐があるわ」

 

 満足そうなクオンを見て美冬は穏やかに微笑んでいる。しかし、それは嵐の前の静かさに過ぎないのだ。クオンにとっての一日はまだ終わらない。むしろ、これからが怪異の時間である。

 

「クオンちゃん、まだこれから大事なことがあるからね?」

「……えっ、まだ何かあるんですか? もう遅い時間ですけど」

「何言ってるの。これからが『私たち』の時間よ。美雪は先に寝てなさいね?」

「はーい」

 

 美冬は片付けを済ませると外出の準備をはじめた。時刻は21時をまわっている。

 

「クオンちゃんも準備して」

「えっと、わかりました」

 

 美冬に促されクオンも外出できるように準備を整える。こんな時間にどこへ行くのだろうとクオンは思案に暮れたが、思い当たる場所はない。そもそもクオンはまだこの町のこともほとんど把握していないのだ。思い当たる場所などあるはずがない。

 美冬はクオンの準備が整うと先導するように玄関へと向かう。その姿はどこか冷たさを纏っていた。クオンも置いていかれないように美冬のあとを追いかける。

 その二人の後ろ姿を美雪は見送り、遠くなる背中に向かってぼそりと呟いた。

 

「クオンちゃん……生きて帰ってきてね」

 

 美冬とクオンの二人は夜風を浴びながら、階段を降り1階へと向かう。クオンは美冬に先導されるままついていくと、美冬は103号室の前で足を止めた。クオンが帰宅したときに遭遇した班目龍の部屋だ。

 

「美冬さん。龍さんに何か用事があるんですか?」

「龍さんはね、このアパートの自治会長を務めてるのよ。陣くんを除いた住人たちのまとめ役と言ったほうが正しいかしら」

「へぇ~。そういえば陣も一番古い住人って言ってた」

「そうよ。龍さんは陣くんの両親がこのアパートの管理人だったときから、ずっと住んでいるの」

「……陣の両親」

 

 その言葉でクオンの胸がざわついた。トッキョでしてしまった嫌な想像。その答え合わせができてしまうかもしれない。そんな予感がしたのだ。

 美冬はためらいなく103号室のインターホンを鳴らすと、龍の声がすぐに返ってくる。

 

「来たね。もうみんなそろってるよ」

「そう。すぐに行くわ」

 

 美冬はそう答えると103号室のドアノブを回す。鍵はしまっていないのか、ドアはすぐに開いた。そして、美冬はクオンの手を掴んで玄関へ足を踏み入れる。クオンは美冬にいきなり手を掴まれたことで驚き、そのまま引きずられるように中へと入っていった。

 

「ちょ、美冬さっ ……!?」

 

 クオンは美冬に抗議をしようとして、言葉が続かなかった。目の前の光景が信じられなかったからだ。アパートの一室とは思えない広さの和室に5人の男女が座っており、部屋の奥、出入り口から最も離れた場所に漆黒の和装を纏った龍がいる。そして、クオンがその空間へ完全に足を踏み入れた瞬間、開いていたドアが勝手に閉まり消えた。

 

「……!?」

 

 クオンの本能が警鐘を鳴らすと同時にこの空間の異様な気配に気づく。――結界だ。父が最も得意とする結界術と似た気配を感じる。つまり、閉じ込められたのだ。現実とズレた座標で構築された世界に。

 

「ドアを起点にして、結界の座標と繋ぎ合わせたの?」

「ほほぅ、そこにすぐ気づくとはいい勘をしている。いやいや、見込み以上だ」

 

 クオンの疑問にニヤニヤと笑いながら答えたのは、龍の右手前に座っている詩だった。普段の魔女らしい姿ではなく、鮮やかな紫色の和装に袖を通している。服装がちがうせいか、先ほど挨拶したときよりも鋭い気配を纏っているようにクオンは感じた。

 

「クオンちゃんもいつまでも立ってないで、座ったら?」

 

 美冬に声をかけられ、気づけばクオンの前に座布団が置いてある。いつ用意をされたのか、クオンは全く気づかず、それがどこか不気味だった。美冬もいつのまにか、クオンの右前に用意されていた座布団に座っている。

 

「クーちゃん、ずいぶんと不思議そうな顔をしているじゃないか。安心したまえ、その座布団は今しがたとおるんが用意したものだ。クーちゃんに危害を加える仕組みとかはないよ」

「……とおるん?」

「……うち」

 

 クオンの左手前に座っている透香がおずおずと手を挙げた。おそらく、ぬらりひょんとしての能力を用いたのだろう。ぬらりひょんは意識や空間の隙間をずらすことで誰にも気づかれずに、移動や侵入をすることができる。

 クオンは閉じ込められたこの空間から逃げ出す手立てはないため、大人しく用意された座布団に座る。クオンが座ったことを確認した龍はゆっくりと口を開いた。

 

「あらためて、ようこそ。メゾン・グレンツェへ」

「……メゾン・グレンツェ?」

「このアパートの名前だよ。普段はなかなか正式名称で呼ぶことはないんだけどね。さて、今日赤木さんに来てもらったのは陣くんも把握していない『住人だけのルール』について教えるためなんだ」

「……『住人だけのルール』?」

「そう。君も彩夢さんから聞いたんじゃないのかい? 陣くんのこと」

 

 龍はおそらく陣の体質のことを言っているのであろう。怪異に好かれやすく引き寄せてしまうという陣本人も自覚していないそれは、このアパートの住人からすれば周知しておくべきものなのだ。

 

「……聞きました。陣の体質のこと」

「おや。それだけなのかい?」

「それだけ?」

「なるほどね。赤木さん、少し話は変わるのだけど……君は神様を信じているかい?」

「神様……? 私たちみたいなのがいるんだから、いてもおかしくないとは思ってますけど」

「そうかい。まぁ、私たち『亜人』と『神』は別格なんだけどね。彩夢さんが言ってたんじゃないかな、陣くんは『トッキョの要監視対象』だって」

「あっ、はい。言ってました。でも、それって陣の体質に関係してるんじゃ……」

「陣くんの体質は要因の一部ではあるけど、全部ではないよ」

 

 クオンはトッキョで言われたことを思い返す。確かに彩夢は陣がトッキョの要監視対象である理由の全てを陣の体質によるものとは言っていなかった。

 

「それに陣くんの体質が脅威であるのなら、陣くんを殺してしまえばいいだけの話さ。それができないから陣くんは『トッキョの要監視対象』なんだよ」

 

 クオンの本能が警鐘を鳴らす。龍の一言で美冬の圧が増したのだ。そして、比喩表現とかではなくこの場所の温度が下がった。おそらく美冬から冷気が発せられているのだ。

 

「美冬さん。説明しているだけだよ。過度な反応はやめてほしいんだけどね」

「失礼しました。つい」

 

 クオンは少しだけほっとした。龍の言葉で美冬の圧が収まったからだ。美冬本人も意図的にしたことではないのだろう。しかし、その気がなかったとしても美冬の前で陣を害するような言動や行動があれば何が起こるのかをクオンは理解した。そして、どれだけ美冬が陣を想っているのかも。

 

「赤木さん、美冬さんはああ見えて激情家でね。感情が昂るとすぐに能力が発露してしまうんだよ。気をつけてね? 氷像になってしまうかもしれないから」

「……気をつけます」

 

 龍は慣れているのか、軽い冗談のように言ってくる。しかし、クオンとしてはより緊張感が高まることになった。

 

「さて、話を戻そう。さっきも言ったように陣くんはトッキョの要監視対象だ。つまり監視だけにとどめないといけない理由がある」

「それって、さっきの質問と関係がありますか?」

「うん。陣くんはね、『神の身内』なんだ」

「……『神の身内』?」

「正確に言えば、陣くんはこの地域に土着している土地神の義理の兄なんだよ」

 

 クオンは龍の話を聞いてきょとんとした。すぐには言っている意味が理解できなかったのだ。

 

「陣くんには、5つ離れた妹さんがいてね。その子が土地神に嫁入りしたのさ」

「それって、生贄ってことですか」

 

 神への嫁入り。それは主に人柱を意味することが多い。贄として捧げることで神を鎮める。もしくは神の加護を享受する。そんな誰かの都合によって行われるものだ。

 

「あははっ、違うよ。陣くんがそんなことをするように見えるのかい?」

「見えないですけど、でも……」

「まぁ、神への嫁入りと聞けばそうも思うか。陣くんの妹、茉莉ちゃんっていうんだけどね。茉莉ちゃんは土地神に一目ぼれしてそのまま押しかけて、嫁入りしたのさ」

「……はぁ」

 

 龍の話が本当であればとんでもない話である。そもそも普通の人間がどうやって神に出会うのか。神の住まう場所に押しかけることなんてできるのか。聞けば聞くほどクオンの混乱は深まっていく。

 

「神はトッキョでも関与するべきではないとされている存在だ。亜人が公表された今でも神の存在は決して公表してはいけない禁則事項になっている。なぜなら神が根付いているのは宗教だ。歴史が証明しているだろう? 下手に神の存在を公表すれば世界中で戦争が起こりかねない。だからこそ、【神には触れるべからず】。それがトッキョの絶対的なルールになっている」

「だから、陣のことも監視までしかできない」

「そういうこと」

 

 あらためて、クオンは陣という存在の特異性を理解した。そして、同時に彼がなぜこうも奇妙な縁に愛されているのか疑問が残る。仮に陣の体質が血縁によるものだとすれば、対処する力を持たないかぎり血はとっくの昔に途切れていたはず。でも、陣から何か強い力みたいなものは感じなかったし、そんな素振りもなかった。思考が巡り、そこでクオンはある可能性に気づく。

 

「陣の一族はその体質をカバーするだけの力を持っていた。陣の両親はわからないけど、少なくとも体質によって血が途切れることにはならない程度に。でも、陣からはそんな力を感じなかった。陣は体質だけを受け継ぎ、力は妹のほうが受け継いだ?」

「へぇ、すぐにそこまで考えつくんだ。詩さんが言ってたように、いい勘をしている。おおむね正解だよ」

 

 龍は嬉しそうに笑う。それは多少とはいえ、クオンが認められた瞬間だった。

 

「つまり、陣くんに体質を悟らせず寄ってくる怪異を排除すること。それが『私たちだけのルール』だ。といっても十分に戦力は足りている。トッキョも協力的だしね。だから、赤木さん。私たちが君に望む役割はただ一つ。陣くんの良き隣人であってくれ」

「? そんなことでいいの?」

「そんなことがいいんだよ。透香ちゃんや美雪ちゃんにも伝えていることだけど、透香ちゃんは陣くんが関わるとブレーキがどっかに飛んでいくし、美雪ちゃんはまだ学生だ。あまり負担をかけたくない」

「だから、クーちゃんが適任なんだよね」

 

 龍が説明していると詩が口を挟む。おそらく通過儀礼は済んだということだろう。室内の緊張感も先程よりは緩和している。

 

「詩さんが言うように、赤木さんが適任なんだ。私たちは陣くんを守りたい。それは物理的にだけでなく、精神的にもね」

 

 龍は終始穏やかに話していたが、今の言葉に強い意志と熱を感じる。龍にとっても陣という存在は特別なものなのだろう。

 

「私からの話は以上だけど、質問はあるかな?」

「…………陣の体質を本人に知らせない理由ってなんですか」

 

 戸惑い気味にクオンは口を開いた。聞くのは怖い。でも、仮にトッキョでした嫌な想像があっていたのだとしたら、知るべきだ。『陣の良き隣人』になるために。クオンの直感がそう訴えていたのだ。

 

「まず本人が認識することで体質の強まる可能性があるから。次に18年前の事件の真相に触れてしまうからだね」

「18年前の事件?」

「彩夢さんから聞かされていないのかい? なら、まだ時期早々ということだろうね。その辺の塩梅は彩夢さんうまいから」

「それでも——」

「知らないほうがいいこともあるよ」

「っ……」

 

 食い下がろうとしたクオンだが、龍の一言で断ち切られた。龍から発せられた圧にクオンの体がこわばる。まだ、完全に認められたわけではないらしい。あくまで、及第点ということだろう。

 

「ひとまず今日の要件は終わり……いや、私としたことがすっかり忘れていたよ」

 

 龍が話を切り上げようとしたとき、何かを思い出したようでポンと手を叩いた。

 

「最後になってしまったけど、赤木さん。自己紹介をしてもらってもいいかな。今、集まっている住人の中には、まだ赤木さんと挨拶できてない住人もいるからね。後日、挨拶回りをするとは思うけど」

「あっ、はっ、はい。赤木クオン。吸血鬼です。その……よろしくお願いします」

 

 クオンは龍に促され、緊張しながらも頭を下げた。

 

「いやいや、そっちじゃなくて。——君の本当の名前のほうだよ」

「っ!」

 

 龍は穏やかに笑いながらも、明確にクオンへ向けて圧を発している。隠し事はなしにしようということだろうか。クオンの緊張感が高まる。なぜ本来の名前を隠していることがばれたのか、クオンは混乱していた。

 

「彩夢さんから聞いたわけじゃないよ。私は覚でね。心の声を聞くことが主な能力なんだけど、触れた相手の記憶を読むこともできるんだ。今日、握手したときに少しだけ確かめさせてもらったよ」

 

 クオンの背中に冷や汗が流れる。もし、龍の言うことが本当であれば隠しきることは不可能だ。しかし、『アカキア』の名をここの住人たちは受け入れてくれるだろうか。

 

「赤木さん、もう一度言うよ。自己紹介してくれるかな?」

 

 クオンには次はないぞ、と脅しをかけられているように聞こえた。閉鎖された空間、逃げ場なんて最初からなかった。なら、覚悟を決めるしかない。

 

「クオン・アカキアです」

 

 『アカキア』と名乗った瞬間、空気が明らかにひりついた。その空気を醸し出しているのは、今まで黙って住人会議の行く末を見守っていた名も知らない住人たちである。




ミア「最後までお読みいただきありがとうございます」
クノート「此度も会えて嬉しいぞ。感想や評価も待っている」
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